超大型巨人だったものが、壁よりも高い巨大な恐竜へと姿を変えていた。
その咆哮はトロスト区全体を揺らし、屋根の瓦を震わせ、兵士たちの耳の奥まで突き抜けていく。五年前に人類へ絶望を与えた六十メートル級の巨人が、今では巨大な尾と発達した顎を備えた異形の生物へ変貌しているのだから、誰もが状況を理解できずに立ち尽くすのも当然だった。
そんな中で、ディエゴ・ブランドーだけは上機嫌だった。
「できるじゃあないか」
離れた建物の屋根からその姿を見上げながら、ディエゴは口元を吊り上げた。ベルトルトが人間だった時点で仕込んだスケアリー・モンスターズの力は、巨人化した後も確かに残っている。それどころか、通常の巨人を恐竜化させた時と同じように、超大型巨人の肉体そのものを作り替えることに成功していた。
実験結果としては期待以上だった。ディエゴは満足そうに巨大恐竜を眺めていたが、ふと思い出したように視線を横へ流す。
少し離れた場所には、ライナーとアニがいた。
二人とも見事なまでに固まっていた。目を見開き、巨大恐竜を凝視したまま動かず、もし今この瞬間に空から隕石が降ってきたとしても、これ以上驚いた顔はできないのではないかとディエゴが思うほどだった。
「クク……兵士失格だな、お前ら」
もちろん、二人に聞こえる距離ではない。それでも言わずにはいられなかった。
三年間、何食わぬ顔で訓練兵を演じてきた。同期のふりをし、兵士のふりをし、人類の敵を討つ側の顔をしてきたというのに、たった一度の予想外でその演技が完全に崩れている。
「まあいい。それより、パワーの方はどうかな?」
ディエゴは巨大恐竜へ視線を戻し、スケアリー・モンスターズを通して意識を向けた。送る命令は単純で、目の前の壁を壊せというものだった。
巨大恐竜の頭がゆっくりと動き、次の瞬間には巨体が前傾する。兵士たちが何かを叫ぶ中、巨大な足が地面を踏み抜き、石畳を砕きながら加速していった。
そして、轟音とともに巨大な顎と肩が壁へ激突した。
石材が爆発するように飛び散り、壁の一部が大きく崩れる。周辺の建物まで激しく振動し、立っていられずに膝をつく兵士さえいた。
「なかなかだ」
ディエゴは満足そうに目を細めた。通常の巨人とは比較にならず、超大型巨人本来の質量と筋力に恐竜化による身体能力まで加わっている。純粋な破壊力だけなら、これまで作ったどの恐竜より遥かに上だった。
「もう少し暴れろ、でくの坊」
次の命令を送ると、巨大恐竜は首を振り、長い尾で壁上を薙ぎ払った。砲台が一基、まるで玩具のように吹き飛び、近くにいた兵士たちが慌てて散っていく。
「うわあああッ!」
「下がれ!」
「なんなんだ、こいつは!」
駐屯兵団は明らかに混乱していた。砲撃しようにも、そもそもどこを狙えばいいのか分からない。
巨人ならうなじを狙う。それは兵士であれば誰でも知っている常識だが、目の前の生物はすでに巨人の姿をしていなかった。
エレンも同じだった。
「くそッ!」
立体機動装置のワイヤーを射出しようとして、そこで動きが止まる。飛びかかること自体はできるが、肝心の弱点が見当たらない。
「……こいつの、うなじってどこなんだ?」
思わず声に出た。
巨人の首なら分かる。人間とほぼ同じ形をしているからだ。しかし、目の前にいるのは巨大な恐竜であり、首の長さも骨格も筋肉の位置も何もかもが違う。
「考えるよな、そりゃあ」
遠くから見ていたディエゴは、エレンの動きが止まった理由を正確に理解していた。
「オレだってヤバイと思う。能力なしじゃあ分かりにくいからなあ」
スケアリー・モンスターズを使っている本人だからこそ、生命の中枢がどこにあるのか感覚的に把握できる。恐竜化しても弱点そのものは元の位置に存在しているが、外見が完全に変わってしまえば、それを目視だけで見抜くことは極めて難しい。
