日本だけダンジョン発生中――政府が検討している間に世界最強になっていた 作:御影 智人
市役所の危機管理課に最初の電話が入ったのは、午前九時四十七分だった。
「公園に穴が開いてます」
道路陥没だと思った。
二件目は、小学校の裏門。
三件目は、民間の月極駐車場。
四件目は神社の境内だった。
午後には、係長の机の上に地図が広げられ、赤い丸が七つ付いていた。
「これ、どこの所管ですかね」
若手職員が聞いた。
係長は答えられなかった。
道路なら道路管理課。公園なら公園緑地課。学校なら教育委員会。私有地なら基本的には所有者。生き物が出るなら警察か、場合によっては保健所。災害なら危機管理。
ただし、地下へ続く石造りの階段が突然生えて、そこから緑色の小人が刃物を持って出てくるケースは、どの業務マニュアルにも載っていなかった。
載っていたらそれはそれで怖い。
「県から何か来ました?」
「『国の方針を確認中』です」
「国は?」
「『関係省庁で連携中』」
全員が真面目に仕事をしている。
だからこそ遅い。
何しろ、一度「危険だから全部封鎖」と決めたところで、誰が封鎖費用を負担するのか、私有地の入口へ行政が勝手に柵を置けるのか、中から生物が出た場合の駆除権限はどこにあるのか、負傷者が出た場合に災害救助法の対象になるのか。
決めることが多すぎた。
その間にも現場は存在する。
午後二時。
商店街脇の駐車場に出た穴から、犬ほどの大きさの生物が三匹出た。
消防と警察が到着したころには、すでに地元の建設会社の社員二人と、青果店の店主が倒していた。
武器は角材とフォークリフトだった。
「……なんでフォークリフト」
「青果店の店主が押さえて、建設会社の人が」
「いや、聞かなかったことにしよう」
報告書の様式には「使用装備」という欄がなかった。
係長は、とりあえず備考欄へ書いた。
フォークリフト。
午後三時。
市は独自判断で、確認済みの入口へカラーコーンと簡易柵を置くことにした。
ところが資材が足りない。
ホームセンターへ連絡すると、
「申し訳ありません、柵とロープが朝からすごい勢いで売れてまして」
という返事が来た。
何に使っているのかは聞かなくても分かった。
市民の方が先に対策している。
安全かどうかは別として。
午後四時半。
今度は別の公園から連絡が入る。
「入口の前に名前書く紙が置かれてるんですけど」
「何の名前です?」
「順番待ちみたいです」
係長は額を押さえた。
現場へ行くと、本当にあった。
大学ノートをちぎった紙に、
『入る人はここに名前と時間を書いてください。30分戻らなかったら110番』
とマジックで書いてある。
その下には十五人ほどの名前。
合理的ではある。
行政が推奨した覚えはまったくない。
「撤去します?」
部下が聞いた。
係長はしばらく紙を見た。
「……柵は置く。立入禁止の表示もする。その紙は、今はそのままで」
「いいんですか」
「よくはない」
だが、撤去したからといって人が入らなくなる保証もない。むしろ、誰が入ったか分からなくなる。
現場では、理想よりマシな方を選ぶしかないことがある。
午後六時、市の公式サイトに注意喚起が掲載された。
『原因不明の地下構造物には近づかないでください』
その下に、
『内部への立ち入りは大変危険です』
と太字で書いた。
公開から十分後。
市内のSNSコミュニティにスクリーンショットが転載された。
『やっと来た』
『うちの近所の穴、もうレベル4の人いるぞ』
『ホームセンターのヘルメット売り切れ』
『○○公園、今待ち時間40分』
係長は画面を閉じた。
「……遅かったか」
その日の夜、国の会見では、全国一律の立入規制について質問が出た。
回答は、
「現在、関係機関と連携し、法的な整理も含めて検討を進めております」
だった。
係長はテレビを見ながら頷いた。
分かる。
本当に、分かる。
そのうえで思った。
「せめて昨日言ってほしかったな……」