第一話:少年と恐竜
ある日突然、隕石が落ちて──文明も自然も大きく荒廃した……らしい。今となっては百年以上も前の事だ。
人々は限られたリソースをフルに使い、遺伝子技術を急速に発達させた。
荒廃した生態系には、クローンによって再生した恐竜や古代生物が溢れ出し、新たな生態系を築き上げた。
そして、優れた人類を生み出す為に僕らのようなデザイナーベビーが作り出された。
「試作品IXA-327号。目の前のネズミと会話をしなさい」
デザイナーベビーとは、超能力を持たされて産まれた──次世代の人類。
IXA-327号と呼ばれていた僕もまた、その一人だった。
「昨日の飯がマズかったってさ。ゴルゴンゾーラチーズを所望するって」
「ネズミの癖に超グルメ」
「最初にそんなもの与えるからこうなるんだよ」
「ええい、うるさい。327号、次の実験動物と会話をしろ、次はトカゲ」
「トカゲって飯食う事しか頭にないからつまんないんだけどな……」
超能力と言っても、僕に発火能力だとか念動力だとか、そんなものを期待してはいけない。
僕が生まれつき持たされた能力は、動物と会話する能力。こんなもの何の役に立つのかと問うても誰も答えてはくれない。
やる事と言えば、勉強して、ご飯を食べて、身体検査して──実験動物たちと会話するだけ。
計器を見る大人たちはいつも失望の顔を浮かべる。
「……やはり失敗作か。会話の内容は正確に読み取れているようだが」
「折角此処まで育てたのだ、もう少し様子を見ては? クローンもタダじゃない」
「しかし……下の型番の328号は既に……」
聞こえないように言っているつもりなのだろうけど、いつも大人たちの言葉はチクリと僕の胸を刺した。
実験動物の末路がどうなるのか、知らないわけじゃない。あのネズミは明日、薬漬けにされて死ぬ。
きっといつか、僕も──用済みになって死ぬ。しかし、出られるわけじゃないし、抵抗する力があるわけでもない。
死んだように僕は生きていた。
「なーんて酷い顔をしているのですっ、イクサお兄ちゃんっ」
「……328号」
「ミヅハ!! ミヅハって呼ぶのです!!」
そんな時、何時も僕の傍には妹──328号が居た。いや、此処はミヅハとしておこう。彼女が怒るからだ。
と言っても、血の繋がった妹かと言われると返答に困る。ミヅハは僕のすぐ後に製造されたから、便宜上の妹ということになっている。
型番が隣同士であるからか、彼女はいつも僕の傍に居た。食事の時も、寝る時も、いつも隣だ。
「……じゃあイクサはやめてくれ。僕は327号だ」
「そんなの可愛くないのですっ。IXAだから、頭文字を取ってイクサ! 素敵な名前なのですっ!」
「イクサ……戦……戦いだとか、僕には一番無縁な言葉じゃないか」
「細かいの事は良いのですっ。隣でゴハンを食べるのに、そんな不味そうな顔をされたら、あたしまで不味くなるのですっ」
「良いだろ君は。大人たちから期待されているんだから──そうだろう、328号」
「ミヅハ! ミヅハって呼ぶのですっ! 328号とか可愛くないのですっ!」
ミヅハはしょっちゅう僕に絡んできては、しょうもない話を聞かせてきた。
そのくせ自分まで暗くなるから、顔くらい明るくしろと言うのだ。照明じゃないんだぞ、余計なお世話だ。
「大体何で君は328から名前を取って、僕はIXAから取っているんだよ。327で何かイイ感じの名前を考えられなかったのか?」
「思いつかなかったのです。ミツナ? ミヅナ? ……しっくりこなかったのです」
「すがすがしいな……」
「それに、私が名前で呼ぶのはキミだけなのですっ、イクサお兄ちゃんっ!」
