ゴロー先生はアイアンチ 作:作者さん
「あっ、アクア。 ちょうど良かった、今ガチの最新話見てたんだ。一緒に見ようよ!」
ルビーが弾んだ声で無邪気に手招きをする。
(おいおい、自分の出てる恋愛リアリティーショーを身内や知り合いと一緒に鑑賞するなんて、とんだ羞恥プレイだぞ。流石にそれは……)
五反田が親心からアクアを庇うように助け舟を出そうとした、その時だった。
「ああ、丁度いい。俺も感想を聞こうとは思っていたんだ」
アクアは嫌がる素振りも見せず、あっさりと部屋の中に入ってきて椅子の一つを引き寄せた。
「えっ、一緒に見てくれるの?」
「今回の放送での黒川あかねの様子について、第三者の視点から見て、どういう印象を持ったかを確認しておきたかったんだ」
自分の恋愛模様に対する照れなど微塵もない。番組内でのあかねの立ち回りが視聴者にどう映っているかを客観的に測るためのテストケースとして、彼女たちの率直な意見を求めている顔だった。
その理路整然としたプロデューサーのような目論見を含んだアクアの態度に、かなはジト目を向けて訝しげに口を開いた。
「……あんた、また裏で何かやったの?」
「何だよ?」
「とぼけないでよ。今のあかねがどういう風に振る舞っているかは知らないけれど……少なくとも私の記憶の中のあいつは、あんなボディタッチや自撮りぐらいで、いちいち赤くなって恥ずかしがるような性根だった記憶はないわよ」
幼い頃からの同業者であり、役者としてのライバル。
だからこそ、かなの目は誤魔化せなかった。画面の中で右往左往し、恥じらっていた『黒川あかね』という少女の姿に、かなはずっと違和感を覚えていたのだ。
カメラの前で素の自分を晒して不器用に立ち回っているように見えて、その根本的なリアクションの端々に、本来のあかねのパーソナリティとは噛み合わない部分がある。それは間違いなく、目の前にいるこの胡散臭い男が何か入れ知恵をした結果なのだろうと、かなは確信を持ってアクアを睨みつけた。
「いくつかのアドバイスと、一定の協定を結んだだけだ」
かなからの鋭い指摘に対し、アクアは悪びれる様子もなく淡々と答えた。
「アドバイスってのは、この番組に沿った『演技』を普段の振る舞いに混ぜること。そして協定は、『何かアクションを起こす際には、俺を巻き込んでいい』ってことをだ」
そうアクアが語る傍らで、パソコンのモニターには、ちょうどノブユキたちとの自撮りを成功させ、アクアとMEMちょの元へ嬉しそうに戻ってきたあかねの姿が映し出されていた。
『次は、どんなことを教えてくれるのかな?』
目をキラキラと輝かせるあかねの無邪気な期待の眼差しに対し、頼みの綱のMEMちょは滝のような汗を流しながら明後日の方向を見つめている。そんな対照的な二人の様子を見て、画面の中のアクアがやれやれと苦笑を漏らす。
そこには、ただの恋愛リアリティーショーの枠を超えた、不思議と心地の良い三人のバランスが成立しているように見えた。
「……このあかねって子は、何かあったのか?」
五反田は今ガチを見たのはこの回が初めてだ。画面から伝わってくるあかねの初々しい反応と、アクアが意図的に介入したという事実から何かを察し尋ねる。
「なんだか番組の空気に慣れてなくてね、これまであんまり存在感が無かったんだよ」
ルビーが、一視聴者としてのこれまでの印象を素直に答える。
「ふぅん。つまりアクアがこの番組のDが作りたい画に沿うように、こいつに分かりやすいキャラクター性を追加するための『テコ入れ』をしてやったってわけか」
映像制作者が求めているものを瞬時に察知し、共演者に演技指導じみた入れ知恵をして番組全体の構成を整える。いかにもアクアらしい裏方の立ち回りだった。
「ふん」
だが、かなは腕を組んだまま、つまらなそうに小さく鼻を鳴らした。
