冥宮会長は後ろから刺されそうな独裁者ムーブばかりしている   作:PON太郎

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今回は結構長めです!


雨野雫は普通ではいられない

 

校外実習当日。

雫は端末に表示された地図と、目の前の通りを見比べた。

今回から、校外実習では事前に班ごとの行動ルートを提出することになっている。

少し前の能力事故を受けて決まったらしく、予定ルートは教員だけでなく風紀委員会にも共有されるそうだ。

もっとも、初めて参加する雫には以前との違いなど分からない。

 

「思ってたより静かですね」

 

「平日の午前中なんてこんなもんだ」

 

「あと、もっとこう、能力者向けの設備がいっぱいあったりするのかと思ってました」

 

「あるにはあるが……ここら辺、あんまり詳しくないのか?」

 

「私、最近越してきたので。実家は電車で一時間もかからないところなんですけどね」

 

「それなら通学でもよさそうだが」

 

「できなくはないんですが……家にいると、ちょっと気を遣わせちゃうかな〜って……」

 

「誰に?」

 

「みんなにです」

 

雫は無意識に手首へ触れた。

今は何もついていない。

 

「家は特区外なので、能力を抑える器具とか色々つけないといけなくなっちゃうんですよ」

 

「家族はお前が能力者というだけで、距離を取るような人たちなのか?」

 

「そうじゃない、と思いたいですけど……」

 

言葉に詰まる。

 

「そんなの、わかんないですよ」

 

脳裏に浮かぶのは、父と母と妹。

いつも優しく、時に厳しくて。

能力が発現してからも、以前と変わらず接してくれていたと思う。

ただ、

 

「家を出るって言った時も、誰も止めなかったですし」

 

あの日。

父も母も、しばらく黙っていた。

それから、ただ頷いた。

いつもと違って、何も言ってくれなかった。

それを聞いた刃は押し黙る。

予想以上に空気が重くなってしまった。

別に、先輩を困らせたかったわけじゃない。

 

「で、でも!」

 

無理やり声を明るくする。

 

「一人暮らしって憧れてたので、今が楽しいです!」

 

「そうなのか?」

 

「好きな時間に寝られるし、何食べても怒られないし、部屋だって好きにできますし」

 

矢継ぎ早に思ったことを口にしていく。

 

「夜更かししても何も言われないし」

 

しまった、寝る時間の話は二回目だ。

他のことを言わないと。

けど、

 

「あと……」

 

言葉が止まる。

 

「えっと……あの、あれとか……」

 

何かあったはずだ。

一人暮らしのいいところ。

まだいくらでも。

 

「ああ、もしかして」

 

刃が何かに気づいたように頷いた。

 

「寂しいのか?」

 

一瞬、何を言われたのか分からなかった。

 

「……は?」

 

いつもの涼しい顔でこちらを見ている。

 

「寂しいのかって」

 

「なんでそうなるんですか!?」

 

思ったより大きな声が出た。

 

「途中から、見てるこっちが心配になる顔してたぞ」

 

「なってません!」

 

「そうか?」

 

「一人暮らしのいいところなんて、まだいっぱいありますから!」

 

「例えば?」

 

「例えば……」

 

また言葉に詰まる。

 

「……」

 

刃が何かを言いたそうな顔になる。

 

「その憐れんだ目、やめてください!」

 

「そんな目してない」

 

「してます!」

 

歩調を速める。

後ろから刃が何事もなかったようについてくるのが、また腹立たしい。

 

「一人暮らし、普通に楽しいですからね!」

 

「ああ」

 

「本当に!」

 

「分かった、分かった。お前は一人暮らしをエンジョイしている」

 

「絶対分かってない……」

 

その後も、二人は提出したルートに沿って街を歩いた。

校外実習といっても、何か特別な事件を解決しに行くわけではない。

特区内の雰囲気や、街中で能力事故が起きた際の対処法などを実際に確認して回るのが主な目的らしい。

 

「この街に住んでる以上、色々知っておく必要がある。例えばあそこ」

 

刃が道の向こうを指す。

 

「能力者鎮圧用の設備が――」

 

「あ、クレープ屋だ」

 

刃の説明を遮って、雫は道の向こうを見る。

 

「雨野、真面目に聞け」

 