「単純に強くなるだけじゃあない。弱点まで分かりにくくなるとは、悪くない副作用だ」
ディエゴが笑う中、巨大恐竜はさらに暴れ続けた。尾で砲台を薙ぎ払い、屋根にいた兵士を前脚で叩き潰し、逃げ遅れた兵士を顎で咥えて放り投げる。
さらにディエゴが「食え」と命じると、巨大恐竜は迷うことなく人間を噛み砕いた。
「なるほど。命令の通り方も悪くないな」
ディエゴは目を細めた。
何十体もの個体を同時に精密操作することは、今の自分にはまだできない。しかし、五年前よりスタンドパワーが大きく成長した結果、三体程度ならかなり細かな命令まで問題なく通せると感覚的に分かる。
肉体の成長、訓練、そして能力を繰り返し使用してきた経験。そのすべてが、スケアリー・モンスターズそのものを確実に強くしていた。
「三人程度なら、わけないな」
ディエゴは、ライナー、アニ、そして今は巨大恐竜となっているベルトルトを思い浮かべた。人数としてもちょうどいい。
「さて、そろそろ十分か」
実験として知りたいことは分かった。これ以上続ければ、周囲へ余計な情報まで与えかねない。それに、ライナーとアニがこの後どう動くのかも見ておきたかった。
「一度、戻すか」
ディエゴが能力を緩めると、巨大恐竜の肉体が激しく痙攣した。
太い尾が縮み始め、顎が人間に近い形へ戻り、骨格そのものが軋みながら組み替わっていく。
「また変わるぞ!」
「離れろ!」
兵士たちが叫び、警戒しながら距離を取る。
数秒後、そこに立っていたのは五年前と同じ超大型巨人だった。
「……戻った?」
エレンは呆然と見上げた。
超大型巨人自身も、何が起きたのか理解できていないような顔をしていた。ベルトルトにとっては、巨人化した直後に自分の身体が勝手に変形し、しかも意識とは無関係に暴れ始めたようなものなのだから、混乱するのも当然だった。
それでも、戦士としての反応は早かった。
超大型巨人の全身から猛烈な蒸気が噴き出す。
「熱ッ!」
エレンが腕で顔を庇った。
熱風と蒸気が一帯を覆い、視界が白く染まっていく。数秒後、蒸気が薄れた時には、超大型巨人の姿はすでに消えていた。
「……まただ。五年前と同じだ」
エレンは悔しそうに歯を食いしばった。今度こそ手が届くと思ったのに、またしても目の前から消えられた。
「どうした?」
その時、何食わぬ顔でディエゴが屋根へ降り立った。
「超大型巨人が見えたから来たんだが……仕留めたのか?」
「消えた」
エレンは悔しさを隠さずに答える。
「突然変な姿になって、そのあと元に戻って……蒸気を出して消えやがった」
「そうか」
ディエゴは初めて聞いたような顔で頷いた。
それから、さりげなく視線を横へ動かす。ライナーとアニの二人は、すでに普段通りの兵士の顔へ戻っていた。
さっきまで世界の終わりでも見たような顔をしていたというのに、今では周囲の状況を確認し、同期を気遣う表情まで作っている。
こいつら、兵士より俳優にでもなった方が向いているんじゃあないか。
ディエゴは内心でそう馬鹿にしながら、表情だけは何も知らない同期のまま保っていた。
◆
超大型巨人の出現によって、トロスト区は即座に戦闘態勢へ移行した。
経験豊富な調査兵団の主力は壁外調査へ出払っている。そのため、市街地での巨人迎撃、門の修復、住民の避難、そのすべてを駐屯兵団中心で行わなければならない。
急ごしらえの編成では、前衛を駐屯兵団が担当し、中衛には卒業直後の訓練兵が組み込まれた。そして後衛には、住民避難を守るための精鋭が配置される。
「冗談じゃねえ……俺、明日から内地だったんだぞ……」
ジャンは顔を引きつらせていたが、誰も笑わなかった。
