日本だけダンジョン発生中――政府が検討している間に世界最強になっていた   作:御影 智人

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第31話 魔物以外にも注意してください

 男が通路の向こうから手を振ってきたとき、認定探索班の隊員は、それを救援だと思った。

 

「回収品の引き継ぎに来た。受付には通してある」

 

 相手の首からは入場資格証が下がっていた。州の認定を受けた補助作業員用のものだ。隊員が確認端末を出しかけると、男は通路の奥を指さした。

 

「こっちも人を待たせてる。早く頼む」

 

 隊員は少し迷った。予定では回収品の引き渡しは入口で行うことになっている。ただ、昨日から作業区画の割り当てが何度か変更されていた。受付が変更を認めたのかもしれない。

 結局、班長に確認することにした。

 

「ちょっと待ってください。こちらから照会を――」

 

 その言葉が終わる前に、もう一人の男が横から飛び出してきた。

 

* * *

 

「襲撃犯は魔物ではない。そこは確認できてるんだな?」

 

 ウォーカー大尉が無線で尋ねると、サラ・ミラーは短く答えた。

 

『はい。民間探索班の隊員一名が負傷。回収した魔石の一部が持ち去られました。警察が強盗傷害事件として捜査を始めています』

「通報した人間は?」

『同行者です。現場から連絡が入りましたが、通信が途切れがちで、正確な区画の特定に時間がかかっています』

 

 ダンジョンの内部は地上の地下室ではない。入口から続いているように見えても、地上の地図に重ねれば済む空間ではなかった。

 ウォーカーは管理区域の図面を開いた。

 

「警察の捜査は警察に任せる。こちらは入口周辺と未確認区画を警戒する。救護班の進入経路も空けろ。犯人探しで救助を遅らせるな」

『了解。現場責任者にも伝えます』

 

 人間が犯人だからといって、魔物が勤務を休んでくれるわけではない。入口の警戒を薄くして奥へ追いかけることはできなかった。

 負傷した隊員は、転がった回収容器を見つめていた。

 

「……すみません。確認、しようとしたんですけど」

「今はしゃべらなくていい。腕を動かすな」

 

 同行者の女性が応急処置を続ける。倒された際に腕を痛め、頭も切っていた。意識ははっきりしているが、自力で歩かせていい状態ではない。

 襲ってきた二人は、容器の中から魔石を抜き取ると逃げていった。隊員が相手を追わなかったのは、負傷した仲間を置いていけなかったからだ。

 女性は通信機を握り直した。

 

「こちら探索班。負傷者一名。回収地点の手前、分岐を過ぎた通路です。救護をお願いします」

『確認した。分岐から先は同じ形の通路が二本ある。壁の番号は見えるか?』

 

 彼女は顔を上げた。番号板は、ひび割れた岩の陰に半分隠れていた。

 

「……三、七。第三七標識。赤の目印のある方です」

『受信。救護班を向かわせる。そこから移動しないで』

 

 返事を聞いた瞬間、肩から力が抜けた。

 さっきまで彼女が考えていたのは、次の魔物が来たらどうするかということだけだった。人間に襲われた後でも、それは変わらない。

 数分後、護衛付きの救護班が到着した。隊員は担架に乗せられ、女性は救護班の案内で入口へ戻った。

 

「魔石は……取り返せますかね」

 

 担架の上から聞かれた救護員は、少しだけ困った顔をした。

 

「それは警察の仕事です。今はあなたをちゃんと病院へ運ぶのが、こちらの仕事です」

「……そうですよね」

 

 隊員は目を閉じた。返事の続きを考える余裕もなかった。

 翌日の合同会議で、最初に発言したのは警察の捜査担当者だった。

 

「入場資格証は有効でした。ただし、事件当日のその区画での作業許可は確認できませんでした」

 

 受付は入場資格を確認していた。探索班も資格証を見ていた。だが、事件当日の作業名簿は現場の端末に反映されておらず、そこに記載されるべき受け渡し相手まで照合できなかった。

 

「入口で不審者を通した、という単純な話ではありません」

 

 サラは画面の記録を指した。

 

「資格確認は機能していました。今回足りなかったのは、誰がどの区画へ入って、誰と品物を受け渡すのかの照合です」

「正しい資格を持った人間なら、正しいことをすると思いたくなる。だが、そうはいかないな」

 

 ウォーカーの言葉に、警察担当者が頷いた。

 捜査と並行して、管理側は回収品の引き渡しを入口側の指定地点に限定した。作業変更は受付と現場双方の名簿が更新されるまで認めず、緊急通報では位置標識と負傷者の状況を優先して伝えることにした。

 対応には手間が増える。実際、一部の受け入れ枠は縮小された。

 それでも翌日の作業では、回収担当者の変更が現場で申告された際、名簿の不一致を確認して引き渡しを保留できた。正当な依頼だったが、受付で変更登録を済ませてから安全に引き渡しが完了した。

 

「危うく、また口頭確認だけで渡すところでした」

 

 現場の受付担当者がそう報告すると、サラは変更登録の完了時刻を確認して頷いた。手順が増えた分、処理には時間がかかった。それでも今回は、引き渡す前に間違いを見つけられた。

 

「……これ、日本でも初期に似た話があったな」

 

 御厨アキラは公表された事件の概要を読み、古い国内記事を探していた。

 

『また海外でトラブル?』

『ダンジョン入るの怖いな』

「事件が起きたのは事実。でも、資格を持った探索者全員が危ない、って話にはならないからな」

 

 アキラは国内で過去に起きた回収品の持ち逃げと、今回の事件を並べた。前者は受付での受け渡し記録の不足、後者は区画ごとの作業許可の照合不足。似ているが、同じ原因ではない。

 

『管理人、そこまで分ける必要ある?』

「対策が違うから。あと、被害者の名前とか位置情報を特定して貼らないでくれよ。公開されてる当局の発表だけで十分」

 

 Wikiの注意事項に、正式な受け渡し手順の確認と、緊急時の連絡方法を追記した。最後に『※各地域の管理者の指示を優先』と書き添える。

 

『珍しく注意書きが実用的』

「いつも実用的だろ!」

 

 冗談で流せるのは、画面のこちら側だけだ。病院へ運ばれた隊員には、まだ治療が必要だった。

 その晩、サラのもとに新しい受け入れ計画が届いた。

 

「……昨日より枠が減ってますね」

「受付と救護の人員を増やした分です。今の人数ではこれが限界です」

 

 サラは定員の数字を確認して、計画を承認した。つい先日まで一人でも多くの探索者を受け入れようとしていたのに、今度は自分の手で人数を減らしている。

 もっとも、次に負傷者が出たとき、救護する人間がいない方がよほど困る。

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