「聞いてはいますよ」

 

「今クレープしか見てなかっただろ」

 

「先輩が乙女心をめちゃくちゃにするようなこと言うから、お腹空いたんです」

 

「……悪かったから、機嫌を直してくれ」

 

心底面倒そうな顔で、刃は謝った。

 

「思ってても、言っちゃいけないことってあるんですよ」

 

「あのなあ……お前にだけは言われたくない」

 

「どういう意味ですかー!?」

 

最初に会った頃なら、こんな会話はしなかった。

というより、できなかった。

目つきは怖いし、学校では妙な噂まで流れている。

けれど、話してみれば、案外普通に話せる人だった。

 

その時、前方から子供の声が聞こえた。

小さな男の子が、母親らしい女性の隣で空を見上げている。

視線を追うと、赤い風船が街路樹の枝へ引っかかっていた。

風に煽られ、細い枝へ擦れる。

 

「あっ」

 

乾いた音がした。

風船が割れる。

男の子の顔がくしゃりと歪み、泣き声が上がった。

雫は足元へ落ちてきた赤いゴムの破片を見る。

 

「ちょっと待っててください」

 

その場で破片を拾い、手のひらへ乗せ、意識を集中させた。

破れたゴムが繋がっていく。

しぼんでいた表面が膨らみ、やがて赤い風船の形を取り戻した。

 

「はい」

 

男の子の目が丸くなる。

 

「わあ……!」

 

「今度は離さないようにね」

 

「うん! ありがとう!」

 

泣いていた顔が笑顔になる。

それだけで、雫まで少し嬉しくなった。

母親もほっとしたように頭を下げる。

 

「ありがとうございます。本当に助かりました」

 

「いえ、これくらいなら」

 

風船を渡そうと一歩近づく。

母親の手が男の子の肩へ回った。

その身体を、ほんの少しだけ自分の側へ寄せる。

雫の足が止まった。

嫌な顔をされたわけではない。

お礼だって言ってくれた。

能力を使ったことを責められたわけでもない。

だから、大したことではない。

たぶん。

 

「じゃあね」

 

男の子へ笑って手を振る。

 

「ばいばい!」

 

二人から離れ、刃の隣へ戻る。

何事もなかったように歩き始めた。

少しして、横から視線を感じる。

 

「なんですか?」

 

「いや」

 

刃は前を向いたまま、ひと呼吸置いた。

 

「……あまり気にするな。珍しいことじゃない」

 

何のことかは聞かなくても分かった。

 

「別に、気にしてませんよ」

 

「そうか」

 

「普通の人からしたら、能力者なんて何するか分からなくて怖いですよね」

 

意外なほど素直に言葉が出た。

 

「学校にいると、忘れそうになりますけど」

 

遠ざかっていく親子の背中を、なんとなく目で追う。

 

「……先輩」

 

「なんだ」

 

雫は前を向いたまま口を開いた。

 

「私、普通でいいと思ってたんです」

 

普通。

自分で言っておいて、少しだけ変な感じがした。

学校の中では、自分なんて普通だ。

派手な能力でもない。

戦闘向きでもない。

周りにはもっとすごい人がいくらでもいる。

でも一歩外へ出れば、自分は普通の側にはいない。

 

「別にすごい能力者になりたいわけでもないし、できる範囲で使えればいいかなって」

 

慎重に、自分の中にある言葉を探す。

刃は何も言わなかった。

急かすでもなく、続きを待っている。

 

「でも最近、ほんとにそれでいいのかなって、思うようになって」

 

前回の事故が頭をよぎった。

何もできなかった。

結局、刃が自分の前へ出た。

そのせいで怪我までさせた。

それなのに。

ありがとうの一言すら、まだきちんと言えていない。

機会がなかったわけではない。

なんとなく言いそびれて、時間が経つほど言いづらくなっただけだ。

 

「せっかく能力があるなら、もう少し何かできるんじゃないかな、とか」

 

自分の手を見る。

 

「この力、何のためにあるんだろう、とか」

 

口にしてみると、ひどく大げさに聞こえて、恥ずかしくなった。

 

「……変ですかね」

 

「別に」

 

「またそれですか」

 

「当然だからだ」

 

「え?」

 

「能力者になれば、責任も増えるし、怖がる奴もいる」

 

