冥宮会長は後ろから刺されそうな独裁者ムーブばかりしている 作:PON太郎
能力者は、政府によって管理されている。
そう聞くと、ずいぶん物々しい話に思えるかもしれない。
けれど雨野雫にとって、それはつい最近まで遠い世界の話だった。
雫はごく普通の家庭に生まれた。
両親がいて、学校へ行って、友達と遊んで。 特別裕福というわけではないけれど、何かに困った記憶もない。
たぶん、それなりに恵まれた人生だったと思う。
少なくとも、自分が能力に目覚めるまでは。
能力が発現した人間は、まず国への登録と検査を受ける。
能力の性質、出力、安定性、そして、本人がどこまで制御できるか。
その結果によって、求められる管理の程度は変わる。
危険性の低い能力であれば、定期検査を受けながら一般の学校へ通うこともできる。
ただし、能力の使用は原則として認められない。
外出時には能力の発現を阻害する器具の装着が義務付けられる。
雫の脳裏に浮かぶのは、街中で時折見かける人々だった。
腕や足に、輪のような器具をつけている人たち。
表立って差別されているわけではないし、店から追い出されるわけでも、電車に乗れないわけでもない。
それでも、隣の席が最後まで空いていたり、視線を向けられてから、少しだけ距離を取られたり、そんな光景を、雫は何度か見たことがある。
能力を封じて一般社会で生きる。
それとは別に、もう一つの道がある。
それは、能力者のための専門教育機関へ進むことだった。
雫が入学したのは、国立能力者教育機構附属第一高等学校。
能力者の制御教育と社会適応を目的として国が設置した、能力者専門の高等教育機関の一つだ。
正式名称は長いので、生徒たちは単に「能力一高」と呼んでいる。
そこで能力の制御方法や法律、扱い方を学び、一定の基準を満たせば、能力を公的に使用するための資格を得ることができる。
卒業後には、能力を活用する職業へ進む者もいれば、研究機関や行政機関に協力する者もいるらしい。
雫は、その道を選んだ。
別に、一般社会から完全に追い出されたわけではない。 能力を使わずに生きる道だって選べた。
それでも、せっかく自分にこんな力があるのなら、使い方くらいは知っておきたかった。
ただ、それだけだった。
能力者ばかりが集められた学校。
そう聞けば、どうしても普通の学校とは違う、どこか殺伐とした場所を想像してしまう。
けれど実際に入ってみれば、拍子抜けするほど普通だった。
昼休み。
雫は、自分の机の近くまで椅子を寄せて雑談している友人たちを眺めていた。
友達もできた。
授業は大変だけれど、能力の使い方も少しずつ分かってきた。
失敗することもあるが、着実に自分が前へ進んでいる実感はあった。
そう、雫個人に限って言えば、学校生活は順風満帆だったのだ。
ただ一つ、最近、校内には妙な緊張感が漂っている様に雫は感じていた。
「なんか最近、校内物騒らしーよ」
そう切り出したのは、上山みくるだった。
明るい髪色に派手めのメイク。 一言で表すなら、いかにもギャルといった雰囲気の少女だ。
向かいでは、もう一人の友人である青山紗枝が机に手を置いている。
みくるはその爪に器用にネイルを塗りながら続けた。
「部活の先輩に聞いたんだけどさ。生徒会長と風紀委員長、めっちゃバチバチらしい」
「え〜、こわ」
紗枝は言葉とは裏腹に、まるで興味がなさそうだった。
雫は少し身を乗り出す。
「バチバチって、喧嘩してるってこと?」
「うーん。あたしもめっちゃ詳しいわけじゃないんだけど……」
みくるはネイルの筆を止め、記憶を探るように視線を上へ向けた。
「風紀委員ってさ、校内の能力トラブルとか処理してんじゃん?」
「うん」
