日本だけダンジョン発生中――政府が検討している間に世界最強になっていた   作:御影 智人

39 / 41
第39話 強くなりたい理由

「初来訪者は奥の攻略には参加できませんよ。念のため」

 

 大江山ダンジョンの受付で、御厨アキラは開始早々、釘を刺された。

 

「はい。管理区画の護衛・対複数戦訓練に申し込みました」

「なら大丈夫ですね。ここの入口、見た目がいかにもですから。鬼退治に来ましたって言う方も時々いて」

「……気持ちは分かります」

「分からないでください」

 

 真顔で返され、アキラは申込書を差し出した。

 受付担当者の背後には、大きな案内図が掲示されていた。

 深部は立入禁止。専門班の管理区域と訓練用の外縁部も明確に分けられている。

 アキラは案内図を見て、少しだけ感心した。

 

「境界の設定って、何を基準にしてるんですか?」

「それは指導員に聞いてください。まずはこちらに署名を」

 

 つい仕組みを調べたくなるが、今日の目的は別にある。自分一人で戦うためではなく、人を守りながら戦う方法を覚えに来たのだ。

 防具を受け取って集合場所へ向かう。経験者向けと書かれた講習の内容は何度も確認した。だが、あの山道で何が足りなかったかを他人に見せるのは、少しばかり緊張する。

 

 * * *

 

「御厨さん、探索経験は十分あるようですね。山間部の件にも居合わせたとか」

 

 装備点検を終えたアキラに、指導員が声をかけた。

 

「はい。ゴブリンは倒せます。でも、人を避難させながらだと……あれだけいたら、どこを見ればいいのか分からなくなって」

「なるほど。まずは一人で戦うところと、誰かを守るところを分けて見ましょう」

 

 最初は訓練用の装備で、一対一の動きを確認した。

 アキラが相手の踏み込みに合わせて横へかわすと、指導員は素直に頷いた。反応も悪くない。近距離で戦ってきた人間の動きだと認めてくれた。

 

「じゃあ次。後ろの人を、あの線まで逃がしてください」

 

 今度は別の参加者が住民役になった。指導員と補助員が二方向から近づく。アキラは先に来た相手を抑えたが、気づくと後ろの『住民』はもう一人に追い詰められていた。

 

「はい、ここまで。御厨さんは勝ちました。でも、守るはずの人は逃げられていません」

「……あ」

 

 戦いには勝ったのに、護衛としては不合格。なかなかひどい採点方法である。

 ただ、あの集落で味わったのは、まさにそれだった。

 

「一人相手なら判断は速いですね。ただ、危険が二方向に分かれた瞬間、目の前の敵を追いすぎます」

「……はい。あの集落でも、似たようなことをしました」

「倒せる相手を全部追う必要はありません。守る人と退路を見失わないこと。味方へ任せる判断も、技術です」

 

 アキラは返事をしながら、指導員が示した二つの進路を頭の中でなぞった。

 敵の数、近づく方向、同行者の位置、撤退の合図。変数が増えれば、自分一人ですべてを処理する方法はすぐに破綻する。なら、見なくていいものを決め、任せられる役割を分ければいい。

 休憩になると、アキラはさっそく訓練記録を付け始めた。二方向から接近された場合の視線、住民役の動き、交代の合図。さっきの失敗を図にしているうちに、ノートの余白がなくなった。

 

「休憩中にそこまで書く人、珍しいですよ」

「同じミスを二回するの、もったいないので」

 

 隣で水を飲んでいた参加者が、ノートを覗いて吹き出した。

 

「試験勉強みたいですね。僕、そこまでやったら会社の研修思い出しちゃう」

「……会社の研修ってこんな感じなんですね」

「え、学生!?」

 

 アキラは自分の微妙な立ち場を思い出して、安易に頷くのをためらった。内定はもらっていたが、こんな状況だったので、取り消しになってしまっていたのである。

 

 * * *

 

 安全確認済みの区画で魔物を相手にする訓練は、翌日から始まった。

 指導員と経験者が同行し、危険な動きがあればすぐ介入する。相手は管理区画で低危険度と判定された小型種だが、訓練の課題は討伐そのものではなく、味方と退路を見ながら行動することだった。

 

 一回目は目の前のゴブリンを素早く仕留めた。だが、別の個体が同行者の方へ寄っているのを見落とし、指導員に中止の合図を出された。

 

「敵を倒す速さは十分。でも、今のは護衛なら失敗です」

「……うっ、はい」

 

 次の交戦では、あえて目の前の一体を追いかけず、同行者の背後を守る位置を取った。攻撃役を引き受けた訓練生が魔物を倒すまで、アキラは盾で進路を塞ぎ、逃げ道を確保する。

 

「今のはよかった。相手を全部倒すことだけが仕事じゃありません」

 

 指導員の声に、アキラは思わず顔を上げた。

 自分が動かず、誰かに任せたからこそ守れた。言葉では知っていたはずなのに、身体で実感すると妙に嬉しい。綺麗な検証結果が出たときとは、また別の手応えだった。

 訓練で何度も実戦形式の動きを重ね、翌日も同じ区画で交戦した。その日の終わり、アキラは自分のステータスを開いて固まった。

 LEVELの数字が、一つ増えている。

 

「……あ、上がった」

 

