12才は、僕がぐっと魔導師ランクを伸ばした時期でもある。成長の年だったはずだ。
でも、この年は、僕が一番思い出したくない時期でもある。
僕の人生で一番嫌なできごとがあったからだ。
僕は中庭までヴェスタと足を運んでいた。
部屋のなかで遊んでいたけど、話題が『初等科で今なにが流行っているか』に移り、なんでも学校で大流行している"遊び魔法"があって、どうしてもそれを僕に披露したくなったのだそうだ。
「アン兄様、いきますよっ。ふぅ~……"ヘキセン・シュース"!」
『"Hexenschuss.(急性腰痛擊)"』
ヴェスタの体格に合わせて揃えられた長めのダガー型インテリジェントデバイスことロンデルが、『今なんてった?』と聞き返したくなるようなヘンな魔法名をリピートした。
きゅううぅん、と音を立てて、ヴェスタは滑るように僕の背後にまわり、振られたダガーは僕の腰に軽い衝撃を伝えてきた。
「な、なにコレ?」
僕はさすさす、と腰をさする。若干の違和感があったが、まもなく消えていった。
「オトナにしか効かない魔法です!」
「へえ。これが学校で?」
「"びっくり腰"のひとにダメージをあたえます。でも、すぐに回復して、前より症状は良くなるみたいです」
「ほぉん、ジョーク魔法か。で、こいつで先生に不意打ちする遊びが流行ってる、と」
「はいっ!」
「ところでヴェスタ、たぶんそれ"ぎっくり腰"ね」「ぎっくり腰でした」
たしかに子供から見たら腰がびっくりしてそうなった風に見えるよね。
「面白いじゃないか。学校の先生には絶対になりたくないと思ったけど」
「ダンシに教わりましたっ!」
「ほぉぅ……。ま、いいか。僕にも教えて欲しいな」
(シスター・シャッハに効くか試したいけど、殺されるかな……)
「いいですよっ!」
ヴェスタは目をキラキラさせて、僕にジョーク魔法を教えてくれた。
教わる間の、何気ない会話で、僕は尋ねていた。
「そういや最近ヴェスタさ、道場のハナシぜんぜんしないけど。僕に気を使わなくていいんだぞ。フツーに話していいんだからね」
以前は、道場でアレがあったコレが起きた、とよく教えてくれていた気がする。
最近はめっぽう聞かなくなっていたのだ。
「…道場は、フツーです」
「ベルグか?」
「……」
僕はその態度でピンときた。
やっぱりか。
ヴェスタも道場でいじめられているか、馬鹿にされているか。
いずれにせよ、嫌な思いをしているに違いない。
あいつ、僕の次はヴェスタか。
僕とヴェスタは5つも歳が違う。ベルグは僕の一つ下だから、ヴェスタとは4つも離れていることになる。
変わってないなアイツ。4つ下をイビるか? 情けない奴め。
直接、OSHIOKIしにいくか……? いや、流石にムリだな。
僕が動けば、周囲の大人が総動員してジャマをするだろう。
でも、ほうっておけない。
「何されてるのか、教えてくれる?」
「……型がへたっぴだと、ばかにされます」
「型、ね。それなら、僕が教えようか?」
「え?」
「型なら、教えられるよ。自信あるし」
「……でも」
「まずは遊び半分でいいからさ。おやつもって、例の秘密訓練所に行こうよ」
「ひみつくんれんじょ……裏の山のあそこですか?」
「そうそう」
ヴェスタはおやつという単語に反応したのか、やや鈍かったが、首を縦に頷けた。
翌日。ヴェスタはおやつを食べずに我慢して、僕が大学から帰るのを待ってくれていた。
裏山の製材所の空き地で、僕らはポット型デバイスのテラコッタが淹れたチョコレートミルクを飲み、お菓子を食べた。
暑い。夏の盛りだった。
「ヴェスタ、どのくらい型の種類は覚えてるの?」
「ぜんぶは覚えてません」
「そんじゃ、最初に習うあたりからやってみるか」
僕は自分の部屋にしまいっぱなしだった片手半剣を持ち出して来ている。
ヴェスタのロンデルも、練習用の長さに変形しているので問題ない。
「雄牛の構えから始めて、右手の親指を剣の腹に乗せて、振ってくよ~…」
「…はい」
(う~ん、これは)
お世辞にも褒められるようなセンスではない。身体の動かし方、足さばきもまだまだぎこちない。 とはいえ、練習で補えるとは思う。が、ほかの子の成長スピードに追いついて行けているのか、不安だ。
なにより、当人に苦手意識があるのもまずい。あまり剣術が好きではないのだろう。いやいややっているのが伝わってくる。
(せめて、ここでは楽しくやれないかな)
少なくとも、ヴェスタは魔法の練習はキライではない。
僕はとあるアイデアを思いついていた。
数日後、僕らはまた裏山の空き地にやってきていた。