近くでは緊張に耐えられず吐いている訓練兵もいる。つい昨日までは卒業を祝い、どの兵団へ行くかを話していたはずなのに、今日はもう巨人との実戦へ送られる。自分たちが本当に兵士になったのだという現実を、嫌でも思い知らされる瞬間だった。
「エレン」
ミカサが小さく声をかける。
「なんだ?」
「どさくさに紛れて、私のところへ来て」
「は?」
「私が守る」
「何言ってんだよ! 俺だって兵士だぞ!」
「でも――」
「アッカーマン訓練兵」
上官の声が飛び、ミカサは振り返った。
「君は後衛へ行け」
「……私は前線へ行きます」
「命令だ」
「しかし――」
「君の意見は聞いていない」
上官は冷たく言い切った。
「ミカサ・アッカーマン、そしてディエゴ・ブランドー。お前たち二人は特別に後衛へ配置する」
周囲がわずかにざわついた。首席と次席という、第104期でも突出した二人を前線ではなく後衛へ回すのだから、意外に思う者がいるのも無理はない。
「私では足手まといになります」
ミカサがなおも食い下がったが、上官は表情を変えなかった。
「避難民を守る精鋭が必要だと言っている。もう一度言う。君の意見は聞いていない」
「ミカサ」
エレンも少し困った顔をした。
「俺なら大丈夫だ。お前も少し冷静になれよ」
ミカサはしばらくエレンを見つめ、何かを言おうとしたものの、最後には飲み込んだ。
「……死なないで」
「ああ」
そのやり取りを少し離れた場所から見ていたディエゴは、わざとらしく肩を竦めた。
「ずいぶん感動的な場面だな。ここで涙の一つでも流しておけば、もう少し映えると思うんだが」
ミカサが振り返り、わずかに目を細める。
「……」
「なんだ、その顔は?」
「別に」
「そうか」
明らかに睨まれていたが、ディエゴにとってはどうでもよかった。
「ブランドー訓練兵」
「はい」
上官がディエゴへ向き直る。
「記録によれば、お前は幼少期に巨人を一体討伐しているそうだな」
「あります」
ディエゴは即答した。
「なら話は早い。後衛区域に侵入した巨人は、お前が率先して狩れ。住民避難を最優先しつつ、可能な限り接近を許すな」
ディエゴの口元がわずかに上がった。
願ってもない話だった。立体機動装置など、彼にとって絶対に必要というわけではないが、使える道具があるなら使わない理由もない。
「了解しました。ただ、一つお願いがあります」
「何だ?」
ディエゴは外へ視線を向けた。
「馬を一頭、使わせてください」
◆
後衛区域は、少なくとも現時点では大きく崩れていなかった。
住民の避難は順調に進んでおり、恐慌状態に陥った住民同士が怒鳴り合いになることはあっても、ミカサが間へ入れば大抵はすぐに収まった。
一方、巨人への対応は別の意味で異常なことになっていた。
「SYAAAAAAAAAAッ!!」
銀灰色の馬が、石畳を凄まじい速度で駆け抜ける。
シルバーバレット。
ディエゴが訓練兵時代から自ら調教してきた持ち馬だった。
「行けッ!」
手綱を引くと、シルバーバレットは即座に方向を変えた。正面から巨人の腕が伸びてくるが、馬は怯むどころか地面を蹴り、大きく跳躍する。
「なッ!?」
それを見ていた兵士が目を疑った。普通の馬ではあり得ない高さだったからだ。
ディエゴは鞍の上で立ち上がり、そのまま立体機動装置のアンカーを屋根へ射出した。
ガスを噴かして身体を引き上げると、馬の跳躍とワイヤーの牽引、そして自らの勢いを組み合わせ、一気に巨人の肩へ到達する。
「WRY!」
ブレードが走り、うなじを一閃する。
巨人が崩れ始めても、ディエゴは止まらなかった。巨人の背を蹴って空中へ飛び出し、その真下を走っていたシルバーバレットへ狙いを定める。
「来い!」
次の瞬間には鞍へ着地し、そのまま速度を落とさず次の巨人へ向かっていた。
「なんだ……あれ……」
駐屯兵の一人が呆然と呟く。
