──ユタラプトルは保護され、犯人も無事に逮捕された。
そして僕らはと言えば、探偵事務所に案内されていたのである。
「いやー、助かりマシタよ。本当にサンキューなのデース!」
メガも混乱に乗じて人間の姿に変身し、今は何食わぬ顔で僕の隣に座っている。
「えーと、ブラン探偵で間違いないんですね?」
「イエス! この私こそ、ブラン探偵事務所の所長のブランちゃんなのデース!」
「……事務所に居るんですか他に」
「居ないデスよ?」
居ないんかい。
「フフフ、名探偵であるこの私にはノワール以外の助手は必要ないのデス!」
「キキーッ」
「この子……コウモリ、なんですよね」
「コウモリじゃないデスよ。よく見てくだサイ」
ぴょん、とコウモリじゃないらしい生き物がテーブルの上に降りた。
よく見ると目は真ん丸としていて大きいし、口はヨダカのように大きい。全身がふさふさとした短い羽毛に覆われているから哺乳類だと思ってしまった。特徴を見ていくと違和感が凄い。
口なんてハエトリソウのようにばっくりと開くし。
「コウモリ翼竜……アヌログナトゥスって言うみたいデスよ?」
「翼竜と言えばどうしてもプテラノドンみたいな嘴の長いタイプを思い浮かべがちだけど、こんなタイプも居たんだ」
「黒いからノワールって私は呼んでるのデス! だって、覚えにくいデショ? アヌログナトゥスって。アナログ納豆と言い間違えそうになるのデスよ」
「アナログ納豆って何……?」
意味不明な造語が過ぎるぞ。
そんなアナログ納豆……ではなくアヌログナトゥスのノワールはオヤツのミルワームを齧っている。
もうまどろっこしいからコウモリ翼竜のノワールでいいや。
「ほうほう、愛いヤツだな。妾の肩にも乗ってみるか?」
「キキー」
「ギャアアア!! おい!! イクサ!! こいつ、鼻に噛みついたぞ!!」
「……君は何やってるんだよ」
「こいつすっごく凶暴だぞ!!」
「君にだけは言われたくないと思うけど」
ノワールに鼻を噛まれて悶絶するメガを横目で見ながら、僕は本題に入る事にする。
「ブラン探偵、貴女に依頼したいことがあって。紹介状も書いて貰っています。これを見せれば依頼を受けてくれるだろう、って」
「ほーう? この私に紹介状……って、これレモンの字じゃないデスか! ボーイ貴方、レモンの知り合いなのデス!?」
あ、ボーイって呼んでくれた。初対面の相手って大抵僕の事を女の子と間違えるのに。この人もしかして、本当に名探偵なのかもしれないぞ。
「ええ。レモン・シトラスさんは僕の師匠です」
「もーう、あの子ったら! 二年ぶりに帰ってきたと思ったら何も連絡してこないなんて! こんな可愛いボーイを弟子にしてたなんて、聞いてないデスよ!!」
「むがぁっ!? むごっ、むごーっ!!」
いきなり抱きつかれ、抱き締められる。む、胸が。この人、胸が大きい……圧死する……。
「あっ、ソーリー!! つい……」
「げほっ、げほっ、殺す気ですか……」
「いやーそれにしてもレモンが弟子! ショージキあの子、そういうのに興味ないって思ってたデスからね!」
「師匠とはどんな関係なんですか……」
漸く呼吸が整ってきたぞ。こんな所で死ぬわけにはいかないというのに。それにしても、大きかった……服の上からでも分かってしまうレベルだ。
「旧友デスよ。私、外から来たんデスけど……子供のグループに馴染めなかった私をあの子が助けてくれたんデス!」
「へえ、あの師匠が。それ以来友達なんですね」
「デモ……あの子、ちょっと危なっかしい所がありマスからねー……貴方も一緒に居たなら分かると思うケド……」
「あはは、結構抜けてますからね師匠。翼竜に連れ去られたり、走竜に頭を齧られたり、強盗に人質に取られたり」
「えっ、それは知らないデス……あの子相変わらず死ぬ目に遭ってるんデスね?」
「相変わらず?」
ブラン探偵は頷く。そんなに人生で何度も死ぬようなピンチに遭って堪るかという話だが、あの師匠の事だし僕が知らないところでも大変な目に遭っているのだろう。
「……レモンったら不思議と死ぬ目に遭っても生還するんデスよ。小さい頃、ビルの倒壊に巻き込まれたんデスけど……何故か無傷で生き残ったのデス」
……なんて運が良い人なのだろうか。じゃあ度々あの人が「私は死なない」って言っているのは、自分の運の良さを自覚しているからなのか。そんなバカな。
