冥宮会長は後ろから刺されそうな独裁者ムーブばかりしている   作:PON太郎

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デート会
遅くなってすみません!
どんどん長くなってきちゃった・・・


篠崎刃は案外俗っぽい

雨野雫は、休日に駅前の大型商業施設を一人で歩いていた。

制服ではない。

能力の訓練でもなければ、校外実習でもない。

今日は完全に遊びだ。

目的地は、施設の上階で開催されている期間限定イベント。

 

『星装少女アステリア 十周年記念展』

 

十年前から続く魔法少女シリーズの大型企画だった。

華やかな変身シーンに迫力ある戦闘、時には大人でも考えさせられるような物語まで描く人気作品だ。

雫は昔からこのシリーズが好きだった。

近くで開催されると聞いた時から、行かないという選択肢はなかった。

 

「限定アクスタ……限定アクスタ……」

 

整理券の時間を確認しながら、エスカレーターを上る。

今回の描き下ろし衣装はかなり良い。

絶対に欲しい。

それに今日は、誰にも邪魔されず楽しみたかった。

ここ数日、学校では散々だったのだ。

副会長に背負われて学校まで帰ってきた。

たったそれだけの話が、どこをどう巡ったのか妙な噂になっている。

みくるには散々弄られ、紗枝には淡々と追撃され、しまいには知らない生徒からまでちらちら見られた。

別に何もない。

能力を使いすぎて歩けなくなったから、仕方なく背負ってもらっただけだ。

 

「……」

 

ふと、あの背中を思い出す。

思っていたよりも広くて、安心できた。

そのくせ、妙に落ち着かなかった。

 

「いやいや」

 

雫は首を振った。

今日はそんなことを考える日ではない。

推しを見る日だ。

イベントフロアへ到着する。

休日ということもあって、人は多い。

小さな女の子が主人公の変身ポーズを真似している横で、大人の男性二人が最終章の脚本について真顔で語っていた。

この雑多な感じがいい。

雫は機嫌よく物販スペースへ向かった。

そして、足が止まった。

少し先の列に、見覚えのある男がいる。

黒いジャケット。

周囲より高い背丈。

少々目つきが悪い。

 

「……いや」

 

まさか。

そんなわけがない。

男が手にしている購入票には、でかでかと『星装少女アステリア』のロゴが印刷されている。

しかも、かなり真剣な顔で商品一覧を眺めていた。

その男が顔を上げる。

目が合った。

 

「……」

 

「……」

 

数秒。

 

「雨野?」

 

「先輩!?」

 

篠崎刃だった。

 

「なんでいるんですか!?」

 

「それはこっちの台詞だ」

 

もっともだった。

だが、そういう問題ではない。

雫は刃の手元を見る。

雫が手にしているものと同じ購入票だ。

限定パンフレット。

アクリルスタンド。

ランダム缶バッジ。

しっかりチェックも入っている。

 

「……先輩も星アス、好きなんですか?」

 

「……ああ。ということは、お前もか」

 

「BDも全巻持ってます」

 

雫は改めて刃を見る。

学校では生徒会副会長。

妙な噂が多くて、目つきも悪い。

何を考えているのか分かりにくい。

そんな男が今、魔法少女の限定グッズを真剣に選んでいる。

 

「なんだ、その顔」

 

「いえ……」

 

「言いたいことあるなら言え」

 

「先輩って、案外俗っぽいんですね」

 

「喧嘩売ってるのか?」

 

雫は口元を押さえた。

 

*

 

結局、そのまま一緒に物販列へ並ぶことになった。

 

「先輩、こういう作品は昔から好きなんですか?」

 

「ああ。戦隊ものなんかも見てたな」

 

「へえ。ちゃんと子供らしい時期もあったんですね」

 

「お前は俺の幼少期をなんだと思ってるんだ」

 

「その頃から堅物なのかと」

 

「そんなに堅いイメージなのか?」

 

自覚がないらしい。雫は肩を揺らした。

 

「でも、アステリアまで見てるとは思いませんでした」

 

「面白いからな。身内にも好きな奴がいるし」

 

「そうなんですか?」

 

