廃研究所はバラージュから北上した先にある山の上にあるのだという。
森の中に入り、早二時間程が経過した。辺りは不気味な程に静かだ。
うっかりオルドビス重工の恐竜と鉢合わせしないか不安だったが、今の所それらしき気配も感じられない。山登りは順調なのだが、メガの顔は何処か暗い。
「妙に話が出来過ぎていると思わんか?」
「どうしたのメガ」
「……いや、遺伝子研究所に其方の妹。こうも欲しいものが一辺に揃うと……何だか怖くなってきてな」
怖い? らしくない、と思ってしまった。
メガにとって、人間の姿を捨てるのは悲願のはずだ。
そして僕にとってもミヅハと会うのは悲願のはずなのだ。
だというのに、どうしてメガはそんなに浮かない顔をしているのだろうか。
「これは忠告だ。イクサ、其方はミヅハの事になると冷静さを失う傾向にある」
「僕は冷静だよ」
「本当に冷静なヤツは自分の事を冷静だとは言わんからな」
「言葉遊びがしたいわけじゃないんだけどね」
「では単刀直入に言おう、其方はミヅハと戦う事になるやもしれんぞ」
その言葉に、僕は最悪の可能性を過らせた。
ミヅハと戦う? 僕が?
「どういうことだよ」
「さっきの写真、妾でも見て分かったぞ。明らかに顔に生気が感じられんかった。目は変なモノで覆ってある。研究所を襲った恐竜たちのようではないか」
僕は──三年前のあの日を思い出す。
あの恐竜たちからは、全くと言って良いほど声が聞こえなかった。
感情が完全に閉ざされ、自意識というものが封じ込められている状態。
ミヅハも──同じなのではないか、という疑念が過る。
「ミヅハは最悪、チカラを我々に向けてくるやもしれん。その時、其方はどうするつもりだ?」
……考えもしなかった。ミヅハが生きている可能性を見たことで浮かれてしまっていたのかもしれない。
相手は研究所を襲った悪徳企業。ミヅハに何をしていてもおかしくない。
ミヅハは明るい子だ。とてもいい子だ。兄として贔屓目はあるかもしれないが、それは間違いない。
だけど、オルドビスがミヅハに言う事を聞かせるために何かしらの工作を施している可能性は否定できない。
あの写真に写っていたミヅハらしき人物は、明らかにオルドビスの作戦に従事しているようだったからだ。
「もっと言えば、あまりにも事がスムーズに進み過ぎていると思わんか」
「あの探偵が嘘の情報を僕に掴ませているって言うのかい?」
「そう思えてしまうほどに、あまりにも全てが揃い過ぎているのだ。万が一のことを考えてレモンを連れて来なくて良かったのか?」
「前提として、ティーガーの風邪は治ってないんだ。無茶させられない」
「それもそうだが……」
「そして師匠には師匠の生活がある。これ以上、僕の妹探しに付き合わせるのは申し訳ないよ。ブラン探偵だって危険を承知で僕に情報を渡してくれたんだ。二人にはもう十分協力してもらっている」
「ああ、先が思いやられる……」
「いつになく弱気だね。普段の君なら有り得ない」
「……そうだな」
足取りが重い。走っているはずなのだが、明らかに鈍い。メガは──ずっと何かを懸念しているようだった。
「もし、ミヅハが洗脳されているなら、力づくでも取り戻す。準備は町でしてきたし、後は野となれ山となれ、さ」
「よく言う! トリモチ爆弾は使い切ってしまっておるではないか!」
「アレは作るのに時間がかかるからね……」
例のトリモチは一般的なそれとは名前が同じだけの別物だ。強力極まりないが素材を集めるのもなかなかに手間がかかる。作成に時間をかけていれば機を逃してしまう。
……とにかく先を急ごう。僕らには時間が無い。
「──うん?」
「どうした」
何だ。遠くから駆動音のようなものが迫ってくる。何処から来る──右側。森林の茂みの奥から木々を薙ぎ倒す音も聞こえてくるではないか。
「メガ、減速!! 反転するんだ!!」
「いきなり何だ!? ……む、この音は──」
