日本だけダンジョン発生中――政府が検討している間に世界最強になっていた 作:御影 智人
「今日はLEVEL1のまま帰っても、失敗じゃない」
ウォーカー大尉がそう告げると、訓練生たちは微妙な顔をした。
「……最初にそれ言うんですか?」
「言う。生きて帰る方が大事だからな。LEVELは後でいい」
数日前、民間企業が初めての掃討任務を成功させた。今回はその会社の熟練班とは別に、州が募集した民間志願者たちの育成試験である。認定前の訓練生なので、現場には監督者と即応班が付き、作戦も危険度の低い確認済み区画に限られていた。
研究主任は欧州合同研究センターから通信で参加している。
『今回確認したいのは、軍で得られた結果が、民間志願者でも再現するかどうかです』
「戦闘へ有意に寄与して、討伐時に近くにいる。分かってるよ」
『はい。そして何より、確認できないことを確認できたと言わないでください』
「主任、そこまで俺を信用してないのか?」
『その点は御厨さんと同じくらい信用しています』
「褒められてる気がしないな」
画面の向こうで、主任がわずかに笑った。
* * *
訓練生の一人は、最初の接敵で盾を握る手が震えていた。
工事現場で体を動かす仕事をしているが、魔物に襲われる仕事ではない。本人だって、できればダンジョンに入るなんて仕事したくはなかった。
しかし、ダンジョン発生による度重なる工事延期で、男の貯金はとうに尽きていた。
「近づいたら、俺も撃たなきゃ駄目ですか」
「役目は盾だ。撃つのは訓練を受けた後方の隊員。攻撃が来たら下がれ。防御だけを考えろ。無理に受け止めるな」
「了解……です」
訓練用に選んだ通路の先で、小型の魔物が一体姿を現した。
先頭の盾役は、訓練どおり半歩前へ出る。魔物が飛びかかり、盾の縁を爪がひっかいた。魔物が盾の正面へ向きを変えたため、側面の班員は射線を確保できた。
「下がれ!」
その声に体が反応し、訓練生は後ろへ退いた。魔物は彼を追おうとしたところを、側面の班員に討伐された。
時間にすれば数秒だった。
それなのに、訓練生は大きく息を吐き、額の汗を拭った。
「……普通に怖いですね、これ」
「普通はそうだ」
ウォーカーは肩を軽く叩いた。
「よく手順を守った。今日はそれだけで十分だ」
確認のため、訓練生が小さく「ステータス・オープン」と唱える。
現れた表示を見て、彼は二度瞬きをした。
「大尉。俺、LEVELが……」
「上がったか?」
「2です」
一瞬、誰も声を出さなかった。
先に笑ったのは本人だった。怖かったはずなのに、今度は妙に嬉しいらしい。後ろの訓練生が拍手すると、ようやくその場に小さな歓声が広がった。
「おめでとう。だからって次の魔物に突っ込むなよ」
「しません!」
「いい返事だ。そこは信じるぞ」
なお、同じ討伐場面を少し離れた安全位置から見ていた記録担当のLEVELは変化しなかった。
盾役だから必ず上がる、とまでは言えない。それでも、少なくとも「民間人だからLEVELが上がらない」という疑いは一つ減った。
* * *
日本では、御厨アキラが公開された訓練記録を真剣に読んでいた。
「……盾で攻撃を受けてる。討伐の瞬間は後退中、でも距離は近い。なるほど」
『何がなるほど?』
『海外の人もレベル上がったのか』
「うん。ただこれ、一回成功しただけで『盾なら確実』って書くのは早い」
アキラは表を並べ替えた。攻撃の有無、足止め時間、討伐時の距離、同行者の人数。公開された範囲だけでも、比較すべき項目はいくつもある。
『もう表できてる』
『今作った?』
「昨日から下準備はしてた。あ、これ旧版の訓練要項と比べると役割分担変わってるな」
『待って なんで旧版持ってんの』
「公開されてたから保存した」
『そういうとこだぞ』
誉め言葉として受け取っておこう。本人は本気でそう思っていた。
コメント欄には、別の質問も流れてきた。
『そもそも近くにいれば経験値もらえるんじゃないの?』
「それ、前に切り分けた。近いだけじゃ駄目で、戦闘への寄与も要る。今回の記録担当が上がってないのも整合するけど、この一件だけで全部説明できるわけじゃない」
『じゃあ今度は盾検証?』
「やるなら条件を揃えないとな。俺は海外の非公開データ持ってないし」
『まさかの健全な情報管理』
「まさかって何だ」
アキラは配信用の画面から、非公開の問い合わせ内容が表示されるタブを外した。学習しているのだ。そもそも彼の場合、こういうことには最初から神経質なのだが。
表の下には、短く結論を書いた。
『民間志願者のLEVEL上昇を確認。既知条件と整合。盾役の寄与判定は追加検証待ち』
『※要検証が増えた』
「いや、減った項目もあるから!」
増えた方が多いのは内緒である。
* * *
研究主任から届いた次の公開報告には、別の訓練班の結果も含まれていた。
異なる地域、別の監督者、似た条件。参加者のLEVEL上昇が確認され、ただ立っていた見学者には変化がなかった。まだ試験数は少ないが、軍だけでなく民間人にも同じ条件が通用する見込みは強まってきた。
「よし。これなら使えるデータが増える」
嬉しくなったアキラは、世界ダンジョンマップへ新しい表示項目を足した。
『民間育成の実施・成果報告あり』
地図にいくつか印が付く。ところが拡大してみると、都市の近くや訓練施設が整った地区ばかりだった。
「……あれ。成功例、思ったより偏ってるな」
『都会優遇?』
『地方は?』
「いや、成功してないとは限らない。そもそも報告がない場所もある。けど……」
アキラは過去の入口記録を重ねた。
ダンジョンの場所は、人間の都合で決まっているわけではない。
でも、探索者を育てられる場所は、どうやら人間の都合で偏るらしかった。