「ナノヒャ・タカマヒ?」
「戦務長、ナノハ・タカマチさんです」
ベルカの騎士が戦技披露会に殴り込みに行くわけなので、面子というものがかかってくるらしい。
僕はフェディキア教会騎士団のお偉いさんに会議室に呼び出され、要注意人物の解説を受けていた。
戦務総監なんて初めてお会いした。緊張する。
教会騎士団の軍事活動のトップを司る人だ。
今回の戦技披露会は、そんなにも重大案件なのか。
「でも、この子、怪我して出ないってハナシでは?」
そうだ。昨年の冬、そうそうに空の若手No.1と有名だったタカマチナノヒャ三等空尉は、負傷して現場から退いていると聞いていた。
彼女は僕より若くして空戦AAA+ランク。僕よりちょびっと魔力量も高い。
なにもかも格上の相手。
若手では誰もがTOP3に上げるような、ワールドクラスの選手だった。
戦えなくなったのが残念なような、ほっとするような。
「ブラフの可能性がある」「リハビリを初めたという噂や、とっくに現場復帰しているという噂も」
「現場復帰しているのは事実ですね」「では出てくるでしょうね。彼女が空の若手No.1ですから」
「戦技教導隊入りも確実視されてます」「というか現時点でスカウトされているとか」
ほーん、天才ってやつか。そうやって他人事のように会話を聞いていたら、戦務総監に注意されてしまった。
「こらこら、他人事じゃないぞ。アンサルド君も、将来的には教導騎士になってもらわねば困るのだからな」
ピンとこないな…。やっぱり、実戦をバンバンこなしてないと、経験が不足しちゃうのかな。
タカマチさんは実戦経験も豊富だ。
なんど記録映像を見ても、『アレを避け損なったら、オシマイだぞ』と脳裏がヒエヒエになる。
戦うってなると、勝つイメージを練り上げるのに苦労しそうだ。
「もしタカマチさんが出ないとしたら、候補になるのが……」
リストの中に、はやてが見せてくれた人物がいた。
「フェイト・ハラオウン……」
「気になりますか? 彼女も空戦AAA+ランク。12歳という若さで執務官試験に臨んでいる秀才です」
ナノヒャさんも12歳。本局にはバケモンばっかりだなぁ本当に。
そういや、ウチのはやても12歳か。
ただ単にコイツラの世代が化物説、はないか。
「今回のルールは、君のファイトスタイルが有利な試合だ。相手のエースには、君を宛てがいたい。事前に必要な情報があれば、できるかぎり協力しよう。遠慮なく頼ってくれたまえ。いいかね?」
「はい」
悔しいが、僕はスピードを活かし、テクニカルな攻撃の手数でクリティカルを稼ぐタイプだ。
一撃の威力はほかのファイトスタイルに劣りがち。
しかし、今回の試合は威力はあまり関係ない。
クリーンヒットで1本。それを2本先取したほうが勝ち。
U-17の闘いなので、もうすこし年長の部と比べるとやはり安全性に重きがおかれている。
無論、それなりの威力や貫通攻撃ができないとクリーンヒットは難しいが、馬鹿みたいに高火力を出す必要もない。
ナノヒャさんにとってこのルールは不利気味だ。
むしろフェイトさんの方が活躍できる可能性が高い。
と。あれやこれや考えていたのだが。
戦技披露会の開始ひと月前。
出場選手の内示があって、予想は崩れた。
ナノヒャさんは出ない。
だが、もっとヤバいヤツがきた。
クロノ・ハラオウン執務官。空戦Sランクの猛者。
17歳。ルールぎりぎりの年齢。だが、それはいい。
この人は……若手って言っていいのか?
経歴を見る限り……もうベテランの領域じゃないか。
騎士団の人たちも憤慨していた。空の連中、どんだけ負けたくないんだ、って。
そして。
この激ヤバチート野郎の相手は、僕に決まった。
ベルカ側にも、同じく17歳で、ニアSの若手騎士がいたが、そいつはより確実に勝ちを拾いに行く役割に回された。
戦闘の記録映像をみて、納得だった。
チート・ハラオウンは、何百とスティンガーブレイドを超精密にぶっぱなす。
(漫画のキャラかよコイツ!?)
