ゴロー先生はアイアンチ 作:作者さん
「ミヤコ。そこの赤いタオル、まだ少し湿ってる。もう一度干した方がいい」
舌足らずで、ひどく可愛らしい甲高い声。しかし、その口から紡がれたのは、主語と述語が明確に構築された、およそ生後一歳数ヶ月の赤ん坊が発するとは到底思えない論理的な指摘だった。
「……あ、ホントだ。ありがとう、助かるわアクア」
洗濯物の山と格闘していたミヤコは、一切の疑問を抱くことなくその指摘を受け入れ、赤いタオルを物干し竿へと戻した。
フローリングの床の上では、星野アクア――おむつを穿いた一歳児が、自身の身体の半分ほどもあるバスタオルを、不器用ながらも端と端をきっちり合わせて丁寧に畳んでいる。
(……一歳児の限界として、これぐらいの言語や語彙を持つことはできるな)
アクアは淡々と己の作業をこなしながら、脳内で極めて冷静な自己分析を行っていた。
医学文献によれば、十万人に一人、あるいはそれ以上の確率で現れる『ギフテッド(天才児)』の中には、一歳代で明確な意思疎通を行い、文字を理解する個体が存在する。
アクアは、その『天才児の成長曲線におけるギリギリの最大値』を計算し、あえて自らの知能を意図的に解放していた。おおよそ九歳児程度の言語能力と論理的思考力。それが、彼がミヤコの前で見せている現在のスペックだ。
なぜそんなリスクを冒しているのか。理由は極めて合理的だった。
ミヤコのノイローゼによる「ストライキ」および「スキャンダル暴露」という結果を未然に防ぐためである。
前回の騒動以降、アクアはミヤコの育児負担を物理的・精神的に軽減させる方向へとシフトした。「おむつは限界を迎える前に自ら自己申告する」「離乳食は周囲を汚さずに最短で完食する」といった基本事項に加え、今のように簡単な家事の『アシスタント』すらこなすようになった。
「はい、これ。ルビーが散らかした絵本。棚に戻しておいたよ」
「……ねぇ、アクア。あんた本当に一歳児? 実は精巧なアンドロイドだったりしない?」
あまりにも手際よく絵本を五十音順に並べるアクアを見て、ミヤコがジト目でツッコミを入れる。
しかし、その顔に以前のような血走った疲労感はない。
「テレビや動画の、字幕で覚えた。俺は、てんさい、だから」
わざとらしく平仮名めいた発音で、アクアはしれっと嘘をついた。
ミヤコは「ふーん」と溜め息を吐きながらも、どこか嬉しそうだ。当初こそこの異常な知能に戸惑っていたミヤコだが、日々のワンオペ育児において、自分の言葉を完璧に理解し、あまつさえ手伝いまでしてくれるこの『都合の良い天才児』の存在は、彼女にとっては救いでもあった。
「ま、いっか。細かいことはどうでもいいわね。アクアが賢いおかげで私の自由な時間が増えてるんだから、この際バケモノでも天才でも大歓迎よ」
「俺も、ミヤコが倒れたら、困る」
互いの利害が完全に一致した、奇妙な共犯関係。
親と赤ん坊というよりは、『保育士と優秀なバイト』のような距離感だ。アクアにとって、この「等価交換」をベースとしたミヤコとのドライな関係性は、非常に居心地が良かった。
――ガチャリ。
その時、玄関のドアが開く音が響いた。
「ただいまー! あー疲れたっ。今日ちょっと押しちゃってさー!」
アイドルのオーラを纏ったままのアイが、パタパタと足音を立ててリビングに入ってくる。
「ママァーッ!」
瞬間、隣の部屋で寝転がっていたルビーが、凄まじい速度のハイハイで飛び出してきた。一切の躊躇も戸惑いもなく、まさに熱狂的なファンが推しに向かっていくような勢いで、アイの足元へとダイブする。
「おっ、ルビー! よしよし、いい子にしてたー?」
アイは屈託のない笑顔でルビーを抱き上げ、頬ずりをした。ルビーは「きゃっきゃっ!」と歓喜の声を上げ、アイの胸に顔を埋めて全身で甘え倒している。
