瞳の色が違う。ミヅハの眼の色は僕と同じ青だったはずだ。しかし──今僕が抱きかかえている彼女の瞳はルビーのような赤だ。
いや、でも、そんなはずはない。顔のカタチも、髪も、あの時のミヅハのままだ。間違えるはずがない。
「……ミヅハ……ミヅハ……そう言えば、オリジナルは……自分の事を、そう名乗っていた、と聞いた……」
「オリジナル……?」
どういうことだ。意味が分からない。
「当方は──四号。オルドビスに作られた試作クローンの一機。オリジナルは……IXA-328……ムラマサ製のデザイナーベビー」
「……クローン……!? じゃあ君は……ミヅハじゃない……ッ!?」
バカな。そんな事、あるのか。
頭が動かない。事実を拒んでいる。
「……生物を支配する能力。328の持つ能力を幅広く運用するため、オルドビスが作ったのが当方たち。当方は……その四号機」
「バカな……! 嘘だ、そんなはずはない……ッ!!」
「イクサッ!! 後ろッ!! 後ろを見よッ!!」
思わず振り返った。さっきまで微動だにしなかった動力炉の中から妙な音が聞こえてくる。
いや、違う。これは──声?
咆哮。そして心臓の拍動音。どういうことだ。まさか、動力炉の中にいるのは──生物だとでもいうのか。
「当方に与えられた指令は……この遺伝子研究所に封じられた生体兵器──コードネーム:ドラゴンを破壊すること」
「……コードネーム:ドラゴン……!?」
「……逃げて。貴方達にどうにかできる相手じゃない」
ギガノトが首を振り、咆哮する。その咆哮には恐怖の感情が乗せられている。
動力炉のシェルターが音を立てて崩れ落ちた。
ギガノトサウルスが可愛く見える程の──途方もない巨体の生物が目を覚まし、起き上がる。
恐竜だ、と最初は思った。
ギガノトサウルスすら遥かに超える図体からは麒麟のような長い首が生えていた。だが、その首の先には──ティラノサウルスのような大顎が歪に生えている。
何より一番奇怪だったのは、その生物の背中からは翼竜のような羽根が生えていたことだろう。ボロボロに朽ち果てており、とても飛べるとは思えないが──その巨体に見合ったサイズだ。
そして身体を支えるであろう四つの脚は像のように太く大きい。これは巨大な草食竜・カミナリ竜の特徴に一致する。
ティラノサウルスの頭、翼竜の翼、そしてカミナリ竜の体。
その巨大生物は複数の恐竜を歪に繋ぎ合わせたような姿をしていたのである。
メガですらその悍ましさに怯えているようだった。
「イクサよ……こんな恐竜、居るのか……?」
「恐竜……いや、そんなはずはないよ。こんな生き物、地球上にいるはずがない」
「──ヴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ」
ドラゴン、と名付けられたその生命体の咆哮が大空洞を響かせる。
全身が震えるような威圧感。
あの咆哮からダイレクトに伝わるのは、生物にとって原初的な欲求。
「イ、キ、タイ、生きたい……ッ!!」
即ち、生存本能。
だが、目の前の生物からはそれ以上のものは感じられないのである。
「ヴォオオオオオオオオオオオオ」
ドラゴンの口から──凄まじい勢いで濁流が吐き出される。僕は妹と同じ顔の少女を抱きかかえようとしたが逃げるのが遅れた。動揺して足が動かなかったのだ。
しかし、僕らに濁流が降り注ぐことはなかった。
──それを真正面から受け止めたのは──ギガノトサウルスだった。
「ッ……ギガノト!!」
僕は思わず叫んだ。
「逃げ、ロォ……!!」
最期に、そう聞こえた気がした。僕は少女を背に乗せ、メガの元まで走る。
「ぐぎゃあああああああああああああああああッ」
断末魔の悲鳴が僕の心臓を突き刺した。
僕は──振り返った事を後悔した。
あれほど強大で、恐ろしかったギガノトサウルスの巨体がゼリーのように溶解し、骨だけを残して消え去ったのである。液体は床をも溶かしており、後にはバラバラとギガノトだった物が綺麗な骨となって転がっていた。
