「んにゃっ……!? いきなりどーしたのさ、イクサァ!?」
「この研究所の動力源だよ!! あいつの狙いは、この研究所の動力源だ!!」
デジーが気の抜けたような声を出した。
「ずっと不思議に思ってた。磁気嵐の酷いこの山で、どうやって電子機器を動かしてるのか──デジー、何か知らないかい!?」
「それは……あ、ある……!! 研究所の地下に……でっかいエネルギー炉が……!!」
「エネルギー炉!?」
「未知の技術なんだッ!! あんなのボクも見たことがなかったんだよーっ!! 理論も理屈も解明できなかったけど、研究所とそれに付随する設備を全て賄える炉心だったんだ……!!」
何てことだ。そんなものがこの研究所に眠っていたのか。だけど合点がいった。この研究所の動力をどうやってまかなっていたのかが分かったぞ。
「初めて見た時びっくりした。磁気嵐の中でも問題なく動く見た事の無い機械のオンパレード……正直、この世界の技術体系を見てもあんなの見た事が無かった! それをちょちょっと弄って、便利に活用してたんだよ……!」
そんなものをちょちょっと弄って便利に活用できる時点で、この子も大概だな。
「一体何なんだよ、それは……!!」
「……わ、分からない」
「え?」
「ボクにも分からないんだ……てか、分かるわけがない……!! 一目見て分かったもん。あれはボクの手に負えるものじゃないって……!!」
あれだけの機械を自作できる天才ですら匙を投げた動力炉。一体何なのかは分からないし、知りたくもないが──オルドビスがそれを狙っているとなると話は別だ。
絶対に渡すわけにはいかない。
「メガ!!」
「うっらーっ!! 出力最大ーッ!!」
メガが鉤爪を振り回し、辺りから飛んでくる翼竜の機械を次々に破壊する。そして、デジーもまた、腕を振り回して翼竜たちを力任せに捻じ伏せる。
だが、その間にもギガノトはシャッターを噛み千切り、遂に研究所へと押し入ってしまったのだった。
悲鳴が上がった。既に銃火器を持って待機していた少女たちがギガノトに一斉砲火するが、全く効いている様子が無い。
「やらせるかーッ!!」
緊迫の一瞬。
加速して追いついたラピッドラビットがチェーンソーをギガノトの脚部に切りつける。だが、後ろ脚で振り払うとあっさりと機体は吹き飛ばされてしまうのだった。
あれだけの切れ味のチェーンソーなのに、皮膚に浅く傷をつけただけだ。大型肉食恐竜の恐ろしさに寒気すらする。
「リーダーッ!?」
更に悲鳴が上がった。だが──流石に一番乗り慣れているだけあって復帰が早い。脚部を支えにしてデジーのラピッドラビットは再び起き上がる。
一方、ギガノトは少女たちなど目もくれずに一直線に奥へ奥へと向かっていく。
やはり目的は地下の動力炉か。
「早く逃げるんだッ!! 君達じゃあ勝ち目が無いッ!!」
「で、でもぉっ、逃げるって言ったって何処に──」
「デジーッ!! この子達を連れて安全な場所に避難するんだッ!! 研究所にはまだ、仲間が沢山居るんだろ!?」
「でも、お前ひとりで何とかなる相手じゃないじゃんッ!?」
「大丈夫。策はあるよ。それより、早く仲間を連れて山を降りるんだ!! 動力炉に何かあったら此処は危ない!!」
「う、うんっ……!! でも、イクサはどうするのさ!?」
「言っただろ! 考えはある。自分と相棒の命くらい守れるよ!!」
ラピッドラビットが子供達の方へ向かったのを見て僕は胸を撫で下ろす。これで──心置きなく暴れる事ができる。
奥へと進んでいくギガノト。確かあの先には、鍵で閉ざされた鉄扉があったはずだ。
それを追いかけていくメガは──怪訝そうに問うた。
「おいイクサよ。策などあるのか?」
「戦力バランスと人命を考えた結果、これが最善だと考えたよ」
「どういうことだ?」
僕は──不敵に笑ってみせる。
「策というのは自分と相手の力量、周囲にあるもの全て、それらを勘定して講じるものさ」
小難しい事を言ったが──つまりはこう言う事だ。
「策は……これから考える!」
「……無謀すぎやしないか!? 其方はミヅハの事になると冷静ではなくなる節があるッ!! 頭を冷やせ!!」
「じゃあ他に方法があるのかい!?」
無謀と言われようが何と言われようが、他にどうしろというのだろうか。