「自分の炎上を警戒して目立つ行動は控えろって、私が散々アドバイスしてあげたのに。……結局、見過ごせずにあかねの手助けをしちゃうわけだ」
ジト目で睨みつけてくるかなの視線を受け、アクアは少しだけ気まずそうに視線を逸らした。
「……番組で立ち回るために、あかねを利用するためのギブアンドテイクのつもりだったんだ」
言い訳めいたアクアの言葉を、かなはそれ以上深く追及することなく、あっさりと受け流した。
「あっそ。……まあ、そういうことにしておくわね」
番組を有利に進めるために、あかねの演技力を利用しようと打算を働かせた。そのアクアの計算自体は、間違いなく本当なのだろう。
だが、誰にも馴染めず追い詰められていたであろうあかねの姿を見て、『手助けをしてやりたい』とこの男が微塵も思わなかったはずがないのだ。
「うーん……あかねさんの今の雰囲気、なんだかどこかで見たことある気がするんだけどなぁ……」
モニターの中で、次のアプローチ方法についてMEMちょやアクアと作戦会議をしているあかねの姿を眺めながら、ルビーが不思議そうに首を傾げた。
「……あかねいわく、Dのアドバイスとしては、ゆきとノブユキの間に入り込む『悪女』みたいなムーブはどうだと助言されていたらしい」
アクアが静かに明かしたその裏事情に五反田は非常に難しい顔をする。そして腕を組んだまま、たっぷりと長い沈黙を落とした。
同じ映像制作者として、そして相手の番組を回さなければならないディレクターの立場を考え。その助言に一定の「正しさ」や「計算」が含まれていることを理解している。
「……まぁ、手っ取り早いテコ入れではあるな」
「この空気の中で、お邪魔虫にぃ? 嫌な注目度しか上がらないでしょ、それ」
視聴者の好意を一身に集めている出来上がりつつあるカップルの間に、無理やり割り込む不純物。そんな立ち回りをすれば、視聴者からどのようなヘイトを向けられるか、かなには簡単に想像がついた。
「悪名は無名に勝る、だ。……身を切るようなそういう判断は、業界の理屈としちゃあ間違いじゃないんだよ……正解だとも思わないけれどな」
「ふん。そんなのしたって、切るのはあかねの腹だけじゃない」
かなは忌々しげに鼻を鳴らした。
番組が盛り上がれば、ディレクターや制作陣は潤う。しかし、いざ炎上した時にその責任とバッシングを一身に背負い、精神をすり減らし、腹を切らされるのは矢面に立つあかねだけなのだ。
「ただ、あかねとしてはその助言を完全に無視するつもりもなかったらしい」
義憤に駆られるかなの不満を引き取るように、アクアが淡々とした声で続けた。
「ノブユキにアプローチして番組を動かすという要求には応えつつ、それでも炎上を回避する方法を、あいつなりに色々と考えていたんだ」
五反田の言うようにDの提案は的確で効果的ではある。そのため演じる何かの原型として採用したのだ。
だが、ただの『恋の邪魔者』に成り下がってしまえば、かなの言う通り視聴者のヘイトを一身に浴びる理不尽なサンドバッグにされてしまう。
故に提案したのは演者としてどう振る舞うかという単なる技術論ではない。作り手が『視聴者の感情をどう誘導するか』を計算する、極めて俯瞰的な裏方の視点に基づくものだった。
「以前、『今日は甘口で』のドラマ現場で、監督と雑談した時にキャラクター像や視聴者の心理について語ったことがあってな。そこから少しヒントを得たことがある」
アクアは自身が現場で得た知見を語り始める。
「今ガチの現状……ゆきという一人の女の子を挟んで、ノブユキとケンゴの関係性が既に出来上がっているっていう構図は、ある意味で『少女漫画』にも通じるものがあるんじゃないかって思ったんだ」
その言葉に、かなは顎に手を当てて少し考えるように視線を宙に浮かせた。