大学の工作室を(勝手に)かりて、せこせこ造っていた秘密兵器が完成したのだ。
僕はデバイスマイスター。ないものは作ればいい。
自作のプロテクター風デバイスを全身に纏い、僕はヴェスタに自慢げに胸を張った。
「アン兄様、なんですかコレ?!」
「ヴェスタと楽しく練習しようと思ってさ。みよ、風を吹き込めば、炎がでるのだ!」
魔力変換資質を持つ者は、無意識に魔力を放出すると炎や電気、風を出してしまう。
適した属性であれば、天性の変換効率となり、資質をもたぬものには真似のできないコストパフォーマンスを発揮する。
だが、その分、純粋魔力の放出は資質のないものより苦手である。
僕は風を出すほうが早い。なので、デバイスで工夫をした。風を吹き込めば、プロテクターが炎に変換してくれる。
シンプルなデバイスだが、それだけしか機能を付加していないので、とても鋭敏に反応してくれる。
「ヴェスタ、魔法を使いながら剣の練習をしよう。それなら、もうすこしやる気がでるだろ?」
「おお、魔法のれんしゅうはすきです」
家伝のスコダ流は教えてもらっていない。けれど、炎を使う表のスコダ流なら、かつて道場で見てきたし、ベルグとの闘いで分析が進み、自分なりに考えてきた。
家伝のほうのいわば"裏のスコダ流"の動きも、ヴェスタと練習してみてもいいかもしれない。
僕はそう思ったのだ。
僕はヴェスタと炎を出しながら、ブンブンと剣を振るって遊んだ。
最初こそクソまじめに型を練習していたが、途中からふざけ合って、オリジナルの型を作って遊び始めたが、これが超がつくほど楽しかった。
ほぼほぼ大喜利みたいになっていったわけだ。
無闇矢鱈に相手に斬られまくる型。
ブンブン振り回すけどまったく相手にあたらない型。
途中で火が花火に変わっちゃう型。
刀身にまとわせた火が虹色に変色する型。
普段大真面目に剣術をやってるヤツほど、こういうくだらないことで笑ってしまう。
「「せーの……っ」」
僕らはお互いに下段から剣を交え、数度交錯させ、最後に胸元で構えて、空に火花を飛ばした。
二つの火線は空中で軽く弾けて、丸い花火を咲かせた。
「アンス、使えるのかッ?!」
突如、背後から父上の声が聞こえたときは、飛び上がらんばかりに驚いた。
なんで、ここに???
我が父、ノルデクス・スコダが、製材所の空き地に立っていた。
予想外がすぎる。こんなところに、居るはずが。
奇天烈すぎる出来事だった。
しかし父の登場になぜか嫌な予感がして、背筋は凍っていった。
「父様、兄様と遊んでいましたっ!」
ヴェスタは空気も読めずにニコニコと父上に走り寄っていった。
なんとなく、僕はそんな穏やかな空気感ではないと、ハラハラしていた。
「いえ、これは、僕が造ったデバイスです。ヴェスタと、型だけ練習しようかと思って……」
父上は僕より遥かな高みにいるデバイスマイスターだ。
2、3度、デバイスを実演してみせたので、恐らくどんなものかわかったはず。
父上のこわばっていく顔から、目をそらしたくなった。
わずかでも期待をさせてしまったのかもしれない。
僕はもう12才。二次性徴が始まる前に、新たな魔力変換資質に目覚めることは非常に稀だが、報告されていないわけではない。
僕が変換資質"炎熱"に目覚めていれば、やはり嬉しかったのだろうか。
でも、その可能性は低いと思う。
炎への魔力の変換は、昔から僕のイチバン不得手な魔法だ。
こんな状況で炎の変換資質が開花するはずもない。そんな自覚があった。
「……そんなものを造って、遊んでいたわけか」
最初はきちんと練習していたんだ。
でも、それを見ていなければ、ふざけ合っていたようにしか思えないだろうな。
「そんなもので、スコダ・フェヒトクンストを賄えると?」
父上はデバイスを起動した。両手で、波打った刀身の長剣"フロレンベルク"を構えて。
おもむろにざくざくと近づいてきて。
「ぐッ」
僕の右腕のプロテクターを打って、壊した。
非殺傷とはいえ、デバイスが壊れるほど打たれれば、相当な痛みがあった。
ヴェスタもようやく状況を理解して、立ち尽くす。
僕は動けなかった。父上が怖かった。
それだけじゃない、いろんな感情が自分の中に渦巻いていて、考えがぐるぐるぐるぐる脳みその中を超光速で回転する。
だが、どれだけその速度が速くなろうとも、僕の体に何らかの行動指針をもたらすことはなかった。
僕は打たれるまま、頭すら痺れたように立ち尽くすほかなかった。
「づぅッ」
左腕のプロテクター、胴のプロテクター、と。全身が打たれていく。
熱い。炎が蠢いている。
父上は剣に炎を巻き込んで、僕を打っていた。