「ただ、あの事故以来、レモンったらちょっと人が変わってしまって……いつも深刻な顔で悩んでて」
「深刻な顔? 深刻さなんて師匠から最も縁遠いものだと思いますけど。真顔で大ボケかますのが師匠でしょ」
「……貴方がそういうなら、そうなのかもしれないデスね。貴方に出会って、変わったのかも」
悩みか。レモン師匠が悩んでいるようなそぶりを見せる所なんて見たことが無い。むしろ僕らが悩まされていたくらいだ。突拍子の無い事をしだすし、しょっちゅう捕まるし。
「それより、依頼ですよ依頼」
「ええ勿論! 何でも頼んでくだサイ! レモンの弟子なら、何でも聞いちゃうデスよ!」
「今、何でもって言いましたね?」
「イエス! バッチコーイ、デス!」
「三年前に起きたムラマサ研究所の虐殺事件について、何か知っていることはないですか」
……その場に沈黙が横たわる。
ブラン探偵はソファに座り込み、帽子で顔を隠してしまった。なんかもう嫌な予感がするぞ。
「あー、えーと、今のは聞かなかったことに」
「ムラマサ研究所の虐殺事件」
「そ、それは……N案件……知らなくて良い事、なのデス……」
また出て来たよ、N案件。だけど今度こそ手ぶらで帰るわけにはいかないのだ。
「おい何でもって言っただろ今」
「何でも聞くとは言ったデスけど、するとは言ってないデスよ……?」
「そうですか残念です。師匠には、貴女が大変役に立たないヘボ探偵だったとお伝えします。恐らく大層がっかりされると思いますよ。紹介人……いえ、古くからの友人の面子も丸潰れ、探偵にあるまじき醜態だと思いませんか?」
「ちょっ、レモンの名前をそこで出すのは違うデショ!? 待って! 帰らないでくだサイ! 話せば分かル!! 話せば分かるのデス!!」
違わないだろ、わざわざ紹介状まで書いて貰っているんだぞこちとら。離せ、腰にしがみついてくるんだけどこの人。
「ちょっ、重い!! 重いんですけど!! やめてくださいマジで、いい歳した大人なんでしょ!?」
「まだ私は十八歳デース!!」
「こやつ、胸に無駄に脂肪が詰まっておる所為で重いのだろう」
「ちょっと失礼なのデスが!! 無駄とは何デス、無駄とは!!」
「それより調べてくれるんですか! くれないんですか! どっちなんですか!」
「……うう、ううう……仕方ないデスねぇ……」
探偵は──僕らの前に正座で座っていた。余程首を突っ込みたくない案件なのだろう。
「……ムラマサ研究所の虐殺事件は情報屋界隈では悪い意味で有名な事件なのデス。そして、知っていても触れてはいけないケースとされているのデスよ」
「有名?」
「とある大企業が私設部隊を放ち、敵対企業のムラマサ研究所を襲撃。そして実験体の一人を連れ去ったのデス」
「……その大企業の名前は」
「私にそれを言えと……ッ!? 貴方に一体何の関係があるのデス!!」
「妹だよ」
「え」
僕は──拳を握り締めながら探偵を見下ろす。
「連れ去られた実験体は、僕の妹だ。僕はIXA-327号。ムラマサ研究所の生き残りで、逃げ出した実験体だ」
「妾もムラマサ研究所に住んでいた実験体だぞ」
「ッ……」
「僕はずっと妹を探してる。たとえ死んでも……絶対に妹の居場所は突き止める」
「そういうわけだ。妾もこいつの覚悟に中てられてしまってな、仕方なーく着いてきておるのだ、くくくっ」
「当事者、だったのデスか……ッ」
観念したようにブラン探偵は再びソファに座った。顔付も今までにない真剣さを帯びている。
「……もし私が、貴方の立場だったとして。そうデスね……レモンをいきなり誘拐されたら、きっと……どんな手を使ってでもあの子を助けると思いマス」
「それじゃあ……」
「……襲撃者を放ったのは、オルドビス重工ではないかと言われているのデス」
「オルドビス……?」
……聞いた事がある。確か、兵器製造を生業にしている巨大企業だったはずだ。
「それなら、ミヅハはオルドビスに囚われてるってことですか!!」
「ただ、オルドビス重工は世界各地に勢力を広げている大企業、妹サンが何処にいるかは正直分からないデスよ……」
「もしかしなくても触れたらいけない理由って……」
「相手があまりにも大きすぎるから、デスよ。貴方は実質、世界を敵に回す事になるのデス」
確かにその通りだ。オルドビス重工の拠点なんて各地にあるだろうに、いちいちそこを回るのか?