「俺より詳しいし、その人の勧めで見てから好きになったんだ」

 

刃は購入票へ目を戻した。

 

「今日は頼まれた分も買わないといけなくてな」

 

「なるほど。おつかいですか」

 

話しているうちに、ようやく順番が回ってきた。

互いに目当ての商品を購入し、開封スペースへ向かう。

 

「先輩、缶バッジ何個買ったんです?」

 

「六個」

 

「ランダムを?」

 

「ああ」

 

「一個八百円ですよ」

 

「知ってる」

 

「四千八百円……推しが出なかったらどうするんですか?」

 

「六個あれば、それなりに勝機はある」

 

「先輩、スマホゲーのガチャとかやらない方がいいですよ」

 

「うるさい」

 

刃が一つ目の袋を開ける。

違う。

二つ目。

違う。

三つ目。

また違う。

 

「……」

 

「先輩」

 

「なんだ」

 

「確率は?」

 

「まだ終わりじゃない」

 

「ふふっ……!」

 

「お前な」

 

「もっと合理的な人だと思ってました」

 

「合理的だ」

 

「どこがですか」

 

「後から交換相手を探す手間を考えれば……」

 

「それ、言い訳って言うんですよ」

 

「雨野」

 

「はい?」

 

「お前の推しは出たのか?」

 

「……」

 

雫の前にも三つの缶バッジ。

目当てはいない。

刃が薄く笑う。

 

「人のこと言えないな」

 

「性格悪っ!」

 

四つ目。

五つ目。

刃の表情が険しくなる。

そして六つ目。

袋を開けた手が止まった。

雫が横から覗き込む。

 

「あ」

 

目当てのキャラクターだったらしい。

 

「出たじゃないですか!」

 

「ああ」

 

返事は平静だった。

ただし、口元は明らかに緩んでいる。

 

「嬉しいんですね」

 

「まあな」

 

「そこは否定しないんですか」

 

「欲しくて買ったんだから、出たら嬉しいだろ」

 

正論だった。

雫は刃の手元を見る。

描かれていたのは、二期に登場した敵の指導者だった。

 

「これが目当てだったんですね」

 

「ああ。なかなか出なくて焦った」

 

「六個目で出なかったらどうするつもりだったんです?」

 

「……交換相手を探しただろうな」

 

「最初からそうすればよかったのに」

 

「言うな」

 

雫は得意げに頷き、自分の缶バッジをしまった。

 

*

 

物販を終えた二人は、そのまま展示エリアへ向かった。

設定資料を見て。

原画を見て。

実物大の武器模型を眺める。

好きな場面の前では自然と足が止まり、話題が途切れることもなかった。

そんな中、二期のラスボスを紹介する展示へ差しかかった。

そこには、主人公たちと対峙する敵の指導者が大きく描かれていた。

 

「先輩、さっきの缶バッジのキャラですね」

 

「ああ。二期だと一番好きだな」

 

「へえ、主人公サイドのキャラじゃないんですね」

 

「主人公も好きだけどな。こいつは、敵にも守りたいものがあるってところが好きなんだ」

 

刃はパネルへ目を向けた。

 

「やってることは間違ってたけど、最後は部下を逃がすために一人で残っただろ。ああいうの、嫌いになれないんだよな」

 

「……意外です」

 

「そうか?」

 

「先輩って、正義の味方が好きそうだったので」

 

刃が肩をすくめた。

 

「まあ、二期はラスボスが一番印象に残ってるって話だ」

 

「なるほど……」

 

雫は改めてパネルを眺めた。

確かに、あの最終決戦は良かった。

主人公たちにとっては倒すべき敵でも、彼にとっては仲間を守るための戦いだったのだ。

 

「そういえば、雨野はどれのファンなんだ?」

 

「……!」

 

待ってました。

雫は勢いよく振り返った。

 

「よくぞ聞いてくれました!」

 

「お、おう」

 

「私は三期です!」

 

「三期か。結構賛否が分かれるシリーズだよな」

 

「そうなんです! 確かに他のシリーズと比べて分かりにくいところはあります! 登場人物も多いし、序盤は説明不足だし、終盤なんて明らかに尺が足りてません!」

 

