……湯煙の中を躊躇なく歩いてくるのは──デジーだ。
バカな。さっき他のメンバーと一緒に入浴は済ませたはず。まさか僕と風呂に入りたいがためにもう一回来たのか!? 理解出来ない!!
「女の子同士、何も気にすることは無いよねーっ! ほら、極東には裸の付き合いだなんて言葉も……ある、し……」
デジーの視線が──僕の股間に向いた。そして遅れて、湯船の中に座っているメガに向く。
「……は……え? ついてる……? でっか……? てか、その赤い女の子誰……?」
……これはもう誤魔化せないな。
「強行突破だメガーッ!!」
「承ったーッ!!」
「え、あえ、えええええ!?」
恐竜に変身するメガ。悲鳴を上げるデジー。それに構わず荷物と服を回収する僕。すぐさま脱衣所の扉を突き破り、僕らは廊下に躍り出たのだった。いつもの服を着こみ、鞄を背負う。そして脱兎の勢いで研究所の出口を探す。
しかし──後ろから、凄まじい勢いで駆動音が鳴り響く。あの兎のロボット──ラピッドラビットが一機、チェーンソーを両手に追いかけてくるではないか。恐怖しかない。此処が屋内でもお構いなしか。
「説明しろーッ!! 説明を求めるーッ!! お前男だったのかよーッ!! とゆーか、なんで恐竜が抜け出してんのさーッ!! しかも今変身した? 女の子が恐竜に変身したよねーッ!?」
明らかに混乱したような声色だ。可哀想に、状況が上手く咀嚼できていないのだろう。僕らの所為だけど。
「ごめんね!! でも見た目で女だって勝手に判断したのは君達の方だよ!!」
「黙ってたのはソッチだよね!?」
返す言葉も無い、耳が痛い。だが、そっちもいきなり襲って来たしお互い様だろう。
「急いでるんだ。さっさと此処から出して貰うよ!!」
「通るかそんなもん!! とんだペテン野郎じゃないかーッ!! その股にブラ下がったものをコイツで切り刻んでやるーッ!!」
なんて恐ろしい事を言うんだ。そのチェーンソーを振り回されたら人体なんて木っ端微塵になってしまうだろうに。
「おい其方よ。動物相手に詐欺紛いの交渉を続けていたら、とうとう人間からもペテン呼ばわりされるようになってしまったな、ガハハ!!」
マジで本当に覚えてろよ、この爪トカゲめ。僕の尊厳が掛かっているんだぞ。
ロビーに躍り出る。他の女の子たちは風呂に入って、もう寝ている時間だ。そして外にいるのは、警備の為にウサギロボットに乗っている子達のはず。あれを掻い潜って門を突破しないといけないのか。なかなかに骨だ。
そう思っていた矢先、緊急警報が鳴り響く。不味い、他の女の子も気付いたのか。応援を呼ばれる、と身構えた時だった。
『緊急事態!! 緊急事態発生!! 外壁に侵入者!! 恐竜が多数!! 恐らくオルドビス何たらの連中だと思われーッ!!』
「外……ッ!?」
「外壁!?」
研究所内に放送が鳴り響いた。すぐさまロビーの扉を突き破って突破した僕達。暗い空を──翼竜たちが飛び回っている。
その目には黒いバイザーのようなものが取り付けられており、背中に人間らしき姿は見当たらない、しかし人の手が加わっている以上野生個体とは考えにくい。
耳を澄ませ、翼竜たちの放つ声を聞き取ると──ぞくり、と肌が粟立った。
「苦しい、クルシイ──命令、メイレイ、命令……」
「実行……実行……実行」
思わず聞き取るのをやめてしまった。ダイレクトに翼竜たちの苦しみが伝わってきたからだ。やはり、彼らは操られているのである。
「イクサ、大丈夫か!?」
「平気だよ。でも、この翼竜たち……自分の意思で動いてるわけじゃない……!」
「オルドビス重工とやら……とうとう襲撃してきたのか!?」