「まぁ……複数の異性から好意を向けられているっていう状況なら、その好意を向けられている側の性別をターゲットにした作品として読めなくもないけど……」
「今回で言うなら、メインの視聴者層が好む『少女漫画』的な構図が出来上がっているってことか」
腕を組んで聞いていた五反田が、かなの言葉を引き取るように深く頷いた。
アクアは五反田の言葉を肯定し、かつての現場で森平監督から聞いた言葉をなぞるように続けた。
「そういう構成の作品において、読者――つまり視聴者にとって、主人公に友好的で、彼女を支えたり引き立てたりする同性の友人の存在というのは、そんなに嫌われることはないらしいんだ。シンデレラで言うところの魔法使いのような、ヒロインに寄り添うポジションだな」
「あー……なるほどね」
その説明にかなが納得の声を上げる。キャラクター配置のロジックは非常にスッと腹に落ちるものだった。
「出来上がっているヒロインの恋愛関係を横からぶち壊そうとする『恋のライバル』や『悪女』じゃなくて、ヒロインの味方になる『親友枠』なら、視聴者からヘイトを買いにくい。むしろ、健気な立ち位置として応援すらされやすいってことね」
「……あ!」
かなが納得の声を上げた直後、モニターを食い入るように見つめていたルビーが、ふいにポンと手を打って大きな声を上げた。
「そっか! あかねさんの今の雰囲気、なんだかどこかで見たことがあるイメージだなってずっと思ってたんだけど……分かった!」
ルビーはパァッと顔を輝かせ、隣に座るアクアの方へと身を乗り出した。
「私がやった『メグル』ちゃんだ! ドラマ版の元気な感じじゃなくて、原作の大人しくて地味な方の!」
「キャラクター性のたとえ話としてあかねに話したが、どうやらあかねもそれを参考にしたらしい」
ルビーのその言葉にアクアは頷いた。
「……まぁ、流石に原作のメグルのままだと出番が少なすぎるちょい役だからな。番組に合わせるために、あかね自身でいくつか肉付けして調整しているとは聞いている」
あかねがこの恋愛リアリティーショーにおいて作り上げているキャラクター。
それは、メインとなるヒロイン(ゆき)とある程度仲が良く、彼女の恋を引き立てる心優しい友人。それでいて自身も密かに思い人(ノブユキ)にアプローチは試みるものの、その控えめな態度や一歩引いた立ち位置ゆえに、見ている読者――もとい視聴者からは『あ、この子は最終的に選ばれないんだろうな』と察せられてしまうような、不遇で切ない役回り。
そのキャラクター構造の行き着く先を正確に理解した瞬間、かなの顔がにやりと笑みを作った。
「ははーん? あかねが今作ってるキャラって、もしかして『負けヒロイン』ってやつじゃないの?」
「……その名称が正しいのかは知らないけれど。近いのは、それだろうな」
「ぷっ、あははははっ! やっぱりね!」
アクアの歯切れの悪い肯定を聞いた瞬間、かなは腹を抱えて大笑いし始めた。
「滅茶苦茶あかねに似合ってるじゃない! 自分の現実での不器用な立ち回りまで参考にしてキャラを構築してるんだから、そりゃあ自然な演技にもなるわよね!」
ひとしきり笑い転げ、目尻に浮かんだ涙を拭いながらかなが痛快そうに言い放つ。かつてのライバルが、己の不遇さを逆手にとって『当て馬』のポジションに活路を見出しているという事実が、彼女のツボにすっかりハマってしまったようだ。
そんなかなの様子を隣で見つめながら、ルビーは顎に手を当てて考える。
「確かに、先輩はサブヒロインっていうよりも、どっちかというとメインって感じの性格だもんね」
「ふふん、分かってるじゃない」
「からっとしてて、ところどころ抜けてて。でも、ぐいぐいって力強く手を引っ張ってくれる感じの」
