シトラス家の竜舎は無駄に大きく豪華だった。どうやらシトラス家はサーベルタイガーを代々飼育しているらしく、普通は部下の恐竜乗り達が乗るのだという。
ティーガーに見舞いをした後、僕は相棒の元に向かっていた。
事の仔細を話した後、僕が下した結論は──
「というわけで、もう少し留守番しててくれないかい?」
メガを置いて探偵の元に向かう、というものであった。
なんせ事務所がある場所は入り組んでいるらしい。出来るだけ恐竜の姿で居たいであろうメガには苦痛を強いてしまう。それならば、最初から此処でくつろいでもらった方がメガも楽だ。
しかし、メガの反応は思ってもみないものであった。
「其方ぁ……あのポンコツと同じ轍を踏むつもりかぁ~?」
ポンコツ……確かにあの師匠の事だが、それは否定しない。事実、今まで何度彼女が連れ去られたか数えようがない。最早伝統芸能であり、様式美であり、お約束だ。しかし、僕が師匠と同じ轍を踏むという点については異論を挟みたいところである。
「僕はそう簡単に捕まったりしないよ。師匠じゃあるまいし」
「妾を置いていく理由を聞こうか?」
「場所はバラージュの歓楽街。入り組んでるし、メガは入れないよ」
「人間の姿になって行けば良いだろう」
「……何だって?」
珍しいな。メガが自分から人間の姿に変身することを持ちかけてくるなんて。彼女は人間としての姿を嫌っている。進んで変身したがらない。合理的な理由があれば人間の姿を利用する事もあるが、あくまでもそれは手段として割り切っている。特に今回は別に変身してまで付いて来なくて良い、と僕の方から言っているのだから。
「油断したら賊に攫われるような町で其方を一人っきりにしておけんだろう!」
「……もしかして心配してくれてる?」
「ち、違う! 其方が居なくなったら、誰が探しに行くと思ってるのだ! 余計な手間をかけるくらいなら、最初からついていった方がマシだと思ったまでの事だ!」
指摘すると、メガの声が少しだけ上ずった。図星だな。カワイイ奴め。
正直、僕もこの町の治安については思う所が無いわけではない。護衛は欲しいところではある。
彼女なりに気を遣ってくれていることだし、メガが良いと言うのならば、連れて行くとしよう。
「素直じゃないなあ」
「フン! さっさと行くぞ。あの師匠の知り合いだ、どうせロクでも無い奴に決まっている」
「メガ、そういう言い方は良くないよ。決めつけだ」
僕は紹介状と一緒に貰った顔写真を見た。
ブロンドの髪に青い瞳の少女。見るからに清純そうな容姿じゃないか。あの師匠の友達とはとてもではないが思えない。こんな綺麗な人がまかり間違っても変人なはずがないだろう。
「名前はブラン。ブラン・バジルフィールド……こんな子が探偵だなんて信じられないけど」
「案ずるより行ってみれば分かるであろう?」
呆れたように言ったメガが一瞬で人間の姿に変身する。
そうして現れた少女の姿のメガに、僕は思わず見入ってしまった。
「……」
「どうした其方」
やはり、メガは変身して大人しくしていると普通の女の子にしか見えない。真っ赤な髪は洗い立てだからかとても綺麗だ。健康的に焼けた肌が眩しく見える。
不思議そうに首を傾げるその顔が──彼女の中にある純真さを表しているようで、僕はしばらく返事を忘れていた。
「な……何でもない、先に行くよ」
「変な其方だのう」
「変なのはメガだよ。てか、君にだけは変って言われたくない」
「んなーッ!? 其方って奴は本当にデリカシーの欠片も無いな!!」
「早く行くよ。置いていくからね」
「待てイクサーッ!!」
誤魔化すようにいつもの憎まれ口を叩き、師匠の言葉を思い出す。
好きな女の子に意地悪したくなるタイプ──か。あの人、人間を見る目だけはあるんだよな。悔しいけども。
※※※
──廃墟のビルの地下にある怪しげな部屋。そこには確かに『ブラン探偵事務所』の看板が立てかけられていた。どうやら身の安全を考慮して事務所をしばしば移転しているのだという。今はこのような廃墟に身を隠しているのだそうだ。
しかし、年中無休と聞いていた事務所にはこのような張り紙がされていた。
