ゴロー先生はアイアンチ 作:作者さん
二歳。それは一般的に「魔の二歳児」などと呼ばれ、自我が芽生え自己主張が激しくなる時期だ。しかし、中身が大人であるアクアたちにとっては、ようやくこの身体の言語野が成熟し、流暢な会話を交わしても「ただの極めて早熟な子供」という枠内にギリギリ収まるようになった、都合の良い時期でもあった。
この日、ミヤコはアクアとルビーを連れて、都内にあるテレビ局の撮影スタジオを訪れていた。
表向きの理由は「ベビーシッターが捕まらなかったため、仕方なく職場に連れてきた」というものだが、これには壱護の戦略が隠されている。
今日撮影されるのは、アイにとって初めてとなるドラマの現場だ。役柄は顔見せ程度の端役ではあるものの、業界関係者が多数出入りする場所に、あえてアイの隠し子である自分たちを同席させる。
その最大の意図は『カモフラージュ』だった。
ミヤコが堂々と「二人は自分の子供だ」として振る舞い、周囲にそう認知させることで、強烈な先入観を植え付ける。こうしておけば、今後もし屋外でアイがアクアたちと親しげにしている姿を誰かに見られたとしても、「ああ、事務所の社長夫人の子供を可愛がっているんだな」という思考誘導が自動的に成立する。スキャンダルの火種を根本から無効化する、壱護が練り上げた防衛策だった。
メガホンを取る五反田泰志監督は、スタジオの隅に陣取る子連れのミヤコを一瞥したが、特に咎めるようなことはしなかった。
「……働き方改革ってやつか。まぁ、本番中に泣き声さえ立てなきゃ好きにしろ」
ボサボサの髪を掻き毟りながら、五反田はそれだけ言ってモニターへと視線を戻した。気難しい職人肌に見えて、その実、現場の裏方事情にはある程度の理解を示す男らしかった。
とはいえ、子供たちの主戦場は基本的には演者たちの控室だ。そして、そこはアクアにとってある種の地獄でもあった。
「きゃーっ! なにこの子たち、天使!? おめめキラッキラじゃん!」
「アイさんのマネージャーの子? えーっ、絶対将来イケメンと美少女になるよー!」
若く、見目麗しい女優やアイドルの卵たちが、珍しいおもちゃでも見つけたかのように群がってくる。
「あうーっ! きゃははっ!」
ルビーは完全に自分の世界に入っていた。前世から根っからのアイドルオタクである彼女にとって、可愛い女の子たちにもみくちゃにされ、チヤホヤされる今の状況は天国以外の何物でもないらしい。短い手足をばたつかせ、満面の笑みを振りまいては女優たちの母性をこれでもかと刺激している。
一方で、アクアの居心地の悪さは限界に達していた。
(……息が詰まる)
中身がアラサー男性であるアクアにとって、香水の匂いと甲高い歓声が飛び交うこの密閉空間は、ただただ精神力を削られるだけの場所だった。ルビーのように無邪気なふりをして愛想を振りまく気力もない。
アクアは女優たちの意識がルビーに集中した一瞬の隙を突き、床に転がっていたペットボトルを追いかけるようなふりをして、そっと控室のドアから廊下へと抜け出した。
ひんやりとしたスタジオの廊下。重厚な防音扉の向こうからは、スタッフの慌ただしい足音が微かに響いてくる。
ようやく得られた静寂に、アクアは壁に寄りかかって「ふぅ」と深く息を吐き出した。
「……おい。こんな所で何やってる、ガキ」
不意に、頭上から野太い声が降ってきた。
ビクッと肩を揺らして見上げると、そこにはパイプ椅子にどっかりと腰を下ろし、手元の絵コンテを不機嫌そうに睨みつけている五反田監督の姿があった。
眉間に深いシワを刻み、火のついていない咥えタバコを苛立たしげに噛み締めながら、五反田は床にぽつんと立つ二歳児を見下ろしている。迷子を見つけた大人特有の焦りや優しさは一切なく、ただ単に「邪魔なものがいる」といった無骨な視線だった。