自身とアイドルの道を共に歩んでくれたかなの姿を思い返すように、ルビーは純粋な感心の声を上げる。
しかし、その少しばかり美化されすぎている評価に対し、アクアが冷ややかな視線を向けた。
「……性格や発言が肥溜めとまでは言わないが、汚物寄りなのはいいのか?」
「ちょっと、誰が汚物よ!」
身も蓋もないアクアのツッコミにかなが即座に噛み付くが、ルビーは気にした様子もなくニコニコと笑っている。
「でも、こういうのがいいんだよ、って言ってくれる人も居るよ。そうだよね、監督?」
「お、俺に振るな」
唐突に同意を求められた五反田は、居心地が悪そうに慌てて視線を逸らした。
「あんたねぇ……! その性格汚物と一緒にユニット組んでるんでしょうが!」
なおも不服そうに唇を尖らせてルビーへと抗議するかな。
しかし、ルビーはそんな先輩の言葉をさらりと受け止め、満面の、太陽のような笑みを向けてみせた。
「うん! それも全部踏まえて、私は先輩と一緒にアイドルやりたかったからね」
にっ、と。屈託のない明るいルビーの笑顔。
打算も何もない、ただ純粋な好意と信頼だけが込められたそのストレートすぎる言葉を真正面から浴びせられ、かなの威勢の良かった声がピタリと止まった。
「〜〜〜っ!」
幼い頃から嘘と虚飾にまみれた芸能界で生きてきたかなにとって、これほどまでに裏表のない純度百パーセントの感情をぶつけられる経験など滅多にない。思わぬ不意打ちの反撃に顔をカアッと林檎のように赤く染めた。
かなは感情のぶつけ所を探し、隣で涼しい顔をして座っているアクアの肩をバシッと強く叩いた。
「アクア! よくもまぁ、こんなのを芸能界に入れようだなんて思ったわね!」
かなの瞳には、先ほどの怒りとは違う、切実な呆れが浮かんでいた。
散々な言われようだが、当のアクアは叩かれた肩を払うでもなく、全く痛痒を感じていない様子でやれやれと軽く肩をすくめた。
「俺がこれまで、こいつにアイドルユニットを組ませたくなかった理由がよく分かるだろ」
淡々と、しかしどこか実感のこもった声。彼自身、妹のこの純粋さを誰よりも理解しているからこそ、極力自分たちの目の届く範囲に留めておきたかったのだ。
かなは深く溜息を吐き出し、ジロリとアクアを睨みつけた。
「きちんと目を配っておきなさいよ。こんな無防備な子、ちょっと目を離した隙に、そのうちあっという間に悪い男にお持ち帰りされそうなんだから」
「そのあたりのリスクヘッジなんて真っ先に教えてるに決まってるだろ何言ってんだ有馬」
間髪入れずに、ひどく冷たく、凄まじい圧力を伴った声が返ってきた。
「ああ……まぁ、あんたはそうでしょうね」
「有馬を『ヘイトタンク』代わりに積極的にユニットを組ませようとしなかっただけ、これでもアクアの奴の理性が利いてる方なんじゃないか?」
その一連のやり取りを、面白そうに眺めていた五反田が腕を組みながら苦笑するようにポツリとこぼした。
「そうだな」
五反田の言葉に被せるように、アクアが淡々と身も蓋もない事実を口にする。
「今は有馬が居てくれるから、仮にルビーの行動で何か炎上するきっかけがあるとしたら、大体は態度のデカい有馬の方に行くだろうから助かっている」
「……人のことを汚物だの避雷針扱いだのしよってからに、この男は……」
自分を都合の良い風除けとして利用価値を見出しているその徹底した合理主義に、かなは恨めしそうなジト目を向けた。
ふと、ある種の理不尽さが胸の奥をチクチクと刺す。ルビーに対してはあんなに過保護で過敏な反応を見せるくせに、自分に対しては「炎上してもまぁ別に…」と切り捨てそうなドライな扱い。
「なんかこう……私に対して雑じゃない?」
不満を隠しきれず、かなはジロリと上目遣いでアクアを睨んだ。
「雑じゃない。こんなもんだ」
