「気安いな!? しかも死ぬ程安直な名前であるぞ!」
「だって名前が無きゃ不便じゃないか! 人間は飼い犬を犬とは呼ばないよ!」
「其方ァ!! 妾をペット扱いしたか!? さっきあんな目に遭って妾が怖くないのか!?」
「怖くないよ! 怖がってちゃ一緒に行動できないだろ!!」
「そ、其方、なかなかイイ性格しておるな……」
凄く不服そうに此方を睨む恐竜──いや、この瞬間を以て彼女の名前はメガだ。誰が何と言おうがメガだ。僕がそう決めたのだ。
「とにかくメガ、妹を……ミヅハを探して此処を逃げ出そう!」
「そうしたいのは山々だが──」
通路の奥から声がする。きっと敵だ。この建物も安全じゃない。
溜息を吐いたメガは足を何処か決意したように告げる。
「妾に乗れ、イクサ」
「え」
「妾に乗れ、と言っておる! 妹とやらを探すのであろう!」
「う、うんっ!! 分かったよメガ!!」
「だから、その安直な名前をやめよ、イクサ!!」
「後で考えるよ!!」
僕は迷わずメガに飛び乗った。
しかし施設を飛び出した僕達は──絶望に直面する。
取り囲まれているのだ。黒い機械に身を包んだ恐竜たち、そして銃口を向ける兵士たち。
「ッ……敵の数が、多すぎる……!!」
空を飛ぶ翼竜たち。あの上にも、兵士たちが乗っている。
そして恐竜たちの声が──僕の耳に嫌でも入ってくる。
「排除。排除排除排除」
「殲滅殲滅殲滅──命令を実行」
バイザー越しに恐竜たちの瞳が赤く光る。
そして機械的な彼らの声が突き刺さり、思わず耳を塞いだ。
色んな動物と会話してきたが、こんな事は初めてだ。生き物の思考じゃない。
恐竜も、空飛ぶ翼竜も、皆──自分の意思を奪われてしまっている。
「こんなの、ひどすぎる……!!」
「こやつら、生気というものを感じんぞ!! これが人の所業か!! 反吐が出る!!」
そして、僕の視線は──その翼竜に乗った兵士の1人に留まった。
「嘘、ミヅハ──!?」
兵士の腕に抱かれ、ミヅハが藻掻いているのがはっきりと僕の目には見えた。
しかし、遠い。遠すぎる。既にミヅハは空に居る。幾ら恐竜でも、空を飛ぶ翼竜を追いかける事は出来ないのだ。
「どうしたイクサ!? 何か空に見つけたか!?」
「ミヅハが空に連れ去られた……!!」
「イクサよ無茶を言うなッ! 幾ら何でも、助けられるわけがないであろう! 妾に空を飛ぶ羽根など無いわ!」
「分かってるよメガ、でも今行かなきゃ、一生会えないかもしれない!」
「此処で死ねば一生会えんかもしれんぞ!」
激論を交わす僕達。
しかし、そんな暇はないようだった。機械に身体を包んだ敵の恐竜たちが襲い掛かってくる。
「ッ──クソ!! 掴まっておれよ!!」
大きく足を踏み込んだメガは、後ろ脚を蹴り込み、反転する。
そして一目散にその場から駆け出した。
「何処に行くんだよ!?」
「逃げるに決まっておろう!!」
「バカ言うな!! ミヅハが捕まったのに──」
「妾は死ぬのは嫌だぞッ!! 折角抜け出したのだ、どんなに生き汚くても、生き延びてやる──其方はどうだ!!」
「ッ……でも、ミヅハが……!」
「ええい、話は後だッ! 先ずは生き延びてから考えるッ!」
疾走したメガは長い鉤爪を防護壁に突き立てると、一気によじ登る。
そして、兵士たちや機械化された恐竜など目もくれずにぶっちぎり、そのまま駆けて駆けて駆けた。
ひたすら振り落とされないようにメガにしがみついていた。
そして、どれだけの時間が経っただろうか。僕らは湖の畔に逃げ込んでいた。
「とっくの昔に追うのを諦めたようだが……いつまでも此処にいるわけにはいかぬ……か」
「……うう、ミヅハ……」
「いつまでベソをかいておる。先ずは自分が生き残った事を喜ぶが良い。さもなくば、今此処で妾の晩餐にしてくれるぞ」
