「以上が……事の顛末、なんですけど」
「……」
レモン師匠は不機嫌そうに足を組み、じろりと僕の事を睨み付けた。完全に怒っている。
事件から早くも一日が経過した。バラージュに帰った僕らは、一連の出来事を改めて師匠に報告していたのである。ちなみにメガはところどころケガをしていたのでシトラス家の竜舎で静養している。
オルドビス重工の事、廃研究所の事、そしてそこに住み着いていたガールズギャングたちの事、何よりその最奥に眠っていたあの生き物の事。
何より──オルドビスに危うく使い潰されるところだったクローンの少女の事。
「一先ず、例の女の子たちは全員脱出できたみたいで……今はバラージュの近くで臨時テントを張ってるんですけど」
「ほんっと、迷惑しちゃうーッ!! ボク達の家、丸々潰れちゃったんだけどーッ!!」
……一応、当事者であるデジーも招待した。彼女は用意された茶菓子を一人でやけ食いしながら文句をぶちまける。無理も無いか、仲間は皆助かったとはいえ住処は御覧の通り全壊だ。
「でも、そんなヤばいヤツが居たならこうなるのは時間の問題だったのかも。ある意味、一番理想的な形で暴発してくれたんだろーけど……ボクとしては、皆無事だったからプラマイゼロってカンジ」
だけど、デジーは思ったよりも怒ってはいなかった。やはり何度もどん底から這いあがっているだけはある。住居が壊れているのは十二分にマイナスなはずなのだが、心が強い。
「とゆーわけでぇ、市長の娘さん、ボク達今家が無くってぇ。何とかしてくれると助かるんだけどー♡ にゃはは☆」
「にゃははじゃないわよ! 情報量が多すぎるわ!」
頭を抱えたレモン師匠は歯ぎしりしながら言った。
「イクサ君、ねえイクサ君。何でこんな面白い事に呼んでくれなかったのよ、イクサ君ッ」
「面白いって、不謹慎が過ぎますよレモン師匠……」
そう言えばこういう人だったのを忘れていた。
「だってだって! 私も久々に暴れたかったの! ティーガーが風邪さえ引いてなければ……」
「師匠の出る幕なんて無かったんですよ、諦めてください」
正直、師匠さえ居れば楽な場面はかなりあったのだが、それは黙っておこう。図に乗らせるし。そもそも、ティーガーが不調だった時点で今回師匠に出番があるはずが無かったのである。
「取り合えず……ガールズギャングたちの処遇については後々考えるとしましょう。持ってきた例のロボット、なかなかの出来じゃない。バラージュで機械屋でもやればいいんじゃないの?」
「そうなんだけどぉ……なかなかあの人数の子供と住めるような家が無くってぇ……あの研究所便利だったんだよねえ……にゃは……」
困ったようにデジーが言った。確かに、仲間達は合計で二十人程の大所帯だ。
「じゃあ、うちの会社の子飼いになれば良いじゃない」
「え?」
呆気にとられた様子でデジーが目を丸くした。
「元々バラージュはシトラス都市開発の運営する企業都市国家。うちの子会社として働いてくれるなら色々便宜してあげないこともないわ」
「いや、え、でも、いいの……? そんなの」
「勘違いしないで頂戴。同情なんかじゃないわ。私は貴女達の技術力を買っていて、その対価を支払おうとしている。それだけだわ」
「いや、でもッ! ボクはガールズギャングで……結構悪い事もやってるし! デカい企業の子飼いなんてゴメンだね!」
などと悪ぶっているが──きっと、レモンさんに悪名が降りかからないよう気を使っているのだろう。 強引なところはあれど、つくづく悪党に向いていない少女だ。それを見透かしているのかレモンさんもクスクスと笑いながら答えた。
「貴女の仲間、まだ小さい子供もいるじゃない。……その子達の為にも、まともに生きる道を選ぶべきだわ」
「ッ……やっぱり、そうだよねえ。ありがとう」
それでデジーも折れたらしかった。彼女達の事はレモン師匠に任せれば良さそうだ。
「レモン師匠はテキトーな所もあるけど、結構人情家だからさ。悪いようにはしないと思うよ」
「テキトーは余計よ。次はグーが出るわ」
「いだぁっ!? もう出てますよ、師匠……!!」
「にゃははー、イクサったら、師匠には全然頭上がらないんだぁ。ザマーミロだよ」
「君まで……」
「それで? 肝心の話をもう一つ聞いておきたいのだけど」
レモン師匠が真剣な面持ちで問うてきた。
場の空気がピリッと変わる。
「……あの女の子。妹さんをベースにした、オルドビスのクローンなんでしょう」
「ッ……そう、ですね」
