「……悪いけど、これ以上の狼藉は見逃せないよ」
「何だァ!? 何処のどいつだ!?」
犯人の男が叫ぶ。そんな時に返すお決まりの台詞は──
「通りすがりの恐竜乗りさ!!」
「通りすがりの恐竜である!!」
人々が逃げ惑うパーティ会場にて、睨み合うメガとユタラプトル。
そして探偵はと言えば──
「スゴいスゴーい!! 大恐竜バトルの始まりデス!! こんなの見ねーと大損デース!!」
いや逃げろよ。でも、逃げたら逃げたでまた探すの面倒だから、もうこのままステージの上に居て貰うか。取り合えず友人がこんな問題児だった件についてレモン師匠にはしっかり「お話」しなければならないようだ。
「さっきから部外者ばっかり割って入ってきやがって!! ユタラプトル、そいつらを始末しろッ!!」
「キャオオオオオンッ!!」
咆哮したユタラプトルが全身の羽毛を逆立てたかと思えば、地面を蹴って飛び掛かってくる。相手を突き飛ばして地面に倒し、後ろ脚の鉤爪でトドメを刺す走竜共通の戦術だ。
メガもバックジャンプでそれを躱し、得意げに見下ろす。しかし、僕は鉤爪の食い込んだ床を見て血の気が引いた。
ユタラプトルの後ろ脚は金属製の鋭利な付け爪が装備されている。しかし、付け爪が食い込んだ床が音を立てて溶けているのである。
「毒だ! メガ、そいつの爪に当たったら死んでしまうよ!」
「何だとォ!?」
恐らくあれは腐食性の毒が仕込まれている。鉄の鎧ならば難なく溶かしてしまうし、生体にも害がある。即死はしなくとも掠っただけで致命傷になりかねない。治療も満足にできないだろう。じり、と焦燥感が僕の中に募る。一度のミスがメガの死に直結してしまう。
「クソッ、迂闊に近づけぬではないか! おいイクサ、いつものように交渉して宥めよ!」
……多分無駄だと思うけど……やるだけやるか。
「ねえ君──何でそんな奴に従ってるの!? このままじゃ君も殺人犯の片棒を担ぐことになる、自警団に殺されちゃうかもしれないよ!?」
「……人間。俺と話せるのか?」
聞こえた。ユタラプトルの声だ。低い成人男性のような声質をしている。
「──! 僕の声が聞こえてるんだね!? じゃあこのまま素直に投降するんだ! このままじゃ自警団が来て、君も危ない!」
僕の声に対し──ユタラプトルは確かに反応を示した。走竜は総じて知能が高い。非常にコミュニケーションが取りやすい恐竜だ。しかし、話が通じる事は説得に応じる事と同義ではない。
「……貴様の主張は理解した。だが、その上で俺は貴様を始末せねばなるまい」
「……だよねえ」
正直、予想通りだった。トリケラトプスと走竜では訳が違うのだ。知能が高い事は交渉の余地があることを必ずしも意味しない。
「……貴様の乗っている恐竜は、裏切れと言われたら裏切るのか?」
「裏切らないね……」
「それと同じ事。俺は主の命令を忠実に遂行するだけだ」
走竜は高い社会性と規範意識を持ち、小規模なグループで狩りをすることも多い。大柄なユタラプトルですら飼育下では飼い主の言う事をよく聞く。逆に言えば、飼い主や仲間以外の言う事を聞かないということでもある。
……総じて、走竜に対しては言葉が通じても交渉は出来ない。彼らは自分達のルールを絶対に曲げないからだ。
「駄目だったようだな、イクサ」
「……あんまり手荒なのは好きじゃないんだよなあ」
「仕方あるまい。同じラプトル同士、どちらが強いか決めようではないか!」
距離を取り、睨み合う両者。そこに水を差すようで悪いが──僕は一言。
「いや、同じじゃないんだよ、メガ」
「は?」
「ユタラプトルは走竜の仲間だけど、メガラプトルは今でも分類がハッキリしていないんだ」
その証拠にメガラプトルの大鉤爪は前脚についているが、ユタラプトル含む走竜は後ろ脚に曲がりくねった大鉤爪──シックルクローが生えている。
名前こそ「ラプトル」を冠する二匹だが、生物学的には仲間とは言えないのである。
いつもの癖でつい訂正してしまったのだが、メガにはそれが気に食わなかったらしい。
「何だそれはァ!! 妾が仲間外れだというのか!? 良いもーん、どうせ妾恐竜でもないし人間でもない中途半端だもーん、分類も中途半端だもーん」
「君、結構人間の貼ったレッテルを気にするよね!? こんな事でいじけないでよ!!」