刃は前を向いたまま続ける。

 

「でも、それだけだ」

 

「それだけ?」

 

「力が強いとか、足が速いとか、能力があるとか。結局は持ってるものが違うだけだ」

 

「それをどう使うかは、自分で決めるしかない」

 

雫は黙った。

刃は続ける。

 

「俺は雨野の家族を知らない」

 

「でも、お前が家を出るって決めた時、止めなかったんだろ?」

 

「……はい」

 

「だったら、少なくともその選択は認めてくれたんじゃないか」

 

「先輩……」

 

胸の奥が、わずかに軽くなる。

 

「まあ」

 

刃はしれっとした顔で言った。

 

「腹ペコだからって、実習の説明を聞かなくていい理由にはならないがな」

 

「腹ペコですみませんね!」

 

珍しく慰めてくれていると思ったのに、最後で台無しだった。

雫のリアクションを見て、刃の口元が僅かに緩む。

やっぱり相談相手を間違えたかもしれない。

完全に揶揄われている。

 

「マジでむかつきます」

 

一発くらい殴っても許されるのではないだろうか。

そう思って拳を握った、その時。

刃の端末が震えた。

彼が画面を見る。

さっきまでの空気が消えた。

 

「……怜?」

 

雫の知らない名前だった。

 

「誰なんですか?」

 

「風紀委員の知り合いだ」

 

刃が通話を取る。

 

「どうした」

 

『し、篠崎くん……今、その……中央通りの近く、だよね?』

 

女性の声だった。

小さく、どこかおどおどしている。

 

「ああ」

 

『路線バスが、その……制御できなくなってて……アクセルが戻らないって。ブレーキも、ほとんど効いてないみたいで』

 

『風紀も向かってるんだけど……たぶん、篠崎くんたちが一番近い』

 

「場所は?」

 

通話を切る頃には、さっきまでの緩んだ空気は消えていた。

 

「雨野、行くぞ」

 

「はい!」

 

二人で走る。

中央通りへ出る手前の歩道橋を駆け上がると、すぐにそれは見えた。

車列の向こう。

明らかに異常な速度で走る大型バス。

クラクションが鳴り続けている。

周囲の車が慌てて道を空ける。

その先には交差点。

歩行者もいる。

刃の視線が忙しく動いた。

バス。

道路脇のガードレール。

その先の交差点。

何かを考えている。

 

「雨野、ここにいろ」

 

「先輩は?」

 

「俺が止める」

 

短い返事だった。

刃が階段へ向かう。

雫も、もう一度バスを見る。

速い。

怖い。

でも、もう見ているだけではいられなかった。

自分なら、何かできるかもしれない。

ただ、この距離じゃ遠い。

能力は対象から離れるほど、それだけ多くの力を使う。

あれだけ大きなものを戻すなら、少しでも近い方がいい。

そう思った。

 

「雨野!」

 

刃の声が聞こえた時には、もう身体が動いていた。

階段を駆け下りる。

道路へ出る。

怖い。

当たり前だ。

あんなものに正面から突っ込まれたらどうなるかなんて、考えなくても分かる。

それでも。

何かできるのに。

何もしないまま誰かが巻き込まれる方が嫌だった。

迫ってくるバスへ手を向ける。

戻す。

走っている今じゃない。

もっと前。

動き出す前。

止まっていた状態へ。

 

「――っ!」

 

全身から一気に力が抜けた。

重い。

近づいても、まだ重い。

訓練で使っていた物とは桁が違う。

自分の力が、巨大な何かに引っ張られていくような感覚。

それでも、バスの速度が落ちていく。

まだ速い。

もっと。

 

「戻れ……!」

 

視界が揺れる。

戻れ。

戻れ。

戻れ。

祈るように、能力をかけ続ける。

けれど、バスは完全には止まらない。

迫る車体に、反射的に目を閉じた。

その瞬間。

 

「無茶しすぎだ」

 

刃の声がした。

目を開ける。

いつの間にか、刃がバスと雫の間へ身体を滑り込ませていた。

右手をバスへ向ける。

 

「断つ」

 

刹那。

何かが切れた。

バスが、不自然なほど滑らかに動きを失っていく。

そして、完全に停止した。

しばらく、何も聞こえなかった。

遅れて、周囲のざわめきが耳へ入ってくる。

 