「厄介事を必ず運んでくるわ。これから、必ず。出来れば彼女もうちで保護を──」
「……ありがとうございます、師匠。でも……あの子の生き方は、あの子に選ばせるべきです」
「どうして。オルドビスがもしも彼女を見つけたら始末しにくるかもしれない」
「クローン四号は、あの研究所で死にました。少なくとも、オルドビスの公式記録ではそうなっているはずです。あの子は妹の代わりでも、オルドビスの兵器でもありません」
それが僕の下した結論だ。
彼女の生き方は、彼女の選択に委ねようと考えている。
「……全く、それっぽい事が言えるようになったじゃない。出会った時からは考えられない」
「え!? なになにー!? イクサとレモンさんって、なんか大人っぽい雰囲気だけど……もしかして彼氏彼女とか!? どういう馴れ初めなの!? 気になるーッ!!」
「いや、この人が彼女は絶対有り得ない。すぐ捕まるし、だらしないし、テキトーだし、何も考えていないし、事あるごとに手が出るし」
「ちょっと。流石の私でもグーが出るわよ」
「いだぁっ!? だからもう殴ってますってぇ!? 許してくださいよ!」
「……そうね。じゃあ、ノアの民と、その技術についても教えて貰おうかしら」
「そー!! それ気になるッ!! イクサ、教えてよ!!」
「あー、その件か……」
師匠に小突かれた頭を摩りながら僕は情報を整理していく。
「オルドビスが握ってる最重要機密の一つさ。どうやら、クローン技術には大本があって……それを持ち込んだ、常軌を逸した技術者の集団が居るってこと」
異世界の事とドラゴンの事については伏せておこう。要らぬ混乱を呼びそうだし、現時点では与太話の域を出ないからだ。僕自身も未だに半信半疑だ。あの少女が嘘をついているとは言わないが──何から何まで真実なのか分かりかねる。
「そして、あの研究所の未知の技術は、そのノアの民が作ったものだったって事さ」
「技術者としては、すっごく気になるけど……!! なんか信じたくないような……」
「……荒唐無稽ね。でも、確かに納得はいく。人類が衰退した文明でどうしてクローン技術を発展させたのか気になっていたから」
「オルドビスがデジー達の家を襲った理由としては筋が通ってますけどね。どうやら今回は、その遺産を処分したかったらしいです」
「あまりにも危険すぎるから……?」
「そうなるでしょうね。尤も、ノアの民は既に姿を消していて、あの研究所にも有力な情報らしきものは他に見つかりませんでした。唯一つ──例のドラゴンを除いて」
「何で放置してたんだろう……」
「さあね。ただ、ドラゴンは休眠状態で、その生命力を利用した動力炉になっていた。恐らく生命力をエネルギーに変換して運用する技術をノアの民は持っている」
「……折角の研究の成果を処分するのは、研究者たちも惜しかったのでしょうね。あいつらの倫理観が透けて見えるわ」
人間の感情っていうのは、時折不合理な行動を生むものだ。優れた技術を持つ研究者達も例外ではなかったらしい。
「じゃあ僕らの家って結局、ノアの民が元々使ってたのかな」
「どうだろう。ノアの民から技術供与を受けた研究者って可能性もあるよ。いずれにせよ、真相は既に瓦礫の下だ。もう触れない方が良いだろう」
結局、フィーアが知っている情報もあれ以上のものは無いらしい。
唯一つ言えるのは、オルドビス重工はノアの民の技術を今でも追い求めているということだ。彼らは現代の科学では説明のつかない技術を使っている。今回こそ危険性故にドラゴンを始末しようとしたが、自分達の利益になるならば積極的に取り入れようとするだろう。
それこそ、ミヅハを手に入れる為に研究所を滅ぼした──あの時のように。
「いずれにせよ、パンドラの箱を開けてしまった気がするわね」
「ぱん……どら?」
「開けてはいけない禁忌の箱って意味よ。例のクローンだけじゃなく、これから面倒な事に次々巻き込まれるわよ、貴方」
「……覚悟の上ですよ。ミヅハを探す上では避けて通れないと思います」
「へーえ、カッコいいじゃん。女ってウソ吐いてボクらの所に潜り込んだヤツと同一人物とは思えないねー、にゃはは」
人が折角上手い事締めくくろうとしていたのになんてことを言うのだ、この子は。
「……貴方、そんなことしてたの?」
「違いますーッ!! こいつらが勝手に僕を女だって勘違いしたんですよーッ!」
「挙句の果てに何食わぬ顔で風呂に入ってるんだもん。ヘンタイだよね、イクサって」
「……イクサ君……私は今、猛烈に悲しいのだけど」