どうやら要らぬコンプレックスを刺激してしまったらしい。反省だ。
「お喋りは終わりか? さっさとやり合うぞッ!!」
「あ、やば。来る! 来るよメガ!」
突撃してくるユタラプトル。僕はメガの横腹を軽く蹴り、反撃を促す。
気を取り直したのか、メガはその辺にあった丸テーブルに喰らいつくとユタラプトル目掛けて顎の力だけで投げ飛ばす。
しかし、ユタラプトルは飛んできたテーブルに飛び乗ったかと思えば、今度はパイプ椅子を強烈な脚力で蹴ってくるのだった。驚愕だ。見た目に違わぬ脚力である。
「口で投げるとは行儀の成っていないヤツだ、下等で下劣。知性の欠片も感じない。その爪は飾りかトカゲもどきめ」
パイプ椅子を口で受け止め、地面に叩きつけるメガ。こっちも流石の咬合力だ、大顎が頑丈だから大抵の物は受け止められるのである。
「あいつの言葉は分からんがバカにされとる気がするぞ!!」
「立派な爪があるのにそれを使わないのが腹立ってるみたいだよ」
痛烈な罵倒が飛んでいるが、恐らく口でモノを投げるのが野蛮だと言っているのだろう。ユタラプトルに限った話ではないが、走竜共は自分達の頭の良さを鼻にかけているフシがある。
しかし僕はそうは思わない。メガの大顎の強さは立派な武器だからだ。
「アホうはアイツの方だぞ!! 爪で受け止めては投げ返せんではないか!!」
「僕もそう思うよ。武器は適材適所、そして使えるモノは何でも使う。僕はメガの戦い方の方が好きかな」
「……ふ、ふんっ! あまり心にも無い事を言うでない!」
「本音なのにぃ」
メガは再び丸テーブルに喰らいつくと、それを持ち上げてユタラプトルの脳天目掛けて叩きつけようとする。直接近付くとキックが飛んでくる。物を振り回して武器にすることで一定の間合いは保つ。
しかし、またしてもステップを踏んだユタラプトルはテーブルの一撃を躱し、そして側面から蹴りを叩き込もうとした。したのだが──そこで動きを止めた。
「──ッ!!」
「──喰らえッ!!」
僕はスリングショットに野球ボール程の大きさの玉を装填していたのだ。僕に狙われていることに気付いたであろうユタラプトルはバックジャンプで避けに掛かる。流石の警戒心だ。しかし、迷わず僕はボールを撃ち放つ。
「こんなもの当たるかよ!!」
とはいえ、流石に機敏だ。甘いコースでは簡単に避けられてしまう。
それでも気にせず更に二発撃ったがサイドステップだけで躱されてしまった。見掛けによらず素早い奴め。
爆ぜたボールからは粘性の強いトリモチがばら撒かれ、床に広がるのだった。
「おい、当てる気があるのかイクサ!? しかも、わざわざ相手に予告してから撃つなど其方らしくもない!」
「ごめんメガ。トリモチは今ので全部だ、使い切っちゃった」
「何をやっているのだ其方はーッ!?」
……これが僕の切札の一つ、手製のトリモチ爆弾。大玉の中にはトリモチが大量に仕込まれており、炸裂すると辺り一面に撒き散らす。だが、大きくて重いので三つしか持ち歩いていないのである。
そしてそれは今の射撃で全て使い切ってしまった。もう無い。
「クカカ、そんなへなちょこ玉、当たる訳が無いだろうがァッ!! 乗っている人間までその体たらくでは──苦労させられているようだなトカゲもどきッ!!」
……やはり、動体視力は尋常ではないようだ。
ユタラプトルは動く物には必ず反応し、的確な対処をする。むしろ積極的に獲物を追う狩人なのだから動く物に反応するのは当然の事だ。
飛び道具で無力化するのは難しそうだ。かと言って接近戦を挑むのも危険すぎる。
さっきからユタラプトルが踏んだ地面が煙を立てて溶けている。一体どんな毒液を使っているのか想像もしたくない。あんなものを付けっぱなしにしていれば、いずれユタラプトルにも害が及ぶ。早めに決着を付けなければならない。
「……何か考えがあるのだな、イクサ? 其方は理由なく不合理な行動はせんだろう」
メガが問うてきた。
……やっぱり分かっちゃうか。あれだけ露骨に仕掛ければ、長年一緒に居ると言葉にせずとも分かってしまうようだ。しかし、それをユタラプトルにまで悟られるわけにはいかない。
「メガ。これから何があっても、ユタラプトルから目を離さないで」
「うむ!! 承ったァッ!!」
地面を蹴ったメガはユタラプトルに突っ込む。