「そこまで言うか」

 

「でも! 三期はシリーズで最も壮大な脚本に挑戦した作品なんですよ!」

 

雫の目が輝く。

 

「まず、主人公だけじゃなくて、仲間にも敵にもそれぞれ家庭環境やバックボーンがあるんです! それが単なる設定で終わらず、一人ひとりの行動原理になってるところが素晴らしくて!」

 

「それは確かに――」

 

「例えば七話! 敵幹部が故郷について語る場面があるじゃないですか!」

 

刃が何か言いかけたことにも気づかず、雫は続ける。

 

「あれ、初見だとただの過去話に見えるんですけど、実は十九話の離反に繋がってるんですよ! しかも主人公側の家庭問題との対比にもなっていて! 同じ家族ってテーマなのに、置かれてる立場が違うだけで選ぶ道が正反対になるんです!」

 

話すうちに、自然と身振りが大きくなる。

 

言い終えるなり、雫は一歩踏み出した。

 

「それに最終話のタイトル! あれ、一話の台詞を回収してるの知ってます!? 最初は何でもない言葉だったのに、全員の物語を見届けたあとだと意味が変わってくるんです! あの構成は本当にすごくて!」

 

「……」

 

「もちろん全部が成功してるとは思いません! 中盤なんてあと二話は欲しかったですし、あの設定を一回しか使わないのももったいないと思います! でも、限られた尺の中であれだけの群像劇を描こうとした挑戦は、もっと評価されるべきだと思うんです!」

 

雫はさらに身を乗り出した。

 

「それで二十一話の演出なんですけど、あそこって実は――」

 

「……なあ」

 

「はい!」

 

「近いんだが……」

 

「……え?」

 

目の前には、少し困った顔の刃がいた。

気づけば、手を伸ばせば触れられるほどの距離まで近づいていた。

 

「ご、ごめんなさい!」

 

雫は慌てて飛び退いた。

 

「いや、怒ってないけど」

 

「すみません! つい熱くなっちゃって……」

 

恥ずかしい。

思い返せば、随分と一方的に喋ってしまった。

 

「いや、面白かったよ」

 

「……本当ですか?」

 

「ああ。俺は三期、話を広げすぎて分かりにくいと思ってたんだけどな」

 

刃は展示パネルへ視線を戻す。

 

「でも、今の話を聞いて、三期が何を描こうとしてたのか少し分かった気がする。見方が変わるな」

 

「そうなんですよ!」

 

雫は再び身を乗り出しかけた。

刃が半歩下がる。

 

「……あっ」

 

「ははっ」

 

笑われてしまった。

 

「今度見返してみるよ」

 

「……!」

 

雫は目を瞬かせた。

 

「ぜひ! 絶対に!」

 

「分かったって」

 

刃が笑う。

その顔を見て、ようやく肩の力が抜けた。

 

「……実は、あんまりいないんですよね」

 

「何が?」

 

「こういう話ができる友達です」

 

雫は照れくさくなって、展示パネルへ目を戻した。

 

「アステリアって、私たちよりちょっと上の世代か、今の小さい子が見てることが多いじゃないですか。同年代で追ってる子って、あんまりいなくて」

 

「確かにな。学園でも話題にならないし」

 

「そうなんです! 別に隠してるわけじゃないんですけど、なんとなく話しづらくて」

 

「分かる。俺も生徒会でこんな話したことないな」

 

「冥宮先輩とかは?」

 

「会長? あいつはこういうのに興味ないな。俺が話しても、あんまり乗ってこないし」

 

「へえ、そうなんですね」

 

「だから、俺も今日は久しぶりにこういう話ができたよ」

 

刃はそう言って、展示へ視線を戻した。

 

「三期の話、結構面白かったしな」

 

「……えへへ」

 

なんだか、嬉しかった。

 

「じゃあ先輩、三期を見返したら感想教えてくださいね!」

 

「ああ」

 

「絶対ですよ!」

 

「分かったよ。そんなに念を押さなくても忘れないって」

 

「約束ですからね!」

 