その眩しすぎる光景を視界の端に捉えた瞬間――アクアは、ピタリと動きを止め、無意識に心拍数を跳ね上がらせた。
(……来た)
前世の医者としての防衛本能か、あるいは執念深い『アンチ』としての習性か。
アクアはアイの方を一切見ようとせず、不自然なほど素早くミヤコの背後へと回り込んだ。そして、手元にあった未処理の洗濯物を引っ張り出し、何かに取り憑かれたように畳み始める。
「あれー? アクアは、ママにぎゅーってしてくれないの?」
アイがルビーを片腕に抱いたまま、しゃがみ込んでアクアの顔を覗き込んできた。
星の輝きを宿した瞳。その真っ直ぐな視線を向けられ、アクアは微かに肩をびくつかせた。
「……いま、いそがしい。ミヤコの、お手伝い、してるから」
アクアは頑なに視線を落とし、ミヤコの足元に隠れるようにしてタオルを見つめ続けた。
「えー、なにそれー。最近アクア、ミヤコにばっかり懐いてない? ママ妬いちゃうなー」
アイは少し口を尖らせ、不満げにアクアのほっぺたをツンツンと指で突いた。
「あーっ! むーっ!! ママっ!」
その時、自分からアイの意識が逸れたのが気に入らなかったのか、アイの腕の中にいたルビーが不満げに声を上げた。
ルビーは短い腕を精一杯伸ばしてアイの服をぐいぐいと引っ張り、「私をもっと見て!」とばかりに、全身を思い切りアイの胸元へとぶつけていく。
「おっとっと。あはは、ルビーはどうしたのー?」
体当たりに近い猛烈なアピールを、アイはバランスを崩すことなく真正面からしっかりと受け止め、そのままルビーの小さな身体を力いっぱいぎゅっと抱きしめた。
「ママ、だいしゅき!」
大好きな『推し』であり『ママ』の温もりに包まれ、ルビーはこれ以上ないほどの満面の笑みを浮かべて歓喜の声を上げる。
そんなルビーの無邪気な愛情の爆発を真正面から浴びたアイは、目尻をふにゃりと下げた。
「ふふっ、ルビーは本当に可愛いねぇ! ママも、だーいすきっ!」
それは、いつもテレビ越しに見せている完璧に計算された『アイドルの笑顔』とは違う、どこか幼く、くしゃっとした満面の笑みだった。
その眩しすぎる親子のスキンシップを、アクアはミヤコの足元から静かに見つめていた。
やがて、彼は手元のタオルから視線を上げないまま、ぽつりと隣のミヤコに向かって呟いた。
「……ミヤコ。どうしてアイは、ライブの時とかに『あの笑顔』を出さないんだろうな」
「えっ……?」
ひどく大人びた、けれど純粋な疑問を孕んだアクアの言葉に、ミヤコは目を丸くして彼を見下ろした。そして導かれるように、再びアイとルビーの方へと視線を向ける。
アクアの言う通りだった。
アイが今、腕の中の我が子に向けている笑顔。それは、ステージの上で観客を魅了する、あの嘘で塗り固められた無敵の作り笑いとは全く異質の輝きを放っていた。
本当に愛しくて、大切でたまらないものに向ける、純度百パーセントの無防備な笑顔。
「…………」
言葉を失い、ミヤコはその横顔をただ見つめることしかできなかった。
一切の打算も嘘も混じっていないその表情は、同性であり、これまで数多くの美しいタレントを見てきたミヤコでさえ、思わず息を呑み、はっと見惚れてしまうほどの圧倒的な引力と美しさを持っていた。
「……なら、直接言ってあげれば?」
ミヤコは感嘆の溜め息をこっそりと飲み込むと、足元に隠れているアクアの小さな背中を軽くつついた。
「せっかくの意見なんだから。たまには親子の触れ合いも兼ねて、ね?」
「…………」
アクアは不満げに押し黙った。しかし、少しの躊躇いの後、手元のタオルをそっと床に置く。そして短い足で立ち上がると、よちよちと覚束ない足取りでアイの元へと歩み寄っていった。
「アイ」
アイの膝元までやってくると、アクアは小さく、ひどく静かな声で呼びかけた。