まさしく王道中の王道、正統派で最強候補と言われるミッド流射撃術の使い手だった。
古のベルカの騎士が、かつて集団戦で押されて窮した、ミッドチルダの魔導師そのものだ。
ファイトスタイル的にクロノ氏に対抗できそうなのが、僕だけ、ということらしい。
ひと月しかないが、僕は徹底的に射撃の雨をかいくぐる訓練に、取り組むはめになったのである。
「というか、なんではやては出ないの?」
はやては魔力量がとんでもない。戦技披露会に出られれば100%活躍できるはずだ。
「ウチは犯罪者やからなぁ……」
「へ?」
なにかの冗談だと思ったが、"元犯罪者"だというのは真実だったらしい。
今回の戦技披露会は教会騎士団と本局の面子比べでもある。
清廉な経歴を持つ選手じゃないと相手に噛み付かれる弱みになってしまうかもしれない、ということか。
「せやから、ウチの分までアンスくんには活躍して、ウチの養分になってもらわんと」
「養分って……まあ、貴重な魔法を教えてくれた恩くらいは、返すよ」
僕はまたはやてに魔法を習っていた。
本番まであと2週間もないが、得意な風の魔法なら、なんとか形にできる自信はあった。
今回習ったのは、クロノ氏の飽和物量射撃に対抗するための、カードのひとつ。
万が一のときに、奴の射撃をまとめてなぎ払える、中遠距離の範囲攻撃だ。
「"グローサー・ローター・フレック"!」
『"Großer Roter Fleck.(大赤班)"』
竜巻を身にまとい、風の渦を練り上げる。ここまでは"サイクロトロン・ブレーザー"と一緒だ。
そしてここから、広域範囲魔法として竜巻を切り離して撃ち放つ。
ギリギリまで相手にどちらを放つか予測されない利点がある。
僕が放ったオレンジ色のトルネードは、巨大なハリケーンとなって空を焦がした。
練兵場をふよふよ浮いていたリインさんが「ぴぃゃ~」と言って流されていった。
「ありがとですぅ~」
「すみません」
庭木にぶつかりそうだったので、あわてて加速してキャッチしてあげた。
「アンスくん、無事に魔法が使えたようですね。どうですか? みた限りでは、不足なく使えていたようですが?」
「はい、自信はあります。またひと工夫、ここに付け加えられれば良いのですが……」
「だいじょうぶですよ、練習場はきっちり予約してますから。大会までは好きなだけ練習してください」
「ありがとうございます、リィンさん」
「えっへん。リィンも応援してるのですよ」
「相手がお世話になってるクロノくんっちゅうのは、こう、不思議~な気持ちやけど。アンスくんも頑張ってるし、シグナムやヴィータの生徒やし。こういうのはフェアにせんとな」
「はぁ。すみません、お知り合いの敵になるようなことを、お願いしてしまって」
「あはは、気にせんといて。アンスくんだってウチらの知り合いなんや。全力でがんばってほしいのは本心やからね」
「あざっす」
「遠慮なんかしちゃ、ダメなのですよっ!」
ぶんぶんとハエみたいに頭の周りを回るリィンさんが、ちょっと鬱陶しかった。
僕は耳元で風を起こされるのが、わりとキライなんだ。
試合当日。
ベルカ側とミッド側の選手の観覧席もなぜか近かったのだが、真後ろの席にもずらりと八神家が並んでいる。なんだか、やかましい。
(席、近けぇ…)
「クロノくーん、こっちこっち~!」
はやてが独特のイントネーションで叫ぶ。
黒髪の男が、二人の少女を引き連れてやってきた。
「なのはちゃんもフェイトちゃんも、お久しゅう」
「はやてちゃんひさしぶり~」
「はやて、元気にしてた?」
「そりゃあこっちのセリフやて。でもなのはちゃん、ピンピンしてるな」
「あはは、もうほとんど全盛期なんだけど、ね。でたかったなぁ~」
「だめだよ、なのは。お医者さんの指示は守って」
「はぁーい、自重しまぁーす…」
めざとく対戦相手を見つけたのは、僕がじろじろ見てしまっていたからか。
一目見て執務官だとわかる黒服の青年が、僕に歩み寄って握手を差し出してきた。
「ミスター・スコダ。今日はお手柔らかに」
「こ、こちらこそ。ハラオウン執務官」
「へー、キミがアンサルドくんか」
「ど、どうも…」