……僕はミヅハを助けられなかった。他の実験体も死んで、僕だけが生き残ってしまった。
だが、どんなに絶望しても命だけは残っている。それは──今此処にいるメガのおかげであることだけは確かだった。
「……メガ、ありがとう、助けてくれて」
だから、それだけは伝えた。メガが居なければ、僕は死んでいただろうから。
「……何だ。妾は其方の妹を助けられなかったぞ」
「でも、君の言う通り……僕は生きてる。生き残ってしまった。なら、まだチャンスは……ある、よね?」
他の実験体が殺される中、ミヅハだけが生きたまま連れ去られた。つまり、あいつらにとってミヅハは生かして利用しなければいけない理由があるということだ。
ミヅハは自分の能力を僕には話したがらなかった。いつもはぐらかしていた。
きっと、その能力を狙われたに違いない。だから生きているはずだ。
……そう思わないと、心が壊れてしまいそうだった。
「そうだ。妾もずっと檻の中だと思っておったが……満更世の中は捨てたもんではないわい」
「……良かったね、外に出られて」
「其方もな」
いつの間にか涙は引いていた。泣いてばかりじゃいられない。少しでもミヅハが生きている可能性があるなら、これから助ける準備をしなきゃいけない。
でも、どうやって? そもそもあの兵士たちは一体何者? これから行くアテは? お金は?
……僕らには何もない。
「……これからどうしよう」
「なぁに、しょげるなこわっぱ。生きておれば、いつかツキは回ってくるはず──うぐ!」
カカ、と笑っていたメガは突如もがき、苦しみだす。
「ど、どうしたの!?」
「ぐう……し、しまった、暴れすぎたか……!」
──湖の畔にしゃがみ込んだメガの身体に異変が起きた。
だんだん縮んでいるのだ。生えていた羽毛が抜けていき、鱗がすべすべとした肌に変わっていく。
僕は──またしても腰を抜かしそうになった。
ボサボサの赤い髪の毛に、金色の瞳。あばらが浮き出る程に細いが、確かに縊れと膨らみのある身体。
メガは──恐竜から少女の姿に変じていたのだ。
「……あ、え、綺麗……」
信じられない光景に違いはない。恐竜が人間に変身するなんて聞いた事が無い。
だが、僕は見惚れてしまっていた。月明りに照らされた浅黒くも艶やかな肢体に。
「み、見るなぁ……ッ!! この姿は……ッ!!」
僕は息をすることも忘れていた。
だが──直ぐに僕は我に返り、現実に引き戻される事になる。
「ぐっ、がぁっ、はぁ……!!」
──女の子の姿になったメガは、胸を押さえて苦しみ始めたのである。
「ねえ、大丈夫!?」
「大丈夫に、見えるか……これが……?」
「見えないけど……ッ」
呼吸は酷く荒く、そして肩で息をしている。
何が起きているのか分からない。急に恐竜が女の子になったかと思えば、今度は苦しみ出した。
一体どうすれば、とたじろぐ。しかし──慌てている場合ではない、と気付いた。
「……先ずは、休ませてあげなきゃ……!!」
僕はメガを地面に寝かせ、そして自分の着ていた上着をかぶせた。だが、それだけだ。本当に何も無いのである。苦しそうにしながらも、何処か屈辱的に唇を引き絞り、メガ──と思われる女の子は言った。
金色の目には涙が滲んでいた。
「……あまり見るな」
「ごめん……!」
「この姿は……見られたくないのだ……! きっと、あやつらの実験の所為だ……疲れたり力が抜けると、身体が人間になってしまう……!」
「で、でも、君は……恐竜なの? 人間なの?」
「妾は恐竜だ! 断じて人間ではない! 鏡で人間になった自分の姿を見せられた時、自分の身体を引き裂いてやろうかと思ったぞ! だが、こんな爪では……それすらも叶わぬ」
メガは僕に爪を見せる。指の先まで、確かに人の形だ。さっきまでの凄まじい長さの鉤爪は見る影もない。
