僕は放心していた。
青空を眺めている。
無論、自分の意思でこうしているのではない。
不本意ながら、僕は地面に打ち倒されたのだ。
手で頬を抑える。痛い。
ぷっと唾を吐き出すと、真っ赤だった。
口の中を切っている。
おまけに血に混じってじゃりじゃりするものがある。
砂か、歯が折れたか。
手のひらの上に吐き出す。歯の破片はなさそうだ。じゃあ砂か。よかった。……よかった?
ていうか。何だ、この人。いきなり。こんなにも人は躊躇なく暴力をふるえるのか?
いや僕が言えた義理じゃないかもだが。
いやそれでも僕は初対面の人に勝負を持ちかけられ、どこまで強く打ちこんでいいものか、しっかり悩んでいたぞ。
それをなんだこの人は。
あんなボール玉を打つように、人様の顔面をフルスイングできるなんてイカれてやがる。
怯えた目でシスターを見る。
混乱するよ。"シスター"ってなんだっけ?
こんなにも怯えて聖職者に接したのは生まれて初めてじゃないか?
「お、おかしいですね。思っていたより狂犬じゃありませんね」
「は、狂犬?」
「ぅごほん。失礼しました。君について少々、とある筋からお話を伺っておりまして。誇り高き餓狼のように強さを求めてると」
「……僕が従弟に怪我をさせたことをご存知だったと?」
「まあ、はい」
「それは事実です……でも、自分なりに反省しているつもりでした」
「それは、はい。そのようですね」
じゃあなんでこんなことすんだよ。
教わりにやって来た生徒に、初日からたっぷりと不信のこもった眼差しをくらって、シスター・シャッハもうろたえていた。
「いえ、その。おかしいですね。アシー先生がいい加減なことを言うはずが……ごにょごにょ」
サンシェードが張られた藤棚の下で、シスター・シャッハとベンチに座って話をした。
「白状しましょう。アシー先生は悩まれていました。
あなたの行動を肯定することがどうしてもできない、と。
あなたの武技を褒めてしまえば、あなたの頑張りを認めてしまえば……あなたは家に未練が残ってしまう、と。
私と会えばいつも苦しそうに、そう言われていましたよ」
「……母は、シスター・シャッハに僕を預けたかったようです。どうしてでしょうか?」
「私も子を持ったことがありませんから、そのお気持ちをすべて察することはできません。ですが、私は彼女から多くを習いました。次はわたしの番だと……。
赤の他人だからこそ、躊躇なく教えられることもありますからね」
「他人だからこそ、ですか?」
シスター・シャッハは困ったような表情を一瞬浮かべたが、すぐさま僕の瞳を見て。
ひと呼吸おいて、よどみなく話し始めた。
「私も、細部の細部までは知りません。
ただ、500年以上続いた伝統は、個人の力で、個人の素質でどうにも変えられるものではない、と。
王家に生まれなかった庶民が、決して王になれないように……と。例えていらっしゃいました。
むべなるかな。どんなに優れた者が強引に成り代わったとて、資格なき者であれば、誰も王だとは認めません。
つまり……あなたはどうあがいても、あの家に残ることはできないのでしょう」
「……なぜ、自分が生まれ落ちた生家に、執着してはいけないのですか?」
「私は詳しくを知りません。スコダ家の家憲とやらは、あなたの方がご存知なのでは?」
そうじゃない……わかってんだろうに、すっとぼけんなよ。
なんで今日あった赤の他人のてめえに、んなこと言われなきゃならねえんだって言ってんだ……!