ディエゴの戦い方は、一般的な立体機動とはまるで違っていた。
馬で接近し、馬から跳び、立体機動で軌道を変え、巨人の身体すら足場として利用する。そして仕留めた後は再び馬へ戻り、そのまま次の敵へ向かう。
時には、馬ごと巨人の脚へ駆け上がることすらあった。
「嘘だろ……!」
シルバーバレットの蹄が巨人の皮膚を踏み、垂直に近い脚を駆け上がっていく。普通の馬なら一歩目で滑り落ちるはずだが、シルバーバレットはむしろ速度を上げていた。
「遅いぞ、シルバーバレット!」
ディエゴが煽ると、馬は鼻を鳴らし、さらに脚を速めた。
「いいぞ!」
巨人が自分の脚を叩こうと手を振り下ろす。その直前、シルバーバレットが横へ跳び、同時にディエゴだけが上空へ飛び出した。
アンカーを射出し、ワイヤーを巻き取りながら旋回する。その軌道はそのまま巨人の首の後ろへ繋がっていた。
「SYAAAAAAAッ!」
ブレードがうなじを切り裂き、巨人の身体から蒸気が噴き出す。ディエゴは倒れ始めた巨人の肩を蹴って再び空中へ飛び、下から走り込んできたシルバーバレットの鞍へ戻った。
「うおおおおお!」
「また倒したぞ!」
「何体目だ!?」
住民から拍手と歓声が起こり、兵士たちまで息を呑んでいた。
指揮を執る上官もまた、言葉を失っていた。
ミカサ・アッカーマンも間違いなく逸材である。歴代でも類を見ないほど優秀であり、将来は人類にとって大きな戦力になるだろう。
しかし、ディエゴ・ブランドーはその尺度にすら収まっていない。
「まさか……」
上官の脳裏に、一人の兵士が浮かんだ。
調査兵団兵士長。
人類最強と呼ばれる男。
そこから先を口にすることは憚られたが、思わずにはいられなかった。
ひょっとすると、この少年は将来、あの人類最強すら上回るのではないか。
一方、当のディエゴはそんな評価など知る由もなく、それどころか戦場そのものを退屈に感じ始めていた。
「楽勝だな」
鼻で笑う。
当然、シルバーバレットは普通の馬ではない。外見に影響が出ない程度に、筋肉や骨格、脚力、爪といった必要な部分だけへスケアリー・モンスターズの力を与えている。
兵士には見抜けないし、住民ならなおさらだった。
「子供の頃でも倒せた連中だ。あの頃より身体も大きくなったし、筋力も動体視力もスタンドパワーも上がっている。そこへシルバーバレットと立体機動装置まで加わったんだ」
ディエゴは走りながら、次々と巨人を観察していく。
「こんな少な目の脳みそしかない連中を、今さら怖がる理由があるか?」
ブレードすら本来なら必要ない。恐竜化すれば、素手で首を引き裂くこともできる。
それでも使っているのは、何も使わずに巨人を殺せばさすがに怪しまれるからだ。
ところが、そこから数体を狩ったところでディエゴは不意に馬を止めた。
「しかし……妙だな」
周囲を見回す。
避難民はほとんど捌けており、近辺の巨人もほぼ殲滅した。それにもかかわらず、撤退の鐘がいつまで経っても鳴らない。
「ディエゴ」
ミカサも同じ違和感を覚えたらしく、屋根の上へ立って遠くを見ていた。
「中衛が止まってる」
「だろうな」
ディエゴも視線を向ける。
ジャン、アルミン、そして他の訓練兵たちが、かなりの数まとまって同じ地域へ留まっていた。
さらに視線を移すと、補給用のガスが置かれている塔の周囲に、複数の巨人が群がっているのが見える。
「なるほど。ガスを補給できないから動けないわけか」
「私は行く。エレンたちがいる」
「好きにしろ。オレは上官に話を通す」
後衛の巨人はほぼ片づけ、避難も終わりつつある。ここに残る意味は薄かった。
ディエゴは上官のもとへ戻ると、簡潔に状況を説明した。
「この辺りはもう安全です。中衛が補給を受けられず停止しています。援護に向かいます」
本来なら、訓練兵が勝手に配置を離れることなど許されない。
