Attack on Dinosaur   作:&劉

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第31話 男の世界②

 

 

 リヴァイが窓の向こうへ消えたあとも、ケニーはその行方を追わなかった。逃げる背中を撃つより先に、正面の男へ向けた銃口を動かさないことの方が大事だった。酒場の外では、先ほどまで続いていた悲鳴がまばらになり、その合間に、何かが屋根を転がる鈍い音が聞こえていた。

 

 頭を下げていた男は、ふと思い出したように顔を上げた。その仕草には、命の奪い合いを前にした気負いも、相手を見下す気安さもなかった。丁寧な応対を一つ忘れていたというような声で、ケニーへ告げた。

 

「申し遅れました。自己紹介させていただく。オレの名は、リンゴォ・ロードアゲイン」

 

 ケニーは鼻で笑い、男の足元から顔までを見直した。外へ出ようとするたびに元の場所へ戻されていなければ、こんな挨拶へ付き合ってやるつもりはなかった。だが、不可解な力で逃げ道を塞いだ当人が、これほど律儀に名乗ることには、かえって興味が湧いていた。

 

「へっ、芝居がかった野郎だぜ。本当に気狂いだが、興が乗ったんで応えてやるよ。オレはケニー・アッカーマン。第一憲兵隊の隊長だ」

 

 リンゴォはその名を聞き、小さく頷いた。探していた相手をようやく見つけたというより、すでに確信していたことを改めて確かめるようだった。ケニーの銃を警戒しながらも、視線はまっすぐその目へ向けている。

 

「あのお方から教えていただいた人間で、間違いなさそうだな。オレはヴァレンタイン氏のもとで働いている。君が立場まで明かした以上、こちらも所属と能力を語らなければならない」

 

「ああ? 何を言ってやがる」

 

「戦いには公正さが必要なのだ。公正さは、負い目のなさでもある。それは、精神力に直結する」

 

 これから撃ち合う相手へ能力を明かすことを、リンゴォは不利になる行為だとは考えていないらしかった。むしろ、伏せたまま銃を抜くことの方が、自分にとって障りになるという口ぶりだった。

 

「オレは二十数年前、一度死んだあとに、この壁の中へ生まれ変わった。そして、前世で持っていた力を、こちらにも引き継いでいる。オレは『スタンド使い』だ」

 

 ケニーは片眉を上げ、銃を握る手へ力を込めた。生まれ変わったという馬鹿げた話をしている間さえ、その目に迷いや嘘を隠す揺らぎは見えない。

 

「生まれ変わりに、『スタンド使い』だあ? 小説の読みすぎなんじゃあねえのか、お前」

 

「能力の名は『マンダム』。時間を、ほんの六秒だけ戻すことができる。それより遅くもなく、早くもなく、キッカリ六秒だ」

 

 ケニーは帽子のつばへ指をかけ、被り直しながら笑った。おとぎ話のつもりなら、子供にだってもう少しましな筋を考えるだろう。だが、笑い声を上げる一方で、さっきから自分の身へ起きていたことが、その一言で説明できてしまうのも分かっていた。

 

「こんな話、ガキに言ったって信じやしねえぜ」

 

 扉へ向かって歩いた記憶はあり、外の空気が肌へ触れた感触まで残っている。それなのに、気づいた時には、店の奥でこの男と向かい合っていた。ケニーは床板へ目を落としかけて思い直し、相手の手元を視界に収めたまま、口の端を歪めた。六秒という長さを、自分が入口へ向かうのに使った時間へ重ねれば、ひどく嫌な納得があった。

 

 追い返されていたのではなく、進む前へ戻されていたというのなら、何度試しても同じ場所へ立たされるはずだった。目の前の男を殺さない限り出られないという言葉も、もはや単なる脅しでは済まされなかった。

 

「殺し合いがご所望ってんなら、望みどおりにしてやりたいが、聞かせな。あんたの目的は何だ?」

 

「このオレを、殺しにかかってほしい。公正なる果たし合いは、自分自身を人間的に生長させてくれる。卑怯さはどこにもない、漆黒の意志による殺人は、人として未熟なオレを精神的に高めてくれるのだ」

