第二十八話 仮面と本心
翌朝、エルヴィンからの指令が隠れ家へ届いた。現在の拠点は直ちに破棄し、別の隠れ家へ移るようにという通達だった。リヴァイが全員へ内容を伝えるのを聞きながら、ディエゴは昨夜、森でヴァレンタインに告げられた言葉を思い返していた。
親玉が動くという予告は、早くも現実になろうとしていた。ただし、ここで知っている顔をするつもりはなく、ディエゴは他の者たちと同じように荷物をまとめた。実験の道具や必要な物を運び出すと、一行はそれまで使っていた建物を離れた。
移動と並行して、エレンとヒストリアの身柄を狙う相手を誘い出すための囮作戦も進められた。ジャンがエレンの、アルミンがヒストリアの身代わりとなり、リヴァイたちはその動きを追っていた。本物の二人は先に新しい隠れ家へ入り、ヒストリアの護衛を務めるディエゴが、そばへ残ることになった。
新しい拠点の一室には、古いテーブルと椅子が置かれていた。前日の疲労がまだ抜けきらないエレンは、淹れられたコーヒーへ手を伸ばし、向かいのヒストリアは両手を膝へ置いている。ディエゴは窓の外を確かめてから席へ戻り、二人と同じテーブルについた。
しばらくは、部屋の外から聞こえる音に耳を澄ませながら、誰も話さずにいた。ヒストリアは何度か口を開きかけ、そのたびに視線を落としていたが、やがて意を決したように顔を上げた。
「……幻滅した?」
エレンはカップを置き、何のことか分からないという顔をした。ディエゴも彼女へ目を向けたが、すぐに答えを返すことはなく、続きを待っている。ヒストリアは二人の視線を受け、膝の上で指を握った。
「クリスタ・レンズみたいな、いい子じゃなかったから。自分のことを話して、あの名前をやめたら……私って、本当は空っぽなんだなって思って」
口にすると、自分で考えていたより情けない話に聞こえた。それでも、もう取り繕って曖昧に笑うことはできず、ヒストリアは二人を見つめたまま返事を待った。クリスタではない自分に、どんな価値があるのかを知るのが怖かった。
「別に、幻滅なんかしてねえよ」
エレンは少し考えてから、いつもの調子で答えた。慰めの言葉を選んでいる様子もなく、本人がどう感じていたのかを、そのまま口にしているようだった。
「正直、前のお前は、何を考えてるのか分かんなくて苦手だった。いつも人のために動いてたけど、本当にそうしたいのかどうか、よく分かんなかったし」
「……そうだったんだ」
「今は普通のやつだよ。自分で悩んだり、腹を立てたりするんだって分かったから、前より話しやすい」
ヒストリアは一度目を瞬かせ、少しだけ肩の力を抜いた。普通と言われて安心するとは思わなかったが、何かを演じ続けなければ受け入れられないわけではないと、その言葉で感じられた。それから、もう一人の相手へ恐る恐る目を向けた。
「ディエゴは……どう思う?」
問いかけた途端、エレンへ聞いた時よりも胸が落ち着かなくなった。傲慢で不遜で、時には冷酷なほど他人を切り捨てるくせに、とてつもなく強く、目を引かずにはいられない男だった。その彼が自分に対しては妙に優しく、怖がっていることや言葉にできない思いまで汲み取ろうとしてくれる。
血筋を利用できるからではないかという疑いは、ヒストリアの中にも残っていた。それでも、向き合って話を聞かれ、必要な時には言葉だけでなく行動でも守られると、疑っている自分の方へ嫌気が差してしまう。似た境遇を知る者にしか言えないことまで話してくれる彼が、自分をどう見ているのかを、どうしても知りたかった。
「人は、見せている面だけがすべてではない」