「私にあなたを預けたがったのは、明白です。あなたが家を出た後の身の振り方を、騎士団で鍛えながら考えろと、アシー先生はそうあなたに言っているのです。当然でしょう?」
当然ってなんだよ。一言余計なんだよ、アンタ。
「この騎士見習いの教練に、僕の家のハナシは関係ないでしょう。金輪際、そのハナシはやめてほしいです。不必要でしょう」
「嫌です」
あぁ? なんつったこのアマ。ほんとにアマだし、クソがよ。
「リッターレーレは武技の教導のみに非ず。人格形成等の指導も含まれていますから……とくにあなたのような子供の心身は、しっかりと鍛え上げる必要があります」
僕はシスター・シャッハを睨みつけていた。
しかし、彼女はその反応を喜んでいた。
「アンサルド……あなたはやはり聞いていたとおりのガキですね。ほんの少し本当のことを言われただけで、そんなにも不機嫌さを顕に、容易く他者と事を構えますか……なんとも、忍耐が足らない。鍛えがいがありそうです」
シスターは鼻で哂った。
「怒りましたか?」
「当たり前でしょう! 立場や強さを盾にして、弱い者にならどのような物言いをしてもいいと?!」
彼女は今度は本格的に声を上げ、どこか馬鹿にするように笑いだした。
「……確信しました。アンサルド、あなたは何よりもまず先に、心を鍛えねばなりません」
「質問に答えてくださいよ!」
「私も、己の魔力資質を超えうる者を指導するのは初めてです。これも試練ですね」
僕はベンチから立ち上がり、右手に握ったデバイスを強く握り締めた。
「何なんだアンタ、さっきからひとりで勝ち誇ったように納得してんじゃねえよ! 指導、指導と、だったらはやく訊かれたことに答えやがれよ!」
「あなたのこれまでの苦しみは、私にはわかりません。
しかし、ずかずかとあなたの心に土足で踏みにじった責任は取ります。
私を打ち据えたいのなら、いつでもどうぞ。24時間、いつでもあなたの報復を相手にしましょう。
ですがひとつだけ、あなたの発言に訂正を入れさせてください」
シスターも立ち上がり、まったくといっていいほど怯みを見せなかった。
「強いなら弱い者に何を言ってもいい? そんなわけないでしょう」
「どの口が!」
「あなたは弱い者ですか? アンサルド。
すでに魔力量は私と遜色ないところまで伸びているはず。
私に勝てないからといって、あなたは弱者ではない。
己を磨くのを怠ってきた、ただの未熟者。
真に弱き、守るべきものたちの皮をかぶって、泣き言ですか。
醜悪で、見ていられないのですよ」
「だから、何の話だ?!」
「もう一度言います。あなたが弱者だと? 笑わせないでください!」
シスターのデバイス"ヴィンデルシャフト"が、まっすぐ俺の喉元めがけて構えられた。
「あなたは強者です。弱きものを守る側です! あなたはここに何をしに来たのか? 家を継ぐ方法を模索するために、体を鍛えに来ただけですか?」
「それのどこが悪い?!」
「悪い! つまり、あなたが考えているのは己のことだけではないですか! 高い魔力素養を持つ者としての自覚がまるでない!」
遠くに剣を振って汗を流すほかの訓練生と指導騎士がいる。
シスターはそちらに目を向けるように手をかざした。
「強くなりにここに来たと。強くなって何をするために? あなたより弱くとも、素質がなくとも、体が弱くとも! 志を持ってここに足を運ぶものが大勢いる! ただ上手く剣を振れるものを騎士と呼ぶとでも? あなたの内にあるのは、利己的な内面のみ!」
話の展開に脳が追いつけない。けれども、その言葉が自分に刺さっている自覚はあった。
「その有様のどこが"騎士"なんだ?! かりにも騎士見習いの教練に自ら足を運んでおいて、なんたる言い草ですか! お前のようなものに強くなってもらわずとも、私たちは一向に構わない! ただチカラが欲しいだけの俗物をやすやすと鍛え、武力を渡す馬鹿がどこにいる!?」
初等科で"騎士"とはなんたるか。
教わったはずだった。
ミッドチルダの魔導師と対比して、ベルカのそれを"騎士"と呼ぶだけじゃないと。
"騎士"は、何を持って"騎士"たるか。
教練に参加して、適度に汗を流していれば、自動的にその呼び名が自分についてくる。
……そんなわけ、ないか。
「アンス、炎の変換資質がないだのと問答をする以前に、あなたにはもっと気にかけねばならぬことがあるのではないですか? 貴族の誇りは、ノブレス・オブリージュはいずこに? 高き魔力を持つものとして、弱きものを守る矜持は一体どこへ?
たかが家を継げないくらいで、弱き者を慮る余裕があとかたもなく消えてしまうのですか? そんなにもカンタンに、"それ"を消し去ってしまって本当に良いのですか、アンサルド・スコダ!?」
何も言い返せない。
たしかに、そんな考えはこれっぽっちもなかった。
とくに、最近の僕には……。
「あなたは見えている現実から目を背け、立ち向かわず、その壁を理由に勝手に憎しみに変えている。
非才で非力な者であれば、それでも世界はなべて平和です。
ですが、あなたのように強き素質を持つ者が、そうなってしまえば。
悪しき者に堕ちれば、世界は燃える。
私はそんな悪しき者たちに、生涯を懸けて抗うと誓いました!