 思わず声が裏返った。

 ただ立って見ていただけでは経験値にならない。討伐へ有意に寄与し、吸収できる距離にいる必要がある。知識として散々調べた条件だが、盾で魔物の動きを制限し、仲間の攻撃を助けた自分の行動が成果につながったと思うと、予想以上に嬉しかった。

 

「上がりました!」

 

 報告された指導員は、一瞬目を丸くしてから笑った。

 

「おめでとうございます。あまり大きい声を出すと、隣の班まで何事かと思いますよ」

 

 少し恥ずかしい。

 

「ただし、数字が一つ増えたからといって、急に無理をしていいわけではありませんよ」

「はい。あの山道のこと、忘れてないので」

 

 そう言うと、指導員は頷いた。

 LEVELが一つ増えても、あの日の群れを一人で止められるわけではない。むしろ訓練を受けた今の方が、どこまでなら自分にできるのかをはっきり理解していた。

 

 * * *

 

 訓練の最終日、アキラは帰りの交通機関を調べながら、記録を読み返していた。

 足が前より動くようになり、指導員の注意も減った。実戦で同じように動けるかは分からないが、続ければ変われる手応えはあった。

 

「また来ようかな……」

 

 口にしたところで、移動時間と宿泊費が目に入った。

 ここへ来て訓練している間、別の現場には行けなかった。あの山間部にもう一度向かうとしても、別の長い移動が必要になる。

 アキラはスマートフォンで世界ダンジョンマップを開いた。

 地図には国内外の情報が薄い地域がいくつもある。LEVELが一つ上がっても、そこへ瞬間移動できるわけじゃない。

 

「御厨さん、これ」

 

 隣から声をかけたのは、休憩中にノートを覗いていた参加者だった。手に持っているのは、訓練で配られた退路確認のチェック表だ。

 

「昨日の訓練で、守る相手を見失うところ。あれ、どう直したんですか? 御厨さん、ノートに書いてましたよね」

「……俺のですか?」

「ただ、他の人にも見せるなら、指導員に確認してもらった方がいいですね」

 

 そう言われて、アキラはノートを開いた。

 退路を確認する順番、守る相手の位置、隣の人へ合図を出すタイミング。講習で教わったことに、自分の失敗と改善した手順を細かく書き足してある。

 自分の弱点を直すために書いたものを、別の人も使いたいと言っている。アキラは思わずページを繰った。

 

「……これ、ほかの人も使えるのか」

「使えると思いますよ。間違って覚えてるところがなければ」

 

 軽い調子の返事だった。

 集会所でも、道を知る軽トラックの男性がいて、棒で魔物を押し戻した人がいた。自分が走り回っても守れなかった方向を、別の誰かが見てくれていた。

 自分がいない場所にも、誰かがいる。そこで必要な情報を渡す方法なら、自分にもできるかもしれない。

 

「指導員さん、ちょっと確認してもらってもいいですか」

 

 アキラが差し出したメモを見て、指導員は「え、こんなに?」と声を上げた。

 

「ご自身の体験を書いた部分は構いません。ただし、施設の内部配置や非公開の手順は載せないでください。あと、私が見た箇所でも『施設

が内容を全面保証している』みたいにはしないで」

「もちろんです。出典と適用範囲も分けます」

「……話が早いですね」

 

 アキラは確認した範囲と自分の体験とを分け、公開できる部分だけを整理した。

『管理区画での退路確保・個人訓練メモ ※確認済み範囲を明記』

 自分の失敗を誰かが補い、次の人へ渡す。ずっと好きでやってきたことだ。

 戦う練習は、これからも続けたい。ただ、自分が駆けつけられない場所にも、情報なら届く。実際にそこで誰かが動けるかどうかが、大事なのだ。

 そう思ったとき、ずっと胸に引っかかっていたものが少しだけ軽くなった。

 

 * * *

 

 帰宅した夜、アキラは山間部ブレイクの情報を地図へ追記していた。

 発生時刻は公開情報で確認できた範囲だけ。入口の推定位置と確定情報を分け、避難区域の詳細は関係機関が公表している範囲に限る。

 データを更新し終えたところで、新しいメールの通知が入った。

 送信元は、以前に公開情報の照会でやり取りした国内の連絡窓口だった。

『全国のダンジョン情報の連携方式に関する意見交換のお願い』

 添付された概要には、今回のような未管理地点の情報空白や、地域をまたぐ応援要請について、複数の関係者で検討を始めたいと書かれている。

 アキラは送信元のドメインを確かめ、以前の照会記録と公開された連絡先を別画面で照合した。もちろん添付のリンクは先に踏まない。

 正規の窓口だと確認してから文面を読み直すと、思わず姿勢が前のめりになった。

 入口を管理する人、自治体の担当者、講習の修了情報、応援に行ける探索事業者、事故の記録。どれも別々の窓口が持っていて、緊急時には探し出すのに時間がかかる。

 

「……ああ、それ」

 

 アキラは山間部の地図へ視線を戻した。

 あのとき集会所では、逃げる道を知っている人がいて、戦える人がいて、助けを求める先もあった。それでも、別の谷へ手を伸ばすことはできなかった。

 

「これ、つながってたら……」

 

 あの日の結果は変えられない。でも次に、誰かが情報を探す時間は短くできるかもしれない。

 返信画面を開く。

『ご連絡ありがとうございます。まず、公開できる項目と、更新元の責任範囲を確認したいです』

 書き出しは、いつもどおりだった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。