ヒストリアはその言葉を聞き、はっと顔を上げた。訓練兵団へ入った頃、彼がユミルへ同じことを言ったのを思い出したのである。当時は自分へ向けられた言葉ではないと思っていたが、今は、その意味が胸の内へ落ちてきた。
「だが、クリスタとして生きていたお前まで、無価値になるわけじゃあない」
ディエゴは彼女の目を見たまま、落ち着いた声で続けた。いい子を演じていたのだから本当ではないと、ヒストリアが自分で捨てようとしているものを、一つずつ拾い上げるような話し方だった。
「お前の人生を考えれば、あれは努力の結果だ。誰にも必要とされないと思わされながら、それでも他人へ優しくしようとした。素晴らしいことだと思うし、オレには憧れもある。羨ましくさえ思う」
「……羨ましい?」
ヒストリアは思わず聞き返し、エレンも驚いたようにディエゴを見た。誰かの生き方を羨むような男には思えず、その相手がヒストリアだと言われれば、なおさら意外だった。エレンはカップから手を離し、身を乗り出した。
「お前、そんなところまで考えてたのか」
「オレも、父に捨てられた身だからな」
ディエゴは短く頷いてから、自分の過去へ話を移した。いつものように誇るためでも、他人を見下すためでもない口調に、ヒストリアは黙って耳を傾けた。
「極貧の母は、オレのためにクズどもへ身体を差し出せと要求され、それを拒んだ。その後の暮らしは、一時期、悲惨の一途を辿ったよ。オレが神童と呼ばれるようになるまではな」
ヒストリアは膝の上で握っていた手を緩め、気持ちを落ち着けようとテーブルの縁へ置いた。昨夜聞いた、親に捨てられたという短い言葉の向こうに、そんな日々があったのだと知った。エレンも何かを言おうとしかけたが、ディエゴが話を続けたため、そのまま口を閉じた。
「だが、ヒストリア。お前のように、他人へ優しさを与える生き方を、オレはできなかった」
ディエゴはテーブルの上へ手を伸ばし、彼女の手を取った。ヒストリアは驚いて指を動かしたが、引っ込めることはできず、そのまま彼の目を見つめた。握る力は強くなく、逃げる必要などないのだと伝えるような、穏やかな触れ方だった。
「その上で、お前は今、自分をさらけ出して、真正面からオレたちへ向き合っている。だからオレは、お前を尊敬する。自分の人生を懸けて守りたいと思っている」
エレンは二人を見比べながら、よくそんなことが言えるものだと内心で呆れた。言葉の内容を笑うつもりはなかったが、目を見て手まで握り、少しも照れずに言い切る態度には、ついていけなかった。一方のヒストリアは、返事をすることさえ忘れたように動かなかった。
少しの間が過ぎてから、彼女の目に涙が浮かんだ。頬へ一筋流れ落ちたのを見て、エレンは慌てて椅子から腰を浮かせる。ヒストリアは自分が泣いていることにも、すぐには気づいていないようだった。
「おい、何泣いてんだよ……」
「違うの……嬉しいんだよ…私のことを、こんなに見てくれる人がいて…」
ヒストリアは涙を流したまま、笑っていた。いい子でなければ生きている意味がないと思い込んでいたのに、そのために重ねた努力まで、なかったことにしなくていいと言われた。空っぽなのだと話した自分へ、見ていたものがあると返してもらえたことが、たまらなく嬉しかった。
少し上向いた顔から、潤んだ瞳がディエゴを見つめていた。普段は彼女を特別に意識していないエレンでさえ、一瞬言葉を失うほど、その笑顔には目を引くものがあった。ヒストリアは周囲を見る余裕もなく、握られた手へわずかに力を返した。
ディエゴは何も言わずにハンカチを取り出し、頬を伝った涙を拭った。それから彼女の頬へ手を添え、真正面から顔を覗き込む。ヒストリアはその視線を受け止めたまま、呼吸を止めるように唇を閉じ、ゆっくりと目を伏せた。