ほとばしる迫力は、夏の暑さと相まって、僕の脳に忘れられない記憶を焼き付ける。
「トウサマ、やめてくださいっ、わたしがわるいんですっ、アンニイサマをいぢめないでくださいっ!」
父上の背中にすがりついて、ヴェスタが泣き出していた。
父上はそれを無視して、僕を打つ。
妹はビービー泣き出した。
やかましい泣き声が耳からざくざくと入り込み、僕の思考はますます痺れていった。
「アンス。いずれベルグを養子にする。あいつに跡を継がせる。お前は自分の道を見つけろ。スコダ流も教えん、諦めろ。家にも、残らなくていい」
「そ……」
なんだよそれ。わかっていたさ。跡を継げないことは。軽口で自虐したりもしてきた。
でも、それを実際に決める権利を持つ父上が、そいつを口にしたとなれば。
話は違う。
ベルグが当主になれば、僕はどう考えたって追い出される。お互いに相手と共存できるなんて思っていない。
あなたも知ってるはずだ。
本当に、本当に、この人は、母上も、どいつも、僕なんて……僕を……。
ギィン、ッと炎の剣を弾いた。
最後に残った右足のプロテクターを父が打ち薙ぐ軌道を、防いでいた。
「なんだその目はッ!?」
僕はできる限りの侮蔑の視線を込めて、父上を睨んでいた。
その気になれば、僕はもうきっとアンタより強いんだぞ、イキがるなよ、って。
怒りで沸騰した脳が、こいつをボコボコにしろよ、できるだろ、と理性を破壊し始めていた。
「いぢめないで! アンニイサマをいぢめたらだめぇっ!」
ヴェスタの泣き声が僕にブレーキを踏ませたのかもしれない。
僕は、最後の一戦は越えられなかった。
頭の中では、思い描いていた。
父上の剣を弾いて、そして、ベルグにはできた冷酷な一閃を、父上にぶちかましてやる。
そんなイメージを強く、抱え込んで。
でも、どうしてもそれを父親には実行できない自分に、イライラした。
けれども、体は動かなかった。
「がッ!」
今までで最も強く打たれ、声が漏れた。
父上はますます怒り狂って、最後のプロテクターを壊したあとも、追撃という名の躾を加えるか、激しく葛藤しているようだった。
「うぅぅ、ぅゎあああん!」『"Hexenschuss.(急性腰痛擊)"』
「がっ、ほあああああっ?!」
そんな父上の背後を、突然の一撃が襲った。ヴェスタが放った、ぎっくり腰にダメージを与えるジョーク魔法だ。
だが、父上は凶悪に顔面を歪ませ、もはや立っていることもできずにその場に倒れ込んだ。
「ぅぅぅえええええん、わぁぁぁぁぁんっ」
なきじゃくりつつも、父上に逆らってでも僕を守ろうとしたヴェスタの姿に、僕までなんだか泣けてしまっていた。
深く心に刻み込んで、実感したんだ。
もしかしたら。
僕に、家にいてほしいと本気で思っている家族は、たぶん……ヴェスタだけなのだ、と。
「ヴェスタァッ!」
少しずつダメージから回復していく父上が、今度はヴェスタに怒りを向ける。
僕の身体はついに万全に動いた。
背中から自作のウォー・ダートを取り出し、強く魔力を込めて、射出した。
「ぐぁっ!」
ダートは狙い通り父上の握っていた剣に当たり、弾き飛ばした。
「うぁぁぁぁん、ううう、アシーお母様呼んでくるもぉぉぉぉんっ!!」
ついには兄も父と喧嘩をおっぱじめると思ったらしい。
ヴェスタは最後の手段にすがるため、だっと駆け出して、一目散に家へと戻っていった。
「ファルヒオン!」
僕はハルプケルルを放り捨て、自作の片手剣型アームドデバイス、"ファルヒオン"を起動した。僕の現在の戦闘スタイルに特化させた、最新の試作品だ。
どうせ家を追い出されるってのなら。どうなろうと構うものか。今の俺の強さを、父上に刻みつけてやる。
父上も素早く剣を拾い、構えた。
「シッ!」
ガキンガキンと鈍い音を立てて、父上がひたすら僕の斬撃を防ぐ。
速く、速く! 速さが僕の武器だ。
攻め立てる。父上は防ぐので手いっぱいだ。
小さい頃、なんどか稽古をつけてもらったときには、遠い存在に思えた父が。
今は、僕の手中にある。
当然だ。魔導師ランクは僕のほうが高い。目算では僕は空戦AAクラス以上だとシャッハ先生に言われている。
「くぉ、ぐぅっ!」
焦る父上の表情が、拭っても拭っても、濁ってみえる。
僕はぼろぼろと涙を流していた。よくわからんが、さっきから無性に泣けて泣けて、涙粒がどうしても止まらなかったのだ。
シャッハ先生の言葉が脳裏で引っかかる。
『自分より魔力の弱いものをいたぶる。それのどこが"騎士"なんだ』と。
父上は、僕より魔力量が低い。
父上は、守るべきものに入らないのか?