 

 仕事のために人を殺す者も、恨みや欲に突き動かされる者も知っているが、今の言葉をこれほど真面目に口にする人間には覚えがなかった。相手を殺し、自分も殺されるかもしれないことまで含めて、この男は必要なものとして受け入れていた。

 

「本物の『いかれ』だぜ、あんた」

 

「そうかもしれない。だが、オレにとって、これは修業であり、神聖なものなのだ。だから、君へ能力を包み隠さず教えている。能力にも、目的にも、オレに嘘はない」

 

 リンゴォは言い終えると、銃を抜くための手をわずかに動かした。その指先には、止めようとしても止まらないらしい細かな震えがあった。ケニーはすぐにそれを見つけ、わざと大きく口元を緩めた。

 

「その割には、手が震えてるぜ。憲兵様に殺される前に、おかあちゃんのところへ戻ったらどうだ?」

 

「ああ。確かに震えている。恐怖のせいかもしれないな」

 

 リンゴォは手を隠さず、震えていることも否定しなかった。銃を向けて脅せば消える気勢とは違い、怖いと認めたあとにも、その場へ立ち続ける意志が残っていた。ケニーの嘲りを受け止めたまま、二人の間に空いている距離へ目を向けた。

 

「だが、その銃では、この距離にいるオレの命を正確に穿つことはできない。それは、君にも分かっているはずだ」

 

 ケニーは笑みを崩さなかったが、内心では、相手が銃の性質を見抜いていることを認めていた。撃てば必ずその場へ倒せる距離へ踏み込むには、相手へ先に狙わせない工夫がいる。正面から歩み寄ってやる義理はなく、リンゴォが公正と呼ぶものへ、わざわざ自分まで付き合う必要もなかった。

 

「けっ……何だか、しらけちまったぜ。やっぱりオレは、部下を見に行く」

 

 ケニーは大げさに肩を落とし、呆れたように背を向けた。踵を返した先には入口があり、その脇には、二人の間へ押し出せる重いテーブルが置かれている。相手の目がこちらの背中へ移る一瞬を待ち、ケニーは足を振り上げた。

 

 蹴り飛ばされたテーブルが床を滑り、脚を跳ねさせながらリンゴォへ迫った。リンゴォは横へ飛び、倒れ込む勢いのまま銃を抜いた。ケニーが銃口を向け直そうとしたところへ一発が走り、その手元を掠めて、背後の壁へ突き刺さった。

 

 ケニーは短く舌打ちをし、引き金へかけた指を一瞬緩めた。その間にリンゴォは、倒れたテーブルの向こうへ身体を隠している。不意打ちで仕留められなくても、避けて体勢を崩したところを撃てばいいという目論見は、手元を掠めた一発によって潰されていた。

 

「なるほどな……これが狙いか、リンゴォとやら」

 

 今の弾が狙いを外したものとは、ケニーには思えなかった。もしも初めから撃つ構えを作っていたら、差し出した手をそのまま撃ち抜かれ、反撃する機会さえ失っていたかもしれない。リンゴォの身体が床へ倒れるより早く銃口がこちらを捉えていたことを思い返し、ケニーは、今度こそ相手の腕前へ笑いを向けた。

 

 ケニーも床を蹴り、斜め向かいの座席へ飛び込んだ。椅子の背とテーブルを重ねて身を伏せると、すぐにその縁へ弾丸が打ち込まれた。砕けた木片を肩で受け流しながら、隙間から銃口を突き出して撃ち返した。

 

 散弾が向こうのテーブルを削り、跳ねた破片が酒瓶へ当たった。リンゴォは一か所へ留まらず、座席の陰からカウンターの脇へ移り、ケニーが顔を出す位置を狙っている。ケニーもまた、撃った直後に身体をずらし、次の弾がさっきまでいた場所へ来るのを横目で確かめた。

 

