日本だけダンジョン発生中――政府が検討している間に世界最強になっていた 作:御影 智人
「それで、最初の取材先はどこでしたっけ?」
空港から移動する車内で、アメリカの報道番組の記者が尋ねた。通訳兼コーディネーターの女性は、行程表へ目を落とす。
「コンビニエンスストアです」
「……機材の買い出しですか?」
「いえ、取材先です。あそこで働いている方がLEVEL12の探索者なんですよ」
「コンビニの店員が?」
コーディネーターが頷いた。
記者は、日本の一般人がダンジョン探索に参加していること自体は知っていた。自費で入場する施設もあれば、週末に仲間と潜る人もいる。だからこそ、どんな訓練を受け、何を目的に参加するのか、直接確かめに来たのだ。
軍の訓練施設や公的な管理拠点も取材予定に入っている。ただし今日は、制度より先に普通の人の暮らしを撮る。日本側のコーディネーターが、そのために選んだのが大阪府内の住宅街だった。
「店員さんは元軍人か何かですか?」
「いえ。今のところ、ただのコンビニ店員さんだそうです」
「今のところ?」
「来月から店長になる予定だと聞いています」
記者は行程表をもう一度見直した。『一般探索者へのインタビュー』と書いてある。
どうやら、職業欄の記載ミスではないらしい。
* * *
「温めますか?」
物は試しにとお弁当を買った記者にレジの向こうに立つ小太りの中年男性が聞いてきた。
年の頃は四十代後半。丸い頬に、少し寂しくなった頭頂部。制服の腹まわりはやや窮屈そうで、胸元にはごく普通の名札が付いている。背景には宅配便の案内と季節限定のお菓子。少なくとも見た目からは、LEVEL12の探索者だと分かる要素は何一つなかった。
取材許可を得たあと、客足の途切れた時間を見計らって撮影することになった。記者は買った弁当をいったん脇へ寄せ、マイクを向ける。
「探索に参加されているそうですね。LEVEL12というのは本当ですか?」
「ええ、この前やっと12になりまして」
「軍や専門の探索会社で訓練を?」
「いやいや、仕事が終わってからとか、休みの日に行ってるだけですよ。最近は週二回くらいですかね」
男性は照れたように笑った。話すたびに頬がプルプル動く、どこにでもいそうなコンビニのおじさんだった。
「最初は、どうしてダンジョンへ?」
「そりゃあ、行ってみたかったからですよ」
返事が早かった。
「昔から剣と魔法の王道RPGゲームが好きでしてね。小学生の頃なんて、学校から帰ったらずっと勇者になって魔王を倒してたわけです。それが現実にダンジョンができたって聞いたら、やっぱり行くしかないじゃないですか」
「……行くしかない、ですか」
「もちろん、最初は怖かったですよ。だから安全講習は受けました。うちの本部も講習の受講費を一部補助してくれるんです。近くにダンジョンがありますから、従業員が逃げ方を知っておくのは大事だって」
「会社も探索活動を推奨しているんですか?」
「いやいや、探索は個人の趣味です。勤務中にダンジョン入ってたら怒られますよ」
そこは普通に怒られるらしい。怒られるとかなんだ、と記者はちょっと思った。
男性は話をしながら、奥から飲料ケースを運んできた。両腕に一箱ずつ抱えているのに、足取りは妙に軽い。記者が撮影許可の範囲でその姿を追っていると、男性は棚の前で急に慎重な動きになった。
「……どうしてそこだけゆっくりなんですか?」
「いやあ、気をつけないとペットボトル潰しちゃうんですよね。力の加減が難しくて」
軽々と運ぶことより、商品を潰さず陳列することのほうが大変そうだった。
「将来的には探索を仕事にするつもりですか?」
「いや、それは考えてないですね。実は来月から店長を任される予定なんですよ。発注に売上管理に、新しく覚えることがいっぱいあって」
「LEVEL12なら、専門の探索者として働く道もあるのでは?」
「そっちはそっちで大変でしょう。趣味は趣味の方が純粋に楽しめるってもんですよ。それに僕、ここの店好きですしね」
男性は棚へ最後の一本を並べると、満足そうに頷いた。
「それに店長になったら、探索に行く時間減りそうですから。今のうちにもう少しLEVEL上げときたいんです」
記者は質問票の『探索を続ける理由』の欄に、『店長になる前に、もう少し遊びたい』と書き込んだ。LEVEL12の人物に取材しているはずなのに、ずいぶん平和な答えである。
* * *
次に訪れた装備店の壁には、手袋やヘルメット、安全靴、持ち運びやすい盾が並んでいた。
「こちら、初心者向けです。軽いですし、講習でもよく使われます」
店員が説明する横で、客の会社員らしいスーツを着た男性は真剣な顔で手袋をはめていた。