「……何で僕だけなんだよ。クローンは他にもいっぱいいるだろ」
「……他の子達は皆、死んだような顔をしているし、話して何にも反応してくれないのです」
事実、この研究所で会話が成立するのは大人たちか、ミヅハだけだった。
人間らしい機能を失った、他のデザイナーベビー達には感情らしい感情が無いし感じられない。
僕と同じく感情を持つミヅハは、彼らを不気味がり、近付かなかった。
「それに比べれば、イクサは……話してくれるし、優しいし。あたしのお兄ちゃん、なのですっ!」
「……僕は優しくないよ。それにお兄ちゃんじゃない」
ミヅハよ、僕は君のお兄ちゃんには相応しくない。
何故なら生きることも死ぬことも諦めてしまっているからだ。
この世の全てをどうだっていいって思っているのだ。
「それにイクサの能力は、この世で一番優しい能力なのです。動物さんとお話できるなんて素敵なのです!」
「ふふっ……お花畑だな。本当に君は」
「あーっ! 今、バカにしたのです! 笑ったけどバカにしたのですっ!」
……でも、そんなお花畑なミヅハが──あの無機質で無味な研究所生活で唯一の救いだった。
──あの日までは。
※※※
ある日、いつものように検査を受けていたら──爆音が鳴り響いた。
襲撃者だ、と誰かが言った。
研究員たちが逃げ惑う中。僕は一目散に逃げた。
僕はサイレンが鳴る中で必死にミヅハを探した。だが、黒い装備に身を包んだ兵士たちや機械で身体を覆った恐竜が徘徊していて、深追いすることができなかった。
あちこちに恐竜に食い散らかされたであろう死体が横たわっていた。研究員たちだけでなく、実験体の子供達も皆、殺されていた。
僕は自分が助かるので、精一杯だった。
「ミヅハ、何処に行ったんだ……!? ミヅハだけでも助けないと……!!」
裏口から、外の庭に出た時──言葉を失った。
すぐに物陰に隠れる。辺りは様変わりしていた。
防護壁は無惨にも破壊されており、そこから銃を構えた兵士たちや、黒い機械を身に着けた恐竜たちが闊歩している。外に出たところで殺される。
僕は幸い体躯が小さかった。物陰に隠れ潜みながら、大きなドーム状の建物を目指す。そこは実験動物を飼育する施設であり、自由時間の時によくミヅハが訪れる場所だった。
「ミヅハ……此処にいるのか? ミヅハ──ヒィッ!!」
入ってすぐに僕は腰を抜かしそうになった。白衣を血で濡らした大人が倒れている。だが、首元を食い破られている。
「あいつら、此処にも入ってきてる……!」
あの黒い兵士や恐竜に殺されたであろうことは直ぐに分かった。間もなく──銃声が聞こえ、男の悲鳴が響く。
のし、のし、と足音が聞こえてくる。だが──腰を抜かした僕はそこから動けなかった。
「ミヅハ……ミヅハ……」
此処で死ぬ。殺される、と震える事しか出来なかった。
ならばせめて、ミヅハだけは無事で居てほしい、と願うしか無かった。
「──なんだ。誰かと思えば、こわっぱではないか」
声がした。だが、それは男の声ではなかった。
通路の向こうから──ゴミのように捨てられる兵士の男。その首元からは血が流れていた。
そして遅れて、重い足音の主が僕の前に現れた。
──恐竜だった。
羽毛に身を包み、前脚に鋭い鉤爪を生やした大きなトカゲのような恐竜だった。
実験動物は沢山見てきた。だけど恐竜は初めて見た。
鳴き声は人の声に変換される──尊大な女のような話し言葉だった。
「それにしても客人が多い。此処も無事では済まんだろうな。既に中の人間は皆死体になっておったぞ」
どうする。どうすれば良い。
「さあ、其方はどうする? 其方も此処で死ぬか?」