 銃声が狭い店内へ反響し、棚から落ちた酒が床へ広がった。ケニーが肩を出すふりをすれば、その隣の板へ穴が開き、リンゴォが動く気配へ撃ち込めば、空になった座席が弾を受けた。互いに相手の姿を見ようとしながら、相手へ狙える時間を与えない攻防が続いた。

 

 リンゴォは銃を引き寄せ、遮蔽物の下で素早く弾を補った。すぐに二発を撃ち返し、ケニーをテーブルの陰へ押し込めると、次の動きを待つため銃口を据えた。手に伝わる反動へ意識を合わせれば指先の震えは収まったが、ケニーが静かになったことの方が気にかかった。

 

 テーブルの下へ落ちた薬莢を一つ踏み、ケニーは身を低くしたまま笑った。銃の扱いだけで押し切ろうとすれば、時間をかけるほど、向こうの得意なやり方へ引き込まれていく。相手がまだ見ていない動きを一度に叩き込み、引き金を引く間すら与えず終わらせる方が、自分には向いていた。

 

「ちまちまやるってのも、悪くはねえが……オレも忙しいんでな。ガンガンやらせてもらうぜ!」

 

 ケニーは身を隠していたテーブルを掴み、脚ごと浮かせてリンゴォの方へ投げた。重い天板が視界を塞ぐのと同時に、その陰を追うように前へ出る。リンゴォが横へ抜けて銃を構えた時には、ケニーの腰でガスが噴き、射出された鉤が頭上の梁を捉えていた。

 

 銃口が向いた先から、ケニーの身体が急に跳ね上がった。壁へぶつかるかと思うほどの勢いで引かれながら、空中で向きを変え、もう一方の鉤を別の梁へ打ち込んでいる。リンゴォの弾はその下を通り過ぎ、ケニーは斜め上から銃を突き出した。

 

「ハッハー!」

 

 銃声とともに、リンゴォの足へ激痛が走った。膝が支えを失って折れ、身を隠そうとした身体が、その場へ落ちた。狭い室内であの速度のまま旋回し、こちらの弾を避けながら脚を狙ってくるとは、飛び上がる瞬間まで読み切れなかった。

 

「ぐうッ……!」

 

「まずは足を奪った! ちょこまか逃げられても面倒だからな!」

 

 リンゴォは床へ片手をつき、血で濡れ始めた脚を引き寄せた。見上げた先では、ケニーが梁を支点に身体を返し、残った足へ次の銃口を向けようとしていた。このままでは踏み込むことも避けることもできなくなると、リンゴォは痛みの中で判断を下した。

 

 次の瞬間、ケニーの視界から、床に膝をついていた男が消えた。傷ついた脚から飛び散ったはずの血も、梁へ伸びたワイヤーの位置も変わり、自分はテーブルを放った直後の動きへ戻っていた。さっきまで確かに経験していた数秒間が、記憶だけを残して、もう一度目の前へ差し出されていた。

 

「ハッハー……なにッ?」

 

 同じ声を上げかけたケニーの下で、リンゴォはすでに身を動かしていた。飛び上がる角度も、散弾が来る方向も、今度は分かっている。傷のない足で床を踏み、頭上を見上げるより早く、ケニーの脚が通る場所へ銃口を向けた。

 

 ケニーの撃った弾が天板を砕き、ほとんど同時に、リンゴォの一発がその右脚へ入った。空中で姿勢を崩したケニーは、ワイヤーに引かれるまま横へ流れ、壁へ背中を叩きつけられた。喉から息が押し出され、着地しようとした足も言うことを聞かず、椅子を巻き込んで床へ落ちた。

 

「ぐはあッ!」

 

 ケニーは咳き込み、口元へ滲んだ血を手の甲で拭った。さっき撃ち抜いたはずのリンゴォが、何事もなかったように立っている。代わりに自分の右脚から血が流れ、立ち上がろうとして力を入れた途端、深い痛みとともに膝が崩れた。

 

「六秒だけ、時を戻した」

 

 リンゴォの声には、能力を見せつける得意さがなかった。起きたことを確かめるように告げると、すぐに相手の手元へ銃口を合わせ直した。

 