金髪ちゃんは物怖じしていたが、茶髪のほうはなんとはなしに喧嘩をふっかけられそうな、おどろおどろしい視線をぶつけてきた。
たぶんコイツがナノヒャだ。
「あなたがナノヒャ・タカマキさんですか?」
「な、なのはです」
「だからアンスくん、なのはちゃんやって。高圧洗浄機みたいな呼び方はいい加減やめたげて~やっ!」
ぽすん、と肩にチョップを食らう。はやてのこういうところ、よくわからない。
「今日戦っていたのは、僕たちだったかもしれませんね」
「…はい、そうですね。わたしが、怪我をしなければ」
「みんなあなたのことを要注意人物だと言ってましたよ。機会があれば、試合に誘ってください」
「ええ、そのときは、よろしくお願いしますね」
金髪ちゃんがアワアワしている。別に喧嘩はしていないのに。
ナノヒャも苦笑している。
フェイトちゃんのほうは、ちょっとヴェスタに似ていて、かわいい。
ペコリと頭を下げられたので、頭を下げ返しておく。
「あっ! あのな、あのな、フェイトちゃん、あのな、アンス君が――」
うっざ! ほんと、はやてはうざいんだよな。
僕には試合がある。無視だ、無視。
なんと言われてようが、無視だ。
集中しろ。
試合が進んでいく。近くに座っていた選手は、みんな砂や泥に汚れて帰ってくる。
帰ってこないものもいた。怪我をして医務室にいるのだろう。
想像以上に接戦が続いている。
ベルカとミッドの威信をかけた武闘なのだということが、嫌でものしかかる。
ぐっ、と両の肩を掴まれ、揉まれる。揉みほぐされる。
誰だ、こんなことするやつは。ヴィータさんか、はやてか?
そう思って振り返って、ぎょっとした。
物言わず試合を眺めるだけの置物と化していた僕を見かねて、まさかのシグナムさんからのボディタッチだった。
「緊張するか? アンス」
「しますよ、そりゃ。みんなボロボロで。僕もボロボロになるくらい、粘れればいいんですが」
「目標が低いな。普段からわたしに勝つと言ってる奴のいうセリフとは思えないな」
「……勝つ!」
「その意気だ。少しはほぐれたか?」
「まさかシグナムさんにこんな…予想外でびっくりしました。びっくりしましたけど、緊張も多少は吹き飛びましたよ」
「そうか……もうじき、だな」
「はい」
シグナムさんは、僕の目の前に、自らの手のひらを差し出した。そして、ほのかに、その上で火が灯る。
「消せ」
「……」
シグナムさんはじっと僕を見つめている。ややして、覚悟を決めた。
僕は小さく揺らめくその火を、魔力の"風"で吹き消した。
「よし。行け!」
背中を叩かれる。
「っしゃあ!」
目の前にバリアジャケットを展開済みのクロノ・ハラオウンが浮かんでいる。
僕も騎士甲冑は着込んである。
「NLO(Non-Lethal Only ルールは非殺傷設定を適用するのみで、何でもアリ)。使用可能デバイスは事前に提示されたもののみ。両者、構えて」
この試合は、クロノ・ハラオウンはデュランダルという超高性能デバイスを持ち込んでいる。
相手はSランク。
だが、互いに魔力量に差はない。
なので、ハンディキャップとして僕が要求したのは、デバイスの無制限の持ち込みだった。
相手が執務官で戦闘経験は豊富。
でも、僕だってデバイスマイスターの強みを活かさせてもらう。
たくさんのウォー・ダートと、いくつかの剣を持ち込んでいる。
クロノ・ハラオウンにはデュランダルひとふりで我慢してもらう。
シャッハ先生の指導を振り返る。
魔力量が同じ相手だ。勝てないなんて思わない。
ミッテルメッサーを握り締める。
「始め!」
「ターク!」
『"T.A.G."(Throttle Control.Air Sprint. Gale Step.)』
「デュランダル!」
『"Stinger Blade Execution Shift."』
一瞬で距離を縮めて、斬る。だが、先生の教え通りに、最初からショートジャンプは使わない。
予想通りだ。
僕を迎撃しようと、何百という空飛ぶ魔力剣が、嵐となって襲ってくる。
青い輝きの雨に、真正面から突っ込む。
『"Stille Wurfpheil.(無音の投矢)"』