更に──研究所と外を隔てる巨壁が大きな音を立てて揺れている。何かがさっきから力任せにぶつかっているのだ。壁の周囲には警備用の機体の姿があった。
怯えたデジーの声がロボットから聴こえてくる。
「皆ッ!! 駄目だよーッ!! 避難してッ!!」
警備機たちが散開すると共に──壁が音を立てて崩れた。力任せに踏み入ってきたそれは、大きく咆哮を上げる。
二足歩行、巨大な大顎、小さな前脚。典型的な大型肉食恐竜だ。
しかし、ずんぐりむっくりとした印象のティラノに比べれば筋肉質でスリムな印象を受ける。
何より、のっぺりとした顔とナイフのように鋭い歯からは対話を拒むような狂暴さを感じさせる。
北米の暴君と比肩するは、南米の帝王。人は巨竜をこう呼ぶ──
「ギガノトサウルス……ッ!!」
「コォオオオオオオン……!」
静かに唸りながら、巨竜・ギガノトサウルスは真っ直ぐに僕らの前に躍り出た。そして──ギガノトサウルスの鞍上には誰かが乗っているのが見えた。
「ッ……!?」
それを見た時、僕は言葉を失った。
少女だ。後ろでお団子にした藍色の髪。僕と似通った背格好。あの頃と何一つ変わらない姿。
唯一つ違うのは、彼女もまた、恐竜たちと同じように黒い機械で目元を覆っていたことだった。
「ミヅハッ!! 間違いない、ミヅハだッ!!」
「えっ、知り合い!?」
「オルドビスに攫われてた僕の妹だッ!! やっと見つけた──けど……ッ!!」
「コォ……オオオオオン」
大口を開け、ギガノトサウルスは僕ら目掛けて襲い掛かってくる。
鞍の上のミヅハは僕に全く反応を示さない。
「任務……遂行……排除、排除……!!」
そして、ギガノトサウルスもまた──定型のようにずっと同じ言葉を繰り返している。
どうして、どうしてこうなっているんだ。ミヅハも、操られているのか。
「通させるかーッ!!」
「リーダーの手は煩わせないよ!!」
二機の警備用ロボットがギガノトサウルス目掛けて飛び掛かる。しかし──尻尾の一撃で一機目が薙ぎ払われて壁に叩きつけられ、動かなくなった。そして大顎にもう一機が喰らいつく。
「や、やっば──!!」
しかし、機体の底部に脱出ハッチが用意されていたらしく、搭乗者の女の子はそこから抜け出す。だが、間もなくロボットはギガノトの大顎に嚙み潰され、爆散するのだった。
這う這うで逃げ出す搭乗者の少女。だが、それすらも追い打ちをかけようとギガノトが後ろ脚を振り上げる。まずい──
「メガッ!!」
「分かっておるッ!!」
僕はスリングショットを引き絞り、ギガノト目掛けて弾を撃ち放つ。暗視スコープの役目も兼ねているなら、こいつは一際効くはずだ。しばらくは何も見えないだろう。
夜の闇を一際強い光が塗り潰した。が──
「イクサよ、あいつ怯んでないぞ!!」
ギガノトは全く怯む様子を見せず、女の子目掛けて大顎を開けて迫る。
まさかあのバイザー、暗闇だけでなく強い光にも瞬時に対応できるのか。だとするとまずい、ギガノトを止める手段が無い。間に合わない──
「ボクの仲間に、手ェ出すなーッ!!」
諦めかけた時だった。ギガノトの頭部にウサギロボットが飛び掛かる。デジーの機体だ。
振り払おうとして暴れるギガノトサウルス。その隙に僕は女の子の元に駆け付けた。
「掴まって!!」
「う、うんっ……!!」
手を伸ばした僕。女の子はそれを掴み、鞍の上に上がる。そしてすぐさまメガはギガノトサウルスから離脱するのだった。壁の方を見ると、さっき叩きつけられた方の機体からも女の子が脱出するのが見えた。
すぐにメガはそっちの方に駆け付ける。もう一人の女の子も、おっかなびっくりではあるがメガの上によじ登った。