ですので、今度は私があなたに証明する番です。
どうぞ、私の誓いをお確かめなさい。
いつ、いかなるときも、いくらでも時間をかけて!」
双剣型デバイス(トンファーにしか見えない)を機動させ、かかってこいと今一度シスターは吠えた。
僕は……。
たじろいだ。
そしてなにより。
引いていた。
ドン引きだった。
いや、引くわ。
この人は現役の陸戦AAA。とっくに第一線を離れた母上より強いはず。
実戦にも参加して、人の生き死にを身近に触れて経験してきた人だ。
フツーにこの人は、軍人でもあるんだ。
そんな人にいつのまにか『騎士道を懸けてこれからもずっと戦って互いに高め合ってくぜ!』
みたいなノリを強要されている。
なんでや! なんでじゃ! なんでよう!
当然ながら僕にそこまでの覚悟なんてなかった。あたりまえだろ!
勘弁してくれよ……。
ふらりと剣を習いに足を運んだ、ぐらいの心意気だったんだ。
しかしシスター・シャッハは、僕を逃がしてくれそうにはなかった。
「あなたは従弟をいたぶったそうですね。自分より魔力が低く、弱いとわかりきっていたものを」
「……相手にも悪いところはありました。いわれなき誹謗を受け続けていたのは本当です……」
「ほう、ただの鬱憤晴しではなく、誇り、矜持を守るための闘いだったというのですね?」
負ける。この言い合いは勝てない。言い争う前から、そのことは重々わかっていた。
「あなたが後者を成したというのなら、私にも制裁を加えねば辻褄が合わないではないですか?」
ゆらゆらとヴィンデルシャフトが眼前で揺れる。
「私のこともいたぶっていいですよ? ほら、かかってきなさい。できないんですか?」
ガキン、と僕のアームドデバイス、"ハルプケルル"の鞘に剣先を当てられた。
挑発も挑発だ。
「まさか"自分より強い"というだけで、手が出せないのですか? なんと卑怯で、矮小な精神性でしょうか」
こっちだって手を出したい。でも勝てないのはわかりきっている。
さっき、実力の差を嫌というほど思い知ったばかりだ。
「その程度で、スコダ家を継げないだのと、ご不満だったと? 見下げ果ててしまいそうですよ」
言い過ぎだろう。……いくら俺を挑発するためだとしても。
ここまで言われなければならないのか? これをガマンしなくてはならないのか?
これまで生きてきた想いを、会って数時間で、たった数分で、なぜこうもすっぱりと断言されねばならない、こんな奴に!
「人の真価は行動でのみ証明される。アンサルド、立ち尽くすだけですか? あなたの怯懦が今この瞬間も、スコダ家の誇りとやらを汚しているぞ!」
その言葉は脳の奥まで刺さった気がした。
スコダ家を、ヴェスタまでを、馬鹿にされたような……。
こんな女のまえで涙など見せるか!
憎しみの炎を燃やせ……炎……俺にはない……。
殺してやる!
「ハルプケルル!」
デバイスマスターの資格を取る過程で、最近はいくつもデバイスを自作している。
"ハルプケルル"は、今までに習ったスコダ流を活かすために僕が作った片手半剣型アームドデバイスだ。
その刀身と、全身に。
ぶわりと"風"を纏わせる。
殺す気でやる。全力を出す。恥も外聞もない。持ちうる限りの、自分のすべてを注ぎ込んで、こいつを叩きのめす。
「ようやく本当のあなたが見れそうですね、アンサルド」
「ぉああっ!」
あっという間に負けた。
僕は手も足も出なかった。分が悪かった。
シスター・シャッハは僕と同じく風の魔法が得意だったから、動きをめちゃくちゃに読まれまくったのだ。
あげく、容赦なく肋骨を折られて医務室に運ばれた。でも、治療を受けたあとで僕は指示を無視した。
他の生徒を相手に指導するシスター・シャッハの元に戻らず、家に逃げ帰ったのだ。
ざまあみろ!