エレンは椅子を大きく鳴らし、わざと音を立てて座り直した。向かいの二人が何をしようとしているのか、さすがに分からないほど鈍くはなかった。狭い部屋にいる三人目を忘れられても困ると、遠慮なく声を出した。
「…あー!いちゃつくなら、よそでやってくれねえかな!?」
「ち、違う! そんなつもりじゃ……!」
ヒストリアは飛び上がるように身を引き、顔を真っ赤にした。何が違うのか説明しようとしても、さっき自分が目を閉じかけたことを思い出すと、言葉が続かない。ディエゴの方は、次にエレンが目を向けた時には、何でもなかったような顔でコーヒーを飲んでいた。
その時、外から複数の足音と、短く交わされる声が聞こえた。
「わ、私迎えに行ってくる!!」
ヒストリアは助け舟を見つけたように立ち上がり、戻ってきた者たちを迎えようと扉へ向かった。頬の赤さも、胸の内に渦巻いているものも見られたくないらしく、振り返ることなく部屋を出ていった。
「……絶対お前のこと好きだよな、ヒストリア。いくら何でも、オレにだって分かるぞ」
エレンが声を落として言うと、ディエゴは鼻を鳴らした。カップを置く手にも表情にも、先ほどのやり取りに動揺した様子はなかった。
「護衛対象だからな。信頼を得られたなら何よりだ」
エレンは、それだけで済む話ではないだろうと思った。何か裏があるようにも感じられたが、男女の間に起きていることについて、この男へ口を挟んでも敵わない気がした。結局、それ以上は言わず、戻ってきた仲間の声へ耳を向けた。
もちろん、ディエゴには裏があった。むしろヒストリアへ向けた態度に限れば、裏しかないと言ってもよかった。前の世界で財産目当てに年老いた女と結婚し、毒殺して富を得た男にとって、甘い言葉をかけることは、それほど難しい仕事ではなかった。
心に寂しさや孤独を抱えた女へ安心を与え、心を許させ、その先にあるものを奪うという生き方をしてきた。語った過去が半分事実であっても、それを今この場で話した理由まで、純粋である必要はない。ヒストリアへ差し出した敬意も約束も、彼女を自分へ向けさせるために選んだものだった。
ただ、同じことがどうしてもできない相手が、一人だけいた。サシャを前にすると、こうした言葉を用意するより先に、いつもの自分が口を開いてしまう。なぜなのかはうまく言葉にできないが、あの女の前では、取り繕わなくてもいいような気がしていた。
ディエゴはその考えを途中で切り、部屋の外へ目を向けた。今、考えておくべきなのは、戻った者たちが何を連れてきたのかということだった。椅子を引いて立ち上がると、廊下から聞こえるリヴァイの指示へ耳を澄ませた。
*
戻ってきたのは、リヴァイとハンジに、ジャン、アルミン、ミカサ、サシャ、コニーを加えた面々だった。身代わりの役目を終えた二人は、変装に使った物を片付けながら、まだ落ち着かない顔をしている。その後ろでは、中央憲兵のサネスと、もう一人の捕虜が拘束されたまま連れてこられていた。
囮を巡って動いた相手から、情報を引き出す必要があった。捕虜たちは別々に扱われ、サネスを連れたリヴァイとハンジは、地下へ続く階段へ向かう。ディエゴがその様子を見ていると、リヴァイが振り返った。
「お前も来い、ディエゴ」
「オレが、ですか?」
「何となくだが、お前はこういうのに抵抗がねえだろ」
ディエゴは一瞬目を細めてから、笑った。何をするつもりなのかは、サネスの顔と、地下へ運ばれていく道具を見れば察しがつく。断る理由もなかったため、そのまま二人へ続いた。
「ひどい偏見ですね。……まあ、当たっていますが」