「これで二人助けた……!!」
僕が仲間達を助けたのが見えたのか、デジーもギガノトから離れ、そのまま凄まじい勢いでメガの元まで疾走した。僕の後ろで女の子たちは泣きべそをかきながら叫ぶ。
「うえええええええん、ごめんなさい、リーダーッッッ!!」
「あたしら何もできませんでしたぁぁぁーっ!!」
「何言ってんのさ、無事でよかったよ……それより、ウチの機体じゃあのデカブツには勝てない! 早く皆で避難するんだ!」
「リーダーはぁ!?」
「あいつらを誰かが止めなきゃでしょ!! 訓練した通り、対空防備!! 後、防護シャッターを展開!! トカゲ一匹通すなーッ!!」
「はいーッ!!」
少女たちが研究所へ逃げ込む。そして間もなく──研究所一帯を頑強なシャッターが覆った。
しかし、気休めでしかないだろう。さっきの壁を突破できるなら、あのギガノトサウルスはシャッター如き難なく破壊できるはずだ。
つまりここで──ギガノトサウルスを止めるしかないのである。
「ねえ、何でボクの仲間を助けたのさ!」
「駄目だったかい?」
「駄目じゃないけどぉ……! あんなにひどい事したのに──何で助けてくれるのさ!?」
「デジーは僕と同じだからだよ」
「えっ……?」
バイザーを取り付けられた妹に視線を遣りながら僕は叫ぶ。
「一度全部失って……それでも、また失わないように藻掻いて必死になってる。君は、仲間を守りたかっただけだ。そうだろ!?」
「ッ……それは、そうだけど……!!」
「僕だって同じだ。メガを……そして、妹を守りたいんだッ!!」
並び立つメガとウサギロボット。
その前にギガノトサウルスが立ちはだかる。
研究所の壁から対空火器が競り出し、翼竜の群れを打ち払っているのが見えた。ならば地上は僕らが抑え込むしかない。
「へーえ……ボク、ちょっとだけお前の事誤解してたかも」
「僕らの目的は同じだ。ギガノトサウルスを止めるよ!」
「言われなくってもぉ!!」
ギガノトが強く地面を蹴り、迫りくる。大顎の一撃はメガであっても致命傷だ。絶対に当たってはいけない。二人で分散して、常に狙いを付けさせないようにしなければ。
「──命令命令命令──襲撃、空中より襲撃せよ」
「!?」
脳がズキリと痛んだ。流れてきた声は──命令だ。そして、その命令の言葉は──ミヅハが発している。
ミヅハが直接口にしているわけではないが、恐竜たちの発する声がミヅハのそれに変じているのだ。
そして、今まで研究所の周囲を旋回していた翼竜たちが次々に僕ら目掛けて飛んでくるではないか。
「邪魔者、排除」
「排除、排除排除」
翼竜が甲高い声を上げて僕ら目掛けて飛んできた。命令を出しているのは誰だ──とギガノトを見て僕は全てを察する。
「ミヅハ、君の能力は……ッ!!」
──生き物を支配する力。
一言で言えば、そうなのだろう。
どうして彼女が僕に能力の事を話したがらなかったのか。そして、僕の能力を「一番優しいチカラ」だと評したのか、直感的に僕は理解した。
生き物の事が大好きだったミヅハだからこそ、己に生まれつき配られた能力の事を許す事が出来なかったのだ。
対話の余地等無く、生き物を問答無用で従わせる力。そしてオルドビスはその能力を欲して、ミヅハを攫い、今この瞬間も悪用している。
あんなに表情豊かで明るかったミヅハを、あんな機械人形のように変えてしまったオルドビスの所業に僕は──憤りが頂点に達する。
「そんなの……許せるわけないだろッ!!」
「ッ……!!」
「メガ!! あいつらの機械を狙うんだッ!! 出来るよね!?」
「無茶を言うッ!!」