母親を名前で呼ぶそのいびつさにミヤコはどきまぎしたが、アイ本人は気にする様子もなく、自分から近づいてきてくれた息子の姿に嬉しそうに首を傾げた。
「んー? なーに、アクア」
優しく、甘い声で問いかけてくるアイ。その顔を真っ直ぐに見上げながら、アクアは慎重に言葉を選んで口を開いた。
「さっき、ルビーに向けてたみたいな笑顔の方が、いい……ライブの顔、作り物っぽいから」
言った直後、アクアは「しまった」と内心で眉をひそめた。
ただ事実を伝えるつもりだったのに、どうしても口をついて出る言葉が辛辣なダメ出しになってしまう。素直な好意や賞賛を伝える機能が、自分には決定的に欠落しているのだと痛感する。
アイと距離感をとりたくなってしまう理由もそれだ。どうも雨宮吾郎であったときと同じように、彼女に辛辣な言葉をぶつけてしまいそうになるからだった。
「うーっ!!(ちょっと、またママのこと悪く言ったわね!)」
案の定、アイの腕の中にいたルビーが、威嚇するように唸り声を上げた。
せっかくの親子のふれあいタイムに冷水を浴びせられたうえ、またしても大好きなアイの完璧なアイドル像を「作り物」だと否定されたと思ったのだろう。短い手足をバタつかせ、今にも噛み付かんばかりの勢いでアクアを睨みつけている。
やっちまった、とアクアが小さく息を吐き、アイから視線を逸らそうとした、その時だった。
「うーん、そっかぁ」
アイは気を悪くするどころか、まるで今日の晩ご飯のメニューでも提案されたかのように、あっけらかんとした声を上げた。
「アクアは、そうしたほうがいいと思うんだ?」
怒りも、悲しみも、アイドルのプライドを傷つけられた動揺もない。アクアはその言葉に無言でうなずいた。
アクアの冷ややかな指摘をそのままフラットに受け止め、アイは目をパチパチと瞬かせながら、どこか楽しげに笑っていた。気にする様子など微塵もない、ひどく穏やかな響きだった。
「そうだなぁ……んー、こんな感じかな」
アイは片腕でルビーを抱いたまま、空いた手の人差し指を自分の顎に当て、少しだけ小首を傾げた。
そして次の瞬間――リビングに流れていたゆるやかな空気が、一変した。
先程までの、隙だらけで無防備な母親の気配がふっと掻き消える。代わりに場を支配したのは、有無を言わさぬ『アイドル・星野アイ』としての圧倒的なオーラだった。
「どう?」
アクアの瞳を真っ直ぐに射抜き、アイがふわりと微笑みかける。
それは、ただ笑ったわけではなかった。自身の顔のどのパーツを、どの角度から、どういう光の当たり具合で見せれば、カメラ(あるいは目の前の相手)に最も鮮烈に映えるのか。その最適解をコンマ一秒で弾き出し、毛先やまつ毛の揺れに至るまでを完璧に制御し尽くした『究極の笑顔』だった。
先ほどルビーに向けていた、愛おしさに満ちた無防備な笑顔の成分を抽出し、そこにアイドルとしての魅せる技術を緻密にコーティングして再構築したような、奇跡的なバランス。
無意識の愛情すらも、彼女にかかれば観客を魅了するための最強の武器へと変換されてしまう。
息を呑むようなその輝きに、すぐ横にいたミヤコはもちろん、先ほどまで牙を剥いていたルビーすらも一瞬で魅了され、ぽかんと口を開けて硬直してしまった。
この日、アクアの何気ない指摘によって引き出された『究極の笑顔』は、星野アイというアイドルの運命を大きく動かす起爆剤となった。
無防備な母性と、緻密に計算されたアイドルとしての魅せ方。その二つを完璧なバランスで融合させたアイのパフォーマンスは、ステージを重ねるごとに圧倒的な凄みを増していった。
彼女の放つ暴力的なまでの引力とカリスマ性はあっという間に口コミで広がり、地下アイドルグループ『B小町』は、アイを絶対的なセンターとして徐々に、だが確実に熱狂的な人気を獲得していくのだった。
