山頂にある廃棄研究所は、瓦礫で出来た壁で四方八方が固められていた。すっかり彼女達の手で要塞化されてしまっているようだ。
意識の戻った僕は、ガレージに改造された研究所のロビーに連れ出されていた。辺りを見ると、十歳にも満たないような女の子達が工具を使って機械を弄っている。歯車や教本が辺りに散らばっている辺り、どうやら蒸気駆動の勉強をしているようだ。あの歳でなかなか出来る事ではない。
武器と荷物を没収された僕の前に、ロボットから一人の女の子が降りてやってくる。
「ボクはデジー! このバンカーズ・バニーの元締めだよっ!」
声色からして、最初に僕を襲った女の子に違いない。金色の髪をツインテールに結い、そして真っ白なリボンをウサギの耳のようにして結んでいる。
「バンカー……? ハハッ、銀行なのかい、此処は」
「そっちじゃない! 塹壕! 窪地! 要するに穴掘りウサギってこと! バンカーズ・バニーは泣く子も黙るガールズギャングさ!」
「だとしても随分と可愛らしい名前だこと……」
「あははっ! それはこっちのセリフだよ。よーく似合ってるよその格好。すっごくイイ!」
「……アリガト」
僕の目はきっと死んでいたと思う。
肌着の上から僕は──メイド服を着せられていたのだ。何処で用意したんだこんなもの。
「バンカーズ・バニーに新しいオトモダチが増えるんだもん。可愛くめかしこまなきゃだよっ」
「前に拾った服、リーダーは絶対着ないって言って聞かなかったんで丁度良かったッス」
「あははっ、ボクにカワイイのは似合わないかんねー」
死にたい。何が悲しくて男としての尊厳を投げ捨てなければならないのだろうか。しかも自分が着たくない服を押し付けただけじゃないか。
「ところでメガは何処に居るんだい? メガを傷つけないっていうのが君達の言う事を聞く条件なんだけど」
「地下室の牢屋に入れてるよ。考えられる全ての安全策を講じてるから出て来れないだろーね」
「……なんて酷い事をするんだ」
「殺してないだけマシだと重いなよ。恐竜なんて危ないし! その点、機械はまだ安全だよ。動力が無いと動かないかんねーっ」
「……メガに何かあったらただじゃ置かないぞ」
「やだな、人質は生きているからこそ価値があるんだもの。こっちから危害は加えないよ」
さて、憤ってはみせたが僕の内心は思ったよりも落ち着いている。とにかくメガが生きているなら、それで良いのだ。
このガールズギャング共はメガが人間に変身できることなど知る由もない。拘束具なんて人間に変身すればいつでも抜け出すことができる。拘束具を外してから再度恐竜に変身し直せば、後は檻を破壊して外に出られるという寸法だ。
そうなると、いつこの研究所から脱出するか、である。メガもむやみやたらに暴れるタイプではないので、僕の意向を酌んでくれるはずだ。
「メガに会わせて貰おうか」
「そりゃあ勿論」
デジーの案内で、僕は地下の一室に連れて来られた。そこには雁字搦めにされて動けないようにされたメガが鉄柱に繋がれていた。口輪に腕輪、両腕には金属製の拘束具。恐らく研究所に置かれていた実験動物用のものだろう、と推測される。その証拠に、辺りには古びた工具のようなものや注射が散乱していた。
「いやー、運び込むのに苦労したよ。寝てる恐竜ってすっごく重いからさ」
「……おいイクサよ。どうするのだコレは」
デジーには、メガが唸っているようにしか聴こえないだろう。僕もデジーに悟られないように指示を送る。
「ごめんよメガ。今は大人しくしていて」
「今はァ~? まあ良い、しばらくは寝ていてやる。今妾はすこぶる機嫌が良い」
怒り心頭と思いきや、メガはニヤケが隠せていない。まさかこいつ、この期に及んで──
「ぷふっ、其方、またそんな……ぷっふふふふ」
マジで覚えてろよ、この爪トカゲ。
「で……何か考えがあるのだな?」
デジーに悟られないように頷く。
彼女達はオルドビス重工と交戦しているということだ。何かしらミヅハの情報を握っている可能性が高い。それに、此処は元々遺伝子研究所。
一旦大人しくして調べ回る方が良いだろう。
「一日待ってやる。明日の夜には抜け出すからな」
もう一度頷いた。ミヅハの事も考えれば、僕も此処で大人しくはしていられないのである。
※※※
「それにしても、小さな子まで居るんだね此処は」
「みーんなワケアリなのさ。ボクと同じでね」
お揃いの同じオーバーオールを着た少女たちが缶詰を食べている。何処かから買い出しに行っているのだろう。
恐らく彼女達はジャンク屋だ。廃機械を売り買いしたり、機械製品を納品することで生計を立てているのだ。そして、拠点をこのような山の上に置いている理由は、所帯が多いから──何より、人嫌いの彼女達が都市部を避けているからだろう。