牽制にこちらもダートを投げる。牽制用はインテリジェント型だ。自動追尾してくれるし、手元に帰ってきてくれる。もちろん、無音の魔法はかけてあるし、クロノに命中すればカートリッジが炸裂してクリーンヒットは確実だ。
クロノはデバイスから氷の刃を出現させた。万が一の場合は、切り払おうと考えたのかもしれない。だが、奴は数発のスティンガーブレイドを続けざまにダートに命中させて、動きを止めることにしたようだ。
ダートを近づけてはならないと判断したようだ。慎重で、落ち着いている。
僕は必死に避けていた。空中を駆ける。立体的な高速軌道は誰よりも自信がある。
だが。
数が多すぎる。
近づけない。
ここまでの数をときおり斬り払いながら進むのでは、直線的にクロノ・ハラオウンには近づけない。
回り道を強制される分、クロノ・ハラオウンより僕のスピードがいくら速かろうが、さすがに奴との距離を大幅に縮めることはできなかった。奴だってそれなりの速度で後退してくる。
このままでは僕は近づけない。
近くにあった浮遊岩の裏に隠れる。
射撃の名手であるミッド勢相手に遮蔽物ゼロではさすがにベルカの騎士たちに不利だと思われたのか、今回の戦闘ステージは浮遊岩があちこちに浮く演習場が選択されている。
クロノの攻撃もそこで止んだ。
目視していないと流石に狙えない、というわけか。
(幻影魔法…)
フェイクシルエットで、岩から頭を出す。
すぐさまスティンガーレイが飛んできたので、シルエットを引っ込めさせて、消した。
まだ、幻影魔法を使えるとは知られたくない。
(視覚だけか?)
岩の裏に隠れたまま、わざと音を立てる。
直ぐに自分へ向かって、スティンガー・レイが押し寄せた。
さっと避けるも、そのうちの1本のスティンガーは消えなかった。
(いや、これは!)
スティンガーは消えずに、また僕を狙って追尾してきた。
こいつはスティンガー・スナイプだ。
(サーチャーも兼ねている?!)
ミッテルメッサーで叩き切って払う。
(めんどうなッ!)
スティンガー・レイの中にはいくつか目ともなるスティンガー・スナイプも紛れいて、随時僕の位置を確認しているようだ。だが、サーチャーなら、音にも反応するか?
(くるぞ!)
こんな芸当ができるなら、攻撃を休ませる意味がない。
岩の裏に隠れている僕へ、360度、ぐるっと全方向から、スティンガー・スナイプらしき青い光の矢が押し寄せた。
さきほどの飽和弾幕よりは数が少ないが、今度は切って捨てないと永遠に僕を追尾するスナイプ弾だ。
(この岩の裏から……)
先ほど、真正面からではやはり近づけなかった。
なにか工夫が必要だ。
「ミッテルメッサー!」
『Ready』
体に竜巻を纏う。
豪風の刃は、今は僕の防壁になってくれる。
このまま威力を練り上げろ!
四方八方から押し寄せるスティンガー・スナイプは、竜巻に弾き飛ばされる。
取り出したウォー・ダートに、渾身の魔力を込める。
(貫け!)
僕は隠れていた浮遊岩の向こう側にいる、クロノに向けて、放った。
「"ツュクロトロン・ブラツァー"!」
『"Zyklotron Blazar(旋環烈閃)"』
その一撃は一瞬で岩塊を貫通した。ほぼ同時。僕はここで初めてショートジャンプを使う。
ダートの良いところは、砲撃魔法のように、撃ち終わるまで精密に自分でコントロールをする必要がないことだ。
『"Spaltgang.(空洞走破)"』
僕のショートジャンプ魔法である"シュパルトガング"は、シャッハ先生の"旋迅疾駆"とは違い、物質をすり抜けて飛ぶことはできない。だが、その先に空気があれば、空気さえ繋がっていれば、ジャンプ後の位置を詳細に確かめていなくても気楽に飛べる、という利点がある。
僕は岩塊に空いた数センチの穴を通り抜けて、岩の反対側にジャンプした。
クロノの位置を目視、その距離は、数十メートル。
僕は後追いの風魔法で、サイクロトロン・ブレーザーをクロノ・ハラオウンへと軌道修正させた。
彼は事前にラウンドシールドを幾重にも貼っていた。
おそらくは防がれてしまう。
ただ、この魔法は威力が高い。
クロノは全力で防御魔法を使わねば、ヒットするリスクがある。
だから、今がチャンス!
