「何処に? 当方に行き場なんて……ないっ」
「そんなの、後で考えるッ!!」
「そうだな……小難しい話など後で考えれば良い」
うんざりした様子でメガが言った。
「イクサよ。あのデカブツ相手に手心を加えろ、などとは言うまいな」
「そうだね。あの生き物は……此処で止める」
人に作られ、生きたいという欲求のままに暴れる生物。
生きたいという一点では、四号もドラゴンも同じだ。
しかし──あの生物は、あまりにも他の生物と共存することが難しい存在だ。もし野放しにすれば、この山を超えて目の前のものを蹂躙し尽くすだろう。
あのドラゴンも人間の被害者だ。だけど……だからこそ。
「人間の過ちは、人間が責任を取る」
「──ああ、やっぱり小難しい!! 要するに──アレの息の根を止めるということだろうッ!!」
「そうだね……行くよ、メガ!!」
「いや、息の根を止めるって──そんなの不可能ッ」
僕の服を強く掴みながら四号が叫ぶ。
「ギガノトサウルスに手も足も出なかった貴方達が勝てる相手じゃないッ……」
「君は一つ、勘違いしていることがある」
「ッ……?」
「僕は普段、相手の命を極力奪わないように立ちまわる」
それは、僕が博愛主義者だからとか、そういう理由じゃなくて──僕の能力故に相手の断末魔の叫びがダイレクトに響いてしまうからだ。
さっきのギガノトサウルスの声も、思い出すだけで体を焼かれるような感覚がフラッシュバックしていく。恐怖が、痛みが、苦しみが──伝わってしまう。
「なに、それ……!? じゃあ、今までは手加減していたとでも言うの!?」
「君もギガノトサウルスも殺したくなかった。たとえ君が最初からクローンだと分かっていても──僕は君の命を奪わないように戦ったと思う」
「……なんで、そこまで」
「もう嫌なんだ。目の前で誰かが死ぬのを見るのは。死ぬのは誰だって痛い。苦しい。手を下すということは、それを目の前で見るって事だ。声を──聞くということだ」
僕の脳裏にはいつだって、三年前の始まりの日の光景が焼き付いている。思い出さなかった日なんて一度も無い。辛くなかった日なんて一度も無い。
でも、人は生きるのにあまりにも多くの命を犠牲にし過ぎる。食べる為に。身に着ける為に。娯楽の為に。薬の為に。戦いの為に。多くの命を犠牲にする。
だからこれは、博愛でもなければ正義感でもない。
僕にとって──絶対に叶えることができないワガママであり、だからこそ貫きたいワガママだ。
「優しい……んだ」
「……違うよ。僕は優しくない。今だって、助ける命を選んでいる。あいつを殺して、君を助けるつもりだから」
ドラゴンは「生きたい」という生存欲求を振り撒いているだけだ。
「生き、たい。生キタイ──生きるコトは、コロスコト!!」
そして、それこそがドラゴンにインプットされた唯一の定義だった。
確かにそうだ。生きる事とは即ち、他の命を殺める事に他ならない。人間だけではなく、殆どの動物は他の命を食して生活するのだから。
唯一つ違うのは──手段と目的の逆転だ。
あの生物は、捕食ではなく他の生物の殺戮を目的としてしまったのだ。
そのように作られてしまったのだ。
「ダカラ、コロス!! ダカラ、ミナ、コロス!!」
ドラゴンの首元からハリガネムシのような触手が何本も生えた。そしてそれらは──感触を確かめるかのように壁に向かって何本も勢いよく伸びた。高度な伸縮性と柔軟性を持ちながら、触手は鋭く壁に穴を穿ったのである。
本能的にメガもあれが恐ろしいものであることを感じ取ったようだった。
「おい、イクサよ……!! マズいのではないか!?」
現に僕も冷や汗を額に伝わせていた。話が変わってくる。
あの溶解液だけならまだ避けようもあったのだが、あの触手はうねうねと動き、此方に殺意を持って勢いよく伸びてくるではないか。
「あんなの、どうやって対処を……ッ!!」
四号が絶望した声を上げた。無理もないだろう、僕とて頭を抱えるレベルなのだから。
だが、しかし。手が無いわけではない。
「メガ、奥の手を使うよ!!」
「ッ……分かった!!」
「奥の手!? そんなものが──!?」
「──シンパシー……つまり感情共有だ。ドラゴンの思考を読み取って、メガに直接伝える」
僕の能力は……ざっくりと言えば動物と会話出来る事だ。それを難しく言えば動物の声や思念パルスから感情の波形を読み取って、それを人間の言葉に脳内で自動変換するというもの。
……つまり、能力の出力を高めれば、極論動物の思考を読み取り、更に他の動物に自らの思考を言葉無しで伝えることも出来る。旅をする中で得た最後の切り札だ。
だが、これには当然リスクが付きまとう。僕の脳に負荷がかかるので長時間は使えない事だ。一気に勝負を決めるしかない。
僕は目を瞑り、メガの首に手を触れた。言葉を交わさずとも、彼女の心境が脳に流れてくる。
(──怖い。怖い……ッ!!)