……はぁ。
翌日。
僕の部屋に、お手伝いさんが来客を伝えに来た。
「シスター・シャッハがお見えです」
「は?」
次の日も休日だった。身体にだるさが残るため、いつもより長めにベッドで横になっていたところだった。
あのアマ、家まで迎えに来やがった。
よし、逃げよう。
僕の頭に、自然とそのプランが浮かんでいた。
こんな無様な敗走はかつてない。でも人間、本当に窮地に陥るとなりふり構わなくなるのだと、はっきりと実感した。
あの人とずっと一緒とか、拷問だから。
玄関からは脱出しない。
カイトボードに乗り、自分の部屋のバルコニーから直接、空へ飛び立った。
裏山の製材所に逃げ込もう。
『"旋迅疾駆"ッ!』
なんか聞こえた。気のせいであってくれ。
あぁ……その願いは儚かった。
「逃がすかァ!」
がしっ、とカイトボードの真下に突如現れたシスター・シャッハが、両腕をボードの端に引っさげてぶら下がった。
「わあああっ! うわ! うわ! うわあ!」
「あっ、ちょっ落ちる! 落ちます! 揺らさないで、アンス!」
「勝手にブラ下がってきたのはそっちでしょう!」
「飛行魔法は苦手なんです、殺す気ですか?」
「リカバリーくらいできるでしょ!」
「落としたらどうなるか。恨みますよ、後悔させてやりますからっ!」
「クッソが!」
「口が悪いですよ、アンス!」
「馴れ馴れしいんだよ!」
「お互い様でしょう。そろそろ降ろしなさい、腕が疲れてきましたっ」
ピーピー騒ぐシャッハをしばらく放置して、僕はわざとゆっくり裏山の製材所へと向かった。
空き地を見て、これ幸いとシャッハは『すこし体を動かしましょう!』と言い放った。
お前いつも身体うごかしてるだろ。
昨日あったばかりだけど分かるぞそのくらい。
「アンス、風を使った戦い方は自己流ですか?」
「はい、まともにならってません」
「一体どうして?」
「……」
「隠してきたわけですか。まあ、過去のことはいいです。アンス、あなたが火にこだわるのは知りません。勝手にこだわってください」
意外だ。向いてないことはやめろ、と言われるかと思っていた。
「でも風でも、自分の力でも戦えるようになってください。ベルカの騎士たるもの、己の魔力資質からは逃げられませんよ。私は、あなたに風での戦い方を教えます。もとより私も普段から風の魔法を多用しますからね」
「……わかりました」
「おや、素直ですね」
「嫌だといっても、通らないんでしょう?」
「もちろんです」
ニコニコしてんじゃねーよ。
「さて……突然ですが、今日はプレゼントがあります」
不穏な発言だ。世の中では濃厚なシゴキはプレゼントとは呼ばないですよ。
この人なら言いかねない。
「"パールブラット"」
シャッハさんの命令で訓練用のデバイスが起動し、どこからともなくひと組の双剣が組みあがった。
「今日はこれで練習しましょう!」
「え、嫌です」
僕の手にはもう片手半剣ハルプケルルがある。
二刀流なんて今まで習ったことがない。スコダ流にも存在しないし。
無言でシスターが近づいてきて、突如、僕に掴みかかった。
「シスター!? 何してんすか!? やめてくださいよ本当に!」
「暴れないでよ……暴れないの……っ」
おっぱいが当たる。てか、やっぱり力が強いんだこの人は。
「シャッハヌエルさん?! ちょっと、まずいですよ!」
「いいでしょ! ちょっとくらい……」
強引にハルプケルルを取り上げられてしまった。
空いた手に、双剣を押し付けてくる。
けれど、だれが受け取るか。
「やめてください…!」
しびれを切らしたシャッハさんが、僕を羽交い締めにした。
尋常じゃないくらい組み技も上手で、なにひとつ有効な抵抗ができない。
「うっ、何すか! 何するんすか!? ちょっとホントに……」
息がしづらい。どころか、締まってる! 締まってる!
「う、羽毛…」
意識が遠くなる。
ぷはぁっ、と息を吐き出した頃には、左右の手にひもでぐるぐるに双剣が巻きつけてあった。
「まったく! 強情ですね!」
どっちがじゃい!