「妾とて正面切ってギガノトと戦えるわけではないぞ!!」
「そうだね。だからミヅハを無力化するんだ」
「無力化!? どうやって!? 閃光は効かないのであろう!!」
「……どうにかして、ギガノトの鞍の上に登れれば良いのだけれど」
「直接組み伏せて機械を剥がすつもりか!?」
「他に方法があるなら教えてほしいくらいだ」
「そ、それは……」
メガは言葉に詰まる。分かっている。意地悪な問いかけであるくらい。
「……でも、もしもの時は……ギガノトを手に掛けないといけない」
「ッ……」
「それでも駄目な時は……」
僕は──鞄から拳銃を取り出した。
「大丈夫、心配しないで。僕は……君を心中させるつもりはない。これは僕のワガママで、君には付き合って貰ってるんだ。何があっても、君の無事を最優先にする。約束する」
「其方……ッ」
「そんな顔しないでよ。あくまでも最悪の場合さ」
……そうだ。最悪の場合、だ。
考えたくないし、本当に奥の手だけど。ミヅハが他の誰かの命を脅かすくらいなら、兄としてケジメを付けなきゃいけない。
その覚悟くらいできている。僕のワガママでメガを犠牲にすることはできない。
胸が痛い。とても苦しい。でも──もし、ミヅハが敵として僕の前に現れたなら……その最悪を想定出来ない程、僕は愚かではない。
鉄扉を突進で突き破り、螺旋状の廊下を駆け下りて地下へ地下へと進んでいくギガノトサウルス。
そして、そのままの勢いで最後の鉄扉を破壊した先には──見上げる程に広大な空間が広がっていた。
中央には幾つものコードとチューブが繋げられた動力炉が見えた。
しかし、それは想像していたものと少し違った。
強固なシェルターによって固められた、巨大なドーム状のナニカ。そこにチューブが何本も接続されているのである。
それを前にしてメガは──放心しているようだった。
「何だ、あれは……?」
「メガ……?」
「あの中からとても嫌な気配を感じる──!!」
メガが怯えている。どういうことだ。ギガノトではなく、あの動力炉に恐怖を感じているのか?
しかし疑問を挟む暇はない。ギガノトは動力炉に迫っている。
「破壊……破壊……ターゲット、目標を破壊……!!」
「ッ!!」
「目標、エネルギー炉を確認。破壊──!!」
ギガノトサウルスが一歩、また一歩と動力炉に付いていく。
いや、圧倒されている場合ではない。
「メガ!! ギガノトを止めようッ!!」
「……あ、ああ……!!」
メガは疾走し、ギガノトの前に躍り出た。
それでも構わずギガノトは唸りながら迫りくる。
「メガッ!! 大顎を飛んで躱すんだッ!!」
「うむッ!!」
喰らいつくギガノトだが、ステップを踏んでメガが横に躱す。その大顎は動力炉に繋がれていたコードを喰らい千切るが──
「こいつはどうだッ!!」
メガが踊るように前脚の鉤爪を振り回しギガノトの頭部の機械を切り裂く。
パキンという音と共に機械が砕け散り、ぼろぼろと床に落ちた。ティラノと比べてものっぺりとした顔が完全に露になる。
しかし──ギガノトの眼からは未だに赤い光が迸っている。
「目標対象変更、邪魔者を排除──」
「ッ……やっぱり……簡単にはいかないか……!」
他の恐竜たちとは違い、ギガノトにはミヅハが直接騎乗している。彼女が直接触れているギガノトは常時、彼女が支配下に置いているも同然なのだ。
「ゴオオオオオオオオオッ!」
赤い稲光を瞳から迸らせ、ギガノトが尻尾で辺りを薙ぎ払う。機械が一瞬でへしゃげ、更に床が抉った。当たっていればどうなるか──考えたくもない。
そうして後ろに飛び退いた僕ら目掛けて、ミヅハが銃口を向けている。
「ッ──メガ、狙われてる!!」
「分かっておるッ!!」
今度は散弾が床を打ち鳴らす。騎乗者もしっかり武装しているタイプだ、やりにくい。
それに普段なら騎乗者に閃光弾を撃てば隙を作れるが、あのバイザーがある限り通用しない。
「遠距離からはショットガン、間合いに入れば大顎と尻尾!! どうすれば……ッ!!」
「ッ……!! やるしかない、か……!!」
やはり鞍の上に飛び移るのも現実的ではない。
ならばもう、手段は一つしか残っていない。
「あの機械を銃弾で壊す……!!」
僕は──ミヅハに銃口を向けた。ただし狙いは彼女自身ではない。彼女のバイザーだ。