『本日暇につき、休み。事件が私を呼んでいるのデース!! 所長:ブラン・バジルフィールド』
との事らしい。ふざけるなよ。
「いや、デースって何だよ!! 暇につき休みって何だよ!!」
「おい。どうする? 日を改めるか?」
「善は急げ、首根っこを掴んででも見つけてやる」
「どうやってだ。そう簡単に見つかるものか」
「探偵が人に聞き込みをするなら、僕は何に聞き込みをすると思う?」
「道端のタンポポ」
「可愛いけど僕が寂しいヤツみたいな言い方はやめるんだ!!」
そこで、僕の能力の出番である。
僕は動物と会話ができる。それは恐竜だけではなく、町にいるようなネズミや猫、カラスが相手でも同じだ。
早速、その辺に居た猫に声をかけた。
「はーい、そこの猫ちゃん! この女の子知らない?」
「失せなさい? 私今、日課の毛づくろいの途中なんだニャン」
「え?」
「ナヨナヨしたメスっぽい人間には興味ねーのニャン、カァーッペッ」
べちゃり、と顔面に毛玉が吐きつけられた。
しばらくの沈黙が横たわった後。僕は──猫の尻尾の付け根を優しくトントンと連打していた。案の定、猫から艶っぽい矯正が響き渡るが気にしない。
「はひぃ、はひぃ、助けてぇ、もう勘弁してニャン……」
「さあ、もう一回聞くよ猫ちゃん。この女の子知らない?」
「お、おい其方……手段を選ぶとかそういう言葉を知らんのか……?」
「選んでいるよ。考えられる可能な限り穏当な方法をね。さあ猫ちゃん、ようやっと吐く気になったかな、毛玉じゃないぞ情報を」
「ひぃ、ひぃ、分かった、分かったのニャ……もう勘弁してほしいのニャ」
このように、動物相手に極めて穏当な方法で情報を集めていくのが僕のやり方だ。横でメガがドン引いているが知ったことではない。
「そ、其方ぁ……!! なんて破廉恥なのだ!! 不埒だぞ!! 妾に同じ事したら絶交だからな!!」
「何言ってんだよ、メガにそんな事するわけがないじゃないか」
「なんかその言い方は逆に腹が立つな!?」
「何だよ、じゃあどう答えてほしいのさ」
「ぐ、ぐぬぅぅぅ、も、もうよい! さっさと次に行くぞ!」
「え? このまま放置? 私このまま放置? 殺生だにゃーんッ」
こうして、街中の動物たちから女の子の写真を見せて行き先を探っていった結果──僕らが辿り着いたのは、豪奢なビルだったのである。
富裕層の居住エリアにある此処は、式典や冠婚葬祭に用いられる貸しパーティー会場だ。今日はとある企業の懇親会が行われているのだという。
しかし、会場のあるエリアは妙にざわついていた。会場の中に人が集められてはいるが、この通路には誰も人が居ないのは妙だぞ。警備員も何処に行ったんだろう。
気になった僕達は扉を開けて、中の様子を伺うことにするのだった。
すると──
「皆サン! 全員そろったようデスね!」
……パーティ会場のメインステージに立つのは、写真のそれと全く同じ金髪碧眼の美少女であった。
あれが探偵のブランさんなのか。もしかしなくても、探偵小説によくある推理ショーをやろうとしているのか。しかも、鹿追帽子に二重コート、まさにコッテコテの探偵コーデである。参ったな、既に変人の香りしか漂ってこない。
写真だけ見れば清純な美少女だったのに、どうやら僕の目は腐っていたらしい。
「御存知の通り、このパーティ会場で痛ましい殺人事件がありマシタ! 被害者は背中をステージの上で一刺し! 凶器の毒で窒息死したのデス!」
成程確かにメインステージの上に仰向けでスーツ姿の男が倒れているではないか。何故自警団を呼ばないのか本当に理解が苦しむ。立派な事件ではないか。
「そして、電話線は何者かの手により切断されており……外への連絡は出来ず! 貴方達は恐怖のズンドコに突き落とされたのデス!」
僕は胸を撫で下ろした。どうやら、この目立ちたがり探偵が自分の推理を披露するために自警団に通報しなかったわけではないらしい。正直見るからにやりかねないと思ってしまっていたが、僕の心もすっかり穢れてしまったのだろう。哀しみ。
「シカシ、御安心くだサーイ! 自警団が来るまでもなく、私にはもう、犯人が分かっているのデース!」
そして探偵少女の指は一際豪奢なスーツに身を包んだ男を指差し、高らかに告げる。