―――
深夜。しんと静まり返った寝室で、アクアはふと目を覚ました。
昼間にうっかり長めの昼寝をしてしまったせいで、完全に脳が覚醒してしまっている。
隣に視線を向ければ、アイとルビーがぴったりと身を寄せ合い、幸せそうな寝息を立ててぐっすりと眠っていた。ルビーはアイのパジャマの裾をしっかりと握りしめており、見ているだけで暑苦しいほどの密着ぶりだ。
ふと、半開きのドアの隙間から、リビングの方に明かりが灯っているのが見えた。
(……誰かの消し忘れか)
最近、アクアが『優秀なアシスタント』として立ち回るようになってからというもの、この家では予備がある日用品や操作用のリモコン類があえて低い位置に置かれるようになった。一歳児の手が届く範囲にそれらを配置しておけば、アクアが勝手に家事や消灯を済ませてくれるからだ。
当然、リビングの照明のリモコンもアクアの射程圏内にある。己で消してこようと、アクアは音を立てずにベッドを抜け出し、よちよちと短い足でリビングへと向かった。
だが、リビングに足を踏み入れたアクアは、そこで予想外の光景を目にした。
「……んー……」
誰もいないはずのローテーブルの前に、斎藤ミヤコが座っていたのだ。
彼女の目の前には何本かの缶ビールやグラス、ちょっとしたおつまみが散乱しており、どうやら一人で晩酌を楽しんでいる真っ最中らしい。すっぴんの頬はほんのりと赤く染まり、とろんとした目をしている。育児のストレスから解放されたのか、程よく気持ちよく酔っ払っている様子だった。
「だぁれ……? ……なんだ、アクアかぁ」
足元にやってきた小さな影を見下ろし、ミヤコは特に驚く様子もなく、間延びした声でふにゃりと笑った。
「灯り、ついてたから。消し忘れかと、思った」
一歳児の姿でひどく冷静な理由を述べるアクアに対し、ミヤコは「そーぉ?」と楽しそうに首を傾げた。
「ふふっ、ちょうどよかったわ。ほら、ちょっと私の晩酌に付き合いなさい」
言うが早いか、ミヤコはひょいっとアクアのわきの下に手を入れて持ち上げると、そのままどんっとテーブルの上に座らせた。
缶ビールやグラスが並ぶテーブルの上という、およそ一歳児が配置されるべきではないポジション。
「……ミヤコ。これ、あんまり行儀良くない」
見下ろす形になったアクアが冷静にそう指摘すると、ミヤコはグラスの中で氷をカランと鳴らしながら、気だるげに微笑んだ。
「いいのよ。あんたはちゃんと、それが『行儀悪いこと』だって理解できてるんだから」
酔っ払い特有の、理不尽極まりない免罪符だった。全く気にする様子もなくグラスに口をつけるミヤコを前に、アクアは小さくため息を吐き、大人しくテーブルの上にちょこんと胡座をかいた。
「あんたたち二人もずいぶん育ってきたから、そろそろ私の手もいらなくなってくるでしょ」
グラスの縁を指でなぞりながら、ミヤコは肩の荷が下りるのを待つような、複雑な響きで呟いた。
しかし、テーブルの上に座らされたアクアは、即座に首を横に振った。
「……無理だ。アイに仕事と育児の、ワンオペは無理だよ」
「まったく。実の親に向かって容赦ないわね」
あっさりと母親の生活能力を見限るアクアの言葉に、ミヤコはクスクスと笑いながらグラスの残りをあおった。
「たまには壱護に言って、お休みをもらったら? たまにはお世話を、 『お前がやれ』って言って」
アクアが淡々と提案すると、ミヤコは「あー……」と天井を見上げ、だらんと肩を落とした。
「まぁ、あの人は毎日アイドルたちのお世話をしているからねぇ……。あの人は若い女の子たちと仕事してるし、私もてっきり、イケメンの若い男の子たちと仕事できるって思ってたのに。とんだ予想外よ、ほんと」
溜め込んでいた鬱憤を吐き出すように、ミヤコは深い愚痴をこぼした。
