冥宮会長は後ろから刺されそうな独裁者ムーブばかりしている   作:PON太郎

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すみません!仕事が忙しくて遅くなりました!速度上げられる様に頑張ります!
能力とかの設定は雰囲気。


篠崎刃は普通じゃない

放課後。


雨野雫は実習棟にあるミーティングルームで、何度目か分からない時計を見た。

実習開始まで、あと五分。

別に遅刻を心配しているわけではない。

問題は、今日から一年間組むことになった相手だった。

篠崎刃。

二年生。生徒会副会長。

昨日までは名前しか知らなかった。
けれど昼休みに、みくるから余計な情報を仕入れてしまった。

 

『冥宮会長もだけど、副会長も結構ヤバいらしいよ』

 

どんな意味でヤバいのかは、結局よく分からなかった。

分からないまま会うのだから、少しくらい警戒するのは仕方がない。

そう自分に言い聞かせながら、雫はもう一度時計を見る。

 

「雨野雫?」

 

不意に名前を呼ばれ、顔を上げた。

いつの間にか、一人の男子生徒が目の前に立っていた。

短く整えられた黒髪、
鋭い目つき。
制服は乱れなく着ていて、腕には生徒会役員の腕章。

この人が、篠崎刃。

 

噂の、ヤバい奴。

 

目が合った瞬間、雫は思わず半歩後ろへ下がった。

刃がわずかに眉を寄せる。

 

「……なぜ後ずさる?」

 

「え」

 

「俺は別に、怖いものではない」

 

言い方だけ聞けばかなり真面目なのに、困ったような顔をしている。

 

「……すみません。つい」

 

「まあ、怖がられるのは慣れている」

 

慣れているんだ。

そこは少し気になったが、聞く勇気はなかった。

刃は雫の前に右手を差し出す。

 

「俺は篠崎刃。今日から一年間、よろしく頼む」

 

「あ、はい。雨野雫です。よろしくお願いします」

 

雫も手を出した。

触れた瞬間、少しだけ緊張する。

男の人と握手したのなんて、いつ以来だろう。

父親以外なら、中学生になってからは多分ない。

思っていたより手が大きい。
指も太くて、少し硬い。

いかにも男の人の手という感じがして、妙に意識してしまう。

 

「どうした?」

 

「なんでもないです」

 

「そうか」

 

刃は本当に気にしていないらしい。

雫は少しだけ恥ずかしくなった。

怖がりすぎたかもしれない。

少なくとも今のところ、普通に礼儀正しい先輩だ。

 

「篠崎」

 

そこでミーティングルームの入口から声がした。

担当教師が入ってくる。

 

「雨野もいるな。ちょうどいい」

 

「はい」

 

「今日が初回だから、まずは互いの能力確認が中心だ。細かい連携訓練は次からでいい」

 

教師は手元の端末を確認する。

 

「実習場に廃材を用意してある。実際に少し使って、お互いにできることと危険な

ことを確認しろ」

 

「分かりました」

 

刃が答える。

雫もそれに続いて頷いた。

 

「じゃ、行くか」

 

「はい」

 

二人はミーティングルームを出た。

実習場までは、同じ棟の奥を抜けて数分。

並んで歩きながら、刃が口を開く。

 

「雨野の能力については事前に確認してる。確か、『元に戻す』だったな」

 

『元に戻す』

 

それが、雨野雫に発現した能力だった。

もっとも、今のところ役に立った記憶はあまりない。

溶けかけたアイスを少し前の状態へ戻したり。
冷めた飲み物を、まだ温かかった頃まで戻したり。

せいぜい、その程度だ。

 

「はい。まだ全然、使いこなせてないですけど」

 

「半概念系ならそんなもんだろ」

 

「……そんなもんなんですか?」

 

「一年のこの時期ならな」

 

半概念系。

最近、座学で習ったばかりの分類だった。

能力は大きく分けて、物理系、半概念系、概念系の三つに分類される。

 

物を動かす、熱を発生させる、何かを押す。

 

