妹が生まれたころから、スコダ家親族からの風当たりが強くなった。
記憶はふわふわとしているが、時期はおおよそ正しいはずだ。
ヴェスタが3歳のころに無意識に魔力を放出し、椅子に焦げ跡をつけた。
一族が集まり、ささやかだが祝席が設けられた。
数年前に、従弟のベルゴリオ・スコダことベルグが炎を出した時も、似たような祝宴が開かれたのを覚えていた。
僕の番はやってこなさそうなのは理解できていて『僕にも』なんて口にできやしなかった。
6歳になってから、母のドージョー(ただの剣術教室のこと)に通いだした。
一般の練習生も大勢いたが、指導者陣はスコダ一族の分家の見本市状態だった。
僕は本家の長男。なにより師範の息子である。
皆が優しくしてくれて、そのころは楽しかった記憶しかない。
親が師範、つまり道場で一番強くて偉いのは母だった。
アクシオナ・スコダ。
結婚する前の姓もスコダ。
スコダ分家出身の女傑で、道場どころか一族で最も強かった。保持する魔導士ランクは陸戦AAA。
父上よりも断然に強い。
そんな父上とは年が近くて、幼いころから親しかったという。意外にも恋愛結婚だそうだ。
「アンス、足さばきに注意して。またひと月、みっちりと道場のまわりを訓練剣だけ構えてぐるぐるしますか?」
「きをつけます!」
母は教育者ということもあって、教え方に関しては誰にも優劣をつけず、厳しかった。
ちょくちょくと様子を見に来てはくれるが、母はもっとも上級者向けの訓練課程を担当している。
「その調子です。では、オプラ伯父様、あとはお願いします」
「またな、アシー」
年少組は古株のおじいちゃん先生が主に教えている。僕もそこからスタートした。
優遇はされなかったけれど、僕は師範の一人息子だ。
同世代の訓練生の誰よりも真剣に取り組み、頭一つ抜けて技を吸収していった。
母上に恥などかかせない。一族のプライドを守ってみせる。
それほどの気迫で打ち込んでいたのだ。当然の結果だと思っていた。
けれども実は、そのころから不安は芽生え始めていた。
道場での稽古は夕方から始まり夜まで続く。
年が長じるにつれて、だんだんと遅くまで練習するようになるわけだ。
年少組は早めに切り上げて帰される。
ハイデン市内の運動公園エリアの一角にあった道場は、僕が帰る頃合いでも、炎の演舞で埋め尽くされていた。
スコダ流の神髄は炎だ。建物の中だけでなく、夜空の下でも、年配の門下生たちが剣を振る。
めらめらと輝く無数の炎の剣が、夜を彩っていた。
僕には、あれを完璧には再現できない。
僕の魔力変換資質は風圧。
変換せずに魔力を純粋放出するのは余計な意識を使う上に、僕は炎への魔力変換が大の苦手だった。
もっとも年かさのスコダ家分家のおじいちゃん先生に聞いた話によると、何百年か前に、一人だけ"炎"と"風"の二重変換資質を持っていた人がいたらしい。
スコダ家は歴史が長い。だいたいの一族は"炎熱"の変換資質を持って生まれてくるが、中には僕と同じように"電気"や"風圧"だけを持って生まれた人たちもいたらしい。
いた、ということだけしか記録に残っていない。
その人たちがどんなふうに生きたのかは、きっと一族の誰にも興味を持たれなかったのだ。
まだチャンスはある、と自分に言い聞かせていた。僕は調べたんだ。
"二次性徴"ってのを迎える前に、魔力変換資質に目覚めるケースもまれにあるってことを。
「アンスにい、しょうぶしませんか?」
「だめ。まだ勝手に自由攻防(地稽古)しちゃだめなんだよ」
それから1年経って、ベルグが道場にやってきた。
それまで、あまり会話したことはなかった。
親戚の集まりで出会ったときに『遊ぼう』と誘っても『ボクは大人の方々の話をきいていますから』とやんわりと固辞してくるようなヤツだったからだ。
それに、向こうがどこか最初から、こちらを馬鹿にしてくるような態度と目つきだったのも覚えている。
だから、道場に来るなり打ち合い用のやわらかい訓練剣を持ち出し、突然勝負をしようと言い出したことは印象に残っている。
「ボクはココに来る前から習ってましたので。アンスにい様は遅れてますね」
「いやあのな、ベル君は入門したばかりだからまだ許されてないんだよ。僕はもう自由攻防やってるよ……」
従弟なのだから、こんなヤツでも自分と同じように、スコダ流の継承者としてそのすべてを習う。
……いや、これは間違いだ。悔しい事実だが。