「あなたは間合いの掴み方に天賦の才があります。認めたくありませんが、私以上です。器用さも目の良さも優れている。であればリーチよりも手数を増やし、より相手の急所にアプローチする回数を増やしたほうがいいです。言ってること、わかりますよね?」
「……」
「まぁ、言葉で分からずとも、このあと思う存分カラダに理解させてあげますよ」
ぶんぶんとシスター・シャッハはハルプケルルを振り回し、やや憤慨して言った。
「だいたい、なんですか、この中途半端な長さの剣は! 結局はあなたも片手で剣を扱うことにたどり着いていたのでしょう? 自覚がなければこんな得物は選びませんよね」
「わかりましたよ……やってみますよ……とりあえず今日だけ」
「返事は『はい』の1回! そして師匠の指示は絶対!」
「はいはい」
「アンス、聞き分けが悪い子にはお説教をしますよ…私は修道女。これでもいっぱしの聖職者でもあるんですからね」
「はい」
「なんですかそのやる気のない返事は……とにかく、今日からはしばらく二刀流で稽古しますからね」
僕は返事をしなかった。
二刀流になぞ変える気はない。
「騎士たるもの、ひとふりの劔(つるぎ)に誓いを立てるのは本懐でしょうとも。ですが、あなたのはただの執着です。それとも、この剣に立てた誓いがあるのですか?」
ないよ。でもしゃくだから僕は黙った。無視してやる。
「フフ……やる気を出すまでお説教(という名の暴力)をすれば、やる気は湧いてきます。こうみえても私、お説教には失敗したことがないんですよ」
「説教に失敗も成功もあるかよ……」
「言うじゃないですか」
「それにアンタは説教者(Preacher)じゃない……制裁者(Punisher)だ……!」
「あなたも私を暴力シスター呼ばわりですか? 嘆かわしい」
「自認もできねえやつに説教されなきゃならない僕らのほうが嘆かわしいですよ!」
「まあ、いいです。とりあえずどれだけ動けるか見てみますか!」
今日、初めての二刀流だぞ! なんのレクチャーもないのかよ?!
「ちょっ、普段からそんな強引なんですか?」
「ふふふ……今の私は無敵ですよ。なにせあなたのお母様からビシバシ鍛えろと許可を頂いていますからね。なんでもアリです……ふふふ……これで燃えないわけがない」
「そんな理由かよっ! 言葉で説明すんのをただめんどくさがってるだけじゃねーだろうな!?」
「しっ!」
「どわあ!」
シスター・シャッハの見込みは正しかった。
なれない得物で、昨日よりボコボコにされるかと思っていたが、想像以上に戦えた。
思いのほか、片手剣は自分に馴染んだのだ。
僕はシスター・シャッハの教えを受けつつも、命じられてリッターレーレの中の"カデット(士官候補生)"訓練に交じるようになった。
15歳から17歳以下が多く、見所がありゆくゆくは教会騎士に成るものの、まだ学生だったり諸事情あって今すぐには入団できないものが、腕を鈍らせないように騎士から直接指導を受ける。
そしてフェディキアでは、騎士見習いのうち腕の立つものも根こそぎここへ送られるようになっていた。
僕は年齢的にカデットの中では最下層だったが、闘いの腕はそうそうに上位に食い込んだ。
ここではあまり家柄なども関係なかった。純粋な腕で評価されがちだった。
なので、そこそこ居心地がよい。当然、仲良くなったものもいる。
雷気使いのケイマンは17歳。心の中では"チャラ男"と呼んでいる。
氷結使いのミューズは16歳。心の中では"清楚ビッチ"と呼んでいる。
「はい、お水~♪」
「ありがとうございます」
「なあ、オレの分は?」
やさしく僕に水を渡してくれたミューズは、ケイマンには何も言わずにぽいっとボトルを投げた。
「のわ! 扱い違いすぎだろ…」
「アンスくんはかわいいからね~」
「アンス、ミューズはエリートリーマンが好みだ。人間性じゃなくてスペックや権威に惹かれるタイプなのさ。気をつけろよ」
「ちッ、うっぜーな。あんたには関係ないでしょ」
「あぁ、そうなんだ。大丈夫、僕は家は100%継げないから。いずれ出てくんだ」
「へぇッ?!」
「うそ、それマジなん?」
そんなに予想外だったのかな。
「…………そんなの関係ないわよ」
「なんだ今の間は?」
なんだ今の間は? ケイマンと全く同じ感想が出た。
「ア、アンスくんは大学にも通ってるし、剣の腕もすごいし、将来は立派になれるよっ」
「たった今、取り返しのつかない失態を本人に見せたわけだが。てか、もう大学行ってんのか?」