そういった現実の物理現象の延長にあるものが、物理系。

対して半概念系は、そこから少し外れる。

雫の『元に戻す』がそうだった。

例えば溶けたアイスを元の形へ寄せ集めるだけなら、物理的な力でもできるかもしれない。

だが、

冷たかった状態まで戻す。

それはもう、単に物を動かしているだけではない。

 

「でも安心しろ」

 

刃が前を向いたまま言う。

 

「俺もそっち側だ」

 

「先輩も半概念系なんですか?」

 

「ああ」

 

「なんか意外です」

 

「何が?」

 

「もっとこう……物理で全部解決しそうというか」

 

刃が少しだけ黙った。

雫は、うっかり失礼なことを言ってしまったかと思い身構える。

けれど刃は怒った様子もなく、何かを真面目に考えていた。

 

「それって褒めてるのか?」

 

「たぶん違います」

 

「そうか」

 

怒らないんだ。

やっぱり、思っていたより話しやすいと雫は感じた。

そんなことを考えているうちに、二人は実習場へ着く。

分厚い扉を開けた瞬間、鼻をつく金属の匂いがした。

広い室内にはコンクリートの床が広がり、壁際には金属板や木材、樹脂製のブロックなど、訓練用の廃材がまとめて置かれている。

すでに何組かのバディが場所を取り、それぞれ能力を試していた。

風が巻き起こる音、何かが砕ける音、教師の怒鳴り声。

普通の体育館とは、やっぱり少し違う。

 

「こっち空いてるな」

 

刃が一角を指す。

二人は周囲から少し離れた場所を取った。

刃は廃材の山から、腕ほどの大きさの金属板を一枚持ってくる。

床に立て掛ける。

 

「じゃあ、先に俺から見せる」

 

「お願いします」

 

刃は金属板へ目を向けた。

構える様子はない。

深呼吸もしない。

ただ、そこにあるものを見るように、

 

「俺の能力は、『断つ』」

 

次の瞬間。

金属板が真ん中から二つに分かれた。

 

「……え?」

 

雫は思わず声を漏らした。

切断音すら、ほとんど聞こえなかった。

 

床に落ちた二枚の金属板を見て、それから刃を見る。

 

「今、何しました?」

 

「断った」

 

あまりにも速い、能力の発動。

雫にはまるで、最初から切れているようにも感じられた。

能力を使う時、多くの人間は多少なりとも間がある。

対象を認識して、
イメージを作って、
能力を発現させる。

その過程は、ほんの数秒だったり、一秒にも満たなかったりする。

それでも普通は、何かしらの予備動作が見える。

刃には、それがほとんどなかった。

 

「……発動、速すぎないですか?」

 

「そう?」

 

「速いです」

 

「慣れればこんなもんだ」

 

さらりと言う。

雫は少しだけ納得がいかなかった。

絶対、こんなもんではない。

 

「で」

 

刃が二つに分かれた金属板を拾う。

雫の前に置いた。

 

「今度は雨野」

 

「私ですか?」

 

「これ、戻してみろ」

 

雫は床の金属板を見る。

真っ直ぐ、

綺麗に、

本当に綺麗に、真っ二つになっている。

 

「……やってみます」

 

二枚の板へ手を触れる。

目を閉じる。

少し前、

切断される前。

一枚だった時の状態を思い浮かべる。

意識を集中する。

二枚に分かれていた金属板が、ゆっくりと近づいていく。

断面が重なる。

あと少し。

ほんのわずか。

一枚に戻る。

そう思った瞬間だった。

 

「っ……」

 

頭の奥が重くなる。

金属板が震えた。

一度は繋がりかけた断面が、また離れる。

床へ金属音が響いた。

 

「……駄目」

 

雫は息を吐いた。

額が少し熱い。

 

「惜しかったな」

 

「もうちょっとだったんですけど」

 

刃はしゃがみ込み、切断面を見る。

しばらく眺めたあと、納得したように頷いた。

 

「なるほど」

 

「何か分かったんですか?」

 

「お前、戻そうとしてる範囲が曖昧だろ」

 

「範囲?」

 

「ああ」

 

刃が金属板の断面を指でなぞる。

 

「『この板を元に戻す』くらいの気持ちで能力を発動したか?」

 