そうか。メガ。あれだけ強がっていても、やっぱり怖かったんだ。いや、怖いに決まっている。だけど──大丈夫。メガは一人で戦っているんじゃない。僕達二人なら……ッ!!
(……ッ!! ……ふふ。弱音を吐いてしまっていたか。其方の言葉は──相変わらず、温かいな)
そして──目を見開く。目の前のドラゴンの思考を、感情を、感覚を読み取るのだ。
純然たる生存と殺戮の本能。そこから放たれる無数の触手の数々。
だが、それ故に複雑な思考も何も介さない。単純で明快な軌道だ。僕が読み取ったドラゴンの思考は、ノータイムでメガとも共有される。即ち──
(事前に何処に来るか、何が来るか分かってしまえば──ッ!!)
たとえ複数の触手による飽和攻撃が来ようが関係ない。その全てを鉤爪でいなし、弾き、そして薄い場所をメガは避ける。
(コロス!! コロスコロスコロスコロス!!)
溶解液がドラゴンの喉奥から込み上げてくる感覚をいち早く読み取った僕らは、既に死角へと移動していた。それは──ドラゴンの真下だ。いきなり視界から消えた僕らを探そうとするドラゴン。しかし、もう遅い。
(跳んでッ!!)
メガは跳躍し、ドラゴンの頭頂部にしがみつき、鉤爪を食い込ませる。
暴れながら溶解液を吐き出すドラゴンは触手を蠢かせてメガを狙う。しかし、そのギリギリのタイミングを見計らい、再びメガは跳び、壁に張り付いた。
触手は──勢いあまって自らの頭部を貫いたのである。
「グギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ」
悲鳴が轟いた。理性無き竜は、自分自身への攻撃を加減することができなかったのである。
溶解液も尽き、脳も貫かれ、いよいよ虫の息のドラゴン。
その苦痛が──僕にも直接流れ込んでくる。頭が痛い。吐きそうだ。
シンパシーも途切れ──僕はメガの首に突っ伏したのだった。
「イクサ!?」
「……終わらせよう」
「うむッ!!」
メガは大きく爪を広げ、一気にドラゴンへ距離を詰める。そして、思いっきり跳び、すれ違いざまに鉤爪を振り切った。
ドラゴンの首は大きく抉れ──血と溶解液が飛び散る。巨体は藻掻き苦しむように揺れていたが、やがて──大きく音を立てて倒れ込むのだった。
「……ごめんね」
僕は──動かなくなったドラゴンを前に呟いた。
頭が痛い。喉が苦しい。息が止まってしまいそうだ。ドラゴンの受けた苦しみは──全て、僕にも返ってくる。これが──この能力の代償だ。
命が尽きる時の強い情念は──嫌でも僕に入り込んでくる。
「大丈夫か……イクサ……?」
メガが心配そうに言った。かく言うメガも自慢の鉤爪が溶解液で少し溶けていた。
暴力の反動は、必ず自分に帰ってくる。だから──荒事はキライだ。
僕は聖人でも博愛主義者でもない。自分が傷つくのが嫌だから、殺生を避けている。これまでも、そしてこれからも。
「……大丈夫、だよ」
僕は息絶えたドラゴンに背を向けた。本当に痛かったのは、苦しかったのは君のはずだ。
「やっぱり……イクサは、優しい」
「ううん、僕は優しくないよ」
背中から四号の声が聞こえてくる。
優しい訳があるものか。絶対に。
偽善で不殺を掲げているような奴が優しいはずがないからだ。
「……だって、泣いてる」
ッ……言われて気が付いた。
僕は──袖で涙を拭った。
「……泣く資格なんて、僕には無い」
「……フン。辛い時くらい、泣けイクサよ。其方が泣き虫なのは妾が一番知っておる」
「泣いてどうにかなるなら幾らでも泣くさ」
「おい、待て! 一人で行くな!」
その場を後にしようとした時だった。
──外壁が突如、轟音と共に崩れ始める。
「えっ!?」
「チッ……余韻に浸る間も無しか!!」
「フィーア!! 後ろに乗って!!」
「で、でも──」
「良いから! 君も来るんだッ!」
すぐさまメガに飛び乗り、部屋から飛び出した。だが、既に爆発は部屋の外にも広がっており、研究所全体に波及しつつあった。
「どうなってるんだ!?」
「動力炉に異常があったから……外敵諸共、研究所を始末するフェーズに入った……! 恐らく、元々そうなるようにプログラミングされていた……!!」
「要するに自爆スイッチが自動で入ったってことか!」
「自爆ゥ!? クソッ、妾休む間も無いではないかーッ!!」
崩壊する研究所から、僕らは脱出していく。
必死にメガが走りに走り、螺旋の廊下を突き抜けていく。
そして、漸く研究所のロビーを抜けたかと思えば──倒壊音が響き渡る。
あちこちで爆弾が起動したのだろう。
あれだけ頑強に少女たちが改造していたはずの廃研究所の壁には次々に亀裂が入っていき──しばらくするとそこには瓦礫の山だけが残っていたのである。
「……これで良かったのやもしれんな」
「……あの子の事を考えるとね」
物言わぬ瓦礫は、さながら墓標のように積み上がっていた。
せめて、今度は安らかに眠ってほしいものである。