日本だけダンジョン発生中――政府が検討している間に世界最強になっていた 作:御影 智人
ダンジョン一般開放の初日、入口に一番早く到着したのは探索者ではなかった。
「二席分、五百ドルでどうです?」
折りたたみ椅子に座った男が、スマートフォンを差し出している。画面には『優先入場権・譲渡可』という文字。
「それ、どこの許可ですか」
受付係が尋ねると、男は胸を張った。
「インターネットで買いました」
「購入した相手ではなく、発行元をお聞きしています」
「……インターネットです」
最初に確認すべき怪物は、入口の中ではなく受付の前にいたらしい。
もっとも、今回の「一般開放」は、誰でも階段を下りていいという意味ではない。
州の訓練を修了し、必要な審査を通った民間参加者に限って、指定された低危険度区画への入場を認める。人数制限も、警戒班も、救護の準備もある。
以前は説明会の椅子ばかり埋まっていたが、企業の討伐成功と民間人のLEVEL上昇が報じられてから、この都市近郊の募集枠には希望者が集まり始めていた。
少なくとも、ここでは。
* * *
「何人並んでるんですか、あれ」
サラ・ミラーは現地の監督者に尋ねた。
「受付の列、見学者の列、報道の列です。それから……あの人たちは何でしょう」
最後の一団は、入場資格がなくても当日参加できると思って来た人たちだった。
案内ページには太字で「事前訓練・審査必須」と書いてある。受付票にも書いてある。入口の看板にも書いてある。
ただし、ニュースの見出しには「一般開放開始」としか書いてなかった。
「そっちが間違っているわけじゃないんですけどね」
監督者が頭を抱えた。
適性審査を通った志願者の列は順調だった。問題は、その横で『優先入場権』を買ったと主張する人が現れたことだ。
「本人確認ができなければ入れません。枠も第三者へ譲渡できません」
「じゃあ俺の五百ドルは?」
「販売者へ返金を求めてください。それと、警察へ相談した方がいいです」
男はしばらく画面を見つめていたが、ついに椅子から立ち上がった。
「……ダンジョンより、こっちの方が怖いじゃないか」
被害を受けた人間にとっては笑い事ではない。受付係も気の毒になり、詐欺被害の相談先を記した紙を渡した。
しかし、列の最後尾からは別の怒号が上がった。
「朝から並んでるのに入れないのか!」
「資格確認の列はこちらではありません。まず事前登録を――」
「そんなこと昨日のニュースでは言ってなかった!」
その人が看板を叩いた拍子に、後ろの人が押され、周囲がざわついた。警備員が間へ入り、警察官が誘導を始める。
大きな怪我人は出なかったものの、一時的に受付は停止した。
サラは状況報告を読んで、ため息をついた。
「入場の安全性を高めたら、入口の外側が混乱するんですね」
「なあ、サラ」
近くにいたウォーカーが言った。
「ここに魔物がいないってだけで、だいぶありがたいな」
「入口の外には出さないようにしていますから」
「人間の方も、できれば頼む」
今回は警察が対応し、州兵の即応班を受付整理に回さずに済んだ。少なくとも第九地点の教訓は生きている。
* * *
当日の入場は、予定より遅れて始まった。
参加者には一人ずつ認定記録が確認され、指定された班へ割り当てられる。途中で列を抜けて勝手に探索へ向かうことはできない。
安全確認が終わった時点で、最初の班が入口を下りていった。
「……ついに行ったか」
ウォーカーの隣で、サラが小さく息を吐いた。
「ここまで、長かったですね」
「まだ始まったばかりだ」
「分かっています。でも、今日は少しだけ喜んでもいいでしょう?」
「いいさ。俺も嬉しい」
ウォーカーは正面の入口を見た。
第九地点で間に合わなかった日のことは、たぶん忘れない。だからこそ、今こうして訓練済みの民間人を送り出せることには意味がある。
受付の外では相変わらず説明を求める声がしていたが、今日は入口の内外で、それぞれ必要な人員が仕事をしている。
少なくとも昨日よりは前へ進んでいた。
* * *
「海外も予約争奪戦か……」
日本では御厨アキラが、入場手続きの混乱を伝えるニュースを見ていた。
『世界共通の敵:予約サイト』
『日本の初期も似た騒ぎあったよな』
『整理券の転売とか』
「そう。入場枠ができた頃、本人確認が追いつかなかった地域もあった」
『経験者は語る』
「俺は運営側じゃないけど、Wikiにトラブル報告は残ってる」
アキラは国内の古い記録を検索してから、海外の映像を見直した。入りたくても資格がない人、資格はあるのに受付で待たされる人、詐欺の『優先入場権』をつかまされた人。
「日本も似たトラブルあったよな。枠の転売とかな」
『うちの自治体は記名制になった』
『本人確認は面倒だけど必要』
『当日飛び込みで入れた頃が懐かしい』
「今考えると、最初の頃ちょっと怖かったな……」
『ちょっと?』
『庭へ一人で潜った人が何か言ってる』
「その件は反省してるって!」
したことがなかったことになるわけではない。そこだけは、視聴者の記憶力が妙にいい。
アキラはWikiの注意事項へ、海外の受付に関する公表情報を一つ追加した。海外の詐欺サイトのURLは貼らない。紹介するのは州当局の注意喚起だけだ。
『ちゃんと公式へ誘導しててえらい』
「普段からやってるだろ」
『※要検証』
「そこに使うな!」
* * *
都市近郊の限定開放が始まった一方、地方の管理局からは相変わらず応募者不足の報告が届いていた。
人の集まる場所では入場枠が足りない。離れた場所では訓練を受けに来る人が足りない。
サラはその両方を一枚の報告書にまとめていた。
画面に新着の連絡が表示されたのは、ちょうど最後の一行を書き終えたときだった。
『別の認定探索地点の内部から、緊急通報』
『民間探索班が襲撃された可能性あり。魔石を奪われたとの証言』
サラは顔を上げ、警察の連絡窓口を呼び出した。
魔物による襲撃かと確認する前に、次の情報が入る。
『通報者によれば、襲撃したのは人間です』
入口の外で並んでいる人間ばかりを警戒していればよかった時代は、もう終わっていた。