「フェディキア大学、工学部」
「……かぁ~、オレァ騎士教練の活動で加点もらってやっといけたってのに。お前、頭も良かったのか、嫌味な奴だなぁ~?!」
「あれ、ケイマンもいたんだ」
「まだまだ。オレは来期から入るんだよ」
「いいなぁ~ワタシも行きたい。てか行く、絶対!」
なるほど、この二人が『絶対に将来は教会騎士様になるッ!』てカンジがしないのに必死こいて剣の腕を磨いていたワケがわかってきた。ここでの成果は成績に加点されるのか。
「じゃあ、僕がセンパイってやつ? 大学では」
「げっ、そーだなぁ。ん? いや待てよ……」
「気をつけて、悪巧みしてるカオだよ」
「よぅし、アンス君。学校ではお互いに助け合おう、今まで以上に!」
「その心は?」
「テスト勉強でオレを助けてくれ!」
「アンタサイドからアンスくんにどんなメリットを提供できんのよ……」
二人共、僕とは歳が離れているせいか子供の言うことだと思って、フランクに話しかけても気にせずに相手をしてくれる。
気のいいお兄さんお姉さんだった。
それに二人はカデットでの強さはトップ層。
僕と闘えば、どちらが勝ちこすかは時の運による。
ほかの生徒とは、年下の僕にやられて、対抗意識を燃やされたり、距離をとられたりで、そこまで会話は長続きしないのだ。
シャッハ先生に教わり出してからというもの、彼女は二刀流にしろと毎回うるさかった。
いい加減、どうにかしようと思い立った僕は、ピンとくるものを見つけたのである。
それが、ウォー・ダートだった。
実を言うと、二刀流は嫌だけど、でも片手剣スタイルならいいと思っていた。
スコダ流武術にはポールウェポンや片手剣もあったからだ。
数は少ないが、道場にもそれなりに片刃片手剣を扱う年長者たちがいた。
僕は彼らに頼み込んで、使い方を教えてもらって参考にした。
そこで見つけたのだ、戦いに投器を用いているスコダ流の術者を。
ケイマンに借りた漫画にでてくる"ニンジャ"も手裏剣を使っていた。
風とも相性がよく、上手く真似できないかな、と考えていた最中だった。
これだ! と一目見てときめいた。
スコダ流にも、ダート術があったのだと。
春が来る前に、僕はデバイスマイスターの試験を受ける。
どうせなら、自分が使う役立つものを作りたい。
それに、やっぱり造るなら武器がいい。モチベーションが上がる。
男に武器造りが嫌いな奴なんていない。
僕はカートリッジシステムを組み込んだウォー・ダートを造り上げ、さらには専用の片手剣も造って、試験に臨んだ。
オスターマン先生のシゴキもあって、僕はなんとかデバイスマイスターになれたんだ。
12歳になった僕は、それまでと比べて魔法の腕がめきめきと上がっていた。
剣術の腕はそう一気に上がるものじゃないので、魔法と比べればそりゃあ伸びはそこまでだけど。
とにかく、魔法の上達に関しては、シャッハ先生というスペシャリストにきっちり教わることができたのもあるし、僕のリンカーコアの性質もあった。
突然変異的に魔力資質が高い人は、最初から馬鹿高い魔力を持っているが、僕はそうではない。
アシー母上とノルデ父上という比較的素養が高い二人から生まれている。
僕は普通に、身体が成長するにつれてリンカーコアの性能も上がっていくタイプだった。
突然変異者ほどではないが、魔力量は生まれつき高く、最終的な伸び値はかなり期待されているようだ。
昔、ひとりで練習していたときに苦手意識のあった魔法も、きっと身体の成長とともにどんどんできるようになっていく。できることが増えていく高揚があった。
高ランクの魔法を使用せず武技を重視した試合形式だと苦戦する人にも、魔法戦だとぜんぜん戦えるようになっていった。
魔法戦であれば、カデットの訓練生はもうほとんど倒せる。
ケイマンやミューズ以外は、僕から容易く1本は取れない。
シスター・シャッハにも、魔法戦であれば、武技の試合よりもよほど食いつけるようになっている。
シスター・シャッハから初めて一本取れたのも、教わったばかりの幻影魔法を使った時だった。
僕の中では、風は音とセットだ。
僕はひとりで風を扱って遊ぶとき、もとから音も同時に操っていた。
"風"の変換資質をもたないシャッハ先生とは、そのへんの感覚がどうやら違っていたらしい。
姿だけでなく音まで混ぜ込んだフェイクに、シスターは引っかかったのだ。
幻影魔法の精度が、とても教わったばかりのレベルではなかったらしく『あなたの器用さには舌を巻きます』と関心されてしまった。