「ターク!」
僕は詰める。詰める。防御中のクロノが苦し紛れにスティンガー・レイを放つ。
だが、今までとは明らかに精度と量が違う。
これで止められるものか!
僕は斬り払いを多めにして、直線的に進む。
しかしそこで、背中に違和感。全部弾いた、はずだ。
振り向くか? いや、せっかく大技を使ったのだ。
ここで詰めそこなえば、チャンスを逃す!
しかし不安だ。ならば、ダートをもう1発。カートリッジを使ってでもッ!
「クリーンヒット!」
背中に、意味不明な、わけのわからない衝撃。
何かが、当たった。命中した。騎士甲冑を抜いている。
「は? なんだよ?!」
ホロスクリーンを見る。
決め手の技名に、"スティンガー・ダガー(不可視の短剣)"とでていた。
(なんだ、それは!?)
実況の声を聞く。
うっすらとは見えていたはずだ、という。
なんだそりゃあ。背中に目なんてねえよ。
それに。
こんなの、実戦じゃ威力なんてない。
試合だからこそクリーンヒットしたが、クロノ・ハラオウンが貫通魔法を付与してたから僕のジャケットを抜けただけだ。
事実、僕は大した衝撃なぞ受けていない。
だが、ヒットはヒットだ。この試合では。
クロノ・ハラオウンを眺める。
これを使う気はなかった、と言いたげな、少し悔しそうな顔ではあった。
だが、ルールは破られていない。
あのとき、振り返っていれば。
焦らず、精密に詰めれていれば。
防げたのか、くそ。僕はあそこまで追い込まれるほど、じれていたのだ。
おちつけ。おちつけ。まだ一本だ。
クロノ・ハラオウン相手に、ジリ貧になるのは予定通りだろうが。
落ち着け……。
「アンにいいいいさまあああああああっ」
ヴェスタの声が聞こえた気がした。
観客席を見る。
ヴェスタ。アシー母上。かつての道場の人たち。ベルグもいそうだな。
みんな見てる。
「2本目、始め!」
僕は開幕から煙幕を使った。
ダートを4本取り出して、幻影魔法をかける。
「いくぞ、グリュンシュペヒト!」
『Yes,sir.』
煙の中から、5人の僕が姿を現し、高速でクロノへと飛翔する。
全員が僕の最高速に合わせている。
クロノが1体に数発のスティンガーレイを当てて撃ち落とした。
しかしそれがダートだとわかると、舌打ちをした。
(そうだ。中身はダートだ。フェイクシルエットだと思って無視してたら、ヒットするぞ)
今回は真っ向勝負だ。幻影を使った攻撃のチャンスはこの1度きり。
クロノにはもう通用しなくなるだろう。
「デュランダルッ」
『"Stinger Blade Execution Shift."』
(またそれか。いや厄介だけどさッ!)
何百というスティンガーレイが押し寄せる。
またたく間にダートは撃ち落とされていく。
自分にも飛来する。もうどれが本体かバレるころだ。
僕はショートジャンプを多用した。
幻影も使う。
ダートも投げる。
機動を交差させる。
ジャンプ。投げる。惑わす。
そして。
「空牙! ……陣風!」
どちらもシグナムさんからパクった使い勝手の良い中距離斬撃魔法だ。
いい加減、切り払うのにも慣れてきた。
切り払うついでに、こちらからも魔力の斬撃を飛ばす。
避けるのと撃つのを同時に行い、近づく。
クロノも負けん気が強いのか、手数を増やして、応戦してくる。
どちらも引く気はない。
(ベルカの騎士相手に、近距離戦でどうする気だ!)
だが、この時点で僕は、クロノが仕掛けていた致命的な罠に気が付いていなかった。
既に気づいているべきだった。だが、風をまとった僕には、それに気づくのに遅れる他なかったのだ。
(冷たいっ)
クロノの眼前に飛び込みかける直前だった。
気づいたときには、ミッテルメッサーに霜が張り付いていた。
(フィールド魔法?! 凍る!? 身動きがっ!)
クロノはデュランダルから冷気を帯びた刃を伸ばした。
(クソが! 負けるか、ベルカの騎士が、得物の振り合いで、負けてたまるかっ!)