本来なら華やかな芸能界で裏方として輝くはずだった自分が、なぜか毎日事務所の奥でおむつ替えと離乳食作りに追われているのだ。愚痴の一つや二つ、こぼしたくなるのも当然だろう。
アクアはそんな彼女の不満を静かに聞いた後、テーブルの上に置かれた自身の小さな両手を見つめ、ぽつりと言った。
「でも、ミヤコのおかげで俺たちは助かってるから。……ありがとう」
それは、打算による『天才児の演技』でもなければ、機嫌取りでもない。前世から引き継いだ一人の人間としての、不器用で純粋な感謝の言葉だった。アイの危うさを誰よりも理解しているアクアにとって、ミヤコという現実的で頼りになる大人の存在がどれほど救いになっているか、計り知れなかった。
不意打ちのように告げられたその言葉に、ミヤコは目を丸くし、やがて照れ隠しのように意地悪く目を細めた。
「……なによ。気を使ってるの?」
「うん」
アクアが間髪入れずに頷くと、ミヤコは毒気を抜かれたようにふっと息を吐き出した。
「そこは気を利かせないのね」
『そんなことないよ』と否定してごまかすことすらしない。どこまでも可愛げがなく、けれど変なところだけ律儀な一歳児に、ミヤコは呆れたような、それでいてどこか嬉しそうな苦笑いを浮かべていた。
「そういえば、『若い男の子と働きたい』って願いは、ちゃんと叶っているのね」
グラスの中で氷を揺らしながら、ミヤコはふと何かに気づいたように、テーブルの上に座るアクアを見て小さく呟いた。
「俺は、若いっていうよりも……こども、じゃなくて、おさない、だと思う」
アクアは小首を傾げ、まだ語彙力が完全に備わっていない一歳児を装うように、わざとらしくたどたどしい口調で単語を探してみせた。
「そうよねぇ」
そんなアクアの姿を見て、ミヤコは呆れたような、それでいてしみじみとした視線を向ける。
「『あと十年経っていれば』なんていうのは、大抵ただの褒め言葉や謙遜……出しゃばらないための言い回しだけど。あんたの場合は、十年経ってもまだ足りないくらいだものねぇ」
今の年齢差を思えば、十年足したところでやっと小学生と三十代だ。ミヤコは苦笑しながら、再びグラスに口をつける。
「他に、壱護と一緒になった理由は、あるの?」
アクアが真っ直ぐな瞳で尋ねると、ミヤコは「んー……」と少しだけ目を伏せ、遠い記憶をたぐり寄せるように考え込んだ。
「……見たい光景を見せてやる、って……あの人が言ったから」
『この世で一番煌めく景色を見せてやる』――いつか壱護が自信たっぷりに言い放った、あの熱を帯びた言葉。それに惹かれたのだという事実は、紛れもない本音だった。
「見たい光景?」
ミヤコの顔を覗き込み、アクアが不思議そうに首を傾げる。
しかし、かつての熱い約束をこんなちんちくりんの赤ん坊を相手に語るのは、なんだかひどく気恥ずかしく感じられた。ミヤコは意図的に口元を緩め、からかうような声色を作った。
「そうねぇ……イケメンホストに囲まれて、シャンパンタワーに注ぐ景色かしらね」
わざとらしく茶化して誤魔化すミヤコに、アクアは「なんだそれ」と呆れたように苦笑した。
そして、アクアはよっこいしょと身を乗り出すと、ミヤコの近くにあったプルタブの開いた缶ビールを小さな両手でしっかりと掴んだ。
「おそそぎしますか、ミヤコさん」
ホストになりきったような、それでいて絶妙にとぼけた一歳児の振る舞いに、ミヤコは一瞬きょとんと目を丸くした。
しかし、すぐに堪えきれないといった様子で吹き出し、悪戯っぽい笑みを浮かべる。
「20年早いのよ、ガキンチョ」
ミヤコはそう言いながら、空になったグラスをくいっとアクアの方へ差し出した。
アクアは「へいへい」とでも言いたげなジト目を向けながらも、小さな両手で慎重に缶を傾ける。とくとくとビールが注がれる心地よい音が、深夜のリビングに静かに響き渡るのだった。