「……止まった」

 

力が抜ける。

その場へ座り込みそうになったところで、腕を掴まれた。

 

「雨野」

 

刃だった。

 

「何をやっている。死ぬ気か?」

 

低い声だった。

 

「……でも、止められたじゃないですか」

 

「結果の話をしてない」

 

いつもより明らかに怒っている。

 

「止められる保証もなかっただろ」

 

「……」

 

何も言えない。

刃が小さく息を吐いた。

 

「なんで、そこまでして飛び出した」

 

「え?」

 

「俺は待ってろって言っただろ。それでも飛び出した理由は?」

 

雫は止まったバスを見る。

中から乗客たちが降り始めている。

一瞬だけ迷った。

でも、考えるほどのことでもなかった。

 

「……何かできるのに、何もしない方が嫌だったからです」

 

「……それだけか?」

 

「それだけです」

 

刃は何も言わない。

怒っていたはずなのに、その表情に別の何かが混ざったように見えた。

どこか遠くを見ているような。

そんな気がした。

 

「……理由は分かった」

 

「じゃあ――」

 

「でも、正しいとは言ってない」

 

先に潰された。

 

「命を大事にしろ」

 

「……はい」

 

怒られた。

かなり怒られた。

でも、不思議と嫌ではなかった。

遠くから複数の足音が近づいてくる。

 

「し、篠崎くん……!」

 

声の方を見る。

長い黒髪の女の人が走ってきていた。

前髪は目元をほとんど覆っていて、背中も少し丸い。

走っているのに、どことなく頼りない。

 

「遅いぞ、怜」

 

「ご、ごめん……途中の道路が、その……混んでて……」

 

怜。

さっき電話してきた人だ。

その後ろから、風紀委員らしい生徒たちも到着する。

 

「け、怪我人は?」

 

「今のところいない。運転手も意識ある」

 

「そ、そう……よかった」

 

ほっとしたのも一瞬だった。

 

「二人は乗客の確認を。そっちは周囲の車両を下がらせてください。運転手さんから話を聞くので」

 

声は弱々しい。

けれど、指示は早い。

周囲の風紀委員たちも迷わず動き始めた。

雫は意外に思った。

 

「雨野さん、だよね?」

 

「はい」

 

「その……ありがとう。篠崎くんから、能力のことは聞いてて……」

 

「私のこと知ってるんですか?」

 

「あ……うん。篠崎くんとは一年の頃に、一緒に風紀やってたから……」

 

「……ああ」

 

思わず声が出た。

刃がこちらを見る。

 

「なんだその反応」

 

「いや、やっぱりなって」

 

「何が」

 

「速水先輩と妙に仲良かったので」

 

「妙にってなんだ」

 

やっぱり元風紀だったらしい。

 

「安堂怜。風紀副委員長だ」

 

「ふ、副委員長の安堂です……よろしくね」

 

副委員長。

意外だったが、先ほどの指示を見れば納得できなくもない。

怜は運転手のところへ向かった。

少しして、刃も呼ばれる。

雫は少し離れた場所で待ちながら、そのやり取りを眺めていた。

 

「アクセルが戻らなかった?」

 

「はい。踏んでないのに、ずっと……ブレーキもほとんど効かなくて」

 

運転手の顔は青い。

運転席周りを確認していた風紀委員の一人が戻ってくる。

 

「安堂副委員長。今のところ、アクセルにもブレーキにも異常は見当たりません」

 

「……正常?」

 

刃が眉を寄せた。

 

「今は、です。目立った故障も、今のところ見つかってません」

 

怜が長い前髪の奥からバスを見る。

 

「……詳しくは風紀で調べるね」

 

「分かった」

 

「二人は、その……もう戻って大丈夫だから」

 

刃は何か言いたそうだったが、それ以上は聞かなかった。

事件現場を離れる。

数分歩いたところで、雫の足が止まった。

 

「……」

 

「どうした」

 

「なんでもないです」

 

一歩進む。

膝が笑った。

 

「雨野、大丈夫か?」

 

「能力を使いすぎただけなので、ちょっと休めば平気です」

 