 今の六秒間は、夢でも幻でもなかった。避けられた弾も、撃ち抜いた足も、あの時には確かに目の前にあり、しかもケニー自身が覚えている。リンゴォだけが先を知っているわけではないと理解した時、その銃口がこちらの動きを捉えかけていた。

 

「うおおおおおおッ!」

 

 ケニーは上体を起こす力だけで射出器を向け、天井の梁へ鉤を打ち込んだ。巻き取られるワイヤーへ身体を預け、床に残った左脚でわずかに蹴ると、銃弾がすぐ下を抜けていった。右脚を引きずっていた身体は、次の瞬間には頭上へ達し、梁へ左足を押し当てて止まっていた。

 

「何ッ……!」

 

 リンゴォは銃を持ち上げながら、一歩退いた。右脚を撃ち抜かれた人間が、息を整える暇さえなく、頭上から襲ってこようとしている。ケニーは痛みで歪んだ顔に笑みを浮かべ、梁を蹴るのと同時に、ワイヤーを巻き取った。

 

 身体そのものをぶつけるような勢いで、ケニーが落ちてきた。リンゴォはとっさに横へ飛び、倒れたテーブルの向こうへ転がり込んだ。ケニーの肩が天板を掠め、その身体は床すれすれで向きを変えたが、銃口だけは逃げた相手を追い続けていた。

 

「もらったぜ、色男!」

 

 リンゴォはテーブルの陰へ脚を引き込もうとした。だが、天板を回り込むように向けられた銃口からは、その動きが見えていた。発砲の衝撃が店内を揺らし、隠し切れなかった脚を打たれたリンゴォは、床へ肘をついたまま呻いた。

 

「ぐおおッ……!」

 

「これで、とど――」

 

 ケニーが言い終えるより先に、目の前の景色が再び変わった。銃を構えていた腕は梁の方を向き、身体はワイヤーに引かれて頭上へ昇る途中の姿勢へ戻っている。さっきはすぐ下を抜けていった弾も今度は来ず、リンゴォは、こちらが足を掛ける梁と、その先にある床へ目を向けていた。

 

 ケニーは背筋へ冷たいものが走るのを感じながら、次に何が来るかを悟った。向こうは自分の飛び込む先を知っており、さっきと同じように避けてから、今度は先に撃つつもりだった。だが、ここで進路を変えようとすれば、速度が落ちたところを狙われる。ケニーは左足で梁を蹴り、さっきと同じ勢いで飛び込みながら、両腕を顔の前へ持ち上げた。

 

 リンゴォの銃口は、落ちてくるケニーの額へ向いていた。だが、引き金を絞る直前、その前へ腕が割り込んできた。戻された時間の中でさえ、経験した死の危険へすぐさま対応してくる相手を見て、リンゴォは迷わず撃った。

 

 最初の弾は右手首を捉え、銃口が跳ね上がる前に、二発目が反対の手首へ入った。ガードを崩されたケニーの身体が傾き、その下へ開いた腹へ、リンゴォは三発目を撃ち込んだ。ケニーは宙で息を詰まらせ、ワイヤーの張りに引かれたまま床へ落ち、横倒しになった椅子を押し潰した。

 

「ごはッ……!」

 

 リンゴォは銃口を下げず、倒れた身体へ狙いをつけた。ケニーがまだ銃を手放していないのを見て、ためらわず引き金を引いた。だが、返ってきたのは銃声ではなく、弾のなくなった銃の乾いた音だった。

 

 リンゴォの額へ、急に冷たい汗が浮いた。撃って避ける動きが数秒のうちに入れ替わり、その一部が二度も巻き戻ったため、残弾を確かめる余裕を失っていた。指先に残る反動の数と、今この手にある弾の数とが、頭の中でずれていた。

 

 リンゴォは空になった銃を引き戻し、すぐには弾を補おうとしなかった。銃へ目を落とすより先に、ケニーの両手を見据え、正面から半歩だけ身をずらした。腹を撃たれていても、まだあの手が動く限り、反撃は来ると確信していた。

