日本だけダンジョン発生中――政府が検討している間に世界最強になっていた 作:御影 智人
「政府は何をしていたんだ、か」
御厨アキラはスマートフォンに表示された見出しを読み、その下に続く記事を指で送った。山間部のダンジョンブレイクから数日が過ぎ、ニュースの中心は現場の映像から、なぜ発見できなかったのかという検証へ移っていた。
死者は三人。集会所にいた人たちが無事だったことを喜ぶ声もあったが、別の谷で暮らしていた人たちにとっては、それで終わる話ではない。
『未確認の入口を五か月も放置』
『全国調査の限界、自治体ごとに異なる対応』
『政府は現在、再発防止策を検討中』
三つ目の見出しを見て、アキラは少し眉を寄せた。今回ばかりは、あの「検討中」という言葉を笑う気になれない。
もっとも、山の中に入口があるかどうか分からない以上、すべてを探し出せという要求にも無理がある。アキラが現地まで行ったのだって、入口を発見したからではない。公開されている記録に空白があるのが気になっただけだ。
「……でも、空白があるのは分かってたんだよな」
画面を閉じ、机に置かれた資料へ視線を戻す。
『全国ダンジョン情報の連携方式に関する意見交換会』
大江山の訓練から戻った夜、国内の連絡窓口から届いた案内メール。その中に記されていた会議が、今日開かれるのだ。
* * *
「御厨さん、本日はありがとうございます。資料はご確認いただけましたか」
「はい。別紙と参考資料を含めて、二百四十六ページもありましたね」
「あ、すみません。関係省庁が多いものですから」
「いえ、面白かったです」
担当者は謝りかけた姿勢のまま、どう反応していいか迷っているようだった。
アキラが招かれたのは、国や自治体、探索事業者、情報システム関係者による実務の意見交換会である。個人Wikiの管理人が混ざっているのは少々異例だが、世界ダンジョンマップで公開情報を扱ってきた経験について、意見を求められたのだ。
会場にはスーツ姿の参加者が並び、オンライン参加者の画面も壁に映っていた。胸元の名札を見れば担当分野は分かるものの、いかんせん種類が多い。
「それでは、山間地域の事案を踏まえた連絡体制の課題から始めます」
進行役が説明を始めた。
土地の所有者が確認できない。入口周辺の立入管理を誰が担うか調整が必要。探索事業者の認定基準が地域ごとに異なり、事故時の補償も統一されていない。仮に管理地点が分かっていても、周辺の応援戦力を迅速に確保できるとは限らない。
「今回、自治体が何もしていなかったわけではありません。警察や消防、現地の探索班にも、把握できた範囲で必要な情報は伝達されています」
担当者が慎重に言葉を選ぶ。
「ただ、隣の自治体まで含めて誰が動けるのかとなると、別の照会が必要でした。それを待つ時間が、緊急時には大きい」
事業者の代表が頷いた。
「うちも出動要請があれば対応します。でも登録されているからって、常時待機しているわけじゃありません。現場から呼び戻せない仕事もあります」
「その点も含め、応援の判断をどう早くするかですね」
アキラは資料の表を見比べた。入口の一覧と事業者の一覧は、そもそも作られた目的が違う。地図上に両方の点を置いただけでは、助けに行けるかどうか分からない。
「一つ、確認していいですか」
声をかけると、進行役が頷いた。
「今回、別の谷にも被害が出ましたよね。もしその集落へ行ける探索班を探すなら、どの順番で問い合わせるんでしょう」
「まず現地の対策本部から、登録を管理している部署へ照会します。近隣で難しければ、広域応援の連絡経路を使うことになります」
「その間に、どこが今動けるかも確認する?」
「はい。登録情報だけでは稼働状況までは分かりませんから」
「……やっぱり、探すところからなんですね」
アキラは言ってから、少しだけ息を整えた。
「あのとき、俺は集会所にいたんです。現地の人が道を知っていて、戦える人もいて、専門班も来てくれました。こっちではみんな動いていたのに、別の谷には届かなかった」
資料の地図を見る。画面上では指でなぞれる程度の距離でも、実際には山が横たわり、道は大きく迂回している。