雫は満足げに頷いた。

こんなに好きな作品の話をしたのは、いつ以来だろう。

しかも相手は、あの篠崎刃だ。

雫は弾む足取りで、次の展示へ向かった。

 

*

 

一通り展示を見終えた頃には、二人とも腹が減っていた。

幸い、会場の隣ではコラボカフェも開催されている。

 

「先輩、寄っていきません?」

 

「いいけど、混んでないか?」

 

「今なら整理券が取れるみたいです!」

 

「そうなのか。じゃあ行くか」

 

「はい!」

 

しばらくして、二人は店内の席に着いた。

テーブルには、キャラクターをイメージしたドリンクと、星形の飾りが乗ったパンケーキが並んでいた。

 

「……結構凝ってるな」

 

「ですよね!」

 

雫は端末を取り出した。

 

「先輩、まだ食べないでくださいね」

 

「なんでだよ」

 

「写真撮るので!」

 

「ああ、そういうことか」

 

刃は素直に手を引っ込める。

写真を撮り終え、パンケーキへフォークを入れる。

 

「……あ、美味しい」

 

「そうか?」

 

「こういうのって、見た目重視かと思ってました」

 

「俺もそう思ってた」

 

刃も自分のパンケーキを一口食べる。

 

「……あ、こっちも美味いな」

 

「でしょ? さすが十周年です!」

 

「十周年と味は関係あるのか?」

 

何気ない会話だった。

学校の話でも、能力の話でもない。

ただ、好きな作品の話をして、甘いものを食べている。

こんな時間があるなんて、数日前までは考えもしなかった。

その時。

ぶるる。

テーブルの上で刃の端末が震えた。

画面を見た刃の顔が曇る。

 

「……げ」

 

小さな声が漏れた。

そのまま、そっと端末を裏返す。

 

「……先輩?」

 

「なんだ」

 

「電話、出なくていいんですか?」

 

「ああ」

 

そう答えながらも、刃は伏せた端末をちらちら気にしている。

 

「仕事の連絡とかじゃないんですか?」

 

「違う。今日は生徒会の仕事もないし、バイトも休みだ。完全にオフなんだよ」

 

「え、先輩ってバイトもしてるんですか?」

 

「ああ」

 

「へえ、初めて知りました」

 

「言う機会もなかったからな」

 

刃はドリンクを口にした。

 

「せっかくの休みくらい、何も考えずに過ごしたいんだが……」

 

ぶるる。

また端末が震える。

刃の手が止まった。

 

「……」

 

ちらりと画面を確認し、また伏せる。

 

「全然休めてないじゃないですか」

 

「ほんとにな……」

 

心底嫌そうな声だった。

雫は肩を揺らした。

 

「誰なんです?」

 

「会長だ」

 

「ああ、冥宮先輩ですか」

 

なんとなく納得する。

それにしても、随分と連絡が来るものだ。

 

「何かあったんですか?」

 

「知らん。前の校外実習の件から機嫌悪くてな」

 

「何かしたんじゃないですか?」

 

「あの事故は俺たちが起こしたわけじゃないし、何に怒ってるのか分からん」

 

刃はため息をついた。

 

「だったら、出て聞いた方が早くないですか?」

 

「怒ってるのが分かってるから出たくないんだよ」

 

「……なるほど」

 

学校ではあんなに堂々としているのに。

冥宮先輩からの電話には、こんな顔もするらしい。

 

「ふふっ」

 

「何笑ってんだ」

 

「いえ。仲いいんですね、二人」

 

「まあ、幼馴染だしな」

 

刃は端末をポケットへしまった。

 

「それに、あいつは俺の恩人でもある」

 

「……恩人?」

 

思わず聞き返した。

 

「ああ。昔から色々世話になってる。俺だけじゃなく、家族ぐるみでな」

 

そう話す刃の口調は、いつもと変わらなかった。

けれど。

 

「俺にとっては、大事な奴だよ」

 

その言葉だけは、はっきりと耳に残った。

 

「……そうなんですね」

 

「なんだ、急に」

 

「いえ。先輩、あんまり人のこと話さないじゃないですか」

 

「そうか?」

 

「そうですよ」

 