メガも遅れて気付いたようだ。すぐさま回れ右するメガだったが、その判断は正しかった。
凄まじい轟音と共に木が何本も倒れ、皮膚がぶるぶると震えた。
山道に飛び出して来たのは──丸っこいロボットだったのである。
全身がビス留めされた装甲に覆われ、ウサギの耳のようなものが頭部から生えている。そしてコックピットと思しきハッチが前面に取り付けられている。
問題は右腕と左腕。恐ろしい事に両方共チェーンソーが取り付けられているではないか。殺す気満々か。
「恐竜じゃない!! 機械だ!!」
ロボットは車輪を回転させて此方目掛けて追いかけてくる。
「侵入者ァァァーッ!! 縄張り荒らす不届き者めーッッッ!!」
ロボットに取り付けられたラッパのような装置から少女の甲高い声がキンキンと響いた。明らかに敵意を抱いている声色だ。僕らが一体何をしたというのか。
「オルドビス重工──いや、何となくだけど違う気がする……!」
「根拠はあるのか!?」
「工業製品にしては作りが聊か甘く見えるよ。手作り感満載だ、企業のものじゃないね!」
蒸気駆動の機械は燃費が悪いので拠点から離れた場所では使えない。それに、装備が聊かお粗末な気がする。賊がああいうジャンクマシン使うのは珍しくないのだが、今回は偉くカワイイのが来たな……。
「そう言えば、ブラン探偵が変なロボットが山に居るとか言ってたけど、こいつらの事だな……!」
「機械なら遠慮は要らんだろうが……どうする!?」
「──強めのお仕置きが必要みたいだ」
唯一つ言えるのは、今は邪魔だということだ。これからミヅハに会いに行かないといけないというのに、こんなのに構っている場合ではない。
「オラオラオラァッ!! バラバラにしてやるかんねーッ!!」
「ッ……!!」
チェーンソーを振り回しながら迫ってくるロボット。真ん丸とした造形に反して、殺意が凄まじい。周囲の木々を簡単に薙ぎ払っている辺り、切れ味は本物のようだ、寒気がする。
「先ずはあの腕だ! 腕から切断しなきゃ……!」
「分かっておる!」
「切れ味はこっちも負けてない!! メガ、後ろからしがみついて!!」
「ああ、分かったッ!!」
正面戦闘はあまりにも危険だ。相手が迫ってくるならそれを利用するまでだ。
ロボットの攻撃をステップで躱し、爪を突き立ててメガがしがみつく。メガラプトルの四肢と爪の強靭さを侮ってはいけない。その気になれば崖すら登ることができるのだから。
「よし、メガ!! そのまま腕を根元から抉りだしてやれ!!」
「承ったぞ!!」
あんな回転刃物とまともにやり合っては指や腕が何本あっても足りない。ならばアームの根っこから破壊するまで。此処ならチェーンソーも届くまい。
前脚の鋭い爪をアームの付け根に突っ込み、ぐりぐりと捻じ込むメガ。中から何かが潰れるような音が聞こえてくる。
「嫌ーッ!! それパーツ高いんだからやめてよーッ!!」
少女の絶叫と共に背部から生えた筒から凄まじい勢いで水蒸気が噴き出したではないか。
メガの身体にアツアツの白い霧が吹きかけられる。
「ぎゃあああああ!? 熱い熱い熱い!! 火傷するではないか!! てかしたぞ!!」
「大丈夫かい、メガ!?」
流石に人間の皮膚よりよっぽど頑丈とはいえ、今のは堪えたらしい。爪を離して飛び降りてしまった。
「はぁ、はぁ、なかなかやるじゃん──ゲッ!! 右アーム動かないんだけど!! 何処か壊れた!?」
「タダでは転ばんぞ!! 妾の爪は金属にも通るのだからな!!」
腕の付け根からオイルが噴き出しているのが見える。そしてアームどころかチェーンソーまで動かなくなっているのが見えた。蒸気駆動の機械は幾つもの歯車とオイル管で動く精密な工芸品そのものである以上、少しの故障でパーツが動かなくなってしまう事も珍しくはない──と師匠が言っていた。素行はアレだが、教えてくれたことは大体役に立っているのだ。