「……若い女の子たちにもみくちゃにされるのは、息が詰まる」
アクアは二歳児特有の甲高く舌足らずな声でありながら、ひどく平坦な、まるで人生に疲れ切ったサラリーマンのようなトーンで言い放った。
五反田は咥えていた火のついていないタバコを、危うく床に落としそうになった。
今、このガキはなんと言った? 絵コンテから視線を剥がし、改めて足元の幼児をまじまじと見つめる。
「あそこに居続けるのは精神衛生上良くないんだ。可愛げのある反応もルビーと違ってできないからな」
呆気に取られる五反田をよそに、アクアはペタペタと短い足で歩き、五反田のすぐ隣にあった空の機材ケースによっこいしょと腰を下ろした。そして、ふぅと再び深い溜め息を吐く。その目には、二歳児にあるはずのキラキラとした好奇心など微塵もなく、ただ虚無だけが宿っていた。
「……お前も十分若い、つーか若すぎるだろ。そのセリフが出ていい歳じゃないぞ」
たまらず、五反田は低い声でツッコミを入れた。
目の前にいるのは、オムツが外れたかどうかも怪しい赤ん坊である。だというのに、纏っている哀愁と語彙力がどう考えても年齢と一致していない。
「俺は、精神的に老成してるから」
「老成って……お前なぁ」
五反田はガシガシと後頭部を掻いた。
職業柄、これまで数多くの子役を見てきた五反田だが、こんな気味の悪いガキは初めてだった。大人の顔色を窺って作られた『子供らしさ』を過剰にアピールしてくる子役はごまんといるが、この目の前の幼児は、大人に媚びるどころか大人そのものの思考回路で社会のしがらみから逃げてきている。
「アイのマネージャーんトコのガキだな。名前は?」
「アクア」
「そうかよ。俺は五反田だ」
二歳児を相手にしているとは思えない、妙に対等でぶっきらぼうな自己紹介。アクアが短く頷くと、五反田は面白そうに口角を上げた。
「お前、あっちの部屋にいるもう一人のガキ……双子の妹か? あいつとは随分出来が違うな。あいつは天性の女優だぞ、見事に現場の女どもの心を掌握してやがる」
「ルビーはああいうのが好きだから。俺は裏方体質なんだよ」
「裏方ねぇ……」
五反田は絵コンテを丸めて膝を叩き、アクアの隣でふっと息を吐いた。
子供特有の甲高い泣き声も、面倒な自己主張もない。ただ隣で静かに息を潜めているだけのこの奇妙な幼児の存在は、神経をすり減らす撮影現場の裏側において、五反田にとっても存外悪くないものだった。
「それに、ルビーが可愛いことは俺も知ってるしな」
機材ケースの上で短い両足をぶらぶらと揺らしながら、アクアは至極当然のことのように言い放った。
その言葉に、五反田はニヤリと意地悪な笑みを浮かべる。
「なんだ。すかして見えて、実は立派なシスコンか? お兄ちゃん」
揶揄うような五反田の言葉にも、アクアの表情は一切崩れなかった。頬を膨らませて怒るでもなく、照れるでもなく、ただ淡々と五反田を見返す。
「……客観的に見た事実の話をしたつもりなんだけど」
どこまでも冷めた目をしてすました顔を作る二歳児に、五反田はたまらず吹き出し、やがて呆れたように苦笑した。
「可愛げのねぇガキ」
そう悪態をつきながらも、五反田の目はアクアを興味深そうに観察し続けていた。
大人びた口調。女性たちにもみくちゃにされたせいか、疲れ切った瞳。一般的な『可愛い子役』に求められる無邪気さとは対極にあるそのいびつさは、映像を作る側の人間から見れば、強烈な異物感を放っている。
(……だけど、映画の画面に映す『素材』としては、最高に面白そうじゃねぇか)
無難な愛嬌などより、よほど観客の目を惹きつけるノイズになる。五反田は、カメラのファインダー越しにこの奇妙な幼児を覗き込む自身の姿を想像し、ひっそりとクリエイターとしての熱い好奇心を疼かせていた。