 

 床へ倒れていたケニーは、その音を聞き逃さなかった。顔を持ち上げる力も惜しみ、まだ指のかかっていた散弾銃を、腕ごと引きずるように動かした。手首には力が入らず、腹の奥から突き上げる痛みで視界が暗くなったが、それでも銃口を正面へ向けようとした。

 

「……うッ、ぐ……!」

 

 息を吸う代わりに血が喉へ上がり、ケニーは身体を折った。片膝をついて起きかけた姿勢が崩れ、その反動で銃口が横へ流れた。それでも、落ちていく腕を止めようとしながら、最後の引き金を引いた。

 

 散弾がリンゴォの左腕を掠め、肩口の服と皮膚を裂いた。リンゴォは歯を食いしばり、銃を持つ側の腕を庇って身を捻った。背後の棚で瓶が砕け、床へ飛び散ったガラスの音が収まっても、続く一発は来なかった。

 

 ケニーは銃を握ったまま、大の字に近い格好で床へ倒れていた。無理に起こした身体は、もう肘をつくことさえできず、吐き出した血が顎から首へ伝っていく。それでも帽子へ手を伸ばそうとし、動かない指の代わりに頭を少し傾けて、ずれたつばを額へ戻した。

 

「まったく……やめりゃあ、よかったぜ。お前みたいなタフガイに……喧嘩、吹っかけるのはよ」

 

 リンゴォはしばらく、その場を動けなかった。傷ついた左肩から血が流れ、深く息をするたびに、銃を握る右手の震えが大きくなる。最後の弾が頭へ来ていれば死んでいたという事実を、身体の方が遅れて理解し始めていた。

 

「フゥー……フゥー……」

 

 ケニーは荒い息の音を聞き、唇の端をわずかに持ち上げた。こちらの呼吸と同じように、勝った方の息も、なかなか落ち着かずにいる。さっきまで余裕を気取っていた自分も、今あそこへ立っている相手も、最後には持っている力を使い切るしかなかったのだと思えた。

 

「いや……最初っから、か。あいつに……会った時から……」

 

 言葉の途中で、ケニーは目を細めた。薄暗い天井の向こうへ、かつて膝をついて自分へ頭を下げた男の顔が重なった。人を容易く捻り潰せる力を持ちながら、謝ることのできたウーリの姿を、こんな場所で思い出すとは考えもしなかった。

 

 リンゴォはようやく息を整え、銃へ新しい弾を込めた。ケニーがまだ動けるかを見極めながらも、その手を次に撃つためだけに動かしているわけではなかった。最後まで戦う相手の前で、自分だけが、もう終わったつもりになることはできなかった。

 

 スタンドを持たない人間に、ここまで追い詰められたことは滅多になかった。前の生で対峙したジャイロ・ツェペリ以来の緊張が、戦いの終わりを迎えても、身体の奥へ残っていた。

 

「いいや……オレが勝てたのは、一度死んだ経験があったからだ。そして、お前の強さを信じたからでもある」

 

 ケニーは、血の混じる息を漏らして苦笑した。今までにかけられたことのない言葉ではなかったはずなのに、銃を撃ち込んできた当人から聞くと、意味が分からなくなった。笑いかけた喉が引きつり、短く咳をした。

 

「がふッ……何だ、そりゃ……」

 

「時を戻されても、それに対応してくる。どれほど重傷を負っても、手が動く限りは戦う。お前ほどの戦士なら、そうすると信じて行動した」

 

 リンゴォは、なお震えの残る手を下げた。戻した時間の中でケニーが顔を庇った時にも、そのあとの反撃を考えずに撃ち続けていたら、自分はもっと早く死んでいたはずだった。目の前の相手が何をしてくる人間なのかを、強さと恐ろしさを含めて受け入れなければ、最後の瞬間までは立っていられなかった。

 

「でなければ、今ごろオレがそこに転がっていた」

 