「ッ……ソイツ、肉食恐竜の癖に前脚デカすぎでしょ!! あいつらの前脚ってちんまいんじゃないの!?」
「種類によるよ! メガラプトルの前脚は特別製だ!!」
「グググ、なかなかやるじゃん、侵入者の癖に。でもさあ、良い事を教えたげるよ」
「……うん? この音は──」
同じような駆動音が幾つも迫ってくる。右からも、左からも、後ろからも──
「機械は量産が効くんだよ。恐竜と違ってね!!」
ずらり、と次々に同じウサギロボットが僕らを取り囲んでいた。流石に数が多すぎる。一機でも手に余るのに、これでは流石に押し潰される。
「……イクサ!!」
強行突破するか? 時間が惜しい。
でも──そうなれば、メガは確実に浅くない傷を負う。
「この程度の輩、妾ならどうとでもなる!! 妹を探しに行くのであろう!?」
「投降するよ」
「イクサァ!?」
僕はメガから降りて──両の手を挙げた。そして、拳銃とスリングショットを上着から落としてみせる。
「なぁにぃ? 随分と大人しいじゃん」
「……君達の話を聞こう。メガを……僕の恐竜を傷つけないと約束してくれるなら、だけど」
「……なんか物分かりが良すぎて拍子抜けなんだけどー? 何か隠してるんじゃないの?」
「隠してないよ」
上着を脱ぎ捨て、そしてシャツも脱ぎ捨てようとする。すると──慌てたような声がロボットから響いた。
「ニャーッ!! ダメダメ!! 女の子がそんな簡単に脱いだら!! 分かった、分かったからぁ!! もういいって!」
……僕は男なのだけど。訂正しようと思ったが黙っておくか。同性と思ってくれていた方が丁重に扱ってくれそうな気がするし。
「ねえどうする、リーダー? こいつら多分噂のオルドビ何たら重工って奴らじゃないと思うよ?」
別のロボットから声が聞こえて来た。
そこまで覚えているならもう少し頑張れと思わないでもないが──その前に聞かねばならないことがある。
「も、もしかして君達、オルドビス重工の事知ってるの!?」
「オルドビ何たらは此処最近、ウチらの縄張り荒らしまくってる連中だよ! お前もそうじゃないの!?」
「僕はオルドビス重工とは何も関係ない! ただの通りすがりの恐竜乗りだ!」
「ふぅん、通りすがりかあ。でもさー、どうしよっかなあ。縄張りに入ってきたヤツをはいそうですかで帰したら──うちらの面子に関わるんだよねえ」
「面子で人の処遇を決めないでほしいな……」
どうする? と複数機のロボットたちが向かい合いながら相談している。シュールな光景だ。
「良し決めた! お前、うちに来なよ! 可愛い顔してるし、しばらく飼ってあげる!」
「飼ってあげるだって!? 人を動物みたいに!」
「それで手を打ってあげるよ! こっちもロボットの腕壊されてるし」
元々はそっちが襲い掛かってきたからではないか。だが、此処で反論しても火に油を注ぐだけ。我慢するしかない。
「うちだって……? 君達の拠点、この近くにあるのかい」
「うん!」
ロボットのチェーンソーが──山の上を指した。
「あそこにある──寂れた研究所! 今はボクらの秘密基地なんだよねーっ!」
……ドンピシャだ。こんな事ってあるのか。
彼女達のやっていることは立派な不法占拠なのであるが、都合が良い。
どうやらわざわざ廃研究所まで案内してくれるようだ。
「おい、イクサよ。どうするのだ」
「此処は流れに身を任せた方が良さそうだ。これはたとえ話だけど、川で溺れた時も藻掻かない方が助かるというしね」
「諦めて沈んでいるのではないか?」
「大丈夫。いざと言う時の事くらい考えているよ」
……取り合えず穏便に事が運べばいいのだけども。
「よし、そうと分かれば──全員ッ!! 催眠ガス放てッ!!」
「えっ」
ロボットたちのボディに付いた管から煙が放たれる。
不味い、これ……意識が持っていかれる……。
「ごめんねー? 君はともかく、君の恐竜は危ないからさ。ちょっとだけ大人しくしてもらうよ!」