……それでも立ち向かわないと。僕は何のために今まで旅をしていたのか分からない。
「せめて、妹サンが捕らえられている場所さえ分かれば良いんデスけどねー……それに、貴方一人だけで勝てる相手ではないデスよ」
「……何か情報は無いんですか!?」
協力者なら後で幾らでも集められる。今は一つでも良い、情報が僕には必要だ。
「オルドビス重工については不可解な動きがあってデスね。私もウォッチングしていたのデスよ」
「ウォッチング?」
「……この画像を見てくだサイ。私の協力者が、この周辺の写真を撮っていたのデス」
テーブルの上には何枚かの写真が並べられる。
そこには──黒い機械に身を包んだ恐竜が森の中をうろつく画像だった。
「これって……?」
「オルドビス重工は強引な経営で敵も多いのデスよ。ムラマサ研究所の虐殺もその一部でしかありまセン。だから、様々な企業や国があいつらを監視してるのデス」
「……それで、こんな写真まで撮って監視してる人もいるんだ」
「他には……変なロボットがうろついてるって情報もあるみたいデス」
「ロボット? 磁気嵐の中で?」
「恐らく蒸気駆動の機械だと思いマスよ。とにかく変なカタチをしていたみたいなのデス。オルドビスがそんな旧型の機械を使うのは珍しいんデスけど」
どちらにせよ警戒するに越したことはない。機械は機械で恐竜とは別の厄介さがある。
「……結局、そのオルドビスとやらは一体何がしたいのだ?」
「軍需企業デスからねー。自分達の作った兵器が売れるなら何でもするって連中なのデスよ。ただ最近、あいつらがお熱なのは……”クリーンな戦争”なのデス」
「クリーンな戦争……?」
「イエス。現場に出る人間を最低限に抑え、社内で調教した恐竜のみの軍勢を組織する。それがオルドビスの目指すクリーンな戦争らしいデス」
……なんでドス黒いクリーンなんだろう。聞いただけで吐き気がしてくる。理解はできるがしたくない理念だ。
「元々恐竜の脳にチップを埋め込んで命令を無理矢理聞かせていたらしいデスけど……脳手術ってクッソ手間がかかるのデス。だから、脳手術無しで恐竜に命令を聞かせる技術を開発しているらしいのデス」
「……確かに聞いただけでリスクがありそうだ。失敗したら手塩に育てた恐竜も死なせてしまうだろうし」
「戦場で恐竜を消耗するならまだしも、戦場に出す前に恐竜を消耗はしたくないデショウから」
……うん。倫理観の欠片も無い連中だ。何処までも恐竜の命を道具か何かだと思っているのだろう。
「明らかに危なそうですね……他に写真は無いんですか?」
「そう言えば、人が写ってる写真があったデスよ」
ブランが写真を更にテーブルの上に広げる。
そこに映っていたのは──
「ま、恨まれるのも当然デスよね。こんな女の子まで前線に駆り出す企業の倫理観なんてたかが知れて──」
僕は写真を思いっきりひったくっていた。
そして、穴が開くように見つめていた。
メガも、ブラン探偵も、何も言えなかったのだろう。
ただ、時が停まったかのようだった。
藍色の髪。そして、後ろで結んだお団子。僕と同じくらいの背丈に、顔付。唯一、目だけがバイザーに覆われてしまっているが──僕には分かる。
「ミヅハ……ミヅハ、なのか……?」
写真を思わず握り締めた。
間違いない。間違うはずもない。あれだけ探しても見つからなかったのに。どれだけ情報屋を回っても手掛かりすら掴めなかったのに。
居る。間違いなく居る。ミヅハは居るんだ。此処に居たんだ。
「ウソでしょ……もしかして、その女の子が妹サン……?」
「イクサ!! やったではないか!! 苦節三年、遂に手掛かりが掴めたぞ!!」
「……ッ」
「イクサ……?」
「え……?」
あれ。何だろう。何でだろう。メガの顔がよく見えない。
視界が潤んで、目から熱い物が流れてきて止まらない。
「あれっ……ごめんね、メガ……僕……今、どうなってるのか分からないや」
※※※
一頻り泣いた後、僕は事務所を後にする準備をしていた。しかし、ブラン探偵はそれを制止する。
「しょ、正気デス!? 一人で行くつもりなのデスか!?」
「一人じゃないよ。僕にはメガが居る」
「って、その女の子に何ができるのデスか!! ……うん、待てよ」
探偵は──じろじろ、とメガの事を舐め回すように眺め始める。
「そのマント。さっき私を助けた恐竜に似ているような──」
やば。メガの正体に勘付いた。師匠はメガの正体知っているけど、騒ぎになりたくないから出来るだけ彼女が恐竜であることは伏せるようにしているのだ。
今から説明するのも面倒くさいし、どうせ師匠の友達だろうから──
「僕ら、今から行きます! ありがとうございましたッ!」
「あっ、ちょっと待つデース!! 依頼料はーッ!?」
「その紹介状に書いてるでしょ」
「は? ……レーモーンンンンッ!!」
ブラン探偵は紹介状の文面の一番下を見たようだった。正直幾ら友人と言えどどうかと思わなくもないが──このように書かれているので仕方がない。
『尚、私の可愛い可愛い弟子なので依頼料を取るだなんて言わないわよね♡ 追伸:いい加減に二年前に貸した小説返しなさい、あれ絶版でクッソ高いヤツなのに』
「許されるわけないデショ、クレーム入れてやるデスよ、あの七光女ーッ!!」
そんな探偵の絶叫を背に僕らは探偵事務所を後にした。正直……どっちもどっちだなって感想しか出て来ない。