五反田はポケットをごそごそと探り、一枚の名刺を取り出すと、それをアクアの小さな手に向かって差し出した。
「ほらよ。お前、もし本格的に事務所に入るようなことがあったら、これを見せて俺に言え」
「……ありがとうございます?」
受け取った名刺と五反田の顔を交互に見比べ、アクアは首をこてんと傾けた。そして、一瞬だけ見せた子供らしい仕草をすぐにかなぐり捨て、淡々と告げる。
「でも、仕事なら、俺じゃなくてアイの方に入れてくれると嬉しいんだけど」
「アイ。あのアイドルねぇ」
五反田は顎をさすりながら、少しだけ面白そうに目を細めた。
「アイドルとしては最近売れてきてるらしいが、役者としてはどうなんだ?」
「カメラ映りはいいよ」
「……なんじゃそら」
五反田が鼻で笑ったその時、「監督! シーンの準備できました!」とスタッフの声が廊下に響いた。五反田は「おう」と短く返し、パイプ椅子から立ち上がる。そのままアクアに背を向け、撮影が待つスタジオへと戻っていった。
本番を知らせる声が響き、撮影が始まる。
モニターの前に座った五反田は、主人公の同級生というポジションで芝居をするアイの姿をじっと見つめていた。
(……演技自体は、ただの並みだな)
技術も経験も足りていない。基礎ができているとは到底言い難かった。
だが、どういうわけか、彼女の一挙手一投足から目が離せなくなる。画面の中に彼女が存在しているだけで、周囲の風景や他の演者が霞み、自然と彼女へとフォーカスを奪われてしまう。圧倒的な引力だった。
そこで、五反田はふと先ほどのアクアの言葉を思い出した。
――『カメラ映りはいいよ』
撮影がひと段落つき、スタジオが休憩に入った。
五反田がふたたび廊下へ出ると、アクアは先ほどと全く同じ機材ケースの上に、変わらぬ虚無感を漂わせて座っていた。
「おう、早熟ベイビー。……お前の言ってる意味が分かったぞ」
アクアが静かに頷くのを見て、五反田はよっこいしょとその隣に腰を下ろした。
「さっきお前、自分は裏方体質っつってたよな。ちょいと適性をみてやる」
五反田はスタジオの扉の方へ顎をしゃくった。
「さっきのアイの演技のことだ。お前、このシーンは本編でどれくらい使われると思う?」
試すような問いかけ。アクアはすぐには答えず、開いた扉の隙間からスタジオの奥にいるアイだけにじっと視線を向けた。
「……目につくし、惹かれる演技だと思う。少なくとも、俺からは凄く良く見える」
五反田は何も言わず、黙ったままアクアの言葉の続きを待つ。
やがてアクアは両手を顔の前に上げると、親指と人差し指を交差させて四角い『窓』を作った。ディレクターズ・ファインダーを覗き込むようなその手つきで、アイと、周囲にいる他の演者たちの様子を小さな枠の中に切り取る。
「なんというか……アンパンヒーローの世界に、魔法少女が来ちゃったみたいだ」
ぽつりとこぼれ落ちた、いびつで的確すぎる比喩。
五反田は「……なるほどな」と小さく息を吐いた。言っていることは痛いほどよくわかる。世界観が合っていないのだ。日常を描くはずのドラマの風景が、星野アイという特異点が放つ強烈なオーラによって、一瞬にして別ジャンルに塗り替えられてしまう。
「それで? さっきの質問の答えは?」
五反田が促すと、アクアは作った窓を下ろし、大人びた諦観の瞳で五反田を見上げた。
「……あまり使わない」
アクアは手元にある五反田の名刺に視線を落とし、ひどく冷静な声で言い切った。
「アイが主演の作品ならそれでよかったかもしれない。でも、今回のアイの役はただの端役だろ。作品のバランスを考えたら、悪目立ちしすぎる」
「正解だ」