刃は不思議そうな顔をする。

たぶん、自分では気づいていないのだろう。

雫はストローへ口をつけた。

さっきまで美味しかったはずのドリンクが、味気なく感じられた。

別に、変な話を聞いたわけじゃない。

幼馴染で。

家族ぐるみの付き合いがあって。

恩人でもある。

ただ、それだけの話だ。

それなのに。

自分の知らない篠崎刃を、冥宮遙はずっと前から知っている。

当たり前だ。

二人は幼馴染なのだから。

そんなことは最初から分かっていた。

 

「……」

 

「雨野?」

 

「はい?」

 

「どうした?」

 

「なんでもないです」

 

雫は慌てて視線を落とした。

刃はそれ以上追及せず、残っていたドリンクを飲み干した。

 

「そろそろ行くか?」

 

「あ、そうですね」

 

雫もカップを手に取った。

いつもの調子で返したつもりだった。

けれど、胸の奥に残った引っかかりは、なかなか消えてくれなかった。

 

*

 

気がつけば、外は夕方になっていた。

駅へ向かう途中。

帰り道が分かれる場所で、雫は立ち止まる。

 

「じゃあ、私こっちなので」

 

「ああ」

 

「今日はありがとうございました」

 

口にしてから、胸の奥に小さな引っかかりを覚えた。

違う。言わなければならないのは、今日のお礼だけじゃない。

ずっと言えずにいる言葉が、まだある。

けれど、口を開き直す前に刃が答えた。

 

「俺も一人より楽しかったよ」

 

「……え?」

 

さらっと返される。

 

「あ……そうですか」

 

「じゃあ、また学校で」

 

「はい。また」

 

刃が歩いていく。

雫も反対方向へ歩き始めた。

楽しかった。

また一緒に出かけたいと思うくらいには。

 

カフェで聞いた「大事な奴」という言葉が、まだ耳に残っていた。

そのことを考えると、なぜかじっとしていられない。

 

雫は歩きながら、数日前の校外実習を思い出した。

あの時、自分にはできないことが多すぎた。

助けてもらって、無茶をして怒られて、それでも役に立てたと言ってもらえた。

そして。

 

『風紀委員、やってみないか』

 

あの時は、すぐに答えられなかった。

自分なんかが入っていいのか分からなかったし、正直、怖さもあった。

でも。

今のままではいたくない。

もっと自分にできることを増やしたい。

助けてもらうだけじゃなくて、誰かを助けられるようになりたい。

それから。

……それから?

雫は足を止めた。

もう一つ、何か理由がある気がする。

けれど、うまく言葉にならなかった。

 

「……ま、いっか」

 

小さく呟く。

全部分かってから動く必要なんて、ないのかもしれない。

少なくとも、今はそう思った。

雫は端末を取り出す。

刃との連絡画面を開いた。

少し迷ってから、文字を打つ。

 

『先輩。風紀委員の話なんですけど』

 

一度、手を止める。

それから続きを入力した。

 

『私、やってみようと思います』

 

送信。

画面を見つめる。

数秒後。

返信が来た。

 

『そうか』

 

短い。

あまりにも短い。

 

「……もうちょっと何かないんですかね」

 

呆れてしまうほど短い返事だった。

けれど、画面を閉じる頃には口元が緩んでいた。

 

*

 

その頃。

赤穂亜季は篠崎家のリビングで、ソファに横になっていた。

顔には畳んだタオルを乗せたまま。メイド服を着替える余裕もなく、仕事の合間に仮眠を取っているところだった。

 

亜季が仕える冥宮家と篠崎家は隣同士だ。ただし、冥宮家は敷地が広すぎて、屋敷からここへ戻るにも多少歩かなければならない。

それでも、休憩時間に帰ってこられる距離なのはありがたかった。

 

亜季は冥宮家のメイド長であり、刃の保護者でもある。

幼い刃が両親を亡くして以来、この家で一緒に暮らしてきた。

血は繋がっていないが、今さら他人だとは思えない。

 

玄関の扉が開く音がした。

 

「ただいま」

 

刃の声だ。

 

「おかえりー」

 