型や理念を一通り教わるだけの"僕と違って"、アイツはスコダ流の全てを受け継げる。
まあ、そのあとベルクを試合形式の練習でボコボコにしたんだけど。
口ほどにもなかった。
そもそも、試合では僕は誰にも負けなかった。
負けちゃいけないと思っていた。それを実現するために、遊ばずに家でも剣ばっかり振っていたからだ。
ベルグはほかの同年代の訓練生とつるんで、僕の陰口をたたくようになった。
叔父さんが口にした"火着かず"という軽蔑の言葉を、叔父さんと同じように僕に直接言わずに周囲に吹聴していたんだと思う。
似ているのも当然だ。何を隠そう、叔父さんがベルグの父親だから。
そして、そんなベルグの容姿は、黒髪翠目の僕よりよほど母上にそっくりの赤髪だった。
ベルグの母親は、僕の伯母さんでもある。
アクシオナ・スコダの実妹、サンタアナ・スコア伯母様だ。
一族の結束を強めるため、父上は母上を側室に迎え、父上の弟は母上の妹と結婚したのだ。
そんなことが現代でも起こりえるほど、スコダ家では面子が重く、一族同士で政治的な駆け引きが生じるようなコミュニティであるらしい。
ベルグを必要以上に痛めつけると、必ず母上が飛んできてベルグをかばった。
ベルグも母上にはべったりだった。
僕なんかより、よほど母に甘えるのが上手だった。
いや、母上だけではない。
スコダの一族にとって、"炎"に対する誇りはあまりにも頑なだった。
ベルグが来てからというもの、道場の雰囲気も変わっていった。
僕は"火着かず"の出来損ないでありながら、誰よりも剣の腕に素質がある、ある種の腫物として扱われるようになった。
僕がベルグを試合で負かし続けても、周囲の見方は何も変えられなかった。
母上もそのことを理解していたが、止められなかった。
僕は子供ながらに、十分に理解させられた。
人の集団、"組織"で醸成される雰囲気。それに個人で抗うのは、至難の業だ。
僕は痛みに鈍感になるしかなかった。
だが、耐えられた。
僕は"特別"だったからだ。
だんだんと僕自身も、自分の特殊性に気づき始めていた。
頭脳も、武術も、魔法も、あらゆる素質において、同年代で僕に太刀打ちできる奴は一向に現れなかったからだ。
"炎"以外は、僕は凡人を圧倒した。
9歳の途中で義務教育課程を卒業し、すぐに家庭教師として、フェディキア大学の研究員であるオスターマン先生から学ぶようになった。
先生の勧めもあって10歳で大学に受かり、通学して授業を受けるようになった。
大学ではちやほやされたが、僕は空き時間のすべてを剣に注ぎ込んだ。
むろん、そんな生活を送っている以上、遅れに遅れて生まれた正妻の子である"妹"のことなど眼中になかった。
自分は"炎"なんてなくても特別だ。
今になって思えば、そう思わなければ僕自身があの環境で耐え切れなかったのだと思う。
道場の試合でも同年代を追い抜き、上級者とドリル(型)を磨きながら、年長者とも試合をした。
大学では複雑な魔導理論はもとより、スコダ家の稼業に必要な材料工学や流体力学などを学び、それらの知識を結集して、魔法戦闘の技術も人知れず鍛えた。
大学には、それらを効率よく磨くための施設や人材があふれていた。
魔法を使えば使うほど、僕のリンカーコアもそれに応えた。
僕にはあらゆる素質があった。
それを実感していく喜びだけが、"火着かず"と蔑まれて苛立つ心を癒せた。
「攻撃魔法有りの試合なら、さすがに火着かずの兄貴には負けないさ」
大学で雑用を頼まれたため、いつもより遅れて道場に足を運んだところ、偶然にも遭遇した。
ベルグが取り巻きにおだてられ、見栄を張っているところだった。
その発言にも、多少の根拠らしきものはあった。
ここのところ、アンスは大学での活動に忙しく、剣術においてはあまり進歩していなかったのかもしれない。
数か月ほど、試合にも出ていない。
その間に、ベルグも腕を上げたと人づてに聞いている。
年の近い者の中では、実はベルグが僕に次いで剣の腕が立った。
アイツなりに一生懸命練習していることは、僕にも伝わっていた。
僕は子供だった。だってまだ11歳になったばかりだった。
ベルグに対してだけは、どこまでも心が冷たくなれるのを自覚していた。
自覚していたからこそ、相手から喧嘩を吹っ掛けられるまでは手を出すまいと、そこに自分なりの許容ラインを引いていたのだ。
その日は母上も、教育に関する組織の会合で道場にいなかった。