「犯人は……このパーティを主催したアナタ、デェース!!」
しばらくの沈黙。そして、犯人呼ばわりされた男が叫んだ。
「出鱈目言うなーッ! 大体おまえ、事件が起きるなり勝手に入ってきてどういうつもりだッ」
犯人呼ばわりされた男がでっぷりとした腹を揺らしながら怒鳴るが正論も良い所だ。 あの異常探偵女は完全なる部外者なのである。勝手に入ってきて勝手な事をしているだけなのだ。それに対する名探偵殿のコメントがこちら。
「立派な探偵は事件のニオイに引き寄せられてしまうのデスよ……」
黙れお前は立派な不審者だ。何の説得力もない。 これ以上頭痛の種を増やすな。
「ところで貴方、さっきからずっと頭を触っているデスね」
「ギクッ」
「ノワール、ゴーッ!」
探偵の肩に止まっていたコウモリが男目掛けてすっ飛んでいく。そして男の髪に噛みついたかと思えばカランカランと音が鳴った。 男の頭は丸々と禿げ上がっていた。しかし、地面に落ちたカツラの裏には血濡れたナイフが隠されていたのである。
「御苦労デス、ノワール! 流石の働きデスね!」
「キキーッ」
得意げに鳴いたコウモリ──ノワールは再び探偵の肩に止まるのだった。そして、凶器のナイフを指差しながら探偵少女ブランは高らかに推理を締めくくる。
「貴方は被害者を後ろから刺し殺し、そして停電が明ける前に凶器をカツラの中に隠したのデス!」
「くそぉ……!! まさか、全部お見通しとは……」
あ、推理は当てていくんだ……。その鮮やかな逆転っぷりにメガも目を輝かせている。
「おお! 本当に犯人を当てたぞイクサ! あれが探偵というものか! 妾もやる! 妾もやりたいーッ!」
「いや、うーん……」
世間一般の探偵とはちょっと違うような気がする。浮気調査や情報屋稼業が普通の探偵のやる事であって、殺人事件の犯人当てはレアケースだ。
しかし説明するのも面倒だったので、言及を避けた。あれが探偵のスタンダードスタイルだと思ってほしくはないのであるが。
「くっ、くそ……あいつが悪いんだ、あいつが俺のハゲを笑ったからいけないんだーッ!! だからこのパーティーで皆の前で殺してやろうって思ったんだーッ!! わざわざ主催権限で念入りに準備までしてなーッ!!」
しかも動機も人をわざわざ殺す程のものとは思えない。引き金が軽すぎるぞ。凶器は毒ナイフだけど。
「だけどなーッ、探偵さんよ。あんたは見落としていることが一つあるんじゃないか」
「デス?」
おっと、風向きが変わってきたな。
犯人は懐に隠していたホイッスルを勢いよく吹く。すると、天井裏が崩れて落ちてきて悲鳴が上がった。煙が晴れると、そこには細身の肉食恐竜が腰を低くして構えていたのである。
全身が羽毛に包まれた鳥のような恐竜。熊が軍鶏の皮を被ったような獰猛極まりない威風。フォルムこそ走竜のそれと同一だが、大型犬が尻尾を巻いて逃げるような体格差だ。野太い咆哮がパーティー会場を恐怖に陥れる。
……ああ、面倒な事になった。
「ユタラプトル! あの犯人、ユタラプトルを飼ってたのか!」
「バカデカい走竜か! 相手にとって不足は無いぞ!」
恐竜の名は──ユタラプトル。走竜の仲間でも跳び抜けた巨体の持ち主だ。そのサイズはメガとほぼ互角である。一般人を蹂躙するなら十二分な恐竜だ。
「俺はパーティの主催だぞ! こんなこともあろうかと前日、天井裏に子分を潜ませておいたのさ! 闇オークションで手に入れたユタラプトルだ!」
「大人しく投降するデス! まだ罪を重ねるつもりデスか!」
「言い当てられた犯人が大人しくしないといけない決まりは無いぞ! 探偵、お前には俺を制圧するための”暴”が足りなかったのさ!」
「クッ……”暴”を怠った私の敗けデスか……」
”暴”を怠ったって何? この人達脊髄だけで会話してるの? 何の修行? ああもう、突っ込むのも疲れた。いちいち付き合いきれない。
「メガ、変身だ。頼むよッ!」
「うむッ!!」
それにしてもなんで毎回こうも締まらないんだろうか。
逃げ惑う人々の流れに逆らい、僕らは会場に躍り出る。
混乱に乗じて変身したメガの上に飛び乗り、僕はユタラプトルの前に出るのだった。