タオル越しに返すと、近づいてくる足音がした。

 

「……姉さん?」

 

「んー……」

 

「寝てたのか」

 

「仮眠……」

 

「寝るなら寝室行けばいいだろ」

 

「そこまで行くと起きられなくなるのー」

 

「まだ仕事あるんだろ?」

 

「あるよー。もうちょっとしたら戻る」

 

「今日も遅いのか?」

 

「夜の当番も入ってるからね。新人の子もいるし、様子見とかないと」

 

「メイド長なんだから、もう少し人に任せればいいのに」

 

「やだよ。現場の方が楽しいもん」

 

亜季はタオルを持ち上げた。

眠い目をこすりながら刃を見ると、手に見覚えのある紙袋を提げている。

 

「……あ」

 

「ん?」

 

「買えた!?」

 

亜季は勢いよく身体を起こした。

 

「限定パンフ!」

 

「ある」

 

「アクスタは!?」

 

「買ったよ」

 

「やった! さっすが刃くん!」

 

差し出された紙袋を早速覗き込む。

間違いない。今日のイベント限定の品だ。

 

「自分で行けばよかっただろ」

 

「今日は仕事だったんだから仕方ないでしょ」

 

「来月またイベントあるらしいぞ」

 

「え、ほんと!?」

 

「パンフに書いてあった」

 

「うわー、行きたいなあ」

 

来月の勤務表を頭の中で確認する。

休みを作れないこともないが、他の使用人の都合もある。

 

「……休めるかなあ」

 

「自分で勤務表作ってるんだろ」

 

「そう簡単にはいかないの。みんなの予定もあるし」

 

「大変だな」

 

「そうなのよ」

 

今日だって仕事は山積みだ。

それに、頭の痛いことがもう一つある。

 

「しかも今日は、お嬢様のご機嫌まで最悪だったし」

 

「……遙か?」

 

「他に誰がいるの」

 

刃はうんざりした顔をした。

その表情に亜季は内心で苦笑する。

 

「まだ怒ってるのか」

 

「それはもう。朝からずっと」

 

「なんでなんだろうな」

 

「知らないの?」

 

「校外実習のことだとは思うが、怒ってる理由が分からん」

 

「……刃くんさあ」

 

亜季は息を吐いた。

 

「電話、来てたでしょ?」

 

「来てた」

 

「出た?」

 

「いや、出なかった」

 

「……そりゃ怒るわ」

 

「長くなるだろ」

 

「まあ、それは否定しないけど」

 

今日は刃に生徒会の仕事も屋敷での勤務もない。

せっかくの休みだから、とイベントへ出掛けるのを見送ったのだった。

 

「一応、今日はイベント行ってるって伝えておいたよ」

 

「そうなのか」

 

「『刃は本日お休みです』って説明したんだけど」

 

「それで?」

 

「全然機嫌直んなかった」

 

「じゃあ意味ないじゃないか」

 

「私に言わないでよ」

 

亜季は肩をすくめた。

 

「で、イベントはどうだった?」

 

「楽しかったぞ」

 

「いいなあ。私も行きたかった」

 

「次は自分で行けよ」

 

「はいはい。……あ、そうだ」

 

亜季は紙袋から顔を上げた。

 

「一人で行ったの?」

 

「途中から後輩といた」

 

「へえ。男の子?」

 

「いや、女」

 

思わず手が止まった。

 

「……女の子?」

 

「ああ」

 

「え、マジ!?」

 

「何をそんなに驚いてるんだ」

 

「二人で回ったの?」

 

「まあな」

 

「ご飯も?」

 

「食ったけど」

 

「……へええ」

 

亜季は刃の顔をまじまじと見た。

本人は何も気にしていないらしい。

むしろ、どうしてこんなに質問されるのか分からないという顔だ。

 

「お嬢様、それ知ってる?」

 

「知らないと思うぞ」

 

「……そっかあ」

 

今でさえあの機嫌なのに、さらに女の子と二人で出掛けたと知ったらどうなることやら。

亜季は額に手を当てた。

 

「今日あんなに怒ってたのに、さらにこれかあ……」

 

「だから、なんで遙が怒るんだ?」

 