それに応えるようにしてメガは、襲い掛かってきた翼竜の頭部に埋め込まれた機械に爪を食い込ませ、地面に叩きつける。
もう一匹は尻尾で思いっきり打ち払い、そして後ろ脚で頭部の機械を踏み壊した。
「くわ?」
しばらくのたうち回っていた翼竜たちだったが、やがて正気を取り戻したかのように起き上がると、ギガノトを見るなり怯えて飛び去って行くのが見えた。
「機械が壊れたら逃げていったぞ!?」
「……やっぱり。完全に生き物を支配できるわけじゃないんだ」
「どういうことだ!? イクサ、気付いておったのか!?」
「メガ、恐らくミヅハの能力は他の生き物を操ることだ」
「──操る!?」
「そうだよ。ムラマサ研究所のデザイナーベビーには一人に一つずつ特殊能力があるからね」
そして、オルドビス重工はその能力を利用して恐竜軍団を作った。
「ミヅハ本人もオルドビスに洗脳されている。だから、ミヅハを仲介してオルドビスの命令を恐竜たちは実行しているに過ぎない」
「何と回りくどい真似を……!! ん? 待てよ。では、妾も操られるやもしれんではないか!!」
「恐らくは”できない”と考えよう。どうせ君をこの場で洗脳されたら僕には打つ手が無くなる……ッ!!」
「決め打ちではないか!!」
尚、根拠はもう一つある。もしも遠距離の恐竜を無制限に操る事が出来るなら、わざわざ機械など付けずともその辺に幾らでもいる野生恐竜を現地調達して増援に加えさせれば良いのだ。
それをしないということは──そもそも「できない」のではないか、と考えるのが自然だ。あの能力は見た目ほど万能ではないのだろう。恐竜に取り付けられた機械がミヅハの命令を中継して伝播させていると考えられる。
……いや、そう考えなければまともに戦う事など出来はしないのだ。
「だから、あの機械を通さないと遠距離の生き物には命令を出せない……と予想する」
そして、この仮説が正しい場合、機械を破壊しただけではギガノトサウルスを解放することはできないと考えるべきだ。指揮者であるミヅハが翼竜ではなく尤も強いギガノトサウルスに乗っているのは、簡単に洗脳を解かせないようにするため。
大型恐竜の洗脳が戦場で解けたら、逆に此方へ牙を剥く可能性もあるからだ。
「逆に言えば、機械を取り付ければ一斉に大勢の生き物に命令を出せるということか! なんと悪辣な!」
だから、最早人間が騎乗する必要すらなくなったんだ。ブラン探偵が言っていた、オルドビスのクリーンな戦争というのは──ミヅハのような支配能力で一斉に恐竜を操って軍団を作るというものだったのだろう。
……ふざけるなよ。何がクリーンな戦争だ。替えの効くクローン生物やデザイナーベビーはどれだけ使い潰しても良いっていうのかよ。
「──命令──命令を実行せよ」
ギガノトサウルスのバイザーが赤く光り、突進してくる。かと思えば──僕らの事は無視して、シャッターに向かって大顎を開き、噛みついたのだ。ナイフのような歯はあっさりとシャッターを貫通し、そしてへしゃげさせてしまう。
だが、今こうしている間にも空からは次々に翼竜がメガとデジーに襲い掛かってきており、それを撃退するので精一杯だ。
「んにゃーっ!? あいつ、研究所に入ろうとしてるよーっ!! シャッターなんてミリも役に立ってないじゃんっ!!」
「妾達を雑魚に任せて自分は中に入るというわけか!! やらせんぞ!!」
一体何が目的なんだ。あの研究所の中に何があるっていうんだ。
……待てよ。オルドビスが狙いそうなものがまだあるじゃないか。
「分かったぞ、あいつが狙ってるものが! 如何にも兵器屋が狙いそうなもの!!」