「……そんな」
僕は──足が竦んだ。常軌を逸した力の消化液だ。硫酸だとか、王水だとかそういうレベルではない。こんなものに触れてしまえば、火傷どころではなく身体が消滅してしまう。
「ッ……イクサ!! 早く乗れ!!」
「──う、うんっ……!!」
メガの叫びで僕は我に返り、彼女に飛び乗った。後ろにはしっかりと四号を背負っている。
「ギガノト……最後の最後で僕達を庇ってくれた……ッ!!」
「あのバケモノのゲロ……一瞬でギガノトを溶かしおったわ!!」
「──う、ぐう、そんな……何なんだよ、あれは……!!」
すぐさまメガは間合いを取る。逃げようにも、こんなバケモノを野放しにして良いわけがない。こいつを外に出すわけにはいかない。
「何でそんなものを……ッ!! ただキメラを作りたいなら、わざわざあんな姿にする必要が無いじゃないか!!」
「……かつて、人類にクローン技術を与えた存在が居る」
ぽつり、と四号は言った。
「どういうこと……?」
「磁気嵐で衰退した文明で──どうやって人類はクローン技術を作り出したと思う? 答えは不可能。人類の力だけではこれだけの技術は作れない」
……そうだ。何処までもその疑問に突き当たる。
確かに磁気嵐が弱いエリアでは研究所は問題なく稼働できる。
だけど、衰退した文明でどうやって当時の技術水準を遥かに上回るクローンを開発できたんだ。
もっと言えば、この研究所は磁気嵐の中でも稼働する仕組みを作っていた。もしそれが普遍的なものならば、もっと広がっていても良いはずだ。
──ボクにも分からないんだ……てか、分かるわけがない……!! 一目見て分かったもん。あれはボクの手に負えるものじゃないって……!!
デジーの言葉が脳裡に過った。
……まるで世界の異物のように異常発達した技術。
磁気嵐の中でも問題なく稼働できる機械。
衰退した文明の中で急速に発展したクローンやデザイナーベビー。
それら全てを作り出したのは、一体誰なんだ。
「──オルドビスは……世界にクローンを齎した存在を”ノアの民”と呼んでいる」
「ノアの民……ッ!?」
「彼らは秘密裏に人類にクローン技術を提供し──そしてある時、影も形も無くなった異界の民。オルドビスはその技術を利用している。尤も、その全てを解析できているわけではないけど」
じゃあ何だ。この世界の恐竜は元々──そのノアの民とやらが持ち込んだクローンが始まりだっていうのか。
衰退していた人類がおかげで復興したのは有難いが──
「じゃあ、あの生物は何なんだよ!?」
「ノアの民ですらも恐れた怪物。ノアの世界を滅ぼした──神話上の怪物、それがドラゴン。光で全てを焼き払い、科学という概念そのものを無力化する存在」
四号の語り口に──僕は寒気がした。
ドラゴン。師匠から聞いた事があるぞ。ファンタジーの王道生物。人間が作り出した幻想では最もポピュラーな存在。
爬虫類の体に角を持ち、コウモリのような翼を持ち、火を噴いて人間に敵対する悪魔の化身だ。
そんなものが実在するとでもいうのだろうか。
幾らクローン技術と言えど、そんなものを再現できるとでもいうのか。
いや、正気ではない。そもそも、そんなものを再現しようとしたのが間違いだったのではないか。
「それに対抗しようとして作られたのが──紛い物、コードネーム:ドラゴン」
「紛い物……ッ」
……正直、信じられない。ノアの民。そして、彼らの住んでいたノアの世界。
クローン技術や、磁気嵐の効かない機械はそこから持ち出された技術。
そんなこと、ムラマサ研究所の誰も教えてくれなかった。今までいろんな場所を旅してきたけど、そんな情報聞いた事も無かった。
「……ノアの民は生体エネルギーを変換する技術を使っていたとされてる。あのドラゴンは生ける発電機になっていた」
「ドラゴンを……!? バカな!」
