冥宮会長は後ろから刺されそうな独裁者ムーブばかりしている   作:PON太郎

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らしい(自称)


冥宮会長は凄く優しいらしい

能力一高の生徒会室にて。

会計を務める長谷叶は、眼鏡のブリッジを指で押し上げながら、机を埋め尽くす書類を眺めていた。

……帰りたい。

そんな本音を飲み込んで、手元の電卓を叩く。

春の予算審議も、日が暮れそうな今になってようやく終わりが見え始めていた。

もっとも、予算の目処が立ったところで、仕事がなくなるわけではない。

新年度の活動計画。

各委員会からの追加申請。

先日の校外実習に関する報告書。

生徒会室には、まだ処理しなければならない書類が山ほど残されている。

 

「多いなあ」

 

ふと、向かいの席から声が聞こえた。

顔を上げると、生徒会長の冥宮遙が書類をめくっていた。

……会長でも、そう思うんだ。

少しだけ親近感を覚える。

 

「会長がそんなこと言うの、珍しいですね」

 

遙に声をかけたのは、叶の隣に座る男子生徒だった。

清水徹。

生徒会書記を務める、爽やかな青年だ。

整った身なりに、人当たりのいい笑顔。

言葉遣いも丁寧で、仕事にもそつがない。

同じ生徒会の役員として、叶も随分と助けられていた。

 

「そら、うちも愚痴くらい言うよ?」

 

「失礼しました。では、僕の方でもう少し引き受けましょうか」

 

「ええよ。徹くんには議事録の整理も頼んでるし」

 

「お気遣いありがとうございます」

 

清水は微笑み、手元の書類へ視線を戻した。

相変わらず、余裕がある人だ。

叶なんて、さっきから数字とにらめっこしているというのに。

 

「会長ー」

 

「なんやの、叶ちゃん」

 

「数字が全然合わないんですけどー」

 

「どこの?」

 

「第三体育館の設備更新費です。申請書と見積書で金額が違うんですよねえ」

 

「前年度の見積もりを使ってるんちゃう?」

 

「あー……」

 

叶は書類をめくった。

 

「あ、ほんとだ。去年の日付になってる」

 

「担当の先生に確認して、今年の見積もりを出してもらって」

 

「はーい」

 

よく気づくなあ。

会長は、最初にざっと目を通しただけのはずなのに。

そんなことを考えていると、別の声が上がった。

 

「会長、文化部連合から追加申請が来てます!」

 

庶務の男子生徒だった。

 

「何の追加?」

 

「文化祭用の音響設備です」

 

「去年、新しくしたところやなかった?」

 

「それが、もっと大きいものが必要だそうで……」

 

「去年の設備では足りへん理由を書いてもらわへんと。説明がなかったら保留やね」

 

「分かりました!」

 

もう一人の庶務も、隣で書類を仕分けている。

忙しない。

けれど、仕事は滞っていなかった。

一年生の秋に発足した、通称『冥宮政権』。

当初こそ、上級生の候補者を押しのけて会長に就任した遙への反発は少なくなかった。

実際、叶自身も最初は不安だった。

名門のご令嬢。

異例の速さで生徒会長に就任した少女。

おまけに、妙な噂まで絶えない。

そんな人物の下で働くことになるとは思っていなかったのだ。

叶の実家はそれなりの規模の商売を営んでおり、彼女自身も昔から帳簿の計算を手伝っていた。

その経験を買われ、遙から直接スカウトされたのである。

 

『出来る子はそばに置いときたいねん。一応給料も出るし、内申も美味しいで』

 

誘惑に負けて引き受けたものの、いざ一緒に仕事をしてみれば、印象は随分と変わった。

判断が早い。

仕事の優先順位も明確。

必要なことはすぐに決めるし、他人へ仕事を任せることもできる。

そして何より、驚くほど物覚えがいい。

……まあ、それはそれとして。

たまに怖いんだけど。

 

「会長」

 

その時、遙の隣から声が上がった。

篠崎刃。

生徒会副会長を務める男子生徒だ。

 

「ん?」

 

「こっちの書類、確認してくれ」

 

差し出されたのは、風紀委員会からの予算申請書だった。

遙が少しだけ眉を動かす。

 

「また?」

 

「また、って言うなよ」

 

「こないだも出してきたやん」

 

「今回は追加資料がついてる」

 

「ふうん?」

 

遙は書類を受け取った。

叶も思わず、その手元を覗き込む。

風紀委員会から申請されているのは、能力事故の鎮圧に使用する装備の更新費用だった。

老朽化した防護具。

破損した拘束用装備。

現場で使用する通信機器。

申請内容自体は、以前とそれほど変わっていない。

ただし、今回は補足資料がかなり増えていた。

過去の事故記録。

装備の破損報告。

現場での使用頻度。

更新を見送った場合の危険性。

遙は資料をめくった。

 