しかし、悲しいほど僕の動きは遅くなっていた。
強烈な冷気は、明らかに魔法的なものだ。
熱や運動エネルギーを凍りつかせていく。
もう、クロノの目にも追える程度の速さでしか、僕の身体は動かない。
(刃だ。あの刃にさえ当たらなければ、ヒットはしないはず!)
だが、諦めない。
(ジャミングの霜で邪魔されて魔法も撃てない。なら……)
技術でまかなえ。
(でもあんた、流石に見たことないだろ、スコダ流はよ!)
『"Hineinentwaffnen."(ヒナイン・エントヴァフネン)(武装解除)』
スコダ流には、主にポールウェポンを扱うときに使う武装解除の技がある。
相手の手の内にあえてポールウェポンの柄の方(石突のあるほう)を突っ込み、テコの力を利用して相手の手から武器を剥ぎ取る技術だ。
これは人の握力では逆らえる類のものではない。決まれば、文字通り長柄武器がその手から吹っ飛ぶ。
鞘と刀身で、氷の刃だけは凌ぐ。クロノがとっさに蹴りを入れてくるが、そんなの構うものか。
ミッテルメッサーを放り投げる。
横っ腹に衝撃を受けつつも、僕は奴の武器を、鞘を両手で使って強引に剥ぎ取ってやった。
おかげで、相手も自分も、無手になる。
でも、僕だけが武器をいくつも所持できるルールだ。
「しまッ!?」
気づいたクロノが叫ぶ。遅い。
手で直接、クロノの胸にダートを突き刺す。
ダート内のカートリッジを炸裂させる。
クロノのとっさに張ったシールドなんぞ、たやすく貫いた。
「1本! 決まりました! アンサルド選手が取り返しました!」
「ッしゃあっ!」
歓声が聞こえる。予想外の奮闘に、会場がざわめいている。
当然だ。僕は0ー3で負けると誰もが予想していた。
空戦ランクは高いとは言え、僕は無名だ。
ベルカの狭い貴族界隈では、家を継げない長男として有名だったかもしれないけど、一般人は知る由もない。
『これは驚きですね。ハラオウン執務官は過去になんどか戦技披露会に出場されていますが、1本も取られたことがなかったはずです』
『スコダ選手は、フェディキア出身、14歳。11歳でデバイスマイスターの資格を取得、名門フェディキア大学に通っています。大会に持ち込んでいるデバイスはほとんど自作のようですね』
『スコダ家は非常に長い歴史をもつベルカの名門貴族のひとつです。高級デバイスで知られるスコダ社の大元ですよ』
1本取られたあと、クロノは僕のダートを握って何か考え込んでいた。
不気味だ。
僕はすぐにグリュンシュペヒトに命じて、ダートを回収した。
まだ勝負は終わってない。
あと1本。
魔力は半分以下だ。
僕は大技を使ったが、クロノは温存できているほうだ。
さっきの動きを凍らせるフィールド魔法は、ヤワな消費量ではないだろうけど。
技のひとつひとつの洗練さに、レベル差を感じている。
ガス欠は僕のほうが先にきそうだ…。
「3本目、始め!」
「デュランダル、スティンガーブレイド、アンフィシアターシフト」
『Yes,sir. "Stinger Blade Amphitheater Shift."』
「んだよそれッ」
何百というスティンガーブレイドと、何百と浮かぶクロノの姿。
(てめえ、この規模で幻影魔法も使えんのかよ…ッ!)
もうわけがわからない。
飛んでくる。飛んでくる。
スティンガーレイと、スナイプと、バインドまで混ざっている。
クロノとの距離を半分ほど詰めて、バインドに捕まってしまった。
『"Spaltgang"!』
バインドが身体に収まるまでの、わずかな隙間を狙った。
間一髪間に合って、抜け出す。
しかし、これは運が良かっただけだ。
このショートジャンプに習熟していなければ、もしくは、発動の判断が遅くとも、捕まっていた。
迷っている時間はない。
「"ロンパイア"!」
僕はミッテルメッサーを鞘に収めて、とある用途のために開発した新たな片手剣"ロンパイア"を起動させた。
ロンパイアの形状は独特だ。刀身は三日月のように反り、反りの内側に刃がついている。鎌ほど曲がっていないが、それに近い形状だ。
「おおおお!」
僕は再び、竜巻を体に纏わせる。一切の手加減はない。
練りに練り上げる。クロノのスティンガー・スナイプでは抜けきれない。
(これで十秒、二十秒、時間が稼げるか)
「グリュンシュペヒト、"エコーサーチャー"!」
左手でダートを投げる。
『"Echo Searcher."』
これはミッド式の魔法だ。音波を出して、対象物の距離や方向を調べられる。
すぐに撃ち落とされないように、クロノに直撃しないコースで、高速で射出させる。
(そこか!)