「やめてくださいよ!!」
「でもー、キライじゃないかなー?」
ぎゅう、とデジーは僕の腕に抱き着いてきた。
そしてわざとらしく膨らみをぐいぐい、と僕の腕に押し当ててくる。
「あ、あの、デジー?」
「……お礼をしてなかったなーって思って」
「ちょっ、力強……離してよ! その、当たってるから」
「当ててるんだよー♪」
「……イクサ君、貴方……罪な男ね」
「見てないで止めてくださいよッ!」
「カワイイ顔して、結構勇敢なの……見直しちゃったかも♪ どう? 今からでも遅くないから、バンカーズバニーに入らない?」
「もう二度とあのメイド服は着ないぞ!!」
「……イクサ君……ッ!?」
師匠の顔がどんどん信じられないものを見るような目に変わっていく。やめてください師匠、そんな目で僕を見ないで下さい、望んで着たわけじゃないんです。
「僕は妹を探さないといけないんだッ。悪いけど、君達とはいけないよ」
「ちぇー! 釣れないんだ! それに、イクサには恐竜に変身できる女の子がいるもんねー。ほんっとモテる男って、罪作りだよー」
漸く僕の腕を離したデジーは後ろ頭に腕を組んでつまらなさそうに言った。
「……でも、イクサを勧誘したいのはホントだよー? ボク、恐竜はキライだけど……君達二人の事はキライじゃないかも。なーんて」
「……ごめんね。僕にはやらないといけない事があるから」
「ちぇー、フラれちゃったー」
口を尖らせるデジー。しかし──彼女はすぐに笑みを浮かべて言った。
「妹さん、見つかると良いねっ」
「ありがとう」
「だからこれは──ボクからのエール♪」
デジーの顔がすぐ近くまで迫ってきたかと思えば、頬に一瞬だけ柔らかいものが押し付けられた。
目の前に座るレモンさんの顔が真っ赤になっていく。それで僕も何をされたのかに気付いて──
「デ、デジー!?」
「にゃはっ。イクサって本当良い反応するよねー、可愛いからイタズラしたくなっちゃう」
「誰にでもこんな事をするのかい、君はッ!?」
「えー、どうだろー。ペテン師には教えてあーげないっ」
ヤバい。師匠の目がどんどん冷たいものになっていく。違うんです師匠。本当に。
「……イクサ君、貴方……本当に罪作りな男ね……」
「違うんですってーッ」
※※※
「調子はどうかな」
「……悪くは、ない」
シトラス家のベッドで四号──と呼ばれていた少女は寝転がっていた。支配能力を無理矢理使っていたのは、かなり彼女の心身に負荷をかけていたらしく、帰った後はしばらくの間ずっと寝ていた。
まともに口を利けるようになったのは、先程の事である。
「何をしてたの?」
「……当方の存在意義を考えてた。当方は──あの研究所で死ぬはずだった。死ななきゃいけなかった。でも、そうはならなかった。だから──当方のやるべき事は、無い」
愚直なほどに──真面目だ。兵器としての生き方しか彼女は知らない。だから、解放されても今後の生き方など見えてこない。
「でも、そうはならなかった。君は確かにあの時、生きたいと願った。嫌だったんだろう? オルドビスの言いなりになるのが。だから、あんな装置まで付けられてた」
「……感情は、不要だと言われた。死を忌避する感情も、生命に情けをかける感情も、不要だと言われた。当方は兵器。作られた存在だから」
「僕だって作られた存在だよ」
少女は──僕の顔を見た。
「君のオリジナル……ミヅハの一つ前に作られたデザイナーベビーが僕だ。オルドビスの襲撃で研究所が壊滅して──僕は逃げ出した」
今思えば、メガやレモン師匠に出会っていなければ今頃どうなっていただろうか。
僕の境遇で今こうして自由に旅が出来ているのは奇跡としか言いようがない。僕は本当に、運が良かっただけなのだ。
「ミヅハを探す事が僕の生きる理由だ。それは、与えられた使命だとか作られた理由とは何も関係ない。僕自身のやりたい事だ」
「……」
「その上で……君自身の事で、話がある。君の今後の事だ」
「……今後の事? ……当方の?」
「そう。君がどうしたいか……それを聞きたい」
「……分からない。どうすれば良いのかなんて……外の世界で生きていく方法なんて知らない」
シーツを握り締めながら彼女は言った。
彼女はもう、用済みだ。そして死んだことになっている。
「レモンさんは、バラージュに居ても構わないと言ってる。きっと面倒を見てくれると思う」
「……」
「もう一つは──」
これが本命だ。あくまでも選択は彼女に委ねるけども。
「──僕と一緒に来ないか?」