「なるほど」

 

「どうだ?」

 

「ようやく、まともな資料を持ってきたんやね」

 

遙は書類を机に置いた。

 

「叶ちゃん」

 

「はいはーい」

 

「風紀委員会の追加予算、現状の残額でどこまで対応できそう?」

 

「えーっと、ちょっと待ってくださいね」

 

叶は端末を操作した。

風紀委員会の申請額は、決して小さくない。

今年度の予算はまだ調整段階とはいえ、他の委員会にも必要な経費がある。

 

「うーん。全部は無理ですねえ」

 

「どれくらい足りへん?」

 

「今の申請をそのまま通すなら、他の予算をかなり削らないと厳しいです」

 

「それは駄目やね」

 

「ですよねえ」

 

叶は頷いた。

これで今回も保留かな。

そんなことを考えていると、遙が刃へ顔を向けた。

 

「更新の優先順位は?」

 

刃が別の資料を差し出す。

 

「防護装備が最優先。その次が通信機器だな」

 

「拘束装備は?」

 

「現状でも使えなくはないらしい。ただ、長期的には更新が必要だそうだ」

 

「なら、まず防護装備と通信機器だけ先に通そか」

 

「え?」

 

思わず顔を上げてしまった。

 

「あっさり、通すんですか?」

 

「なんでそんな驚くん?」

 

「いや、てっきり今回も却下するのかなーって……」

 

「叶ちゃん?」

 

「は、はいっ!」

 

遙がにっこり笑った。

 

「うちを何やと思ってるん?」

 

「優しい会長です」

 

「やろ?」

 

叶はそっと刃へ視線を送った。

パワハラを受けています、助けてください。

そんな願いを込めてみたものの、刃は素知らぬ顔で書類をめくっている。

気にも留めてくれない。

 

「徹くん」

 

「はい」

 

「今年度の予備費と、まだ使い道が確定してへん予算を確認してもらえる?」

 

「承知しました。長谷さんとも確認しておきます」

 

「ありがとう」

 

遙は満足そうに頷いた。

 

「こんなに生徒想いな会長、なかなかおらんのに、叶ちゃんに怖がられてて悲しいわあ」

 

「自分で言うと薄っぺらく聞こえるぞ」

 

刃が呆れたように呟き、遙は唇を尖らせた。

叶は思わず二人を見比べる。

刃さんだけは、いつも冥宮会長に遠慮がない。

幼馴染というのは、こういうものなのだろうか。

少なくとも、自分には真似できそうにない。

 

「でも」

 

遙が続けた。

その一言に、叶は手を止めた。

 

「装備を新しくするんなら、運用体制も見直してもらわなあかんね」

 

「会長?」

 

刃の声が低くなった。

 

「何を考えてる?」

 

「別に難しいことやないよ?」

 

遙は申請書の端を指先で揃えた。

 

「今後は装備の使用記録と、現場での判断を詳しく報告してもらおうと思って」

 

「それなら、今の報告書を改善すれば済む話だろ」

 

「うん。でも、それだけやと不十分やから」

 

遙は穏やかに続けた。

 

「生徒会でも内容を審査して、必要なら改善指示を出せるようにしたいんよ」

 

刃の表情が険しくなった。

叶はそっと電卓を置いた。

さっきまで和やかだったのに。

 

「会長。それは風紀委員会の自治権に関わる問題だぞ」

 

「どうして?」

 

「改善指示に従わなかったらどうするんだ? 次の予算を減らすのか?」

 

「必要なら、そういう判断もするやろね」

 

「それじゃ、予算を使って風紀委員会を従わせることになる」

 

刃は申請書を指差した。

 

「緊迫した現場では、一瞬の判断が求められる。後から報告書を読んだだけの人間が、その正しさまで裁くのは無理があるだろ」

 

「もちろん、現場の事情も考慮するよ?」

 

「それでも意見が食い違ったら?」

 

「うちには、予算を預かる立場としての責任があるからね」

 

「だからって、予算を盾に命令していいわけじゃない」

 

遙は小さく首を傾げた。

 

「でもな、刃くん。問題のある活動をそのままにして、生徒に何かあったらどうするん?」

 

「必要な監査まで否定してるわけじゃない。監査と現場への指示は、分けるべきだって話だ」

 

遙は一度、考えるように目を伏せた。

 

「刃くんの言いたいことは分かった」

 

「だったら……」

 

「でも、うちは必要やと思うんよ。現場で何があったんか、うちらがちゃんと踏み込めるようにしとかへんと」

 

平行線だ。

予算の相談をしていたはずが、いつの間にか風紀委員会の権限にまで話が広がっている。

こうなると、二人とも簡単には引かない。

 

