日本だけダンジョン発生中――政府が検討している間に世界最強になっていた 作:御影 智人
翌朝。
昨日ゴブリンに切られた腕にはまだ絆創膏が貼られていたが、御厨アキラは朝から配信をつけてWikiの整理をしていた。
『怪我してるくせにWiki整理はやめられないw』
『FPSやめられないんだけどの系譜』
「ゲームしてるわけじゃないから」
机の上には、自分が倒したゴブリンの死体から拾った石が置いてある。親指の先ほどの大きさで、色は半透明の灰色。
死体そのものは警察が回収していったが、その場に落ちていた石については「危険物かどうか分からないので触らないでください」と言われた。
すでに触ったあとだった。
その件は黙っておいた。
Wikiでは、同じ石の報告が全国から上がっていた。
『魔石』
誰が最初にそう呼んだのかは分からない。ただ、他に適切な名前もなかったので、そのまま定着している。
午前十時。アキラがWikiの掲示板を眺めていると、新しい書き込みが目に入った。
『魔石、小さいやつ一個3万で買うって業者いた』
「三万?」
ページを開く。
投稿者は群馬。ダンジョン前で名刺を配っていた民間業者が、サイズごとに買い取り価格を提示しているらしい。その下にも別地域の報告が続いていた。
『うちは二万五千』
『大阪四万って聞いた』
『何に使うんだよ』
『発電できるって噂』
『ソースは?』
『ない』
最後だけは信頼できる。
アキラが検索すると、大学の研究室、素材メーカー、エネルギー企業など、すでに複数の組織が「未知のエネルギー反応を確認した」と発表していた。詳細は非公開だが、用途は分からなくても価値はあるらしい。
人類は未知の物質に値札を付けるのが早い。
午後には、ダンジョン入口の近くに即席の買い取り所まで現れた。ヘルメットや軍手、懐中電灯の隣に、「魔石買取 一個30,000円~」という看板が並んでいる。
見た目だけならかなり終末世界なのだが、やっていることはフリーマーケットに近かった。
アキラは机の上の魔石を見た。
売れば三万円。大学生には大きい。だが……
「サンプルは1つしかない……売れないな」
『検証班の悪い癖』
配信コメントに書かれた。
視聴者は四十三人。昨日の十一人から大きく増えている。別に世の中に検証好きの変人が急増したわけではない。それだけ今、誰もがダンジョンの情報を欲しがっているということだった。
アキラは別の投稿を開いた。
『同じ数倒したのにレベル上がる人と上がらん人いる』
これも増えている報告だった。
五体倒してレベル3、十体倒してレベル2、一体でレベル2。数字が合わない。
「経験値が討伐数固定じゃない」
『敵によって違うんじゃね』
「それはある。でも同じゴブリンでも差がある」
アキラは報告フォームに、使った武器、トドメを刺した人、戦闘への参加方法、負傷の有無、戦闘前後のレベルを追加した。
一時間ほどすると、少し面白い偏りが見えてくる。トドメを刺していない人にもレベル上昇例がある一方で、同じ場所にいても見ていただけの人にはほとんど変化がない。敵を押さえた人、盾代わりの板で攻撃を受けた人、石を投げて牽制した人には上昇例があった。
「……トドメ判定じゃない?」
『参加賞ある?』
「参加しただけでもない。何かやってる必要はありそう」
コメント欄がざわつく。
『ゲームすぎる』
『ヒーラーも経験値入るやつ?』
その言葉を見た直後、新しい報告が一件入った。
『友達が怪我したとこ触って「治れ」って言ったら光った。ちょっと傷ふさがった』
アキラは添付動画を開いた。薄暗いダンジョン入口で、手のひらの周囲にごく弱い白い光が浮かんでいる。
画質が悪く、加工の可能性も捨てきれない。
「元動画欲しい」
投稿者へ連絡を送る。
『魔法?』
『ついに来た』
「まだ。まず加工じゃないか確認」
『夢がない』
夢より再現性である。
だが、もし本物なら話が変わる。レベルアップだけでなく、魔法まで存在することになる。しかも発動条件はまだ何一つ分からない。
気づけば、アキラは少し笑っていた。本人にはその自覚がなかったらしく、コメント欄の方が先に反応した。
『楽しそう』
『こいつ完全に喜んでる』
「いや、危険なのは分かってる」
『顔』
アキラはカメラを切った。
その夜、Wikiに『経験値条件検証』という新しい募集ページを作った。参加条件は「無理をしないこと」と「もともとダンジョンへ入る予定があること」。新たに危険を冒してもらうのではなく、既存の探索について誰が何をしたか、トドメは誰か、戦闘前後でレベルが変わったかを記録してもらう。
ほどなく全国から回答が集まり始めた。
アキラは表を眺めながら、仮説欄へ一行書く。
『経験値は「倒したか」ではなく、戦闘への関与が影響?』
末尾には、もちろんこれも付けた。
『※要検証』