なんでこんなこと考えながら、俺はこの人に、こんなことしてるんだ。
僕には父の防御技術を超えるほどの打ち込みができたけれど、それができない。
僕の行動は、中途半端だった。
「やめろ! アンス!」
父上の声色には、若干の怯えが含まれていた気がした。
僕がそうさせた。その事実が、心臓をバクバクとさせる。
もうなにもかもうんざりで、嫌気がさした。
『"Spaltgang.(空洞走破)"』
一気に距離をとり、全開の飛行魔法で僕は空へと逃げた。ぐんぐんと……。
夏休みが明けて、秋。
僕は、オスターマン先生の研究室に入った。
そこで僕は、さっそくとばかりに流体制御型ハプティック・インターフェースの開発チームに抜擢されてもいた。
僕はそれから何度も、例のローデン兄妹とは実験で顔を合わせるようになっていた。
「やっぱり」
「ん?」
「アンス君、ずっと元気ない?」
ルノアちゃんに質問をくらってしまった。
表情には出していないつもりだったが、音だけで世界を拾っている少女にはバレてしまったようだ。
「少しね。ていうかバレちゃったか。見破られたのは初めてだよ」
ちょこっとだけ嘘を付いた。長く接してきたオスターマン先生にはバレてるけど。
でも声だけで、こんなにも短時間で見抜かれたのは初めてだ。それは嘘ではない。
カザル君はオスターマン先生と二人、別室で話をしている。
僕が実験の後片付けをしていたわけだ。
「親と喧嘩して、ギクシャクしたままというか……」
なぜだか、素直に理由を語っていた。
「そうなんだ。また親とけんか、してみたいな」
「え?」
「離婚していなくなっちゃったから……」
これってアレか? 病気のせいで離婚ってやつなのか? 訊けない。あとでカザル君に聞いてみよう…。
「そう、だったんだ。じゃあ、カザル君とは喧嘩する?」
「あんまり」
「あんまり、ってことはゼロじゃあないんだね。じゃあ、一緒だよ。そのうち、いつかは……」
"いつか"もクソもない。僕は家を追い出される。
でも僕はそこで、言葉を切って、言うのをやめた。
「どうやって元気だすの?」
「僕がってこと?」
「わたしは音楽を聴くよ。目が見えるなら、もっといっぱい、わたしより元気を出せる方法があるはず」
「まいった。そうだね、そのとおりだ。僕、もっと探すよ」
「うん…」
最近、ルノアちゃんは僕のことをねほりはほり訊いてくる。
少しは身近な存在になってきたってことなんだろうか。
僕はオスターマン先生とともに、大学の研究室に帰った。
君はわかりやすいな、と先生に笑われた。
僕はまた、家に帰るのが遅くなっていた。
だが、幸いなことに、大学は専門課程に入って、勉強できること、しなくてはならないことが増えた。
僕は逃げるように、それらに打ち込んでいた。
だんだんと、シスター・シャッハのもとへ、騎士見習い教練へと顔を出す回数も減っていった。
あっというまに冬が来た。
大学は冬休みだ。学業が忙しいという言い訳はもう通用しなかった。
僕はしびれを切らしたシスターに呼び出され、久しぶりにリッターレーレへと足を運んでいた。
「アンス、何があったのか、いい加減話してください」
単刀直入すぎるシスターには、奥ゆかしい切り口、というものを期待しても無駄である。
シスターはすでに僕の家庭の事情に詳しく、母上からも色々と聞いているはずである。
諦めて、僕は父上との一件を洗いざらい話さねばならなかった。
「あなたも人生経験を積んで、世の中の一般家庭というものがどんなところかわかってきているでしょうから、今更ながら言いますが。あなたの家はヘンです。そもそも、どうしてあんな家を継ぎたいのですか? 私には理解できませんね」
ほら、こういう事を悪びれもせずに言う。
これぞシスター・シャッハ節、全開である。
「あなたもあなたですよ。子供はいずれ家を巣立って、独り立ちします。ウジウジと悩んでいても仕方ないではないですか。あなたは理由もなく放逐されるのではないのです。寂しくなれば、ときおり父母に会いに顔を出せば良いだけです」