サシャは階段へ向かうディエゴを見て、不安そうに口を開きかけた。捕虜を地下へ連れて行く理由は分かっているし、彼が何をするのかも、想像できないわけではない。その視線に気づいたディエゴは、段を下りる前に振り返った。
「サシャ。オレの代わりに、シルバーバレットの世話を頼む」
「え……私、ですか?」
「お前の言うことなら聞くようだからな。頼めるか?」
サシャはきょとんとした後、すぐに胸を張った。ディエゴの愛馬を任されたことが嬉しかったらしく、先ほどまでの心配そうな顔に明るさが戻る。彼の返事を待つより先に、必要な物を取りに行こうと身体の向きを変えていた。
「任せてください! ちゃんと見ておきます!」
サシャが足早に厩の方へ向かうと、ハンジはその背中を見送り、ディエゴへ目を戻した。これから地下で何が聞こえるかを考えて、離れた場所へ行かせたのだと気づいたらしい。口元に笑みを浮かべ、わざと少し顔を覗き込んだ。
「優しいところがあるんだね。意外と!」
「……別に」
ディエゴは短く答え、そのまま階段へ足をかけた。ハンジがさらに何か言おうとすると、先に下りていたリヴァイが、振り返りもせずに口を挟んだ。
「そいつは、あの芋女には弱い。何かやらかしたらあいつにチクれ」
「なるほど、それはいいことを聞いた!」
ハンジは声を上げて笑い、ディエゴは二人へ呆れたような視線を向けた。否定を重ねるのも面倒なのか、それ以上は相手にしようとせず、地下の扉へ手を伸ばした。
「さっさとやりましょう。話があるのは、こっちの男でしょう」
階段の上にいたヒストリアは、そのやり取りを黙って見ていた。自分へ向けられる態度より、サシャと話す時のディエゴの方が、少しだけ気負いがないように思えた。優しい言葉をたくさんかけてもらったばかりなのに、あの短い会話が、なぜか羨ましく感じられた。
*
地下の部屋では、サネスが椅子へ拘束されていた。ハンジは彼の手を取り、ニック司祭へ加えられたことを思い出させるように、爪を一枚剥がした。悲鳴が壁へ反響した後も、彼女は目を逸らさなかった。
「ニックの時には、十枚とも剥がしたんだってね」
サネスは荒い呼吸を繰り返し、ハンジを睨んだ。問いを向けられてもまともに答えず、王政のためにしてきたことを裏切る気はないと、歯を食いしばっている。リヴァイが顔を殴り、改めて質問をしても、その態度は容易には変わらなかった。
ディエゴは二人のやり取りを聞きながら、部屋の中を見回していた。棚には古い道具や、ここが何に使われていた頃のものか分からない品が残っている。使えそうな物を一つずつ確かめている間にも、椅子の方からは短い悲鳴と、吐き捨てるような返事が聞こえていた。
しばらくして、リヴァイが自分の手へ目を落とした。手袋の一部が破れており、指を動かして確かめると、舌打ちをしてサネスから離れた。
「替えの手袋を探してくる。その間は頼むぞ」
「分かったよ」
「ええ。こちらは任せてください」
リヴァイが階段を上がっていくと、ディエゴは棚から見つけた物を手に取り、サネスへ近づいた。ハンジもその手元へ目を向けたが、何をするつもりなのかと尋ねることはなかった。サネスは顔を上げ、新しく前へ立った男を、腫れた目で見返した。
「サネス。これが何か、分かるか?」
差し出された物を見て、サネスはしばらく黙っていた。見たままを答えれば済む話なのに、何を聞き出そうとしているのか分からず、余計な警戒が先に立った。それでも、ディエゴが手を引かないため、掠れた声で答えた。
「……釣り糸と、眼鏡……?」
「そうだ。なぜこんな物が、この部屋にあるのかが分からない。あんたは知っているか?」
サネスはこんな意味の分からない問答へ残った体力まで使う気にはなれず、返事をせずに顔を背けた。どちらを何に使うのかを考えるより、次に来る痛みへ備えようと、肩へ力を込めた。
