日本だけダンジョン発生中――政府が検討している間に世界最強になっていた 作:御影 智人
「……ちょっと配信つける」
アキラが立ち上がると、母がテレビを見たまま聞いた。
「ご飯は?」
「あとで食べる」
「冷めるよ」
「世界中にダンジョン出てるんだけど」
「でも冷めるよ」
それはそうなのだが、今は優先順位が違う。
アキラはスマホを持って自室へ戻り、パソコンを立ち上げた。配信タイトルはほとんど考えずにつける。
『【緊急検証】海外ダンジョン発生状況まとめる』
配信を始めた時点で、コメント欄はすでに騒がしかった。
『海外版きた』
『グローバルサービス開始』
『日本だけ先行プレイだった?』
『初心者Wiki貼っとく』
『五か月遅れで草』
「とりあえず、確認できた発生地点だけ集める。転載だけの画像はいったん除外。現地報道か一次投稿、位置が確認できるもの優先」
『始まった』
『検証班の顔になった』
『顔カメラついてないぞ』
「今日はずっとつけない」
学習している。嬉しそうな顔を見せればまた不謹慎だなんだと叩かれてしまう。
アキラはWikiに『海外発生情報』というページを作り、国、都市、初出時刻、入口の形状、現地報道、映像の有無を並べていく。
ニューヨーク。
パリ。
ソウル。
ロンドン。
ベルリン。
シドニー。
数十分もしないうちに、地図の点は世界中へ広がっていった。
少なくとも入口の見た目は、日本で確認されているものとよく似ている。石造りの階段、洞窟のような穴、地下へ続く通路。場所によって形は違うが、五か月見続けてきた側からすれば、かなり見覚えがあった。
「同じ現象っぽいな」
『ついに全世界実装』
『日本鯖ベータテスト終了』
「勝手にベータテストにするな」
Wikiへの海外アクセスも一気に増え始めた。英語圏のSNSでは、すでに『Japan dungeon wiki』としてURLが貼られている。
「まだ海外でも同じ仕様か分かんないからな。日本の情報そのまま信じるなって注意書き入れとく」
『管理人がまともなこと言ってる』
『庭に勝手に入った人が?』
「五か月前の話まだ擦る?」
『一生』
そこは五か月経っても変わっていなかった。
* * *
情報が集まるにつれて、別のことも見えてきた。
海外の初動は、明らかに早かった。
ニューヨークでは入口周辺がすぐに封鎖され、警察が市民を規制線の外へ下げている。ソウルでは周辺施設から人を退避させ、欧州各国でも警察や軍の専門部隊が現場へ入った。
内部へいきなり人間を送り込む国は少なかった。
まずカメラ。
次に小型無人機。
空気や温度を測り、映像を確認してから武装した人員を入れる。
『普通にちゃんとしてる』
コメント欄に流れた。
「ちゃんとしてるな」
『日本の初日を思い出してください』
『大学生が庭に入ります』
『会社員がスコップを買います』
『フォークリフトが出ます』
「やめろ」
『事実です』
「やめろって」
日本には、未知の現象を五か月先に経験したという利点がある。
海外には、日本が五か月かけて失敗した記録がある。
どちらが初動で有利かと言えば、どう考えても後者だった。
* * *
夜になるころには、最初の討伐映像も出始めた。
欧州のある都市。入口を確保した部隊が小型無人機で内部を確認し、通路にいるゴブリンらしき生物を発見する。
隊員は十分に距離を取り、銃を構えた。
乾いた音が何度か響く。
一体目が倒れる。
二体目。
三体目。
接近戦にはならなかった。
『うま』
『そりゃ銃使うよな』
『日本の最初期動画と比べるなよ絶対』
『スコップ』
「だからやめろ」
アキラ自身、反論する気はなかった。
民間人は近づけない。
先に偵察する。
訓練された人間が装備を整えて入る。
危険なら距離を取って倒す。
外には救急車両まで待機している。
未知の危険物への対応として、どう考えてもこちらの方が正しい。
「……普通に向こうの方がうまいな」
珍しく、コメント欄にも反論がなかった。
『それはそう』
『日本の最初の一か月なんだったんだ』
『巨大な反面教師』
ニュース番組では、海外の専門家が日本の映像と現地の封鎖映像を並べていた。
『日本での事例から、市民を危険区域へ近づけないことの重要性はすでに分かっています』
アキラは画面を見ながら頷いた。
「まあ、そうなるよな」
海外は日本を反面教師にしていた。
そして、その判断は今のところ何も間違っていなかった。
このときまでは、誰もがそう思っていた。