そうなのだ。どちらかといえば、これはベルグではなく、僕自身にとっての"チャンス"だったのだ。
僕はコイツで試したかった。
磨き上げた牙を、ほかならぬベルグで試せたら。
どんなに気持ちが良いことだろう。
古代ベルカの魔法は希少技能扱いである。
もちろん、この道場でも、一部の才能ある高弟にしか"スコダ流武術(スコダ・フェヒトクンスト)"は教えられない。
武術としてのスコダ流は、きちんとした戦闘術だ。殺しの技術である。
この真のスコダ流を学びたい者にとっては、日々の訓練で己の資質を証明しろ、という試練の場でもある。
ベルグやヴェスタなど炎の資質を持つ一族は、これをフリーパスで通ることになる。
僕はまだ、許可が下りていなかった。というより、教わっても"使いこなせないこと"がわかりきっているため、知識として学ばせてよいか、精神性を見極めるために、恐らくは様子を見られているのだ。
オプラ先生は母上の伯父様だ。僕に露悪的な態度を取らず、分別を持つ人である。
スコダ・フェヒトクンストを習わせてもらえるよう、オプラ大叔父様に頼み込んでみる。
答えがイエスかノーかなど、僕にはどうでもよかった。
これは釣りだった。魚は釣れた。
「見苦しいですよ、アンス兄さん」
「お前には関係ないだろ」
そう言えば相手が引けないと知っていた。
「関係はありますよ。炎の使えない人に家伝を教えても時間のムダです」
「オプラ先生。先生もそう思いますか?」
「……そうとも、限らん気はするがね……」
やはり歯切れは悪かった。オプラ先生が一人で判断できることではないのだろう。
「ほらね。だいたい"俺"、お前より強いのに、どうして学んじゃいけないのか、正直わからないんだよね」
「……へぇ。じゃあ、見せてあげましょうか? 本当の家伝を」
ベルグは叔父上ことブラントン・スコダから、すでにスコダ流戦闘術を教わり始めている。それまで道場で見聞きしてきたコイツの言動から、そんなことはバレバレだった。
「ベルク、それは許可できんな。アンスも今日はあきらめなさい」
「先生、僕ら、たぶん、ほっといたらみてないところで喧嘩するかもしれませんよ?」
予想の通りオプラ先生は、ものすごく困ったような、とてつもなく心当たりがあるような、わかりやすすぎる表情を浮かべてくれた。
「空間の戦闘固定ができるリングで、安全を確保して、1回だけ戦わせてみてほしいです。最近、ベルグとはやってないですしね」
ベルグの表情はどちらかわからなかった。僕に勝てるのかハラハラしているようで、僕の知らない技をつかえば、初めて僕に土をつけられる妄想をあきらめきれないような、中途半端な顔色だ。
「うーん、おびえている弟をいじめちゃ良くないですね。やっぱりやめますかね」
「兄様こそ、いまさら怖気づいたんですか? いいからやりましょうよ」
衆目のあるなかで挑発して、ようやくベルグは釣り針にかかった。
この時の僕に、ベルグの身の安全を考慮する気持ちがまったくなかったわけではない。
ただ、訓練用リングとデバイスの非殺傷性能に任せて、僕が培った"チカラ"を、思いっきり気に食わない奴で試せる機会が来た。
その高揚感は、僕の理性を狂わせた。
……いや、言い訳はよそう。僕は、従弟に怪我をさせた。平気で怪我をさせるような人間だった。
僕自身も、そういうことをする嫌な奴だったんだ……。
「フランベルク!」
ベルグのデバイス、"フランベルク"は、スコダ社のハイエンドモデルにあたるファイネストクラスだ。
波打つ形状の両手剣へと変形したそれを、ヤツは頭上で構えた。
途端に剣全体が炎に包まれ、刀身も白熱して猛烈に輝きだした。
あれでは剣の長さがわからなくなってしまう。
ただ、刀身が光りだす前に、奴が剣の腹をサム(親指)グリップで支えているのがみえた。
(光ってから構えればバレなかったのに)
「いいもん持ってんなぁ。スパークス」
(きっちり録画しろよ)
フェイスガードにもなるゴーグル型のスパークスは、大学で実習をするために買ってもらったものだ。特に愛着なんてない。名前も付けなかった。
工作のときに、火花が目に散らつかないように"火花注意(Sparks)"と毎回連呼していたら、インテリジェントデバイスなので勝手に自らをそう名乗りだした。
ベルグのフランベルクは、剣身を包む炎が不規則に迸るため、リーチが著しくとらえづらい。
だが、右手のサムグリップが見えてしまったのは、同門相手には致命的だった。
(ほら来た!)