道路脇のベンチへ座る。

身体が重い。

これまで訓練で何度も能力を使ってきたが、ここまで消耗したのは初めてだった。

自分の手を見る。

さっき。

完全ではなかったけれど、間違いなくバスは減速していた。

けれど、最後に止めたのは刃だ。

自分がいなくても、先輩なら止められたんじゃないだろうか。

 

「先輩」

 

「ん?」

 

聞くのが、ほんの少し怖かった。

 

「私……役に立ちました?」

 

刃はこちらを見る。

一拍置いて、息を吐いた。

 

「お前がいなかったら、怪我人なしでバスを止めることはできなかった」

 

「先輩でも?」

 

「ああ」

 

即答だった。

胸の奥が、少しだけ軽くなる。

普通でいいと思っていた。

自分の能力なんて地味だと思っていた。

でも。

少なくとも今日は。

誰かの役に立った。

 

「雨野」

 

「はい?」

 

「風紀委員、やってみないか」

 

予想していなかった言葉に、顔を上げる。

 

「……私が?」

 

「ああ」

 

「でも私、今日めちゃくちゃ怒られたばっかりですけど」

 

「だからだ」

 

「だから?」

 

「人を助けようとするのは悪くない」

 

刃が少し考える。

 

「能力も向いてる。今日みたいな使い方ができるなら、風紀でもやれる」

 

嬉しい。

素直にそう思った。

 

「ただ、お前のやり方は滅茶苦茶だ」

 

「……」

 

「誰かを救うために、自分の命まで賭けるのは、俺には理解できない」

 

少しだけ間が空いた。

 

「……そういう選択をする奴がいるのは、知ってるけどな」

 

「先輩?」

 

「風紀に入って、いろんなやり方を知れ。その上で、自分なりの答えを見つければいい」

 

雫は黙った。

風紀委員会。

入学した頃の自分なら、たぶん考えもしなかった。

 

「先輩は、なんで風紀に入ったんですか?」

 

「俺?」

 

「はい」

 

刃の目が僅かに泳いだ気がした。

 

「……あー、まあ。一年の頃に色々とな」

 

「なんで誤魔化すんですか」

 

「色々あったんだよ」

 

「その色々を聞いてるんですけど」

 

「長くなる」

 

いつもの調子で逃げられた。

雫は小さく息を吐く。

 

「……少し考えさせてください」

 

「ああ」

 

今すぐ答えることはできない。

でも。

興味はあった。

休憩を終え、立ち上がる。

 

「よし」

 

一歩。

 

「……」

 

二歩。

身体が傾いた。

刃に腕を掴まれる。

 

「大丈夫か?」

 

「今のはちょっとバランス崩しただけです」

 

もう一度、自分の足で立とうとする。

うまくいかない。

刃が雫の前へ回った。

そのまましゃがむ。

 

「乗れ」

 

「……何してるんですか?」

 

「学校に帰るんだろ」

 

「歩けますよ」

 

「歩けてないだろ」

 

ぐうの音も出ない。

 

「……重いですよ」

 

「そんなこと気にしてる場合か?」

 

しばらく迷ってから、諦めた。

実際、死ぬほど疲れている。

一人で学校まで戻れる気もしなかった。

 

「……はい」

 

刃の背中へ身体を預ける。

立ち上がった瞬間、反射的に肩へ腕を回した。

 

「ちゃんと掴まれ」

 

「分かってます」

 

肩に回した腕へ、力を込める。

その大きな背中に身を預けていると、思っていたより落ち着いた。

 

「……」

 

「どうした?」

 

「なんでもないです」

 

なのに。

落ち着くはずなのに、妙に落ち着かない。

近いからだろうか。

それとも、今日はいつもより優しくされたからだろうか。

よく分からない。

ただ、それを考えること自体が、なんとなく恥ずかしかった。

 

「先輩!」

 

「なんだ」

 

「クレープ食べたいです〜!」

 

唐突に言うと、刃の足取りがほんの少し鈍った。

呆れられたのは、背中越しでもなんとなく分かる。

 

「急だな」

 

「今日は頑張ったので!」

 

「その元気があるなら歩けるんじゃないか?」

 

「それとこれとは別です」

 

即答する。

刃が小さくため息をついた。

 

「都合がいいな……」

 