「それだけじゃなくて、外の事件にも出ることあるんだって。警察と一緒に」
それは雫も授業で聞いたことがある。
風紀委員会は、一般校でいう風紀委員とは随分違う。
校則違反を注意して回るだけの組織ではない。
生徒同士の能力トラブル、能力の暴走、危険な能力を用いた事件。
必要なら地域へも出動し、警察と連携して対処する。
それだけに他の委員会とは比較にならないほど強い権限を持っている。
「で、生徒会は?」
紗枝が爪を動かさないよう気をつけながら尋ねる。
「そっちは学校全体の管理じゃない?委員会まとめたり、予算決めたり、校則決めたり、とか」
「ふーん」
「前までは普通に仲良くやってたっぽいんだけどね」
みくるが言った。
「去年、冥宮会長になってから変わったんだって」
雫は、その名前に聞き覚えがあった。
冥宮遙。
一年生で生徒会長に当選した異例の生徒。
入学してまだ数週間しか経っていない雫ですら、その名前くらいは知っている。
「何したの?」
「風紀委員の権限、強すぎるって言い出したらしいよ」
「強すぎる?」
「能力使って生徒拘束できるし、緊急なら委員長の判断で勝手に動けるし、学校の外にも出るじゃん?」
みくるは一度筆を置いた。
「会長的にはそれだけ強い権限持ってんなら、もっと生徒会の管理下に置くべきだって」
「ああ……」
雫にも、少し分かった気がした。
風紀委員が何か問題を起こせば、それは風紀委員だけの問題では済まない。
生徒の安全を預かる生徒会にも、当然責任が及ぶ。
それなのに、現場の判断には口を出すな。
そう言われれば、確かに納得できないのかもしれない。
「でも風紀委員からしたらキレるよね」
みくるは続けた。
「事件起きてんのに、そのたび生徒会に『能力使っていいですかー?』なんて聞いてらんないじゃん」
「それもそうだね」
「でしょ?だから予算とか装備とか、能力をどこまで使っていいかとか、誰が指揮するかとか。もう何でも揉めてるっぽい」
「うわぁ……面倒くさそう」
紗枝が心底どうでもよさそうに呟いた。
「まあ、同じ学生同士だし、殴り合いの喧嘩とかは滅多にないと思うけど」
みくるは雫を見る。
「変なのに巻き込まれないように、雫も気をつけなよ〜」
「う、うん」
「てか、みくる詳しいじゃん」
「部活の先輩が風紀委員してるからさ。めっちゃ愚痴ってくんの」
「へえ〜」
紗枝がようやく少しだけ興味を示した。
みくるはそこで、何かを思い出したように笑う。
「あ、でもマジで生徒会の二人はヤバいらしいよ」
「二人?」
「遙会長と、副会長の……篠崎刃さんだっけ」
その名前は、雫にはまだ馴染みがなかった。
冥宮遙の名前なら、入学してから何度も耳にしている。
一年生で生徒会長になった異例の人物。 風紀委員会と揉めている張本人。 それに、本人の容姿も目立つ。
けれど、その隣にいる副会長については、ほとんど知らない。
「ヤバいって、何が?」
「さあ?」
「知らないんかい」
「いや、先輩が『あの二人はマジでヤバい』って言ってたから」
「情報が雑すぎる」
思わず雫が笑った。
「でもさ、副会長も会長と一緒に一年で生徒会入ったんでしょ?」
紗枝が自分の爪を眺めながら言う。
「だったら普通ではなさそう」
「雫も変なのと付き合わないようにあんまり気をつけなよ〜」
「うん、まあ関わり合う事もなさそうだけど」
雫がそう言って頷いた、その時だった。
授業開始を知らせるチャイムが鳴る。
「あ、ヤバ。もうこんな時間じゃん」
みくるが慌ててネイル用品を鞄へ放り込む。
「ちょ、まだ乾いてないんだけど」
「動かさなきゃ平気平気」
「絶対平気じゃないでしょ」
二人がいそいそと椅子を元の場所へ戻している間に、教室の扉が開いた。