「ワケアリのワケの方を聞いても良いかな」
「にゃはは。ウチの親父、最悪の飲んだくれでね」
そう言ってデジーが前髪を掻き上げる。そこには──亀裂のような傷が横一文字に刻まれていた。
「酔ったら、いっつもお母さんやボクを瓶でブン殴ってたんだ。お母さんが病気で死んでもそんな感じだったから、機械と設計図一式盗んで逃げてやったんだよーっ! にっしし、ザマーミロだよ」
「ッ……」
あまりにも痛々しい傷と過去をさらりと晒したのは何故だろうか。デジーは辛くないのだろうか。
「でも親父は機械屋としては立派だったよ。あの設計図のおかげで、ボクは今こうして皆と暮らせてるからね」
「……そういう、ことだったんだ。その歳で設計図のものを再現できるなんて、デジーは凄いんだね」
「まーねっ!! ボクはこれでも天才なのですっ!!」
胸を張るデジー。だが、言うだけの事はある。
「後、今のうちらの主力のロボット……ラピッドラビットはゼロからボクが設計した自信作! 中型恐竜までなら何とか対抗できるシロモノだよっ!」
「ラピッドラビット……ああ、あのウサギロボットか」
あいつ、あんな名前だったのか。確かに丸っこい図体に反して随分とすばしっこかったな。名は体をよく表している。
「でも、力が無いと人間はアッサリと押し潰される。力が無いと生き残れないんだ」
ぎり、と歯を食いしばりながら──デジーは言った。
「……家出してすぐ、同じような境遇の子達で集まってたんだ。しばらくは平和だった。でも……その町に恐竜を連れたギャングたちが現れて……皆殺された。ボクだけ生き残った」
「ッ……そう、だったんだ」
恐竜を連れたならず者なんて、今の時代は珍しくない。だから何処の町も国も恐竜乗りという資格を作って優遇し、無資格者を積極的に狩りに行っている。
力を持った愚か者の行く末はいつも決まっている。力を持たない者達を蹂躙することだ。デジーもその被害者の一人なのだろう。
「……あれから何年も経ったけど……今の仲間達は誰一人失いたくない。だから、恐竜に負けないくらい強いメカを作ってやる……って思ってたけど。いつかとか言ってられなくなっちゃったよー……」
「オルドビス重工の……恐竜だよね」
「うん。間に合わないなら間に合わないなりに何とかするしかない」
デジーは頷き、仲間達を見回した。
「ボクはバンカーズバニーのリーダーだよっ。リーダーとして皆を守らなくっちゃ!」
口調は軽いが、デジーの眉間には皺が寄っている。きっと彼女は、言葉とは裏腹に今も仲間を守る重圧に押し潰されそうなのだろう。
デジーは僕と似ている。大事な仲間も一度は皆喪った。だから、今度は絶対に喪わないと必死なのだ。
だけど、だとしても──メガへの仕打ちを許すわけにはいかない。
「……だから、メガを攻撃したの? だから、メガを閉じ込めたの? わざわざガスを使って眠らせて──」
「言ったでしょ? 恐竜は危ない。簡単に人を殺せる。お前は信用できても、お前の恐竜は信用できないよーだ」
「……どうしたらメガを解放してくれるの」
「危ない奴らがうろついてて、ただでさえ皆怖がってるんだ。これ以上、不穏因子を増やせない」
デジーは質問に答えなかった。どうやら、ただで返してくれるつもりは無さそうだ。
「さ、分かったら掃除!! 洗濯!! 後、チビ達に絵本を読み聞かせ!! たっぷりしごいてやるからねーッ!!」
「うぐぐぐ、暴君だ……」
幸いだったのは、師匠との生活でひと通りの家事の経験をしていた事だろう。というのも、師匠は生活能力がまるっきり無いので、放っておくとすぐにログハウスの中が散らかっていくのだ。女物の服まで洗濯させられていたので、扱いには慣れている。
「すごーい、イクサちゃん! 洗濯上手!」
「部屋の中ピッカピカ! これイクサちゃんがやったの!?」
「ねえ、次はこっちの油汚れもお願い!」
……しかし、研究所の中は広い上に少女たちの手で工場として改造されており、なかなか掃除は難航した。捨ててはいけないもの、触ってはいけないものに細心の注意を払いつつ──僕は目ぼしい資料を探していた。
とはいえ、此処が研究所として使われていた頃の資料など殆ど残っていない。メガが欲しがっていそうなものは無さそうだ。
……そりゃそうか。機密文書もあるだろうし、研究所を解体する時に大抵のものは持ち出しているに決まっているだろう。
「それにしても」
……廃研究所の中は妙に明るい。