「"ヘル・ツヴェルヒヴィンデン"!」
『"Hell Zwerchwinden.(輝く水平の剣旋)"』
高く水平に構えた剣を左右に振って、連続切りを繰り出す。親指で支えるため、高速で連撃を繰り出しやすく、動きも安定する。
近づかれれば、白熱する刀身と吹き出す炎の輪郭によって間合いを把握するのが難しい。
だが、モーション自体には慣れ親しんでいる。自分だって散々振ってきた動きだ。
「"フェヒトフェーダー"!」
こちらも練習用の訓練剣型デバイスに、魔力を変換して炎を纏わせる。
発動は遅く、魔力から炎への変換効率も、資質をもつベルグに比べたらとてもじゃないがお粗末だ。だが、込められる魔力量にはヤツが愕然とするほど差があり、小さな工夫として熱風を剣身から噴出させる。
炎熱変換資質を持つヤツらは、当然だが熱の知覚能力に優れている。
一方で自分の場合は、アイツ等は知らないだろうが、自分が放出した魔力に触れた空気の流れには敏感になれる。
上段での水平切り。それが連続でくる。
実際には、対策をいちいち解説するように考えている時間などない。
剣と剣の戦いは、格闘技よりも刹那の時間にシビアだ。
ほぼ直感で取った行動だ。
危険だとはわかっていても、もはや自分の反射神経を信じて、中段に構えた剣で受ける。
ただし意図して、相手の剣を払うときは下から上への動きを混ぜる。その逆はだめだ。
あの水平切りは相手の上段からの攻撃を払うときにも使うからだ。
逆に下から払われるとやりづらいはず。
ベルグの腕が未熟なのか、連撃を思いのほか余裕をもって受け切り、次の手を待った。
危なくない限りは、スコダ流を見たかった。それだけ実力差があり、俺には余裕があったみたいだ。
『"Wärmestau Knauf(過熱の鉄槌)"(ヴェルメシュタウ・クナウフ)』
ベルグは流れるような連撃から、途中で勢いを利用して剣を逆さまに構えつつ振りかぶった。
刀身のほうを手でつかむのである。もちろんガントレットは付けている。
しっかり握り終えた時点で、振りかぶりきった体勢だ。
かなり練習したのであろう。スムーズな動作だった。
剣を逆さに構えて振り下ろすのは、型の中にもある。
だがその一撃が一味ちがったのは、フランベルクの柄頭が、刀身よりもよほど輝いて、熱エネルギーを放出していたことだ。
黄色味がかったそれが、勢いよく振り下ろされた。
今までの連撃とは雲泥の差の魔力素が込められている。
短時間で込められる量ではない。
なるほど、連撃"ヘル・ツヴェルヒヴィンデン"の動きで、柄頭に熱をためるのを隠蔽していたのか。
(十分にチャージできれば、"ヴェルメシュタウ・クナウフ"とやらを放てると)
剣を横にして、剣の腹にも右手を添えて、受ける。
「ッちィな!」
炎が顔を焼き、思わず呻いた。
ベルグが愉悦を隠せないようで、吠える。
「らぁぁぁぁあッ!」
『"Throttle Control.(慣性制御)"』
押し切られないよう、疑似的に慣性を大きくし、自分の体を動かされにくくする。
熱さは我慢するしかない。
ルール的にはこの熱だけで負けにはならないはずだ。
「ぉぉおお! "シュプレン・プファール"!」
『"Sprengpfahl.(炸裂の杭打)"』
柄頭での一撃を引き戻した動作から、そのままつながるような流れで、ベルグは今一度構えを変えた。左手は刀身をつかんだまま、右半身ごと1歩後ずさって右手を引いて、柄頭に手のひらを添える。
それは変則的なハーフソードの構えだった。
ハーフソードとは右手で柄を握り、左手は刀身の半ばほどを直接つかむ構えだ。
いずれにせよ、突きを行うのによく使う。
それを知っていたから、その先の攻撃にアンスは対応できた。
切っ先の着弾点を俺の首あたりに決めて。ヤツは解き放った。
ベルグの右の手のひらから爆発が起き、フランベルクはその反動でパイルバンカーのように射出された。
左手でつくった輪によって、命中させる箇所をコントロールするようだ。
"ヴェルメシュタウ・クナウフ"とやらで柄頭に貯めたエネルギーの、そのすべてを利用してはいなかったのだ。
ベルグを舐めていた。かわせたのは、かわせるような対処ができたのは、偶然だった。
アンスは柄頭での一撃を受けた時に、右手をグリップから外して剣の腹を押さえていた。