だが、数十分で周囲の巨人をほぼ一人で殲滅した人間に対して、上官も強く反対することはできなかった。
「……分かった。ただし、無茶はするな」
「善処します」
ディエゴは笑った。
その返事を守る気がないことだけは、本人が一番よく分かっていた。
◆
ジャンとアルミンのいる場所へは、ミカサが先に向かった。
一方、そこから少し離れた屋根では、ライナー、アニ、ベルトルトの三人が集まっていた。
「ベルトルト」
ライナーの声は低かった。
「さっきのアレは何だ?」
「……分からない」
ベルトルトの顔はまだ青ざめている。
「分からない?」
アニが鋭い目を向ける。
「変身したのはあんたでしょ」
「本当に分からないんだ!」
ベルトルトは声を押し殺した。
「巨人化したところまでは普通だった。でも、そのあと急に身体が変わって……自分の身体じゃなくなったみたいに、何も言うことを聞かなかった」
「…お前が分からなくて、誰が分かるんだよ」
ライナーの声にも、苛立ちだけでなく僅かな恐怖が混じっていた。
計画にない。
マーレでも聞いたことがない。
自分たちの知識にも存在しない。
巨人がさらに別の生物へ変わり、しかも本人の意思を無視して動き出した。
「あれは……何なんだ……?」
「素敵な話をしているな」
三人が一斉に振り向く。
「オレも混ぜてくれよ」
声は上から聞こえた。
隣の建物、その屋根の縁にディエゴがいた。
しかも馬に乗っている。
「な――」
ライナーの目が見開かれる。
次の瞬間、ディエゴはシルバーバレットごと屋根から飛び降りた。
「おい!?」
ベルトルトが思わず声を上げる。
数メートルの高さを落下したシルバーバレットは、隣の屋根へ何事もなかったように着地した。蹄が瓦を割るほどの衝撃が走ったにもかかわらず、ディエゴは鞍の上でほとんど揺れていない。
三人は思わず顔を見合わせた。
「なんだ?」
ディエゴは楽しそうに笑う。
「馬に乗って屋根から降りただけだろう」
「だけって……」
ベルトルトはそれ以上言葉が出なかった。
ディエゴはそんな三人を見ながら、少しだけ目を細めた。
今ここで正体を知っていると告げてもいい。超大型巨人、鎧の巨人、女型の巨人、マーレ、戦士、故郷。その全てを自分が知っていると言えば、こいつらはどんな顔をするだろう。
想像すると面白い。
非常に面白い。
だが、まだ早かった。
「このままここでコーヒーでも飲みながら、ゆっくりお前らの話を聞くっていうのも悪くないが…」
ディエゴは少し離れた塔を指差す。
「怪しまれたくなければ、まずはあれを手伝え」
三人が指の先を見る。
補給塔の周囲には巨人が群がり、そのさらに外側では、ガスを失った訓練兵たちが動けずにいた。
その時、別の場所からジャンの怒鳴り声が響いた。
「オイ! 俺たちは仲間に一人で戦わせろと学んだか!?」
周囲の訓練兵たちが、一斉にジャンを見る。
「このままじゃ俺たち全員、腰抜けになっちまうぞ!」
恐怖が消えたわけではない。それでも、その言葉をきっかけに、止まっていた者たちの足が少しずつ動き始める。
ライナーはそれを見て、口元をわずかに上げた。
「そいつは心外だな」
アニは何も言わなかったが、すでに塔へ視線を向けている。ベルトルトも表情こそ硬いままだが、拒否する様子はなかった。
ディエゴは三人を見回し、楽しそうに笑った。
「決まりだな」
シルバーバレットの手綱を引くと、馬は前脚を高く上げて嘶いた。
補給塔には巨人が群がっている。
その先には、何も知らないふりを続ける三人の敵がいる。
だが、ディエゴ・ブランドーにとって戦場とは恐怖する場所ではなかった。
巨人も、人間も、裏切り者も。
どこまで強いのか。
どこまで使えるのか。
それを確かめる場所にすぎなかった。