僕は──考えた。考えに、考えに考えた。
どうする。どうすれば良いんだ。外に行ったって助かる保証などないのに。
この恐竜が味方で居てくれる保証など無いのに。
どうすれば──
「ミヅハ……!」
混乱する頭の中、浮かんだのは妹の顔だった。
僕はお兄ちゃんだ。ミヅハには僕しかいない。
大人が皆死んだ今、あの子を助けられるのは僕だけだ。
でも、今の僕では助けに行くどころではない。
恐竜の質問を遮って僕は頭を下げた。そして必死に懇願した。
「……妹を助けてほしいんだ!!」
「なにぃ?」
「妹だけでも助けたい、君のチカラが必要だ!! お願い!! 力を貸して……!! 妹を探して、此処を抜け出して──」
「──調子に乗るなよ、こわっぱ」
僕は──地面に叩き伏せられていた。
恐竜の強靭な後ろ脚が僕の背中を踏みつけていた。
手加減はしてくれているのだろう。さもなくば、僕の脊椎は圧し折られているはずだ。
だけど息が出来ない。抜け出す事も出来ない。
「其方。妾に口が利けるのか。珍しい人間だ。其方の言葉は、はっきりと聞き取れる」
「ぐぅっ、がぁっ……!!」
「しかし、かと言って──何故妾が人間の言う事を聞かねばならない? 妾の身体を散々に弄った人間の言う事を、だ」
冷たい声が脳に響く。
この恐竜が、この研究所でどのような扱いを受けてきたのか僕には理解出来た。
「妾は漸く自由になれたのだ。其方の指図など受けん。疾く失せよ!」
「……君も、同じなんだ……僕と」
「あァ? 同じだと? 妾と、其方のようなか弱きこわっぱがか──?」
それでも。僕は言葉を紡ぐ。
目の前の恐竜は僕と同じだ。自由も尊厳も無い飼い殺しの日々を送っていた僕と同じなのだ。
「……ずっと閉じ込められて、実験を受けさせられて、価値の無い失敗作のように扱われてきた」
「……いきなり何だ? 何を語る? 疾く失せよと命じたはずであるぞ。やはり此処で死ぬか?」
一段と背中を抑えつける大きな足の力が強くなった。内蔵が飛び出そうになった。肋骨が圧し折れそうだ。
「でも、そんな中で唯一、僕を人間扱いしてくれた妹だけは……助けなきゃいけないんだ」
「ッ……それは其方の都合だ! 妾に関係ない!」
「君、此処を逃げて行く場所はあるの……?」
「……!」
その問いに恐竜は答えられなかった。
「ずっと研究所に居たのに餌の狩り方は知っているの? 戦い方は? 人間との接し方は? 人間はこの世界に沢山居る、避けては通れないはずだ」
「妾は……竜だ。誇り高き竜で、狩人だぞ」
威嚇するように唸った彼女は──そのまま頭を垂れてしまった。
「なのに妾は……何処にも行くアテが無い……妾は……此処に来る前の事を、何も覚えておらぬ……ッ」
「……じゃあ、一緒に探そうよ。君の行く場所を。此処がダメになったら……僕も、何処にも行くアテが無いんだ」
泣きそうな彼女の声。
虚勢を張っていたが恐竜はずっと辛かったのだ。
それは僕も同じだ。だからこそ僕らはきっと──手を取り合える。いや、手を取り合わないといけないんだ。
「其方、なかなか面白いではないか。……名乗ってみせよ」
足を退けた恐竜は──興味深そうに問うた。咳き込みながらも、僕は名乗る。
ただ一人の妹に付けて貰った名前を。
「僕はイクサ……君は……?」
「名前など無い。覚えてなど居らん。此処の連中は……妾の事をメガラプトル、と呼んでおったが……」
「メガラプトル……ッ」
メガラプトル。聞いた事があるぞ。
白亜紀に生息していた、長い鉤爪が特徴の中型肉食恐竜だったはずだ。
それなら、手っ取り早い、この子の名前は──
「メガ! 君は今日からメガだ!」