「会長」

 

張り詰めかけた空気に、清水の穏やかな声が割って入った。

 

「審査の範囲については、一度風紀委員会と協議してから決めてはいかがでしょうか」

 

遙が清水へ視線を向ける。

 

「報告の仕組みを整えることには意味があります。ただ、改善指示の扱いは、双方が納得できる形にした方が運用も円滑になるかと」

 

「うん、それがええと思う」

 

遙はあっさり頷いた。

 

「雷先輩にも、ちゃんとお話しせなあかんし」

 

刃が小さく息を吐く。

 

「なら、まず合同会議だな」

 

「うん」

 

「できるだけ、穏便にな」

 

遙はにっこり笑った。

 

「聞くだけならタダやし」

 

「会長」

 

「冗談やって」

 

本当に冗談なのかなあ。

叶には判断がつかなかった。

 

「長谷さん」

 

「はい?」

 

清水に呼ばれ、叶は顔を上げた。

 

「先ほどの試算、僕にも共有していただけますか?」

 

「あ、はいはい。今送りますねー」

 

「ありがとうございます」

 

清水はいつも通りの爽やかな笑顔だった。

さっきのやり取りの直後に、何事もなかったように仕事を再開できるのがすごい。

叶は端末を操作しながら、風紀委員会の面々を思い浮かべた。

特に、あの委員長。

速水雷。

小柄なくせに、ものすごく怖い人だ。

あの人が会長の提案を聞いたら、いったいどうなるのだろう。

会長とどっちが怖いのかなあ。

少し考えて。

比べない方がいい、と結論づけた。

 

*

 

最後の役員が生徒会室を出ていった。

扉が閉まる音を聞いて、刃は息を吐く。

予算審議もひと段落。

風紀委員会との合同会議という厄介な仕事は増えたものの、今日のところはこれで終わりだ。

窓の外では、校舎の影が長く伸びていた。

書類の束を揃え、引き出しにしまおうとしたところで、隣からキャスターの転がる音が聞こえてきた。

 

「刃くん」

 

「ん?」

 

振り向くと、遙が椅子ごとこちらへ滑ってきていた。

そのまま、刃のすぐ隣に椅子を寄せる。

 

「書類を片づけたいんだが」

 

「ちょっと休憩」

 

「もう帰るだけだろ」

 

「疲れたんやもん」

 

そう言って、遙は上履きを脱いだ。

そして、当然のように両脚を刃の膝へ乗せてくる。

黒いストッキングの生地がズボンの上をさらりと滑り、軽い重みが膝に落ち着いた。

 

「なあ」

 

「んー?」

 

「重いんだが」

 

「女の子に重いって言うの、デリカシーがないんやない?」

 

「じゃあ下ろせ」

 

「嫌や」

 

遙はくすくすと笑い、椅子の背もたれに身体を預けた。

刃は手元の書類へ視線を戻したものの、膝を占領されていて、引き出しに手が届かない。

まったく、ほかの役員がいる前なら、さすがに止めているところだ。

もっとも、遙も人前ではこんなことはしない。

二人きりになると、時々こうして遠慮がなくなるのだ。

刃も今さら本気で追い払うつもりはなかった。

 

「それで、何か用か?」

 

「うん。刃くんに聞きたいことがあるんよ」

 

「なんだ?」

 

「亜季さんから聞いたんやけど、この前の休みはイベント行ってたんやって? 電話しても出てくれへんかったし、何してたん?」

 

その話か。

 

「展示を見て、亜季姉さんに頼まれた買い物をしてた」

 

「それって、一人?」

 

「最初はな」

 

「最初は?」

 

遙がこちらを見た。

 

「途中で知り合いに会ったんだ」

 

知り合いに会った、その言葉を聞いた瞬間、少し雰囲気が変わる。

 

「知り合いって」

 

背もたれからゆっくりと身を起こし、遙がすぐ横から顔を覗き込んでくる。

 

「誰?」

 

笑顔は変わらない。

ただ、答えるまで退いてくれそうになかった。

 

「そこまで聞く必要あるか?」

 

「あるよ?」

 

即答だった。

刃はため息をつく。

 

「……別に大した話じゃない」

 

「ふーん」

 

遙はしばらく刃の顔を見つめていた。

 

「なんか、誤魔化されてる気がするんやけど……」

 

納得した様子ではなかったが、遙はそれ以上追及しなかった。

代わりに、膝に乗せた脚を組み直す。

 

「それにしても、うちからの電話はそんなに邪魔やった?」

 

「まあな」

 

しれっと答えると、遙は頬を膨らませた。

次の瞬間、膝の上で両脚がばたばたと動き始める。

 

「お、おい、やめろ。危ないぞ」

 

机の脚にぶつかりそうになり、刃は慌てて身体を引いた。

 