聞こえないふりをして、雫は腕の力を緩めた。

さっきまで妙に気になっていた距離も、こうして話しているといつもの調子に戻っていく気がする。

 

「生クリームたっぷりで! あとカスタードも!」

 

そこで、刃が僅かに黙った。

 

「……またカスタードか」

 

「また?」

 

聞き慣れない言い方に、雫は刃の横顔を覗こうと首を伸ばす。

 

「なんでもない」

 

「なんですかそれ」

 

「なんでもないって言ってるだろ」

 

結局、何度聞いても答えてくれそうにはなかった。

雫もすぐに諦める。

どうせクレープ屋に着けば、何を頼むかでまた揉めるのだろう。

そんなくだらないやり取りを続けながら、二人は学校へ戻っていった。

 

 

*

 

 

結局、雫は学校まで刃の背中から降りることができなかった。

正門をくぐったあたりから、やけに視線を感じてはいた。

そして翌日。

 

「しーずーくー?」

 

背後から、嫌な予感しかしない声がした。

振り返る。

にやにやと笑う上山みくると、その隣に青山紗枝が立っていた。

 

「……なに」

 

「昨日さあ、副会長におぶられて帰ってきたんだって?」

 

「なんで知ってるの!?」

 

思わず立ち上がる。

みくるの笑みがさらに深くなった。

 

「え、マジなんだ」

 

「今ので確定したね」

 

紗枝がさらりと追撃してくる。

 

「違うから!」

 

「まだ何も聞いてないけど?」

 

「絶対変なこと言おうとしてたでしょ!」

 

「いやいやー。ただ、校外実習で二人っきりになって、そのままおんぶでご帰還とかさあ」

 

みくるが楽しそうに笑う。

 

「青春じゃん?」

 

「違います!」

 

「え〜、じゃあ何があったの?」

 

「能力使いすぎて歩けなくなっただけ!」

 

「へえ〜」

 

「何その顔!」

 

「別にぃ?」

 

まったく別にではない顔だった。

紗枝が雫を見る。

 

「でも篠崎先輩、雫のこと背負って学校まで帰ってきたんでしょ」

 

「そうだけど!」

 

「優しいね」

 

「それは……まあ……」

 

言葉に詰まった。

昨日の背中を思い出す。

思っていたより落ち着いて。

なのに、妙に落ち着かなかった。

 

「お」

 

みくるの目が光る。

 

「今なんか思い出した?」

 

「思い出してない!」

 

「顔赤くない?」

 

「赤くない!」

 

「ふーん」

 

紗枝までこちらを見る。

 

「な、なんなの二人とも!」

 

みくるが端末を取り出した。

 

「ちなみに、今朝にはもう結構噂になってるよ」

 

「は?」

 

「『副会長が一年の女子をおぶって帰ってきた』って」

 

「……」

 

「雫って名前まで出てる」

 

「…………」

 

どうして。

ただ疲れて。

歩けなくなって。

仕方なく背負ってもらっただけなのに。

どうしてそうなる。

 

「なんで~~~!?」

 

雫の叫びが、教室に響いた。

 

 

*

 

 

その頃、生徒会室。

 

「そういえば昨日、刃さんが一年の女子を背負って帰ってきたらしいですよ」

 

生徒会書記の男子生徒が、資料を整理しながら何気なく言った。

 

「へえ。あの刃さんが?」

 

近くにいた役員が面白そうに顔を上げる。

 

「しかも雨野さんらしいですよ」

 

「雨野?」

 

「ほら、刃さんのバディの――」

 

ぱきん。

 

乾いた音が、生徒会室に響いた。

会話が止まる。

冥宮遙の手元で、ペンが真ん中から折れていた。

 

「……か、会長?」

 

遙は折れたペンを見下ろす。

それから、にっこりと笑った。

 

「その話」

 

ゆっくりと顔を上げる。

 

「詳しく聞かせてーや」

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スポ根みたいな異能力バトル世界で即死チートを持ってしまった(作者:maricaみかん)(オリジナル:ファンタジー/冒険・バトル)

絶対に即死チートを他人に使えないと怯えるポンコツ主人公VS全力を出してくれないと勘違いして曇るし病むポンコツヒロインズ


総合評価:1369/評価:7.61/完結:20話/更新日時:2026年10月02日(金) 18:03 小説情報


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