きっとメガは、僕が思った通りの最善の行動をしてくれるはずだ。
「正面からッ!? 何処までも頭の悪い奴だ、下等なトカゲもどき風情がーッ!!」
飛び掛かってくるユタラプトル。
「ッ!?」
しかし気付いたようだ。僕がスリングショットを向けていることに。流石、頭が良い。これがティラノなら小さい僕の事など気にせず突っ込んでくるだろう。
すぐさまサイドステップを踏んで狙いを外そうとする。回りこんでメガの側面から蹴りを入れようとしているのだろう。だが、それで良い。それで良いのだ。
僕は構わず天井目掛けて弾を放つ。弾は天井にぶつかり──爆ぜた。
「何だッ!? ──ッ」
光が天井を包み込む。
僕が放ったのは閃光弾。今まで撃ってきた弾とは全く違うそれを反射的に見上げたユタラプトル。
必然的に閃光を浴びてしまうことになる。
「ぐあっ──こんな小細工──」
しかし片目を瞑っていたのだろう。戸惑いながらも動き出そうとする。感心した、閃光の対策までしているなんて、とんでもなく頭が良い個体だ。
だけど、もう遅い。ユタラプトルの視界からは、メガの姿は消えている。
メガは──迷わず真っ直ぐにユタラプトルの尻尾に噛みついていた。そして、抵抗する間も許さず、尻尾ごとユタラプトルを振り回し──これまでの鬱憤を晴らすように床へ叩きつけたのである。
「がはぁっ──!?」
背中から叩きこまれ、反撃しようと藻掻くユタラプトル。だが動けはしない。何故ならそこは──さっき僕がトリモチをばら撒いた場所だからである。
僕はトリモチ爆弾を決して野生動物には使わない事にしている。引っ掛かった生き物の身動きが取れなくなってそのまま餓死してしまうほど強力だからだ。
「トリモチを最初から君に当てるつもりは無かったんだ。当てようと思えば当てられたけど……身体にぶつけるだけじゃベトベトが纏わりつくだけで決定打に至らない」
「ぜ、全部、狙っていたのか……!!」
「一瞬の隙さえあれば、それで良かったんだ。君の反応速度は凄まじいし警戒心も高い。だから、それを逆に利用させて貰ったよ。閃光弾に気を取られてメガを視界から外したのが敗因だ」
「どうだ? 妾のイクサはなかなかやるであろう?」
「メガだったら閃光弾なんか気にせず突っ込んでいっただろうね」
「今妾の事もついでにディスらなかった?」
「ディスってないよ」
……褒められて照れた、とかではない。断じて。
「う、ごけない……!! こいつを、こいつをどうにかしろォ!!」
「大丈夫。そのトリモチは水で溶けるんだ。逆に言えば、水が無いと絶対に溶けないんだけど」
自警団が来て麻酔された後にでもトリモチは溶いてやろう。それまでは大人しく寝ているが良い。
「さっき、メガが走竜の仲間じゃないって話をしたけど……良い事もあったね。大顎のパワーは、メガラプトルの立派な武器さ」
「フン! 人間の勝手につけた名前に振り回される妾ではないわ!」
ウソつけよ。結構見栄っ張りだし気にする癖に。
……ともあれ、これで一件落着か。メガから降り、辺りを見回す。そう言えば何かを忘れているような気がする。そもそもどうして僕達此処に来たんだったか──
「……あっ」
そうだ。そもそもの目的を思い出した。
僕らは探偵を探しに来たんじゃないか。ステージの方を見たが、あの探偵も犯人も居ない。
もしかしてあの犯人、探偵を人質に取って逃げたのではなかろうか。
「メガ! 探偵と犯人だ! 急いで追うよ!」
「ああ、分かった!」
すぐさま会場の外にメガを走らせる。
しかし──通路に出ると、既に事件は解決していた。
「いだだだだだ!! 肩が!! 肩が外れる!! 外れるからァ!!」
「これが探偵流柔術バリツ、なのデース!!」
「バリツって何ィ!? 聞いた事無いんだけどォ、いだだだァ!!」
「キキーッ!!」
「しかも前が見えない!! なんか張り付いてるしぃ!!」
……探偵少女は犯人の男に関節技を決めて組み伏せていた。
更に、犯人の顔面にはコウモリが張り付いている。あの探偵が肩に乗せていたペットだろう。
どうやら人間相手だと強かったようだ。外を見ると自警団も来ているし、後は任せてよさそうだな。
「結局、この世界で生きていくには”暴”の修得が必要みたいだね……」
「探偵……なんてカッコいいのだ……!」
「メガ? 頼むから変な影響は受けないでね?」