五反田は愉快そうに喉の奥で笑い声を立てた。
「映像作品にはな、必ず一番際立たせたい演者がいる。それが所謂『主演』と呼ばれるポジションだ。だが、その主演よりも圧倒的に目立つ脇役がいると、視聴者はどこに視線を向ければいいのか分からなくなる。作品の軸がブレちまうんだよ」
五反田は口にくわえていた火のついていないタバコを指で弄びながら、さらに言葉を続ける。
「まぁ、そこを上手く調整してなんとかするのが俺たち裏方と『編集』の仕事なんだが……それにしたって、素材の時点で世界観が違いすぎれば、どうしても画面に無理は出る」
「……無理が出ないようにするには、本編からばっさりとカットするしかない。そういう結論に繋がるのか」
アクアが淡々と事実を口にすると、五反田はニヤリと片側の口角を上げた。
「まぁ、それもあるな」
「それ『も』?」
言葉の裏にある含みを感じ取り、アクアは不思議そうに首を傾げた。
五反田はスタジオの奥、カメラの中心でスタッフたちに囲まれている主演女優の方へと視線を流す。
「あそこの主演な。いま、上の方の連中が『可愛すぎる演技派女優』って肩書きで、大々的に売り出している真っ最中なんだよ」
「…………」
その一言で、アクアは全てを察した。
なるほど、単なる「作品のバランス」といった芸術的な観点だけの話ではない。極めて現実的な業界の『政治』の話だ。
このドラマはそもそも、あの主演女優を売り出し、箔をつけるための巨大なプロモーションという側面を持っているのだろう。事務所の強い意向や、スポンサーの期待を背負った大切な商品。
そんな彼女を輝かせるための舞台で、端役に過ぎないアイが圧倒的なオーラを放ち、主演を完全に『食って』しまったらどうなるか。
(……自分のところの売り出し中の演者を推すためのドラマで、それを邪魔するような演者を長く映像に出すわけにはいかない、か)
どれほど視聴者を惹きつける魅力があろうとも、いや、魅力がありすぎるからこそ、アイは画面から排除される。エンターテインメント業界の冷酷な理屈を理解し、アクアは静かに口を引き結んだ。
「かといって、今回のアイの立ち振る舞いが間違いかと言われれば、それも違うんだな」
深い業界の構図にアクアが内心で舌打ちをした矢先、五反田はどこか楽しげな声でそう付け足した。
「……違う?」
アクアは目を少しだけ丸くし、首を傾げた。
「せっかくドラマに出ても、大人の事情で出番をばっさり削られるんだろ。画面に映らなきゃ、視聴者からの知名度アップには繋がらないんじゃないのか」
芸能界において、露出の減少は死活問題だ。ましてや、今のアイは少しずつ売れてきたとはいえ、まだまだこれからのアイドルである。せっかくのチャンスを潰されることが「間違いではない」という理屈が、アクアにはすぐには呑み込めなかった。
そんなアクアの疑問を予想していたかのように、五反田はニッと野性的な笑みを深めた。
「視聴者に向けてのプロモーションとしちゃあ、たしかに失敗だろうな。だがな、こういうドラマでの『新人枠』っていうのは、俺たち裏方の人間が、次に使えそうな面白い演者を探すための『見本市』でもあるんだよ」
五反田は親指で、重厚な防音扉の向こう――カメラの回っているスタジオを指し示した。
「あの主演の女は、事務所の力と莫大な予算をつぎ込んで作られた神輿だ。だが、アイは自分の才能一つで、その神輿に座る女を簡単に超えるほどの『絵』を作れると、俺たちに見せつけて証明した」
それは、作り手からすればたまらない魅力だった。
強烈な引力、圧倒的な存在感。画面のバランスをぶち壊してしまうほどの異物感は、使い所さえ間違えなければ、作品を爆発的に跳ねさせる劇薬になる。