「シャッハ先生も?」
「わ、私はしばらく親のところには帰っていませんね。暇さえあればすぐに見合い話を……ごほん! ほらアンス、ある意味で、あなたは自由です。自らが望んだわけではない自由だというのはわかります、しかし、それは誰もが得られるわけではない特権でもあります。前向きに、自由を謳歌することで人生の見方を変えればよいのです」
「ヴェスタは、僕の妹はひとりぼっちになります。ほうっておけないです」
「…それは、なんとも……しかし、アシー先生は分け隔てなく接するお方でしょう?」
「ヴァルチラ母様とは仲が悪いですよ。とくにヴェスタに関しては、首を突っ込みたがらないところがあります。そしてヴァルチラ母様は……あまりヴェスタに関心が無い……かもです……」
「そんなことはないと……信じたいですが」
「だいたい、家にいないことが多いのですよ? 外泊だって多いし。使用人に陰口を叩かれていますが、根拠のない中傷ではなかったりします」
「……私にはわかりません。ヴァルチラ様のご事情は」
シスター・シャッハはなんだかヴァルチラ様を庇うような態度を見せた。
僕は心外だと思い、続けざまに言葉を繰り出してしまった。
「子供が大事なら、家に居るものでは?」
「先程も言いましたが、怒らないで聞いてください、アンス。もし私がヴァルチラ様のお立場であったら……あなたの家にずっと居られるかわかりません。だって、あなたの家、ヘンですよ……アシー様から色々とお聞きしてきましたが、そら恐ろしいところですよ、スコダ家というのは。いえ、あなたのお家に限らず、古き歴史を持つ方々の家系は、どこもそうなのでしょうね」
僕は軽く衝撃を受けていた。ちょっと単純だが、極めて良識的なシャッハ先生が肩を持つほど、とは。
僕らが家にどれほど比重を置いて生活しているのか、一般家庭がどれほど個人の人生に重きを置くのか、その違いがこの反応に表れていると悟らされる思いだった。
「とにかく、アンス、心を鍛えましょう。剣の腕に秀でずとも、心が強ければ人は生きていけます。その逆はどうにもなりません。いくら闘いの技術が優れていても、心が弱ければ寂しい人生を送ることでしょう」
「その、心を鍛えるために?」
「はい。そのために身体を鍛えるのです。あくまで目的を達成する手段に過ぎません。くれぐれも、闘いで秀でることだけを目的としないように」
「……わかりました」
訓練を終えて家に帰った僕は、自室のテーブルの上に、ぽつんと包み紙が置いてあるのに気づいた。
家を出るときにはなかったものだ。
小さなメモ用紙がくっついていた。
『お前の戦い方には、こちらが向いているだろう』
包み紙を開く。
その中には、緑と黒の迷彩柄でいかにも高品質な素材で造り上げられたウォー・ダートと、シンプルな形状の片手剣が入っていた。
片手剣も洗練された造りで、僕の自作剣とは素材の段階から異なるレベルの仕上がりだった。
僕のファルヒオンは強度の兼ね合いで剣先にもある程度の幅を持たせているので、シルエットはずんぐりしている。
けれどもこちらは恐らく強度の心配が不必要なため、緩やかに反った刀身にしたがうように、流れるようなスリムな切っ先を実現できている。
たしかに、僕の速度と手数を活かしたテクニカルな斬撃には、こちらの片手剣のほうが適している。
十分な予算が揃えば、こういう剣をいつか造りたいと思っていた。そんな剣だった。
『I am Grünspecht(グリュンシュペヒト). Nice to meet you,sir.』
「おまえ、インテリジェント型か」
ウォー・ダートをインテリジェント化か。リッチだね。
『This is Mittelmesser(ミッテルメッサー). We belong to you.』
「……そうか」
僕は自分の部屋で、しばらく立ち尽くしていた。