クロノのデュランダルからも、激しく魔力光が漏れている。
撃ち合いか。
Sランク魔導師相手に純粋な魔法の撃ち合いはリスキーだが、ここまできたらやるしかない。
それに、威力の底上げをするために、このロンパイアに切り替えたのだ。信じろ。自分を信じろ。
「カートリッジロード! ひとつ残して、使い尽くせ!」
カートリッジを1発だけ残して、ここで使う。勝負どころだ。ちがう。
勝負どころにもちこんでやる!
「"グローサー・ローター・フレック"!」
『"Großer Roter Fleck.(大赤班)"』
僕が選んだのは、範囲攻撃だ。だが、ひとつ、練習とは違う部分がある。
ロンパイアの刀身が、柄から分離した。
そうだ。こいつは、巨大なブーメランになるのだ。
ブーメランだって、風で飛ばすのは大得意だ。
「翔べえええええッ!」
ハリケーンはクロノとのちょうど中間で炸裂させる。
ロンパイアの刀身は直接、クロノを狙う。
で、僕は。三日月の影を追う。
「"揺らぎ無き氷槍"!」
『"Unfluctuating Ice Javelin."』
とてつもなく巨大で、薄暗く光る、何十という氷柱。
極低温なのは見て取れる。
温度差で空気が悲鳴をあげて、奇妙な音が鳴っている。
向かってくる。こちらへと。
(こいよ!)
クロノとの撃ち合いで、勝てるとは思っていない。
だから僕は、最初から避けるつもりだった。
お互いに大技を撃った後だ。
すぐに大技など出せない。l
だから近づける。
しかし、僕が撃ったハリケーンだって、あっというまに広がっていく。
もうクロノまで飲み込んだ。ヒット判定は当然ない。
もとより、ダメージなど期待していない。
僕はその中を進む。どんな強風が吹き荒れようとも、僕だけは進める。
僕はいつも"ここ"にいるんだからな。
ロンパイアが氷のジャベリンに押され、負ける。
だが、軌道はそれた。僕はショートジャンプで避ける。
「ちッ!」
クロノが僕を迎え撃つ。だが、その精度はズレる。
お前が、さっきやっただろ。
フィールド魔法で、相手の動きを阻害するのは、お前がやっただろ!
このハリケーンの中で、いつものようにスナイプできればお前の勝ちだ!
だが、あたらない。
僕はミッテルメッサーで、クロノの迎撃を弾いて進む。
あと少し。
あと少しだ。
今ダートを投擲しても、当てられる自信は70%ほど。
せめて8割を。その距離を。あと数メートル。
「らぁぁッ!」
「くそ!」
背中から飛来するスティンガー・ダガー(不可視の矢)を切って捨てた。
クロノの驚愕する顔が心地よい。
届いた。届いたぞ。
僕の、勝ちだ!
ここで、放つ!
僕はダートを投げる。最後に一発のこったカートリッジを、ここで使う。
苦し紛れに手を前につき出すクロノの姿が、僕に勝利を確信させた。
『"Stille Wurfpfeil."』
届け。届け。
届いた!
だが、クロノは……やぶれかぶれで、手を突き出したわけではなかったのだ。
「ブレイクインパルス(Break Impulse)!」
固有振動数の増幅による物質破壊。
人体に使えばルール違反だが、デバイスならば問題ない。
ダートは、クロノにヒットする前に破壊されていた。
(あいつ、僕が2本目を取ったあと、ダートを握っていたッ。あのとき、調べていたのか!)
ダートに使われている素材の、固有振動数を。あの一瞬で。先を見越して…。
油断した。あいつに触らせるべきじゃなかった!!
回収すべきだった。すぐに回収すべきだった。
僕のミスだ。まさしく、残心が足りていなかった。
あいつに触らせていなかったら、勝っていたのは、僕だった! 僕だったんだ!!
お互いに疲弊している。
だが、試合はまだ終わっていない。
クロノだって、ブレイクインパルスを撃って、体勢が崩れている。
何をする? 何をする!? 何をする?!