「本当に鈍感系主人公っているんだねえ」

 

「どういう意味だよ」

 

「……ううん、こっちの話」

 

亜季は紙袋を抱え直した。

 

「お嬢様、昔から刃くんに近づく女の子には敏感だったからさ」

 

「そうだったか?」

 

「……」

 

「姉さん?」

 

「知らなくていいよ」

 

「気になるだろ」

 

「世の中には、知らない方が幸せなこともあるの」

 

亜季はひらひらと手を振った。

話題を変えた方がよさそうだ。

 

「で、その後輩ちゃん、可愛かった?」

 

「ん? ああ、普通に可愛いと思うぞ」

 

「……へえ?」

 

何のためらいもない返事に、亜季は目を丸くした。

 

「何?」

 

「いや、ずいぶんあっさり言うんだなって」

 

「聞かれたから答えただけだろ」

 

「ふーん。じゃあ、ちょっと気になってたり?」

 

「いや、後輩だぞ」

 

「それは知ってるけどさあ」

 

「変なこと考えるなよ」

 

「別に何も言ってないけど?」

 

「顔に出てる」

 

「ふふっ」

 

もう少しからかっていたいが、刃は呆れた様子で立ち上がった。

 

「もういい。俺、部屋戻るから」

 

「はーい。お土産ありがとね」

 

リビングを出ようとする刃を、亜季は呼び止めた。

 

「あ、刃くん」

 

「今度は何だ」

 

「お嬢様にはちゃんと返事しときなよ」

 

「分かってる」

 

「できれば今日中にね」

 

「……そんなに怒ってるのか?」

 

「うん」

 

「……面倒だな」

 

「それ、本人には言っちゃ駄目だよ」

 

「分かってるって」

 

刃は片手を上げ、そのまま廊下へ消えていった。

亜季はその背中を見送った。

 

「……ほんと、さっさと素直になればいいのに」

 

誰に聞かせるでもなく呟く。

もちろん、本人の前で同じことを言うつもりはない。

 

亜季は紙袋の中からアクリルスタンドを取り出した。

今日の楽しみが一つ増えたと思えば、悪くない一日だ。

 

「……ふふっ」

 

屋敷へ戻る時間までは、もう少しだけある。

それまでは、この小さな幸せを堪能するとしよう。

 




そろそろ遙ちゃんメインにしたいぞ!
亜季さんは成人は過ぎているが、年齢不詳だぞ!
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▼ 普通に日常を過ごしていただけなのに、何故か突然「その日毎に救助対象が変わって、しかも助けられずに死なせてしまうと一日の最初に戻る」という状態に陥ってしまう主人公。▼ 絶望して、心を壊しながらも一年間やり遂げた主人公はその呪いから開放される。▼ ────そしたらなんか今まで助けた人全員病んだ。なんで?▼ そう言ったお話。▼ 尚、助けられた人達は呪いが無くな…


総合評価:1285/評価:8.17/連載:8話/更新日時:2026年07月25日(土) 20:00 小説情報

上位存在のクソデカ師匠に生まれ直しを迫られてる(作者:上位存在って総じてエッチだよね)(オリジナル:現代/冒険・バトル)

全部がでかい上位存在に、胎内回帰(おかえりなさい)!を迫られるがしない話。▼ひょんなことから上位存在の弟子となった主人公は、いつの間にかにどちゃくそ執着されていた。▼「私の胎で生み直しましょう?」▼こんなことを素面で言うくらいには執着されてしまったのだ。▼もっとも、赤ちゃんプレイみたいな趣味は無い主人公は拒否するものの、上位存在である師匠は頑なに生み直すと聞…


総合評価:1207/評価:8.16/連載:4話/更新日時:2026年09月17日(木) 08:05 小説情報

悪役貴族? の影武者をしていますが、主が破滅回避とか言い出してから帰ってきません(作者:カゲ・ムシャ―)(オリジナル:ファンタジー/冒険・バトル)

……悪役貴族ってなんだろう?▼カクヨムにも出します


総合評価:265/評価:8/連載:3話/更新日時:2026年07月28日(火) 16:59 小説情報


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