それが動力炉の謎の答え。なんて恐ろしい事を考えるのだ。自分達で作ったとはいえ、生き物を何だと考えているんだ。
「オルドビスは……ノアの技術を回収しようとしたり……あるいは危険すぎるものは処分しようとしてる。今回は後者。当方は……刺し違えてでもアレを破壊するように命じられた」
「ッ……刺し違えてって……それじゃあ、ギガノトも君も死ぬために此処に送られたようなものじゃないか!!」
「……うん。当方は……もうオルドビスにとって用済み」
「え」
何処か達観した口調で四号は答えた。
用済み? そんなはずがない。だって、恐竜を支配するなんて、オルドビスからすれば涎が垂れる ほどの力のはずだ。それを量産までして、どうして用済みの烙印を押すんだ。
「オリジナルの能力は既に解析されきってる。クローンである私達が居なくとも、オルドビスは複数の恐竜を支配する術を開発している」
……馬鹿げてる。既にそこまでオルドビスの技術は進んでいるのか。
それで、もうクローンは用済みだと言うのか。
「クローンだって生きてるんじゃないのか!? 君だってそうじゃないのか!?」
「残ったクローンは在庫処分の為に各地で使い潰されていった。任務を確実に遂行し、恐怖を消す為にあのバイザーを取り付けられて送り込まれる。そしてクローンは感情を持たない完全な兵器になる」
まるで他人事のようだ。それが定めのように四号は語る。
頼んでも無いのに試験官で生み出されて、用済みになったら感情を消されて死地に送り込まれて消費される? クローンだって生きているのに。
今、僕の背中に居る四号からは確かに生命の温もりを感じているのに。
「……でも、当方は失敗した。あれが目覚めてギガノトも死んだ。当方には……最初から価値なんて無かった」
「自分で価値が無いだなんて、言うなッ!!」
僕は──胸につっかえた憤りを吐き出すように叫んだ。
「そもそも価値って何だよ。意味って何だよ。生きてるってそれだけで凄くて素敵な事じゃないのかッ!! 誰かに決められた価値が生きてる意味だなんて、僕は真っ平ゴンだッ!!」
「ッ……でも、当方は……そのように作られた。使命を、全うしないと……ッ!!」
「君達をゴミみたいに使い潰す連中の事なんて忘れるんだッ!! あんな奴ら、どうでも良いだろッ!!」
「でも、当方には……行き場なんて」
「僕だって同じだったよ!! 作られた命だ!! 目的も分からないまま生み出されて、生きる意味なんて知らされなかった!! 必要ともされなかった!! でも……外に出たら違った!!」
色んな人に出会った。色んな生き物に出会った。
全く違う考えの人。享楽の為に迷惑をかけるような連中。かと思えば何の得にもならないのに人の為に頑張るような人たち。
その日の飯を喰らうので精一杯の野生動物たち。人間と絆を結ぶ相棒たち。
それでも彼らは生きていた。生きていたのだ。
「──皆、生きてるだけで一生懸命なんだ!! 意味なんて、価値なんて、考える暇もないくらい必死なんだッ!! それだけで……皆すごいんだ!!」
「……でも、当方は……」
「君はミヅハじゃない!! 僕の探してた妹じゃない!! 君は僕の妹にはなれないし、なる必要なんて粉微塵も無いッ!! 兵器として生きる必要はないし、失敗したって良い!! でも……だからこそ、君は君だッ!! 君は……どうしたいんだッ!!」
「当方は……ッ」
ぎゅっ、と彼女は僕の服を掴んでいた。
「まだ……生きていたい……死にたくなんか、ない……ッ!!」
絞り出すように、少女は言った。
「姉妹が死んでいく報告を聞いて、ずっと怖かった……ッ!! でも、怖がる素振りを見せると殴られた……ッ!! 兵器として失格だって言われた……ッ!! 本当は……死にたくなんか、なかった……ッ!!」
そうだ。それが聞きたかったんだ。
「──それで良い。それで良いんだ。だから君は……絶対に、僕が生きて連れて帰る」