雫は少し考える。

 

「……そうですけど」

 

「多分、それが一番良くない」

 

「え?」

 

刃は切断された板を持ち上げた。

 

「半概念系は、何を起こしたいかだけじゃなくて、どこまで起こすかも決めた方がいい」

 

「どこまで……」

 

「この板全部なのか、切断部分だけなのか、何秒前まで戻すのか」

 

「そんな細かく?」

 

「細かい方が安全だ」

 

刃は板を床へ戻す。

 

「物理系は、自分の出せる力を超えた現象は基本起こせない」

 

「はい」

 

それは授業でも習った。

どれだけ重い物を動かそうとしても。

能力者自身の出力を超えた瞬間、動かなくなる。

そこで止まる。

 

「でも半概念系は、そうならないことがある」

 

雫は眉を寄せた。

 

「ならない?」

 

「イメージが完璧に近ければ、先に現象が成立する」

 

「……先に?」

 

「そして、代償は起こした現象に応じて、身の丈に合わなかろうが、必ず支払う必要がある。」

 

雫は一瞬、黙った。

つまりそれは、意図せず、自分の命を奪う事に繋がるという事だった。

 

「それ……結構怖くないですか?」

 

「そりゃ、怖いぞ」

 

刃は切断面を指差す。

 

「だから、能力を使う前にちゃんと絞る。何を、どこまで、どう戻すのか」

 

刃は少し間を置く。

 

「能力が通るかじゃなくて、自分が払える範囲かどうかを考える必要がある」

 

雫は黙った。

妙に重い言い方だった。

 

「先輩の能力ってかなり物理的に見えますけど、ちゃんと半概念系なんですね」

 

「まあ、わかりやすさ重視で見せたからな」

 

刃が少し笑った。

それから、もう一度金属板を見る。

 

「あと、お前の場合は対象のことを知った方がいい」

 

「対象?」

 

「さっきの戻し方だと、多分『一枚の板だった状態』だけ見てる」

 

「違うんですか?」

 

「間違いじゃない。ただ、効率が悪い」

 

刃はそう言い放ち、断面を指でなぞった。

 

「金属には金属の構造がある。木なら木。樹脂なら樹脂。壊れ方も違う」

 

「……全部覚えろってことですか?」

 

「学者になる必要はない、あそこにいろんな素材があるだろ?」

 

刃が促した方には様々な材質が雑多に積まれている区域があった。

 

「色んな物を壊して、戻してみろ」

 

「急に雑ですね」

 

「実践が一番早い」

 

さっきまで理屈っぽく説明していたのが嘘みたいな雑さに、雫は苦笑いした。

そして、切れた金属板を見る。

今までは、ただ元に戻れと思っていた。

それだけだったけれど、

何をどこまでどう戻すのか。

そう考えるだけでも、さっきより能力の輪郭が少しだけはっきりした気がする。

 

「もう一回やっていいですか?」

 

「どうぞ」

 

雫は再び金属板へ手を伸ばした。

今度は、板全部じゃない。

切断されたこの部分、刃に断たれる直前、そこだけを戻す。

ゆっくり息を吐く。

 

「……戻って」

 

二枚の板が、先ほどより滑らかに近づいた。

断面が触れるほんの一瞬、

一枚に戻った。

 

「できた」

 

思わず声が出る。

ただ、

次の瞬間には、小さく亀裂が走った。

完全ではない。

それでも、

さっきよりは明らかに戻っている。

 

「お」

 

刃が板を持ち上げる。

 

「さっきよりいい」

 

「……ほんとですか?」

 

「ああ」

 

雫は少しだけ嬉しくなる。

そして気づく、刃は思ったよりもまともな先輩に感じる。

説明はわかりやすく、アドバイスも的確。

噂は所詮、噂でしかないのだ。

雫がそう納得した瞬間、空気がひりついた。

 

「なに、これ……」

 

雫の体が震えたその瞬間、

 

金属音の甲高い音。

誰かの叫び声。

雫が反射的に振り向く。

隣の区画で使われていた細い何かが、大きく跳ね制御を失っていていた。

 

「下がれ!」

 