それは右手がすぐ自由に動く姿勢だったことと同義だ。
構えがハーフソードだと気付いた瞬間に、ほぼ無意識のうちにベルグの左腕を右手でつかみに行っていた。
相手の左腕を外側から右手でつかむ。格闘技でも使われる、反撃の大きなチャンスとなる動きだ。
着弾箇所を決める左手を結果的にズラされ、フランベルクの剣先はアンスの首筋ギリギリを避けて貫かれた。
ベルグは魔力を使ったばかりで、魔力残量を大きく減らし、体勢も崩されている。
一方で、アンスの左手は武器を握ったまま自由に動く。
それほどのエネルギーを込められたわけではない。
だが、アンスは躊躇なく、素早く左手を振り下ろした。
ベルグのマネをして熱を込めた柄頭を、そのまま顔面に食らわせた。
「ぐゃッ!」
その一撃で、一つ下の従弟はたたらを踏んだ。
「やめんかッ!」「アンスやめろッ!」「おわりだッ!」
皆の叫びは音としては耳に届いていたけど、俺の脳はそれを指示としては処理しなかった。
凶悪な魔力を込めた。全力で込めてしまっていた。
熱風と熱と炎を、剣に迸らせ、両手でグリップし、渾身の袈裟斬りを打ち込んでいた。
大の大人がバットでゴムボールを打って、容赦なく吹き飛ばしたように。
ベルグの体はとんでもない速度で飛んでいき、激しく壁に叩きつけられた。
ドチャリと崩れ落ち、相手はもうピクリとも動かなくなった。
「ベルグ!」
オプラ先生はリングの中で悲鳴を上げた。
リングに入り込んででも止めようとしていたらしい。
だが、間に合わなかった。
「おい、おい、べるぐ……」
非殺傷だろうと、保護フィールドが発生していようと。
まったく動かないベルグの姿を前にして、アンスの中には後悔しか残らなかった。
試合を観ていた皆が、僕を激しく憎んでいるような目を向けていた。
だって、アイツの攻撃だって、当たっていたら。
俺はきっと怪我をしていたんだ……。
いくらでも言い訳は浮かんだ。
でも、ぽつりとその場に立つアンスの中に残っていた結論は、ひとつだった。
ベルグは試合前に、少しおびえていたように見えた。
それは本当は、"少し"じゃなかったのかもしれない。
ちゃんとわかっていただろう。
ベルグと俺の魔力量は、全然違っていたんだ。
戦う前から、俺は勝てると思ってただろう?
ベルグのことなんて少しも怖くなかった。
僕が弱いものをいたぶったのは、それを好き好んでやったのは、紛れもない事実なんだ。
次の日。
ベルグのお見舞いに行くと言ったら、会いたくないそうだから来ないでほしい、とだけサンタアナ伯母様から返事があった。
そして、アシー母上からは、もう道場に来る必要はないと言われた。
もう十分に、僕は強い。
もっと強くなりたいなら、騎士見習いとして教会騎士団の訓練に参加できるように口利きをする、と。
父上からは、何の音沙汰もなかった。
僕はますます、家にいる時間が減っていった。
同じ大学にいる元家庭教師のオスターマン先生が声をかけてくれていたので、心機一転を図って、デバイスマイスターの資格に向けて取り組むようになっていた。
大学の図書館で勉強したり、体を動かしたくなったら野外で訓練をしたりして、夜遅く家に帰るようになった。
そんな生活をしばらく送った。
その日は、たまたま気が向いただけだった。
少し日が落ちて薄暗くなっていたが、眼下に見える陰鬱な"小城"には、まだ足を運ぶきになれなかった。
もう少しだけ時間を潰してから。そう思い立つと、いつのまにやら。
昔、両親とハイキングをした湖を見回っていた。
そういえば、あの道は……どこにあったっけ?
あの当時、どこにつながっているかわからない道を見つけて『いけるところまで行ってみたいな』と思っていなかったっけ。
ちょこちょこ浮遊して徘徊していると、僕はその道を見つけてしまった。
どんどん進む。
ふよふよと飛ぶ。
本当は風を使って空を飛ぶのは、泳ぐのより得意だった。
何も練習していなくても、妙に感覚が馴染んだのを覚えている。
だが、普段はカイトボードを使う。
"風"を思う存分使う気になれるのは、誰も見ていないときだけだったから。
見たことのない空き地を見つけた。製材所のようだった。
そして、見覚えのある人物が、ひとりでちょろちょろしているのも目撃した。
ピンクの髪。ヴェスタだった。