「乙女からの電話をなんやと思ってるん?」

 

「乙女は四六時中、人を管理しようとしないぞ」

 

「もう。刃くんってば時代遅れやわ。乙女も多様性の時代や」

 

「多様性ではなく、人間性の問題だと思うが……」

 

遙はおかしそうに肩を揺らした。

 

「というか、一回くらい出てくれてもええやん」

 

「お前の一回は長すぎるからな。外で長電話はさすがにきつい」

 

「うちにもっと構えや〜」

 

「分かった分かった。で、何か急ぎの用でもあったのか?」

 

これ以上付き合っていても、話が進みそうにない。

刃が折れると、遙は脚を落ち着かせた。

 

「刃くん、こないだ女の子を背負って帰ってきたんやって?」

 

「雨野のことか?」

 

「そう、その子」

 

「能力を使った反動で歩けなかったからな。それがどうかしたのか?」

 

「事情は聞いてるよ」

 

遙は椅子に背中を預けた。

 

「でもな、刃くん。女の子を背負って学校まで帰ってきたら、変な噂が立つと思わへん?」

 

「噂?」

 

「二人が付き合ってるんちゃうか、とか」

 

「は?」

 

間の抜けた声が出た。

 

「どうしてそうなる」

 

「うちに聞かれても困るんやけど」

 

遙は困ったように笑った。

 

「刃くんは気にせえへんでも、相手の子は迷惑なんとちゃう?」

 

「まあ、そうか」

 

確かに、雨野の立場までは考えていなかった。

あの時は学校まで送り届けることしか頭になかったが、事情を知らない生徒には違って見えたのかもしれない。

 

「中学の時もそうやったやん。刃くん、そういうところ無頓着やから」

 

「そうだったか?」

 

「もう、ええよ」

 

遙は小さく笑った。

 

「とにかく、少しは気をつけてな? うちらが思ってるよりも、皆から見られてんねんから」

 

「分かった。すまない」

 

刃は首の後ろをかいた。

そう言う本人は、相変わらずこちらの膝を占領している。

 

「そういえば」

 

遙が話題を変えた。

 

「雨野ちゃん、風紀委員会に入るんやって? 申請書が来てて驚いたわあ」

 

「ああ」

 

「刃くんが勧めたん?」

 

「そうだ」

 

「ふーん」

 

遙は指先で椅子の肘掛けをなぞった。

 

「あのちびっ子委員長にしばかれて、泣いて逃げ出さへんか心配やわ」

 

「雷先輩が聞いたら怒るぞ」

 

「うちと会った時、なんも言わんくてもいっつも怒ってるやん」

 

それは間違いなく、何か言っている。

自覚がないのが遙の良くないところだった。

刃は苦笑した。

 

「雨野なら大丈夫だ。ああ見えて結構タフだからな」

 

「そう?メンタル弱そうに見えるけどなあ」

 

「簡単に折れるような奴じゃない」

 

雷に怒鳴られ、涙目になりながらも必死に食らいつく雨野の姿が浮かんだ。

口元が緩む。

その時。

 

つん。

 

「ん?」

 

膝の上で、遙の足先が動いた。

つん、つん。

今度は脇腹をつついてくる。

 

「おい」

 

「なあに?」

 

「何してる」

 

「別に?」

 

つん。

 

「つつくな」

 

遙は笑っている。

 

「子供か、お前は」

 

「失礼やねえ」

 

そう言いつつ、足を下ろす気配はない。

刃が膝の上の脚を押し返すと、遙は今度はその手に足を乗せてきた。

ストッキング越しの足が手の甲に触れる。

 

「行儀が悪いぞ」

 

「刃くんが構ってくれへんから」

 

「今、ずっと話してただろ」

 

「そうやった?」

 

「そうだったよ」

 

遙は声を立てて笑った。

調子のいい奴だ。

 

「さて、そろそろ帰るか」

 

刃は時計を見た。

窓の外はすっかり暗くなっている。

廊下から聞こえていた生徒たちの声も、いつの間にか途絶えていた。

 

「もう?」

 

「もう十分休んだだろ」

 

「あとちょっとだけ」

 

「自分の椅子で休めよ」

 

「今がちょうどええの」

 

どういう理屈だ。

刃は呆れながらも、背もたれに身体を預けた。

片づけかけの書類が、机の端に重ねられている。

明日になれば、合同会議の日程調整も始まるだろう。

 

「刃くん」

 

「なんだ?」

 

「明日も忙しくなりそうやねえ」

 

「そうだな。平穏であってほしいが……」

 

遙はすっかりくつろいだ様子で椅子に収まっている。

膝に乗せられた脚だけは、まだ下りる気配がない。

いつものことだ。少しくらいなら、いいか。

刃は時計から目を離した。

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