「少なくとも俺の中で、アイは『次に使う選択肢の一つ』にはっきりと挙がるようになった。俺だけじゃねぇ、ここの制作会社の連中にしたって、アイという素材への評価は間違いなく跳ね上がっただろうさ」
五反田は咥えていたタバコを指に挟み、フッと息をついた。
「知名度だの目先の出番だのは減るかもしれねぇが、俺たち裏方への強烈なアピールにはなった。いわば、未来の仕事に繋げる『先行投資』としちゃあ大成功しているわけだ」
「……なるほどな」
アクアは小さく息を吐き、ストンと腑に落ちたように頷いた。
表舞台の華やかな結果だけが全てではない。その裏で糸を引くクリエイターたちの脳裏に『星野アイ』という強烈な爪痕を残せたのなら、それはアイの役者としての確かな第一歩だ。
二歳児らしからぬ高度な納得を見せるアクアを見て、五反田はガシガシと頭を掻いた。
「……お前、本当に中身はどうなってんだ。こんな裏方の小難しい話を一発で理解する二歳児なんて、気味が悪くてしょうがねぇぞ」
ジト目でじっと顔を覗き込んでくる五反田に対し、アクアはどう説明して誤魔化そうかと一瞬だけ思考を巡らせた。そして、いつもミヤコに使っている一番手っ取り早い言い訳を採用することにした。
「最近の動画は教育にいいから。全部、動画を見て覚えた」
「んなわけあるか。あのアイのマネージャーは、お前に一体どんな教育をしてんだ」
五反田は呆れ果てたように大きく息を吐き出し、パイプ椅子に背中を預けた。
「英才教育。五反田監督とこうして話せるくらいにはなる」
「ならねぇんだよ。どんな詰め込み教育をやったら、そんなひねくれた知能が産まれるんだ。まさかお前、寝てる間にも自己啓発だか裏方の専門知識だかの教育映像でも流されてるんじゃねぇだろうな」
「……あれ? 監督が子供の頃は、そういうのなかったの?」
「えっ」
アクアがわざとらしく目を丸くして首を傾げると、五反田の動きがピタリと止まった。
「……え、嘘だろ。本当に現代の育児ってそんな恐ろしいことになってるのか……?」
すっかり騙され、戦慄したように目を剥いて現代の常識を疑い始める五反田。いい大人が二歳児の戯言を本気で信じかけているその滑稽な姿に、アクアはたまらず、小さく鼻で笑った。
「……冗談だ」
「たっく、このガキ……! 大人を揶揄いやがって!」
からかわれたことに気づいた五反田が、ワシャワシャと乱暴にアクアの頭を撫で回す。アクアは抵抗もせずにその粗雑な手つきを受け入れながら、ボサボサになった前髪の隙間から、ひどく理知的な光を宿した瞳で五反田を見上げた。
「俺も、次があるように『先行投資』をしておこうと思って」
「あん?」
「俺みたいな気味の悪いガキが現場にいれば、監督の印象に残るだろ。これも立派なプロモーションだ」
つい先ほど五反田が語った『先行投資』という概念を、アクアは即座に自分自身の行動に当てはめて実践してみせたのだ。
アイのドラマ出演が未来の仕事への種まきであるならば、アクアがここで五反田に奇妙な二歳児として強烈な印象を植え付けることもまた、未来に向けた何らかのコネクション作りになる。
そのしたたかすぎる意図を完璧に理解した五反田は、虚を突かれたように目を瞬かせ――やがて、肩を揺らして笑い出した。
「ははっ! 違いねぇ、たしかに俺の脳裏には強烈に刻み込まれたぜ」
五反田は笑いながら、機材ケースの上に座る小さな裏方を愉快そうに見下ろした。
「たっく……本当に生意気なガキだよ、お前は」
そこにはもう、ただの子供に向けるような視線は微塵もなかった。
カメラの裏側でうごめく大人の事情を理解し、あまつさえそれを利用して立ち回る小さな同業者。五反田泰志というクリエイターの心に、『星野アクア』という異端の存在が深く、そして強烈に根を下ろした瞬間だった。