日本だけダンジョン発生中――政府が検討している間に世界最強になっていた 作:御影 智人
検証開始から二日。
回答数は、二百八十七件になっていた。
「……二百八十七?」
アキラは朝から表計算ソフトを開いたまま、数字を二度見した。昨夜作ったばかりの検証フォームにしては、想定より明らかに多い。
『集まりすぎだろ』
『全国の検証班が集結してる』
『卒論よりデータ集まってそう』
「いや、ありがたいけど。ありがたいけど入力形式守ってくれ。『たぶん二回くらい殴った』はデータとして困る」
『めんどくさい研究者』
『大学生だろ』
『卒論やれ』
「卒論やってる場合じゃないだろ」
『卒論も今やるものだよ』
コメント欄は正しいことを言う。アキラは無視した。
Wikiの検証フォームには、かなり使える回答が集まっていた。三人でゴブリンを倒したケースでは、一人目がスコップで攻撃し、二人目が後ろから押さえ、三人目はすぐ近くにいたものの戦闘には加わらなかった。結果は、戦闘に参加した二人だけがレベル上昇。三人目には変化がない。
別のケースでは、トドメを刺したのは一人だけだったが、板を盾にして攻撃を受けていた人と、横から石を投げて注意を逸らしていた人にも上昇があった。
「トドメじゃないな」
『参加判定?』
「たぶん。ただ、同じ場所にいるだけじゃダメっぽい」
攻撃回数やダメージ量だけでは説明できない。何をもって「戦闘に参加した」と判定されるのか、その境界の方が問題だった。
「条件が多い」
『嬉しそう』
「嬉しくはない」
『顔見せろ』
『今日は顔カメラ切ってる』
『昨日から学習してて草』
昨日の反省を活かし、今日は画面共有だけにしていた。
学習の方向性が正しいかはともかく、学習はしている。
* * *
昼過ぎ。
Wikiに、新しい検証結果が上がった。
同じ三人組が、同じダンジョンで何度か役割を入れ替えて試した記録だった。誰か一人が攻撃役、もう一人が盾役、残る一人は戦闘には手を出さず、入口脇で記録だけを取る。次の戦闘では役割を交代する。
「……うわ、役割以外ほぼ条件揃えてる」
アキラが椅子から少し身を乗り出した。
「しかも同じ三人で回してる。めちゃくちゃ有能!」
『急にテンション上がるやんw』
『さすが検証厨、データで喜ぶ』
結果はきれいだった。
攻撃役には上昇あり。盾役にも上昇あり。記録だけしていた人にはなし。
役割を入れ替えても、同じ傾向が出ている。
「ダメージ量じゃないな」
『タンク経験値あるやん』
「たぶん。敵の注意引いてるとか、戦闘成立に寄与してるなら入る」
『回復も?』
「昨日の光る手が本物なら、試したい」
例の治癒らしき動画は、元データを受け取っていた。少なくとも単純な合成ではなさそうだったが、再現実験はまだ成功していない。投稿者本人も「もう一回やれと言われても出ない」と言っている。
魔法は、今のところ経験値以上に面倒だった。
アキラは検証ページを更新する。
『暫定仮説』
・戦闘への有意な寄与が必要
・トドメを刺す必要はない
・攻撃ダメージは必須ではない可能性
・「寄与」の判定範囲はまだ不明
最後に、タイトルも変えた。
『経験値入る条件たぶんこれ ※要検証』
『たぶんこれなのに要検証なの?』
コメントが付いた。
「断定して外した方が面倒だから」
『慎重』
「そう、俺って慎重な質なのよ」
『庭の穴に入った人が言うな』
それは反論できなかった。
* * *
夕方、Wikiのアクセス数が急に跳ねた。原因はニュースだった。
『政府、ダンジョンへの一般人立ち入りについて規制を検討』
画面の中では有識者会議の設置が発表され、危険性や救助負担、未知の感染症、私有地への対応、武器の持ち込みなどが論点として挙げられていた。どれも真っ当な話である。
「そりゃ規制はするよな」
『お前が言うの?』
「俺が言うから説得力あるだろ。一回入って襲われてるんだから」
『警察に待てって言われて入った人が?』
「…………」
反論できない。
コメント欄も珍しく、規制そのものには同意が多かった。
『まあ死人出てるし』
『無制限は無理』
『せめて登録制』
『禁止されたら困る』
最後の一件に、アキラは視線を止めた。
困る。
そういう人間がもう出ている。
魔石を売っている人。
ダンジョン周辺で装備品を売る店。
レベルが上がることを目的に通う人。
たった一週間も経っていないのに、生活が接続し始めている。
政府が「禁止」と言えば終わるほど、単純な段階ではなくなりつつあった。
ニュースのテロップが変わる。
『全面禁止も選択肢 具体策は今後検討』
アキラがWikiのアクセス解析を見ると、数字はまた増えていた。
「……禁止前に、行っとくか」
『は?』
『手のひらクルックルで草』
『さっき規制に賛成してた人?』
「いや、でも、ここまで来たらデータはほしいじゃん?」
『検証厨の言い訳』
『お前絶対入る側だと思った』
無制限に入れる状態が危ないと思うのと、自分の検証が途中なのは──たぶん、別の話である。
少なくともアキラの中では。
誰もまだ禁止していない。
それでもその夜、全国のいくつかのダンジョンでは入場待ちの列が伸び始めた。