「そうか……分からないか。なら、両方使うか」
ディエゴが身を寄せた瞬間、サネスは鋭い痛みに身体を跳ねさせた。瞼にかかった釣り針と糸に引かれ、目を閉じようとしても閉じられなくなる。正面にあるランプの光が視界へ入り、眼鏡をかけられたことまで理解した時には、顔を背けることもできなかった。
悲鳴を上げようと口を開くと、すでにハンジが猿轡を噛ませていた。声は布に塞がれ、意味のある言葉にならず、喉の奥でくぐもった叫びへ変わる。ディエゴはその前に立ち、答えを急かすでもなく、サネスの顔を見ていた。
*
一階には、地下から漏れる声が届いていた。エレンたちはテーブルの周りで待っていたが、下で何が行われているのかを忘れられるほど、厚い床ではなかった。戻ってきたリヴァイは替えの手袋を確かめた後、コーヒーの入ったカップを手に取った。
「全く……オレは巨人を倒すつもりだったんだけどな」
ジャンは椅子へ深く腰をかけ、床へ目を落とした。何を相手に戦っているのかを整理しようとしても、聞こえてくるのは人間の声でしかない。囮として連れ回された時の疲労とは別の重さが、顔に浮かんでいた。
「いつの間にか、敵が何なのか分かんなくなっちまってる。何でオレたちは、こんなことに手を染めてんだ?」
「しょうがないだろ……オレたちは、クーデターをやってるんだ」
エレンは低く答え、カップの縁を見つめた。気にせず聞き流せるわけではなかったが、今ここでやめたところで、相手が自分たちを見逃すとも思えなかった。ジャンに向けてというより、自分にも言い聞かせるように続けた。
「エルヴィン団長の計画通りなら、まだまだこんなもんじゃ済まねえよ」
アルミンは何かを言いかけ、そのまま黙った。ミカサも腕を組んだまま目を伏せており、簡単に答えが出る話ではないことは、誰にも分かっていた。その沈黙の中で、不意に地下から聞こえる声の質が変わった。
何かを叫んでいることは分かるのに、言葉の形が聞き取れなかった。苦しげな響きに加え、床を通じて一定の間隔で振動まで伝わってくる。エレンは眉を寄せ、足元へ目を向けた。
「……何だ、こりゃ?」
ジャンも気づいたらしく、椅子の脚から伝わる振動を確かめるように姿勢を変えた。誰かが暴れている音にしては、妙に拍子が揃っている。リヴァイはカップから口を離し、近くにいたコニーへ目を向けた。
「コニー。何をしているのか見てこい」
「わ、分かりました」
コニーは慌てて立ち上がり、地下へ続く階段を下りていった。足音が消えてから、しばらく待っても戻ってくる気配がない。それどころか、サネスのくぐもった声は相変わらずで、床を伝わる振動は、先ほどより大きくなっているようだった。
リヴァイの指が、カップの持ち手で止まった。規則的な音がもう一度響き、その合間に、なぜか靴底を擦るような音まで混じる。彼はカップを置き、椅子を引いて立ち上がった。
「……何をやってやがる」
階段を下りるにつれ、足音とは別の拍子が、はっきりと耳へ届くようになった。リヴァイは地下の扉の前で足を止め、中から聞こえる声を一度確かめた。それから取っ手を掴み、勢いよく扉を開けた。
「うんごォオオオオオオッ!!」
部屋の中央では、瞼を糸で引かれたサネスが、猿轡を噛んだまま叫んでいた。身体をよじるたびに椅子が揺れ、脚が床を打っている。だが、階上まで響いていた拍子の正体は、それだけではなかった。
その前で、ディエゴが両足を開き、膝を落として床を踏んでいた。隣のハンジも同じ拍子で足を動かし、少し遅れてコニーが、それを真似るように肩を揺らしている。見に来いと命じられたはずの男が、報告を忘れ、二人と並んで踊っていた。
