日本だけダンジョン発生中――政府が検討している間に世界最強になっていた 作:御影 智人
五か月後。
御厨アキラは、ダンジョンの入場整理券をスマホで確認した。画面には「14:40集合/予約番号C-18」と表示されている。
「三時からだったよな」
「14:40集合。遅刻したら次枠」
母に言われ、アキラは玄関で靴を履く。
「分かってる」
五か月前、自宅の庭に突然できた穴である。
現在、その入口には市の認可を受けた簡易ゲートが設置され、予約制になっていた。
庭なのに。
最初の一か月で家族だけでは管理できなくなった。見物人に探索者、研究者、業者まで押しかけ、一度はテレビ局まで来た。結果、市と相談して管理団体へ委託した。
自宅の庭へ入るのに予約が必要になったのは、人生でかなり上位に入る意味不明な出来事である。
ただし使用料は入る。
母はもう文句を言わない。
* * *
駅前のコンビニには、普通にダンジョン用の棚があった。ヘッドライト、簡易止血キット、携帯食に、魔物避けスプレーまで並んでいる。
最後のものについては効果が検証されていない。Wikiでは「たぶん気休め」と書かれている。それでも売れている。
レジ横には『魔石買い取り提携店 本人確認書類をお持ちください』という表示まである。
五か月もあれば、人は慣れる。社会はもっと慣れる。
ダンジョン保険や探索者向け傷害保険が生まれ、装備レンタル、民間講習、自治体認定ガイドまである。魔物肉には衛生基準ができ、魔石にも取引ルールが整備された。
学校では「ダンジョンへ勝手に入らない」というプリントが配られ、その裏で高校生はどこの入口が初心者向けか話している。
会社員は金曜の夜に飲みに行くか、ダンジョンへ行くかで迷う。
アキラが作った『現実ダンジョン攻略Wiki(仮)』は、もう仮と呼ぶには大きくなりすぎていた。ページ数は数千に膨れ、地域別マップ、魔物図鑑、推奨装備、魔石相場、経験値仮説、魔法再現報告まで揃っている。
神社・寺院・古い伝承との相関を真顔で検討する隔離ページまである。
『【仮説】古代にもダンジョンあった説』
信頼度、星一つ。
注記。
『※根拠薄い。オカルト板でやれと言われ隔離』
アキラは削除していない。
根拠が薄いからであって、ゼロとは限らない。
これも検証班の悪い癖だった。
* * *
午後、庭のダンジョンへ入る。
もう初日の自転車用ヘルメットではない。規格品の防具に携帯端末、救難ビーコン。武器は短めの槍だ。
アキラのレベルは、突出して高いわけではなかった。毎日潜る専業探索者には普通に負ける。ただし、魔物の挙動や地形変化の記録量ではかなり上位だった。
少し先では、別グループの探索者が通路の奥へ手を向けた。火の塊が飛び、数メートル先の小型魔物へぶつかる。
五か月前なら、あの距離を埋めるには走って殴りに行くしかなかった。今では、ある程度レベルが上がった探索者の中に、魔法や特殊能力を実用レベルで使う者も珍しくなくなっている。
「普通にファンタジーになったな」
『最初スコップだったのに』
「それは忘れろ」
庭のダンジョンには、その日も何組もの予約が入っていた。魔石目当ての探索者、レベルを上げたい人、研究目的の人、アキラのように挙動を記録する人。理由はばらばらだが、結果としてほぼ毎日誰かが入り、何体かの魔物を倒して帰ってくる。
別に国から「定期的に魔物を間引け」と命じられているわけではない。
人が勝手に入り続けているので、勝手にそうなっているだけだった。
* * *
夕方。
アキラは帰宅し、夕食を食べながら海外ニュースを流していた。
特集タイトルは、
『DUNGEON JAPAN――危険と共存する奇妙な社会』
映像では、整理券を持って列に並ぶ探索者が映っている。
海外の専門家が苦笑した。
『一般市民が未知の危険区域へ入ることを制度化している。非常に日本的な妥協ですね』
別の専門家はもっと辛辣だった。
『本来なら国家が一元的に管理すべきです。日本は初動で封鎖できなかったため、後から民間参加を追認せざるを得なくなった』
アキラは箸を止めなかった。
「まあ、それはそう」
母が言う。
「外国ならもっとちゃんとするのかね」
「普通はするんじゃない?」
画面では、五か月前の混乱した映像が流れている。
ゴブリンへ角材を振り回す会社員。
公園の入口に並ぶ一般人。
ホームセンターでヘルメットを買う人々。
改めて見るとひどい。
「日本の最初の一か月、だいぶ終わってたな」
スマホが震えた。
緊急ニュース。
『米国ニューヨーク市中心部で原因不明の地下構造物』
アキラの箸が止まる。
さらに通知。
『フランス、パリ郊外でも同様の構造物』
『韓国ソウル市内で地下へ続く石造階段を確認』
『英国、複数地点を封鎖』
一分もしないうちに、地図上のピンが増えていく。
日本の外に。
五か月ぶりに。
アキラはテレビを見た。
さっきまで日本を解説していた専門家も、黙って別モニターを見ていた。
母が聞く。
「これって、もしかして?」
アキラはスマホを手に取った。
「……たぶん、海外版が始まった」