 ケニーはリンゴォを見上げ、わずかに口を開いた。命を奪い合った人間を信じたと言う声には、勝った側の慰めも、死にかけている相手へ与える憐れみもなかった。最後の一発までこちらを恐れ、だからこそ目を逸らさなかった人間の言葉だった。

 

「し……信じた、ってのか……?」

 

「ああ。お前を信じた」

 

 ケニーは返事をしようとしたが、声になる前に息が漏れた。自分が何をすれば相手を殺せるかばかりを考えていた時間を、この男は、自分が何をしてくるか信じる時間としても生きていた。その違いを言葉にする力は残っていなかったが、聞き違いや綺麗事ではないことだけは分かった。

 

 人間は、何かに酔っ払っていなければ生きていけないのだと、ケニーは思っていた。金や酒、力や家族と、縋るものの名前は違っても、それにしがみついて歩くしかないのだと考えてきた。自分もまた、ウーリが見ていたものを知りたいという欲に囚われ、そのためなら何を踏み越えてもいいつもりでいた。

 

 だが、目の前の男は、自分の行く先を他人へ預けていなかった。世間から狂っていると言われる道を選び、その怖さも、その先で死ぬかもしれないことも、自分のものとして引き受けていた。ケニーはその顔を見つめながら、どこかで間違っていたのは、自分が当然だと思い込んできた方かもしれないと感じた。

 

「世の中の価値観とは、真逆かもしれない。だが、オレはオレの価値観を信じているし、そこに道があると知っている」

 

 リンゴォはケニーのそばまで歩き、手の届く少し手前で足を止めた。倒れた相手を覗き込むのでも、まだ生きているか確かめるのでもなく、目を合わせられる位置を選んでいた。銃を向けることはせず、最後まで、相手へ言葉を届けようとしていた。

 

「自分だけの光り輝く道を、歩んでいく。それが――『男の世界』」

 

 ケニーは、胸の奥で固くなっていたものが、少しだけ緩むのを感じた。いかれていると笑った男と、かつて理解できなかったウーリとが、まったく違う場所から同じものへ手を伸ばしているように思えた。どちらも自分の信じるものを捨てず、目の前の相手と向き合うことを、初めから諦めていなかった。

 

 まともなのは、むしろ、ああいう生き方だったのかもしれなかった。どうせ分かり合えないのだと決めつけ、相手を力でねじ伏せることしか選ばなくなった自分や、そんなやり方を当たり前にしている世間の方が、どこか歪んでいたのかもしれない。ケニーはもう一度笑おうとして、血で濡れた唇を少し開いた。

 

「はは……ッ」

 

 長い間、信じてきたのは暴力だった。それさえあれば相手へ言うことを聞かせられるし、自分の手の届かない場所へも進んでいけると考えていた。だが、その暴力の中でさえ、相手を信じ、相手の生き方へ触れることができるのだと、今は思えた。

 

 リンゴォと同じ道を正しいと認めたかったわけではなく、自分がこの男と同じように生きられたとも思わなかった。それでも、人と人との間にあるものが、奪うか奪われるかだけではないことを、撃ち合った相手から教えられていた。これほど血を流す形でさえ届くものなら、ほかの形でも、きっと届くことがあるはずだった。

 

 ウーリが語っていた夢を、ケニーはもう一度思い返した。力を得なければ見えないと思っていた景色が、今は、酒と火薬の匂いがする床の上からでも、ほんの少し分かるような気がした。あの時の出来事を奇跡と呼んで遠ざけていたのは、自分の方だったのかもしれない。

 

「いい勝負だった。感謝いたします」

 

 リンゴォはそう言って、初めと同じように頭を下げた。ケニーは何か返そうとしたが、喉はかすかな息を通すだけで、もう言葉を作れなかった。重くなった瞼の向こうで、礼をする男の姿が、ゆっくりと輪郭を失っていった。

 

 奇跡だと思っていたものは、本当は、もっとありふれたところにあるのかもしれなかった。ケニーは寒さを感じ、眠る時のように目を閉じながら、それでも、

 

(オレの気分は――――結構清らかだ)

 

最後に残った気分はひどく澄んでいると思った。

 

 

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