靴底が床を打つたびに、ズッダン、ズッダンと重い音が響いた。ディエゴは顎を上げ、胸の前で腕を交差させたかと思うと、腰を大きくひねって上体を横へ流した。ハンジはその動きへぴたりと合わせ、コニーも遅れまいと身体を傾けた。
次の瞬間には三人の腰がグインッと戻り、両腕がバッ、バッと左右へ振られた。足を入れ替えて肩を沈め、また顔を上げる動きまで、妙に揃っている。サネスも椅子の上で身体を跳ねさせていたため、扉から見れば、四人が異様な拍子に巻き込まれているような光景だった。
コニーは一拍遅れてリヴァイへ気づき、腕を上げた姿勢のまま固まった。ハンジも顔を向け、ディエゴだけが、最後の足運びを終えてから何でもない顔で立ち直った。リヴァイのこめかみには、はっきりと血管が浮いていた。
「遊んでんじゃねえぞ」
低い声に、部屋の中の動きが止まった。サネスのくぐもった呻きだけが残り、コニーはようやく自分が何をしに来たのかを思い出したらしく、慌てて姿勢を正した。ハンジが何かを説明しかけても、リヴァイの目を見て口を閉じた。
「す、すみません……!」
コニーは頭を下げ、逃げるように部屋を出ていった。リヴァイは残った二人を順番に睨み、情報を得るために連れてきたのだということを、改めて目で伝えた。ディエゴは肩をすくめ、ハンジは一度咳払いをしてサネスへ向き直った。
*
しかし、その後もサネスは容易には話さなかった。痛みと疲労で声は弱っていたが、秘密を守ることが自分の役目だという思いは、まだ残っていたらしい。ハンジはしばらくその顔を見てから、リヴァイへ目を向け、別の方法を試すことにした。
仕掛けを片付けられ、猿轡を外されたサネスは、部屋へ一人残された。扉の向こうへ足音が遠ざかると、椅子へ身体を預け、ようやく呼吸を整えようとする。その時、廊下から、聞き覚えのある声が近づいてきた。
「もう、知っていることは全部話しただろう。これ以上、オレに何を言わせたいんだ」
もう一人の捕虜、ラルフの声だった。サネスは顔を上げ、閉じられた扉を見つめた。続いて聞こえたハンジの返事は、彼の話したことを、すでに確かめ終えたような調子だった。
「分かってるよ。君は協力してくれた。後は、サネスの方が認めれば済む話なんだ」
「あいつが黙ってたって、もう同じだろう。オレまで、これ以上付き合わされるのはごめんだ」
サネスは椅子の背へ身体を預けたまま、動かなくなった。自分が歯を食いしばって守り続けたものを、仲間はすでに話していたのだと、その会話は告げていた。痛みを堪えてきたことも、王政への忠誠も、今この瞬間、役に立たないものへ変わっていくように感じられた。
だが、扉の外でラルフが口にしていたのは、ハンジに用意された文面だった。脅され、紙へ目を落としながら読み上げていることも、声を届けるためにわざと扉の近くを通らされていることも、サネスには見えなかった。彼に分かったのは、信じていた相手が自分を置き去りにしたということだけだった。
やがて扉が開き、ハンジたちが戻ってきた。サネスはもう、先ほどのように顔を上げて睨もうとはしなかった。ハンジが椅子の前へ立つと、疲れきった目をわずかに動かし、返事をするために唇を開いた。
「レイス家について、話してくれるかな」
サネスは一度目を伏せ、何かを諦めるように息を吐いた。身体へ加えられた痛みでは剥がれなかったものが、仲間に裏切られたと思ったことで、崩れていた。掠れた声で出てきた言葉は、それまで彼が守り続けていた秘密だった。
「レイス家が……本当の王家だ」
ハンジの記録する手が、一瞬止まった。リヴァイも黙ってサネスを見つめる中、ディエゴは、初めてその事実を聞いた者の顔を保っていた。