ダートはたった今壊された。また撃っても防がれるか?
空牙や陣風は? あいつのジャケットを抜けるかわからない。
確実なのは。
直接、たたっ斬る!
クロノは無数の矢を放った。
避ける。弾く。
もうお互いに、考えている時間などない。
普段の練習や、直感や、これまでの経験や、意地。
たぶんそういった小さな差の積み重ねが、ここで表れる。
そうであってほしい。クロノとの才能の差だなんて、思いたくない。
僕はあと数歩というところで、残酷な真実に気づいた。
不可視のスティンガー・ダガーが3本、僕の至近距離にある。
そして、僕の腕は2本しかついていない。
鞘と剣で切り払う。しかし、3本目はムリだった。
僕のふとももに、そいつはヒットした。
このスティンガー・ダガーには…。
いやおそらくだが、ほぼ全ての魔法弾に、貫通性能が付与されていた。
なんなんだよ、この男は、ほんとに。
ほんとに……。ずるいだろ……。
「決まりました! 1本! クロノ・ハラオウン選手が取りました! 2本先取!」
この差は、才能ではなかったのだと、信じたい。
「勝者は、クロノ・ハラオウン選手です!」
またまた、歓声が沸く。
しかし、クロノから1本取った時とは全然違う。
僕には、その声の波が、冷たく感じられていた。
ああ、ああ、くそ、くそ、くそ!!
クロノは、ダートを1本破壊するので、精一杯な表情だったじゃないか。
続けざまに放てばよかったんだ。一度壊されたからって、なぜ僕はダート投擲を諦めたんだ。
続けざまに2本、3本と放っていたら、当たっていたかもしれないじゃないか……。
泣くかよ。我慢しろ。
抑えられない。
何もできずにボロ負けしたのだったら、ここまで悔しくなかったかもしれない。
だが、自分のミスで、拾えたかもしれない勝ちを逃した。
畜生。止められない。涙が、溢れる……くそが!
競技場に立ち尽くす。
気づいたクロノが、僕の涙を他人に見せないように気遣ってくれた。
「正直、君を見くびっていたよ。なんども冷や冷やさせられた。いい試合だったな」
「……はい、ありがとう、ございました」
「こちらこそ、ありがとう。良い経験ができたよ。武器を奪う技、あれはなんだい? よかったら教えてくれ」
「…いやです」
「は、ハハッ。元気だな、大丈夫そうだ」
「……く……ッ」
ぽんぽんと背中を叩かれ、クロノさんに促されて僕はフィールドを後にした。
会場の席にもどると、みんなに褒め讃えられた。
自分の実力以上を出せていたんじゃないか? と。
そうかもしれない。僕は、僕があんなに強かったなんて、知らなかった。
あんなに勝負に執着して、負けたあとに泣いたのなんて、初めてだった。
あの時、冷たく感じた歓声だが。
そうではなかった。
頭が冷えた、次の日。
ネットやニュースでは、僕の情報が流れていた。
曰く、フェディキアの神童。
デバイスも自作して臨んでいた、騎士団の若き逸材。
ハラオウン執務官に恥をかかせた、だの。
フェディキアのフォーゲル・グライフ(怪鳥)だの。
無様だっただの、負けてざまぁだの、そんな恐れていた文句は、圧倒的な賞賛のコメントで押し流されていた。
突如現れた、文武両道の才気。
フェディキアの神童……か。
シャッハ先生は、とても喜んでくれた。
試合のダメ出しは、みっちり1時間も続いたが。
で。ようやく、時系列は15歳、現在の俺に戻ってくる。
戦技披露会で世界に名を売ったけれども。
それでも、ベルグが養子に来て当主を継ぐというイベントは変えられなかった。
なので。
僕が壊れて、シグナムさんに求婚に走った、と。
周囲はたぶんそう思っている。
すまない。途中からずっと昔話が続いていたよね。
いつまで自分語りすんねん、ときっと思っていたと思う。
付き合ってくれてありがとう。
こっから時間軸は戻ります。
にしても。
フェディキアの神童から、壊れてシグナムさんに求婚したヤツ、か。
落差キツイっす。
まあでも、完全に間違っては、いないのか……な。
ここまで読んでくださった方には、ありがとうございます、とお礼を言いたいです。
ここまでが前編です。
後編を書ききったら、また投稿します。