「先週買ったやつ、指先の感覚がちょっと鈍くて。細かい道具が扱いづらいんですよね」
「だったらこっちの薄手の方が」
「でも防御力がなあ」
聞き覚えのある会話だった。アウトドア用品店で靴を選ぶ客と、何も変わらない。
店の奥には『週末の人気商品』という札まである。記者は思わず撮影した。
そのあと立ち寄った民間管理施設では、週末の入場整理券がすでに配布終了になっていた。
「二千円払って入るんですか?」
「ここはそうです。管理費と救護体制の維持に使うので」
案内係が答える。
「全員が同じように参加できるわけではありません。講習の修了や装備の条件がありますし、危険度の高い区域は一般開放していません」
記者は頷いた。命の危険がある場所なのだから、線引きは当然必要だ。
それでも、料金を払う側に長い待機列ができている光景は、母国の訓練参加者募集とはまったく違っていた。
「ここの利用者は、だいたいどんな人ですか?」
「いろいろですね。会社員、学生、自営業の方。近所の方もいれば、電車で一時間くらいかけて来る人もいます」
施設の外では、花柄のエコバッグを提げ、虎が大きく描かれたシャツを着た年配の女性が、若い男性へ安全確認の手順を教えていた。深い区画に入った経験はないが、講習を受け、一般開放された区画に何度か通っているという。
「参加するのは、やはり危険への備えですか? 近所にダンジョンがあると恐ろしいですよね」
記者が尋ねると、虎シャツの年配女性は「ちゃうちゃう」と大きく手を振った。
「そら、怖ない言うたら嘘やけどな。商店街の米屋の西田さん、あの人がダンジョン行くようになって、膝が楽になった言うてん。おまけにシワまで減った気ぃするって」
「……シワが……減るんですか?」
「知らんよ。本人が言うてるだけや。でもな、周りだけシワが減ったら、うちのシワが相対的に増えるやんか!」
「……相対的に?」
「せやろ? シワシワ増し増しのおばあちゃんになってまう! あっはっは!」
女性は自分で言って自分で笑った。面白さはちょっと伝わらなかった。翻訳の妙だろうか。
「それで私も講習受けて、一回行ってみたんよ。そしたらこれが、思てたよりおもろうてね。今度はみんなで行こか言うてんねん」
「ご自身のシワは、減りましたか?」
「まだやな! 期待してんねんけど!」
記者は質問票に『美容効果への期待』と書きかけて、やめた。これは検証済みの効果ではない。ただのご近所の噂である。
それでも、女性が次の探索を楽しみにしていることだけは、通訳を挟んでも疑いようがなかった。
その隣で、LEVELの高い青年が携帯端末を眺めながら、昼食に何を食べるかを悩んでいた。
戦える人、逃げる方法を知っている人、参加しない人。全員が同じ力を持っているわけではない。それでも、誰かの身近に経験者がいる。
取材班の車が住宅街を抜けるころ、記者の質問票には、出発前にはなかった項目が二つ増えていた。『RPGへの憧れ』と『ご近所付き合い』。どちらも、これまで読んできた公的な育成資料には載っていなかった。
* * *
最後に訪れた買取店では、受付番号を手にした若い女性が、魔石の査定結果を見て顔をしかめていた。
「えっ、今回これだけ? 交通費で消えるじゃん」
「だから先週も言ったじゃん、あそこ素材の方がいいって」
一緒に来た友人が笑う。
記者はその二人に、どうやって探索先の情報を集めているか尋ねた。
「え、Wikiですけど」
「公式の資料ではなく?」
「公式も見ますよ。営業日とか立入禁止区域とかはそっち。攻略の方はWikiと、あと現地の人の報告ですね」
「それは政府が運営しているサイトですか?」
「違います。非公式です」
「民間団体が?」
「いや、個人運営だったかな」
女性はスマートフォンを取り出し、慣れた指つきでページを開いた。
『現実ダンジョン攻略Wiki(仮)』
記者は画面を覗き込んだ。通訳がすぐに訳してくれる。
「……仮?」
「ずっと仮がついてますね」
「海外の人ならあれじゃない? 『※要検証』のほうが有名じゃない?」
もう一人の女性がそう言ったことで記者にも合点がいった。それならミームも有名で知っている。
知ってはいたが、まさか個人運営だったとは……。
日本では、国家の専門部隊に匹敵するわけでもない普通の人々が、仕事帰りや週末にダンジョンへ入り、その経験を一人の管理人が作ったサイトへ持ち寄っている。
記者はそこまで理解して、もう一度ページの表題を確認した。
ちなみに、どうやら『仮』は、誤訳ではないらしい。
今日は出かけていたんですが、予約投稿を忘れていました(汗)
家帰ってきて「あー感想もらえてるかな?ワクワク」なんてページ開いたら投稿されてなくて泣いた