アクアは視線を合わせることもなく、当然のことのように平然と返す。
「ルビーとかあかねみたいに、もっと色々気を遣いなさいよ!」
キャンキャンと吠え立てるかなの抗議だったが、アクアは「分かった分かった、また今度な」と、それ以上取り合う気はないとばかりに適当に手を振って聞き流した。
(……まぁ、雑に扱っているのも、それはそれで『特別扱い』みたいなところはあるとは思うがな)
五反田が思うそれは、アクアにとって彼女が「仮面を被らなくてもいい、ありのままでいられる数少ない存在」であることの裏返しでもあった。
「……なんか二人とも、私のこと買い被りすぎじゃないかな?」
呆れたような視線を向けてくるかなとアクアに対し、ルビーは内心で小さく息をついた。
言われているルビーだが、別に自分が温室育ちの純粋培養であるとは思っていない。ただ、本当にそう思っているから嘘ではなく素直に口にしているだけなのだ。空気を読む程度の社交性だって、当然持ち合わせている。
かつて『天童寺さりな』であったとき。自分が生きるために他者に、病弱でも頑張る『素直でいい子な自分』という嘘を吐き続けなければならなかった。
そんな息の詰まるような時とは違う。健康な身体と大好きな人たちがいる今だからこそ、自分の中のポジティブな言葉、感謝や思いは、後悔しないようにきちんと伝えるようにしているだけだった。
そんな無意識の考えなどルビー自身もはっきりと気が付いているわけではなく、彼女は視線を再びパソコンのモニターへと戻した。
「ほら、私のことは良いから今ガチ見ようよ」
「……そうだったな」
アクアは小さく息を吐き、呆れたような、けれどどこか毒気を抜かれたような顔でモニターへと向き直る。かなもやれやれと肩をすくめ揃って再び画面へと注目した。
映像のなかでは、「今ガチ」の放課後の教室のセットで、MEMちょの提案で心理テストが行われているところだった。
『めっちゃ当たる心理テスト見つけたんだ!やってみない?』
教室のセットの中心で、MEMちょがスマートフォンを片手に得意げな声を上げた。
周りにいたメンバーたちが「なにそれ?」「面白そう」と興味津々で覗き込む。
『えっとね、お題はこれ!「あなたは深い森で迷子になりました。日が暮れて心細い時、目の前に一匹の動物が現れて道案内をしてくれました。その動物は次のうちどれ?」』
MEMちょは勿体ぶるように一拍置いてから、選択肢を読み上げた。
『A: 犬、B: 猫、C: ウサギ、D: フクロウ! さあ、みんな直感で選んで!』
『うーん、私は「犬」かな! 頼りになりそうだし』
ゆきがニコニコしながら答える。
『俺はマイペースな感じが好きだから「猫」だな』
ノブユキがそれに続いた。
『……私は、「ウサギ」がいいかな。なんとなく』
あかねは少し控えめに答えた。
『よし、じゃあ結果発表ね!』
MEMちょが画面をスクロールさせながら、声を弾ませる。
『この心理テストで分かるのは……「深層心理に隠された、恋愛における立ち位置と相性」です!』
『えーっ、なにそれ恥ずかしい!』
ゆきが照れたように両手で頬を押さえる。
『まずは、ゆきちゃんとノブ君ね。選んだ動物は違ったけど、この二人の組み合わせは……なんと、「お互いの足りない部分を補い合える、相性抜群のパートナー」だって!』
『えっ、本当!?』
ゆきがパァッと顔を輝かせ、ノブユキも照れくさそうに頭を掻く。
『なんだよそれ、めっちゃ良い結果じゃん』
『うん! ノブユキくん、私たち相性抜群なんだね!』
二人は顔を見合わせ、照れ笑いを浮かべながら無邪気に喜び合っている。
『で、次にウサギを選んだあかねちゃんは……』
MEMちょが少しだけ言い淀み、苦笑いしながら画面を読み上げた。