教師の声、

その直後にこちらへ何かが飛んでくるのを雫は肌で感じていた。

速い、

避ける、

そう思ったのに、身体が動かなかった。

刹那、

 

「雨野、動くな」

 

声と共に視界が黒い制服で塞がれた。

 

「え――」

 

刃だった。

何かが彼の左腕に当たり、左腕に絡みついた。

布が裂け、鮮血が散った。

それでも刃は腕を引かず、逆にその何かを左手で掴んだ。

 

「先輩!」

 

「だから、動くな」

 

一瞬。

 

右手が上がる。

 

「断つ」

 

暴れていた何かが途中から落ち、床に叩きつけられて二度ほど跳ねた。

そこでようやく、雫にも正体が見えた。

細長い金属の線の様なものだった。

 

「先輩、腕!」

 

「大した傷じゃない」

 

「でも、血出てるじゃないですか!」

 

「血くらい出るだろ」

 

「なんでそんな冷静なんですか!」

 

刃が自分の腕を見る。

制服の袖が裂け、その下に細い痛々しい傷が走っている。

雫は無意識に手を伸ばした。

傷口の少し手前で、その手が止まる。

 

「……」

 

「どうした?」

 

「……戻せるかもしれません」

 

雫は傷を見る。

元に戻す能力を使えば傷口も元に……

 

「やめておけ」

 

雫は刃の声で我に返った。

 

「さっきも言っただろ、慣れない能力の発動は身の丈の合わない犠牲を払うことになる」

 

「でも」

 

「失敗した方が面倒だろ」

 

「……はい」

 

「それに、医務室行けば済む」

 

その言い方に、雫は少し腹が立った。

捻くれている事を自覚しているが、まるで自分が役に立たないと言われた様に感じた。

 

「先輩」

 

「ん?」

 

「なんで私を庇ったんですか、能力で防ぐことだって先輩の技術なら可能じゃないですか」

 

「そうだな」

 

刃が床の金属線を見る。

 

「何を断つのか認識できてない状態で使うと、余計なものまで巻き込むことがある」

 

「だから自分が前に?」

 

「死ぬ様な威力じゃないのは見ればわかった」

 

「いや」

 

雫は思わず声を強めた。

 

「だからって普通、自分で受けようとしませんよね?」

 

「まあ、」

 

刃が少し考える。

 

「そうかもな」

 

「そうですよ」

 

思わず突っ込んでから雫は口を閉じた。

刃は格好をつけたわけでも、後輩を守る先輩らしいことをしたつもりでもない。

それが最善だと、判断しただけだった。

 

「ただ、それが一番丸く収まると思っただけだ」

 

「……先輩」

 

「何?」

 

「思ってたより普通だと思ってました」

 

「なぜ過去形なんだ」

 

「今、ちょっと考え直してます」

 

「???」

 

刃は訳が分からないと言った様子で首を傾げていた。

教員が走って刃の元に駆けつけた。

 

「篠崎、ひどい怪我だな。医務室行ってこい」

 

教師に言われ、刃は傷口を布で押さえながら体を向けた。

 

「状況は?能力暴走に見受けられますが」

 

教員が首を振った。

 

「問題ない、他の上級生と教員で対応可能だ」

 

「でも――」

 

その時、実習場の扉が開いた。

 

「刃くん」

 

柔らかく、わずかに息の混じった声が響いた。

雫が振り返る。

開いた扉の向こうから、一人の女子生徒が歩いてくる。

まず目に入ったのは、長い白髪だった。

廊下から差し込む光を受けて、そこだけ淡く発光しているように見える。

反対に、顔は髪の影に沈んでいて、目元も表情もよく見えない。

白く浮かぶ髪の下に、人の顔だけが抜け落ちているようにも見えて、雫は思わず身を固くした。

その人物が数歩近づいたところで、白髪の隙間から光が差し込む。

影に沈んでいた顔が浮かび上がり、閉じられた目元と柔らかく笑う口元が見えた。

雫には、その顔に見覚えがあった。

生徒会長、冥宮遙。

 

「何があったん?」

 

――間違いなくやばい人だ。

 




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