電気が通っているのだ。この辺りは磁気嵐も酷く、電子機器はまともに使えないはずだ。最初はランプでも使っているのかと思っていたが、見ると電線のようなものが通っている。
「何処かに動力源でもあるのか……?」
気になって、僕は配線を辿る。元々あったものではなく、増設されたものに違いない。そうして、辿っていくと、鉄扉に突き当たる。扉の隙間に電線が通されているが、肝心の扉が開かないので先に進めない。
……不可解だが、この辺にしておこう。お風呂掃除も頼まれていたのだから、あまり空けていると怪しまれる。
※※※
……長い長い風呂掃除が終わり、女の子たちが皆風呂に入り終えた後、僕は一番最後に湯船に浸かっていた。
それにしても何と豪華な大浴場なのだろうか。極東の島国には大風呂の文化があると聞いたが、此処までとは思わなかった。果たして一体これで何人入れるのだろうか。この研究所を作った関係者に極東の人間が少なからず混じっていたのだろうか。向こうは現代でも技術大国だと聞いているし。
問題はこの風呂場に使う大量の水だ。恐らく川や地下から水をくみ上げているのだろう。では、それを汲み上げる機械はどうやって動かしている? 排水処理の設備まで完備されていると思って良いだろう。
結局行き着く疑問は唯一つ。磁気嵐の酷い環境で、どうやってこの研究施設を稼働させていたんだ。
「……研究所を稼働させるための技術の副産物……か」
「なーにを小難しい顔をしておるのだ其方は」
「いやさ、この研究所には不可解な事があまりにも多すぎ──うん?」
湯船の縁で項垂れていた僕は振り返る。そこには──ぷかぷかと背中で湯船に浮かぶ見覚えしかない赤髪褐色恐竜少女の姿があった。
さぁっ、と僕の全身から血の気が引く。
「何で君まで風呂に入ってきてるんだよ──メガ!!」
僕はメガから思いっきり視線を逸らした。今の彼女は何も身に纏っていないのだ。
明日の夜までは大人しくしている手筈ではなかったのだろうか。
てっきりガールズギャング共のうちの誰かが風呂に乱入してきたのかと思ったら、予想の更に斜め上を行ったな。
「案じるな、あいつらはどうせまだ妾が出て行ったことに気付いておらぬ」
「どうしたんだよ、何で抜け出して来たんだよ!!」
「首尾はどうだ? 何か有力な情報は掴めたか?」
「駄目だ、研究所の中はすっかり改装されてて資料らしきものは残っていなかった。問題は磁気嵐が酷いのに、どうやってこの研究所の施設を動かしているか、だけど」
「ハハハ! やはりそうそう上手くはいくまいな!」
「君こそ何やってんだよ、大人しくしているんじゃなかったのかよ」
「荷物と其方の服はしっかり取り返してきたぞ? ずっとあの恰好では情けないであろう」
メガがタイルの上を指差す。成程確かに僕の服と荷物だ。濡れるような場所に置いておくんじゃないよ。
「それでわざわざ人の姿で大立ち回りしてくれたのかい? 気付かれていないだろうね」
「そのような初歩的なミスはせぬ。この姿はちっこいから隠れるのに都合が良い。それにあいつらは妾がまさか抜け出しているとは夢にも思っていないだろう。感謝するが良い!」
「フン。君も大概僕の事が好きだよね。わざわざなりたくもない人の姿に変身してくれるんだからさ」
今だって恐竜の姿に戻れる余裕があるはずなのに人の姿で入浴している。僕は時たまメガの事がよく分からない。人間の姿は彼女にとっては忌むべきもののはずなのに。
「確かにこの姿は好きではない。しかし──其方、妾がこの姿でいると嬉しいのであろう?」
からかうようにメガが言った。頬が熱くなる。まるで見透かされたような言い分だ。
「なっ、そういうわけじゃない!! 君は恐竜だ!!」
「クッハハハハ! やはり其方は可愛いのう。どんなに取り繕ってもやはりオスだということだ。いつも其方には世話になっているからな、特大サービスと言うヤツであるぞ」
「ふざけるのは止してくれ! ……それより、勝手に部屋から抜け出した言い訳の方を聞こうか」
「言い訳なんてして良い訳が──」
「メガ」
「悪かった悪かった。良いか、とてつもなく恐ろしい気配を感じたのだ」
「……気配?」
メガはざぶんと音を立てて湯舟の中に座り込む。そしてすい、と近寄ってくる。正直目のやり場に困るのでやめてほしいのであるが。
「ああ。居ても立っても居られなくなってな。悪い事は言わぬ、さっさと抜け出した方が良いやもしれん。こんな茶番はお終いだ、先んじて手を打たねば」
「待ってメガ。君が感じた恐ろしい気配ってのは研究所の外からなのかい。それとも──」
僕が思わず立ち上がったその時だった。
大浴場の扉が思いっきり開く。
「ねーっ!! 一緒にお風呂入ろーよ!! 折角だしさーッ!!」