日本だけダンジョン発生中――政府が検討している間に世界最強になっていた 作:御影 智人
ダンジョン入口の前で、「入るな!」という声が上がった。
数メートル離れたところから、「入れろ!」という声が返ってきた。
ダンジョン前で二つの抗議活動を行う団体が顔を突き合わせて向かい合っていた。先頭に立つ親父同士がキスでもしそうな距離で怒鳴り合っている。
「ダンジョン『に入場させ』『を閉場し』ろ!!!」
警備担当の警察官は、両方の主張を聞いて首を傾げた。
「……どちらかに統一してくれないだろうか」
もちろん無理である。意見が一致していたら、そもそも別々に抗議活動をしていない。
州内の民間探索者募集が始まって数日。入口周辺には、一般市民を危険な仕事へ誘導することに反対する人々と、希望者には訓練とLEVEL獲得の機会を認めるべきだと訴える人々が集まっていた。
前者は第九地点の犠牲者を悼み、危険の十分な説明と補償を求めていた。後者は軍と警察だけでは守りきれないなら、自分たちも自衛の手段を得たいと考えている。
どちらも、まともな話をしている。
ただしマイクの音量だけは、もう少し相談してほしかった。
* * *
「彼ら、なぜダンジョンの真ん前に集まるんだ?」
ウォーカー大尉のぼやきに、サラ・ミラーが答えた。
「許可された集会場所が、規制区域の外では一番近いからです。警察と主催者で導線も確認しています」
「合理的だな」
「はい」
「合理的な結果、俺の管轄から全員の顔が見える」
「警備しやすいでしょう?」
「サラ、今のは嫌味だ」
ウォーカーは窓から二つの集団を眺めた。
一方の看板には『市民を危険区域へ送るな』。もう一方には『訓練を受ける権利を』と書かれている。
反対派の女性が、取材マイクへ声を震わせていた。
『弟は工業団地で働いています。次に何か起きたら、今度は弟かもしれない。だから人数が必要なのは分かるんです。でも、十分な補償もないまま参加を勧めるのは違うでしょう』
賛成派の青年も、別のカメラへ答える。
『みんなが入るべきだなんて言ってない。訓練を受けたい人がいるんだから、条件を整えてほしいんです。何もできず逃げるだけなのが嫌なんです』
ウォーカーは目を細めた。
「どっちも気持ちは分かるんだよな」
「だから条件を詰めているんです」
「詰めてる間に、また入口が増えなきゃいいが」
そのとき、入口を監視する設備から警戒音が鳴った。
外の集団が一斉に黙る。
『監視員から連絡。内部で複数の個体を確認。入口方向へ接近しています。外部流出は未確認』
地元警察の責任者が避難誘導を指示した。集会は規制区域の外だったが、万一に備えてさらに距離を取る必要がある。
「両グループとも退避させろ。警報が解除されるまで近づけるな」
ウォーカーの言葉を待つまでもなく、警察官たちが動き始めていた。
* * *
「こちらへ! 車道には出ないでください!」
抗議の声が、今度は警察官の誘導に変わった。
先ほどまで「入れろ!」と叫んでいた青年が、足元の看板を拾おうとして立ち止まる。その隣で反対派の女性がつまずき、彼の腕を掴んだ。
「すみません、足が……」
「大丈夫ですか。こっち!」
青年は看板を捨て、女性に肩を貸した。
たった今まで意見がぶつかっていた二人だったが、魔物の警報が鳴っているときに相手の思想を確認している暇はない。
少し離れた場所まで誘導を終えると、女性が息を整えて言った。
「……ありがとう。でも、だからって民間開放に賛成したわけじゃありませんから」
「分かってます。俺も反対にはなってないです」
二人は顔を見合わせ、何とも言えない表情をした。
どちらも筋は通していた。
監視側からは、その後、内部の警戒部隊が入口付近の魔物を討伐し、外部への流出はなかったと報告された。警報が鳴ったこと自体は間違いではない。外へ出る前に対処できたのも、警戒体制が機能した成果だった。
ただ、避難が終わったあとも両陣営の意見は変わらない。
これもまた、当然の結果である。
* * *
「入るなと入れろが同時にトレンド入りしてんの、すごいな」
日本で海外ニュースを見た御厨アキラは、思わず笑ってしまった。
『両方正論なんよ』
『海外は命懸けの議論だな』
『日本も入場制限で揉めてるぞ』
「知ってる。うちの自治体も土日の枠を減らすかもって」
安全点検を増やすために、休日の入場枠を一部削る案が出ている。平日枠を増やして対応する提案もあるが、平日には来られない社会人も多い。
『土日だけは残してくれ』
『有休を毎回使えると思うな』
『アキラんちは所有者優先枠作れば?』
「やめろよ! また管理団体に文句言われるの俺だぞ!」
『庭の持ち主、肩身狭い』
『庭の所有権より抽選の公平性』
「そもそも俺も普通に落ちるんだって!」
アキラは実際に自分の応募履歴を見せようとして、個人情報が載っているのを思い出して画面を切り替えた。
『今、何か隠した?』
「応募番号。映さない方がいいだろ」
『地味にちゃんとしてる』
『そこだけ厳格』
「そこ『だけ』って何だよ」
日本の探索者も、危険を無視しているわけではない。安全点検が必要なのは分かっている。ただ、五か月のうちにダンジョンが休日の予定へ入り込んでしまった。
アキラは海外の抗議記事を読み返した。
「でも、入る自由って話と、入ってもらうための条件って話は別だよな。そこ分けないと、また揉めそう」
『アキラにしてはまとも』
「俺、いつもまともだろ」
『※要検証』
「そこに使うな!」
コメント欄の方は、少なくとも議論の余地がなさそうだった。
* * *
その夕方、州の担当者からサラへ連絡が入った。
「民間探索企業の試験申請、条件付きで許可が出ました」
サラは一度、聞き返した。
「訓練と現場の安全確認も含めて?」
「低危険度の指定地点に限ります。装備、医療班、退避手順の監査を通過した企業から、一件ずつです」
「分かりました。ウォーカー大尉にも共有します」
連絡を切ると、すぐそばで書類を読んでいたウォーカーが顔を上げた。
「やっと一歩進んだか」
「まだ実地試験です。成功するかは分かりません」
「いいさ。成功するかどうかを調べられるところまで来た」
ウォーカーは資料を受け取り、会社側が提出した装備一覧を開く。
そこには、自分たちが何週間もかけて直した安全手順と、よく似た項目が並んでいた。
「……なるほど。いよいよ軍人以外がこの書類を読むわけだ」
「問題がありますか?」
「いや。願わくば、うちの隊員より真面目に読んでくれるといいのだが」
制度ができたところで、魔物は待ってくれない。マニュアルがあっても、人は素直に従ってはくれない。
それでも、待っているだけでは増えなかった人手が、ようやく増えようとしていた。