「場所と、道路と、応援できる人と、その人に連絡できる窓口。全部別々に探すと、時間がかかりますよね」
「ええ。そこは改善したいと考えています」
「なら、一つの地図に全部載せなくても、照会先をつなげるだけで違うと思うんです。情報が古いかどうかも分かるようにして」
自治体の担当者がメモを取った。
「最終更新日と、実際に確認した日も分けた方がよさそうですね」
「そうです、それです」
アキラの返事が少し速くなった。自分以外にも、同じところを気にする人がいる。
話はそこから具体的になった。新しい組織にすべてを管理させるのではなく、行政・事業者それぞれが持つ記録を、共通の条件で照会できる窓口を作る。出動を決める権限は従来の担当機関に残し、資格や安全基準も省略しない。県境を越える場合には、既存の広域応援の協定や受入条件を確認する。
「まずは限定した地域で試験運用しましょう。最初から全国一斉に切り替えるのは危険ですから」
進行役の提案に、反対は出なかった。
全員が納得したというより、現実的にそこから始めるしかないのだろう。アキラも、いきなり世界ダンジョンマップの全項目を作り直せと言われたら断る。たぶん二百四十六ページでは済まない。
* * *
意見交換会から数日後、担当者から資料の続きが届いた。
件名には『対外案内名称に関する検討結果』とある。
「……名称?」
中身を開いたアキラは、まず正式名称の案を見つけた。
『全国ダンジョン探索活動安全管理及び地域間応援連携窓口(仮称)』
長い。しかも、まだ仮称だ。
その下には、政治レベルでの調整結果として、担当大臣の発言が要約されていた。
『国民や探索者への案内には、通称として「冒険者ギルド」を使用してはどうか』
「……え?」
アキラは一度スクロールを戻した。
冒険者ギルド。
確かに、ゲームでなら分かる。登録して、依頼を受けて、報酬が出て、必要な情報が集まる場所だ。
続く質疑の概要には、やり取りが淡々と記録されていた。
『探索者の登録を扱うのか』
『認定情報の照会と登録窓口の案内を想定』
『依頼の斡旋は』
『緊急応援要請の連絡調整を想定。契約主体は各事業者』
『報酬は』
『契約条件に基づき、各当事者間で精算』
『討伐証明は』
『現場の作業報告・確認記録を活用』
アキラは途中で吹き出した。
「……クエスト受付じゃん」
名称が先にあって制度を無理やり合わせたのではない。必要な仕組みを真面目に並べたら、冒険者ギルドになってしまったのだ。
一方、担当部署からは『権限を誤解される可能性がある』との留保も付いている。窓口に行けば誰でも戦力を借りられるわけではないし、民間人を強制的に出動させることもできない。
それはそれとして、通称としては覚えやすい。
「正式名称の方、もう誰も覚えないんじゃないかな……」
アキラは長い名称をコピーして、資料内検索をかけた。少なくとも略称の定義は必要だろう。後で提案欄に書いておくことにした。
* * *
試験運用への協力依頼とともに、今度は実務担当者の一覧が送られてきた。
個人Wikiの公開情報と、公的管理記録の照会方法を調整するための名簿である。アキラはいつもの癖で、所属と担当範囲を先に確認した。
自治体の入口管理担当。認定探索事業者。情報システム会社。警察関係者。法務担当。
それから、少し変わった項目があった。
『特殊情報防護に関する研究協力者』
肩書きの欄には、こう記されていた。
『陰陽師』
「……?」
アキラは念のため、前後の行を確認した。情報システム会社の担当者と、個人情報保護の専門家に挟まれている。
どう見ても、データの入力欄を間違えているようには見えない。
担当者へ問い合わせる。
『名簿の「陰陽師」という肩書きは、何かの略称でしょうか』
少しして、返信が来た。
『いいえ。記載のとおりです。別の案件でもすでにご協力いただいておりますので、今回は関連分野の研究協力者として参加いただきます』
アキラは文章を三回読んだ。
誤記ではない。しかも、別の案件。
一体、何に協力したのだろう。
「…………陰陽師?」
新しい疑問が増えた。
それも、相当変な方向に。