「僕ならできる、僕ならできる、僕ならできる──ッ!!」
おまじないのように呟く。今までもっと小さな的にだって当ててきたじゃないか。僕はデザイナーベビーだ。他の人間より遥かに射撃が上手いんだ。それに何度も練習してきたんだ。
失敗するはずが無いんだ。
「ひゅっ……フゥッ、フゥ──ッ!!」
あのバイザーの耳あての部分に弾を撃ちこんで破損させるのだ。そうすれば、ミヅハを傷つけずにバイザーだけを破壊できる。
……できるのか? 僕が? 嫌な汗が流れ、心臓がバクバクと鳴り響く。
しかし、今度はギガノトサウルスが凄まじい勢いで加速して突っ込んでくる。
冷や汗をかいた。これでは狙うどころではない。ギガノトの大きな頭部が邪魔でミヅハの頭部が見えない。
「グゴオオオオオーッ!!」
「メガ、避けるんだ! 早くッ!!」
「ッ……イクサよ、其方怖がっておるな」
「はぁっ!? ッ……」
図星だ。怖いんだ僕は。引き金を弾けばミヅハを死なせてしまうかもしれないリスクと、このまま戦闘が長引けばメガを死なせてしまうかもしれないリスクに両挟みになっている。
「安心しろ。妾も怖い。だが──それでもやるしかないのだ!!」
「ッ……何をするつもりなんだよ」
「……ギリギリまで引き付ける。ヤツを壁に激突させるぞ!!」
「で、でも、そんなのもし上手くいかなかったら……!!」
早すぎればギガノトが旋回して襲い掛かってくる。遅すぎればそのまま押し潰される。
あまりにもリスキーな選択じゃないか。
「ハッ!! 其方、妾にだけ危険を負わせるとは言うまいな!! あの日、研究所を出た時から……妾達は相棒ではなかったのか!?」
「ッ……それは……!!」
「其方が妾の相棒というならば腹を括れ!! 妹を……助け出すのであろう!? ならば、妾も体を張るッ!! だから──あの忌々しい機械を撃ち抜けイクサよッ!!」
……そうだ。僕は大馬鹿野郎だ。
何を怖がっていたんだ。相棒をこんな危ない事に付き合わせておいて尻込みしていたってのか。冗談じゃない。
「良いか其方!! 妾でなければとっくに見放しておるぞ!! こんな火事場に付き合うのは妾だけだッ!! だがそれでも其方を背に乗せる理由は唯一つ!!」
──そうだ。僕も同じだ。
「其方を信じておるからだッ!!」
メガはいつだって僕を信じてくれたじゃないか。
じゃあ僕がメガを信じなくてどうするんだ。
「……ああ。頼むよ、メガッ!! 僕の愚行に乗ってくれ!!」
「無論だッ!!」
「グッゴオオオオオオオオアアアアアアアアアアッ!!」
ギガノトの大顎が迫りくる。本当の寸前までそれを引き付け──メガは横に跳躍する。凄まじい衝突音が鳴り響き、瓦礫が飛び散った。大顎からギガノトが壁に突っ込んだのだ。
そしてその一瞬、ミヅハが此方を向いた。手にはショットガンが握られ僕を狙っている。
しかし──それよりも早く僕は拳銃が引き金を引いていた。
最早恐怖も興奮も無かった。ただただ静寂が脳を埋め尽くす中、僕の意識は二発の銃弾に込められていた。
パキン、パキン、と何かが割れる音が響く。ギガノトが大顎を壁から引き抜くと共に──ミヅハの頭が人形のようにだらんと落ちる。
「……ッ」
メガが思わず息を呑んだ。
右と左。両耳の耳当てを破壊されたバイザーから光が消えた。同時にギガノトの眼からも赤い光が消え失せる。そして──ミヅハの身体がぐらり、とギガノトから落ちる。
「ッ……ミヅハ!!」
僕はメガから飛び降り、力いっぱいに走る。そして──両腕でミヅハを抱き留めた。軽い。あまりにも軽い身体だ。こんなにも軽かっただろうか。
「……ぅ、あ……」
「……ミヅハ。聞こえるかい。僕だ。僕が分かるかい?」
呻くような声が聞こえてくる。急いで耳当ての壊れた忌々しいバイザーを外し乱暴に投げ捨てた。
「ミ、ヅハ……?」
「そう!! そうだよ!! 君の名前だ。分かるだろう? お兄ちゃんが……迎えに来たよ」
「誰……?」
……え。
「ミヅ、ハ……? イクサ……? 誰……貴方は……?」
血管が凍り付いたようだった。覚えていないのか。僕の事を。そればかりか自分の事を。
ゆっくりとミヅハの瞼が開く。
「……ミヅハじゃ、ない……」
僕は──思わずそんな言葉が零れ落ちていた。