担任が、何枚かの紙を抱えて入ってくる。
「はい、席つけー。連絡あるぞ」
騒がしかった教室が、少しずつ静かになる。
担任は教卓へ荷物を置くと、その中から一枚の大きな紙を取り出した。
「今日から今年度のバディ制度が始まる。二年との組み合わせが決まったから、今から発表するぞ」
そう言いながら、黒板へ紙を貼り付ける。
教室の空気がわずかにざわついた。
雫は首を傾げた。
すると、隣の紗枝がこちらへ顔を寄せてくる。
「ねえ」
「ん?」
「バディって何?」
小声で訊かれて、雫は一瞬固まった。
「……紗枝、入学説明ちゃんと聞いてた?」
「途中から眠くて」
「堂々と言うことじゃないよ」
後ろから、みくるが身を乗り出してくる。
「一年と二年で二人組作るやつでしょ?」
「そうそう」
雫も説明会で聞いた内容を思い出す。
この学校では、一年生と二年生が一人ずつ組んで、一年間バディとして活動する。
能力訓練、校外実習、緊急時の避難訓練、場合によっては能力事故への対応演習。
まだ能力の扱いに慣れていない一年生を訓練経験のある二年生が支える。
ただし、単なる先輩後輩制度というわけでもない。
一年生は二年生から学び、二年生は後輩を守りながら動くことで、他者と協力して能力を扱う訓練をする。
能力者が将来、必ず一人で仕事をするとは限らない。
むしろ災害対応や警備、研究の現場では異なる能力を持つ者同士で行動することの方が多い。
そのための制度、だったはずだ。
雫もはっきりと覚えているわけではなかった。
「一年間ずっと同じ人?」
紗枝が訊く。
「基本はね。よっぽど相性悪いとか問題起こさない限り」
「うわ、外れ引いたら地獄じゃん」
「言い方」
「でも組み合わせどうやって決めてんの?」
みくるが訊くと、ちょうど担任が黒板の前で口を開いた。
「一応言っとくけど、基本は抽選な。ただし能力の危険性とか訓練上まずい組み合わせだけ事前に除外してる。気に入らないから変えてくれ、は受け付けないぞ」
教室のあちこちから、
「えー」
「マジかよ」
という声が上がる。
「たった一年間なんだし、先輩とも仲良くしないと社会でやっていけないぞ。以上」
雑だった。
雫は思わず苦笑する。
けれど、考えてみれば完全に成績順や能力順で決められるより、その方が公平なのかもしれない。
黒板には、出席番号順に一年生の名前と、その横に二年生の名前が並んでいた。
周囲の生徒たちが一斉に立ち上がる。
「誰だろ」
「二組の人とか分かんないんだけど」
「あ、俺この先輩知ってる!」
途端に教室が騒がしくなった。
雫も席を立とうとした。
その時。
背中を、みくるが何度も叩いた。
「ねえ」
「痛い痛い、何?」
「ちょっと、雫」
さっきまでの軽い調子が消えている。
みくるは、黒板を見たまま妙な顔をしていた。
「何?」
「……あんたのバディ見て」
「え?」
その言い方に、雫も嫌な予感を覚えた。
黒板へ視線を向け、上から順番に名前を追う。
名簿の前の方にある自分の出席番号。
雨野雫。
そこまではいい。
その右側。
一年間、自分と組むことになる二年生の名前。
一瞬、見覚えがあるような気がした。
どこで見た名前だったか。
数秒考えて、
思い出す。
ほんの数分前、
話題になった人物の名だった。
雨野雫。
バディ、二年。
――篠崎刃。
「…………」
雫はもう一度見た。
見間違いではない。
篠崎刃。
生徒会副会長。
冥宮遙と並んで、
『マジでヤバい』
らしい人物。
「……え?」
間の抜けた声だけが、口から漏れた。
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