『えっと、「尽くしすぎて損をするタイプ。一番の親友止まりになりやすく、恋のキューピッドで終わってしまうかも」……だって』
『あはは……』
その結果を聞いて、あかねは少し引きつったような苦笑いを浮かべた。
自身の意図して立ち回っているキャラクター設定とぴったり重なってしまったからだ。
ふと視線を向けると、隣ではゆきとノブユキがまだ楽しそうに笑い合っていた。その眩しい姿を見て、あかねはふわりと優しく、けれどどこか切なげな笑みをこぼす。
大切にしたい友達と、自分が密かに想いを寄せている男の子の仲が深まってしまって複雑――そんな、胸の奥がきゅっと締め付けられるような、儚げな笑顔だった。
「んん?」と、五反田が首を傾げた。
「アクア。お前の話だと、この子は演技でこういう感じの言動をしているんだろ? ……本当なのか?」
五反田の目には、画面の中で苦笑いを浮かべ、そして儚げに微笑むあかねの様子が、あまりにも自然に映っていた。それは、役者としての自意識や作り物の感情ではなく、等身大の少女が本当にその場で揺れ動いているようにしか見えなかったのだ。
「監督にもそう見えるんだったら、普通の人にはそれが分からないぐらいの精度ってことだな」
アクアは少しだけ安堵したような息を吐き、静かに頷いた。
「カメラの撮られ方まで分かってるみたいだぞ? ……こんな役者が居たのか」
五反田は腕を組み、感嘆したような声を漏らす。映像制作者として、カメラの前でどう振る舞えば自分の感情が最も伝わるか――その『見せ方』を無意識レベルで理解しているあかねの技術に、純粋な驚きを隠せないようだった。
「この子、舞台役者よ。多分映像作品はこれが初めて」
横から、かなが呆れたように口を挟む。
「舞台役者? おいおい、無いとは言わんが、出ようと思わないならカメラで撮られるのとはかなり縁が遠い存在じゃないか」
五反田が眉をひそめる。舞台と映像では、求められる芝居の質も空間の使い方も全く異なる。それなのに、被写体としての動き方をこうも完璧に分かっているのはどういうことか。
「……カメラを観客として捉えて、それらしく見せている、のか?」
アクアも、上手く説明できない様子で顎に手を当てた。
以前、ルビーの演技指導の際や、彼女が出演した劇団ララライの舞台を観劇した際、アクアはあかねの演技を直接見ている。
あの時彼女は、舞台上で完全にキャラクターへと没入しつつも、客席からの視線を完璧に誘導し、空間を支配していた。カメラのフレームを疑似的に再現し、その枠の中で最も効果的な芝居を構築する。それができると言えばできるのだろうが、普通はそんな器用な真似、一朝一夕で可能なものなのだろうかとアクアの中でも思う。
小さくため息を吐き、かなが忌々し気に言い放った。
「そっち方面が本質じゃないけれど、そういう演技に関わる魅せ方ぐらいはこなしてくるでしょうね。……だから、この子は『天才』なのよ」
「……先輩よりも?」
ルビーが不思議そうに首をかしげる。
「カメラの前なら違うわよ。私はこのあかねの立ち振る舞いより上手くやる。だけど、もしも舞台の上なら――」
そこまで言いかけて、かなはハッとして言葉を飲み込んだ。
「って、何言ってんの! 私が上に決まってるじゃない!」
負けず嫌いな彼女は、慌てて頬を赤くして取り繕うように声を荒げた。だが、その一瞬の言い淀みに、かな自身があかねの才能をどれほど脅威に感じているかが滲み出ていた。
「ううん、やっぱりあかねさんって凄かったんだなぁ」
かなの強がりを意に介さず、ルビーは感心しきりだ。
かつて自分に演技の基礎を教えてくれた恩師である彼女の、画面越しに伝わってくる静かな、けれど圧倒的な表現力に、ルビーは純粋な尊敬の眼差しを向けていた。
映像の中では終盤に差し掛かっていた。
