日本だけダンジョン発生中――政府が検討している間に世界最強になっていた 作:御影 智人
「日本の探索者には、誰が給料を払っているんですか?」
州の予算担当者に尋ねられ、サラ・ミラーは資料から顔を上げた。
「職業として雇われている探索者なら、所属企業や委託元でしょう。日本にも公的な討伐契約はあります」
「そうではなく、一般の人たちです。仕事帰りに潜る会社員とか、休日に仲間と出かける人とか」
「ああ、そちらですか」
日本には、趣味でダンジョンへ入る人間がいる。魔石を売って副収入を得る人間も、LEVELを上げたい人間もいる。欧州合同研究センターの報告にも、早い段階から書かれていた。
ただ、その人数を州の新しい民間探索支援予算の試算表へ当てはめると、予算担当者にはどうしても埋められない欄ができた。
「その人たちに対する、一律の国家給与が見当たらないんです」
予算担当者が画面を回した。
「日本の探索者数と活動報告を参考に、人件費を試算してみたんですが……日本の数字に当てはめると、支払先の数が合いません」
「全員が雇われているわけではありませんから」
「ええ。頭では分かっています。では、何を財源に活動を続けているんです?」
* * *
会議には、現場の実情を確認するためウォーカー大尉も呼ばれていた。
「企業の隊員なら給料が出る。州の訓練志願者にも、参加条件に応じた支援がある。危険な仕事をさせるなら当然だ」
「そうです。訓練費に装備費、危険手当、保険、救護体制。認定企業への委託費も必要です」
予算担当者は項目を指で追う。
「日本にも同じような経費はありますよね?」
「あります。行政が何も支出していない、ということではありません」
サラは日本の公開予算資料を開いた。入口周辺の安全管理、救護、警備、公的な討伐委託、事故への補償。日本政府や自治体だって、必要なところには費用を使っている。
なのに、独立して入場する一般探索者の全員に、国が一律の給与を支給する制度は見つからなかった。
「じゃあ日本の一般探索者は、何のために……」
予算担当者は言いかけて、画面に並んだ公開取材動画を再生した。
『魔石が売れたら今月の食費が楽になるんで』
『友達と二人でLEVEL上げです。別に仕事じゃないですよ』
『配信のネタです。もちろん安全確認したところだけですけど』
『うちの辺りは何かあったとき怖いから、講習だけでも受けておこうと思って』
制服姿の会社員、学生らしい若者、買い物袋を下げた女性。参加する理由も年齢もまるで違う。予算担当者がメモを取ろうとしたところで、映像が次の人物に切り替わった。
白髪の老人が、地域の集会所らしい部屋でにこにこと笑っている。
『わし、最初は腰痛が楽になればと思って始めたんですがな。LEVELが上がったら、すっかり調子がよくなりまして』
そう言った老人は、軽く膝を曲げると、その場で跳び上がった。
天井にタッチ。
着地するなり床で華麗なバックスピンを披露し、最後は勢いよく跳び上がって三回転した。
『トリプルトーループです』
正確にはスケート靴を履いていないのでトーループではないのだが、本人がそう言うので仕方がない。
『今はLEVELいくつなんですか?』
『18ですな。まだまだ若いもんには負けませんよ』
老人は満面の笑みで、もう一度天井にタッチした。
予算担当者は動画を停止した。しばらく画面の中の老人を見つめてから、サラへ向き直る。
「……これは、軍の訓練映像ですか?」
「日本の一般探索者への取材映像です」
「元軍人とか?」
サラは動画の紹介欄を確かめた。
「元経理課長だそうです」
「…………」
ウォーカーが身を乗り出した。
「なあ、うちの訓練教官に採用できないか?」
「まず本人に確認してください。それと、医療効果を保証するような宣伝に使うのは駄目ですよ」
サラの返答は早かった。
予算担当者は試算表へ視線を戻した。あの老人が参加を続ける理由を、どの人件費の欄に書けばいいのだろう。
「……少なくとも、給料目当てではなさそうですね」
「五か月分の先行期間があったとはいえ、簡単には真似できないな」
ウォーカーは再生ボタンを押しかけて、思いとどまった。
次に予算担当者が開いたのは、日本の民間管理団体が公開している資料だった。
「待ってください。この日本の管理団体の資料なんですけど」
予算担当者が眉を寄せた。
自治体の公開案内からリンクされた、ある民間管理ダンジョンの利用規約。安全確認済み区画の入場条件、講習修了証の提示、定員、持ち帰れる素材の扱いが細かく記載されている。
その下に、見慣れない項目があった。
『一般探索利用料 一回二千円(施設管理・救護体制維持費を含む)』
「これは……参加した人に二千円を支払う、という意味ですか?」
「逆です」
サラが日本語の原文を確認した。
「参加者が払う料金です」
「誰に?」
「管理者に」
「何のために?」
「ダンジョンへ入るためです」
予算担当者は画面を見直した。料金の横には、休日の予約枠が埋まっている旨の案内まで載っていた。
ウォーカーが椅子の背にもたれた。
「こっちじゃ危険手当をつけても人が来ない場所がある。向こうは金を払って入場の予約をしてるのか?」
「この施設では、ですね。日本中が有料というわけではありません」
日本にも公費で動く専門班がいるし、無料で入れる場所もある。管理費が必要な施設が利用者から料金を取ること自体は、サラにも理解できた。
しかし予算担当者は、満席になった休日の予約表から目を離せなかった。
「魔石が売れなかったら、入場料の分だけ赤字ですよね?」
「ええ。装備や移動にも費用がかかります」
「それでも予約する人がいるんですね……」
予算担当者は口を開いて、閉じた。
「採算が合うから、というだけでもなさそうですね」
「そうみたいだな」
ウォーカーも、それ以上はうまく説明できなかった。
人を危険な仕事へ送り出すために、州は予算を積み上げている。一方の日本では、少なくとも一部の人間が、自分の財布から金を出して同じような場所へ入っていく。
どちらも現実の対策として成立しているのが、余計にややこしい。
数日後。日本行きの航空便に乗る海外取材班の荷物には、撮影機材と分厚い質問票が入っていた。
最初の取材先は、民間の探索者たちが普通に働き、暮らしている町だ。
記者は質問票の一番上を見直した。
『探索に参加する理由は何か』
その下には、出発直前に書き足した一文がある。
『金を払ってまで、何をしにダンジョンへ入るんだ?』