画面の端で、ノブユキと楽しげに雑談をしているあかねの姿が映し出される。アクアは少し離れた場所から、そんな彼女へ静かに視線を向けていた。
『……?』
アクアと話していたMEMちょが、彼の視線の先に気付いて不思議そうに首を傾げる。
『ねえアクたん、どうしたの? あかねちゃんのこと見てた?』
『……いや。別に』
アクアは少しだけ視線を逸らし、短く言葉を濁した。
視聴者に対して「アクアがあかねに対して何か思うところがあるのかも?」と思わせるような、絶妙な余韻を残す演出で画面がフェードアウトし、エンドロールが流れ始めた。
「ふぅ、面白かったぁ」
画面に釘付けになっていたルビーは、強張っていた肩の力を抜いて満足げに大きく伸びをした。まるで上質な恋愛映画でも見終えたかのように、余韻に浸るような笑顔を浮かべている。
「ふーん」
一方で、彼女の隣に座るかなの反応は対照的だった。机に肘を突いて頬杖をつきながら、半眼になった呆れ顔いわゆるジト目で、アクアへと視線を向けた。
「なにアクア、あんたあかねに気でもあるの?」
「いや。ただまぁ、最終的には……」
アクアは、番組を成立させるためにあかねと交わした『密約』――最終的に自分が彼女に告白するという裏のシナリオのことを思い出し、無意識にそこまで口を滑らせた。 だが、すぐに自分が余計なことまで喋りそうになった事実にピタリと口をつぐんだ。
「……あー、なるほどね」
そのわずか一瞬の言い淀みと、微かに気まずそうに泳いだ視線。それだけで全てを察したかなは、これまでのアクアの裏方気質で打算的な行動の数々を頭の中で繋ぎ合わせ、心底呆れたように深々と息を吐いた。
「まぁ、あんたの場合は『気がある』ってより、放っておけなくて『気にかけてる』って表現の方が正しいわね。……ほんっと、無自覚に世話焼きなこと」
「ともかくアクア、お前の目論見は上手く行っているってことでいいのか?」
かなの呆れ声を引き取るように、少し離れた場所で腕を組んでパソコンのモニターを眺めていた五反田が尋ねた。
「ああ。あかねについて懸念していたことも大丈夫そうだ。あとは無難に立ち回ってスケジュールをこなし、この企画をそれとなく着地させれば充分だろ」
アクアは椅子の背もたれに深く腰を預け、ふうっと小さく息をついた。盤面をコントロールしようとする彼にしては珍しく、肩の荷が下りたような、少し気の抜けたような楽観的な発言だった。しかし、その言葉を聞いた瞬間。
パソコンの前に並んで座っていたルビーとかなは、まるで申し合わせたかのようにピタリと動きを止め、揃って無言のまま顔を見合わせた。
「アクアさぁ」
沈黙を破ったのはルビーだった。心底呆れ果てたような、冷ややかな視線を兄に向ける。
「……なんだよ」
突然冷たい目を向けられ、アクアはいぶかしげに眉をひそめた。そんな彼に対し、かなが忌々しげに、これ以上ないほど重々しいトーンで言い放つ。
「ろくでもないことが起きるわよ。アンタのその、『あとは無難にこなすだけ』とかいう、絵に描いたようなフラグの立て方」
「……何言ってんだ、縁起でもないことを言うな」
物語の法則などという非科学的なオカルトを押し付けられ、アクアは心外だと言わんばかりに不快げに眉をひそめた。
「そう。ちなみに『今日あま』のドラマのとき、まさに同じようなことを言って油断した私は、その後、演者の失踪からリスケっていうひと悶着に巻き込まれて盛大に痛い目を見たんだけど。その辺、実例としてどう思ってんの?」
かなはかつての過酷な撮影現場を思い出したのか、苦々しいものを思い出すような目でアクアを睨みつけた。
「……偶然だろ。そんな都合の悪い展開が、現実で何回も起きるわけないだろう」
過去のトラウマを掘り起こしてジト目でじりじりと詰め寄るかなに対し、アクアはやれやれと大げさに肩をすくめた。そして、これ以上この非論理的な言い掛かりに付き合う気は全くないとばかりに、ふいっとそっぽを向いて視線を逸らすのだった。
――
時間はアクア、あかね、MEMちょの話し合いの場面まで遡る。
あかねの立ち振る舞いや、演技の内容など、思いつくことを話し合っているうちに、時計の針はすでに深夜を回り、それぞれの自室を照らすのはパソコンのモニターが放つ淡い光だけになっていた。
「決めることはこれぐらいでいいだろう。夜遅くに長く付き合わせて悪かったな」
画面越しの話し合いが一区切りついたところで、アクアはいつも通りの淡々とした声でそう告げた。
「ううん、気にしないで。……本当に、助かったよ」
あかねは両手で包み込んでいたマグカップをそっと机に置き、不器用な少年の「お人好しな素顔」に対して、心からの感謝を込めた柔らかな笑みを向けた。
その気恥ずかしくも温かい空気を察してか、MEMちょがわざとらしく小さく伸びをした。
「それじゃあ、私もそろそろ落ちるねー」
「ああ。おやすみ」
MEMちょが切り出したのを潮時に、これで全員解散の流れだろうと判断したアクアは、短く就寝の挨拶を交わす。直後、ポンッという無機質な電子音とともに、通話グループからアクアのアイコンがスッと消えた。
「じゃあ、私もそろそろ……」
残されたあかねも、画面の通話終了ボタンにカーソルを合わせようとした、まさにその時だった。
「あかねちゃん、ちょっと待った!」
「えっ?」
画面の向こうで、MEMちょがパッと身を乗り出してあかねを呼び止めた。
マウスから手を離し、不思議そうに瞬きをするあかねに対し、MEMちょは意味深な笑みを浮かべる。
「なんかさー。このままアクたんに色々引っ張られっぱなしっていうのも、ちょーっと面白くないよねぇ」
「え? そ、そうかな……?」
あかねは困惑したように小首を傾げた。
先ほどのアクアの提案は、自己主張が苦手なあかねにとってこれ以上ないほど現実的で、ありがたい最適解だったはずだ。 だからこそ、MEMちょの不満げなニュアンスがすぐには理解できなかった。
「あかねちゃんのテコ入れなんだけどさ、もう一歩先に進めて見ない?」
MEMちょは画面越しにウィンクを飛ばし、とびきり楽しげな声で提案する。
「幸い、再来週の日曜日は空けてくれているしね」
『今ガチ』の撮影において、毎週土日を両方とも収録で潰してしまうのは、演者たちへの負担が大きすぎる。そのため、企画側の意図的な配慮として、再来週の収録スケジュールは日曜日がまるまるオフに設定されていたのだ。
「受け身になってばかりで悩んでたから、MEMちょがそう言ってくれるのはすごく嬉しいけれど……具体的にどうするの?」
あかねの瞳に、与えられた役回りをこなすだけでなく、自ら行動を起こそうとする真剣な光が宿る。その真っ直ぐな反応に、MEMちょは「にぃ」と、猫のように口角を限界までつり上げて笑った。
「あかねちゃんに問題。私の『本業』は何をしているでしょうか?」
唐突なクイズに、あかねは少しだけ目を丸くした。
「えっと……ユーチューバー、だよね?」
「大、正解っ!」
MEMちょは弾けるような笑顔でパチンと指を鳴らした。カメラの死角となっているMEMちょの手元のスマホには、びっしりと書き込まれた自分自身の直近のスケジュール画面。
そして目の前のパソコンのモニターでは、すでにブラウザが立ち上がっていた。検索ウィンドウを経由して表示されているのは、『苺プロ』の公式ホームページ。MEMちょの指先がマウスの上で軽やかに踊り、タレント一覧の項目から、ある一つのページを開くところだった。
それは、ルビーとかなの二人が所属し、活動を始めたばかりのアイドルユニット『B小町』のページを――。