彼女の失意は、僕には推し量れない。この姿はメガにとって、誇りを奪われているに等しいのだ。
「……妾は、これからどうすればよい……くしゅんっ」
「寒いの?」
「寒くなどない……このくらい平気だ」
いや、無理もない。メガは何も衣服を着ていないのだから、夜の気温は刺さるように寒いだろう。
先ずは火を起こそう。火打石を打ち付けて藁の間に火を点けて、木にくべるのだ。原始人はそうやって火を起こしていた、と本には書いていた。
「いや、全然起きないんだけど……火……!」
何が間違っているのかさっぱり分からない。そもそも火打石ってこれで合ってるのだろうか。
それでも、根気強くカチン、カチン、と石を打ち鳴らす。
額に汗が浮かぶ。首に伝う。指が痛い。それでもやるしかない。夜の屋外の空気は冷たく、突き刺すようだ。歯がカチカチと鳴る。
それを見て──メガが薄目を開けて怪訝そうに問うた。
「……何をしておる」
「火を、点けてあげたくて。寒いだろ?」
「確かに寒いが……そこまでする必要はなかろう……? 其方も疲れておるはずだぞ?」
「駄目だよ、風邪を引いたらどうするんだ、そんな寒い恰好で!」
「何故、人間の其方が……妾にそこまで世話を焼く……ッ!」
「命を助けられたんだから当然さ! それに、君には一緒に妹を探して貰わなきゃいけない……!」
「勝手に決めるな……! ならば其方は、妾が人の姿を捨てたいと言ったら、その願いを叶えてくれるのか!?」
「叶えるよ、約束する」
「はぁ!? 其方、自分が何を言っておるのか、分かっておるのか!? あるかどうかも分からぬ方法を探すのであるぞ!?」
「それでも探すよ! それしか、僕にはお返しができないから……!」
僕は石を打ち鳴らしながら言った。
正直、勿体ない気はするけども。その姿がメガにとって呪われた姿だというならば、その呪いを解いてやりたい。
だって、今の僕にはメガしか頼れないから。
「メガが恐竜の姿のままで居られる方法……一緒に探す……!! だから君は、一緒にミヅハを探すんだ。これはもう、決めた事だよ」
カチンカチン、と一心不乱に石を打ち合わせていた時だった。
がさがさ、と茂みの奥が揺れる。僕は石を取り落とし、しかし拾い直す。
「誰だ──ッ!?」
「敵か──ッ!?」
僕は石を投げる構えを取りながら、メガを庇うようにして前に出る。
間もなく茂みの中から現れたのは──レトリバー犬程の大きさの鳥……のような生き物であった。
地を二足で歩く猛禽のような風体をした彼らは、羽毛がびっしりと生えた翼の先から鳥には無いであろう鋭い鉤爪が見え隠れしている。その特徴から彼らが鳥ではなく、鳥のような恐竜であると直ぐに分かった。
「な、なんだこ奴ら……!!」
「取り囲まれてる……! 僕らを獲物だと思って狙ってる……!」
「クソッ! こんな所で食われて堪るか……ぐうッ……」
「ダ、ダメだよ無理したら……!」
胸を押さえて蹲るメガ。体力が限界なのだ。
それも、一匹や二匹ではない。ぞろぞろと彼らは示し合わせたかのように此方へにじり寄ってきて、僕は恐怖を感じた。
あの強靭な足で蹴られれば致命傷だ。そのまま生きたまま彼らに啄まれるであろうことは目に見えていた。石を投げたところで、追い払えるような相手ではない。
「獲物ダ!! 獲物ダ!!」
「取り囲んだゾ!!」
「全員でバラバラにして分けるゾ!!」
生き物の声など聞こえなければよかった、とこの時ばかりは心の底から思った。
僕らは被食者。そして、奴らは捕食者なのだ。
絶体絶命。万事休す。僕がぎゅうっ、と目を瞑ったその時だった。
「ヴォオオオオオオオオンッッッ!!」
全身が震えた。
何かの咆哮が茂みの向こうから轟く。
怯えた鳥恐竜たちは皆、てんでんばらばらに逃げていく。
茂みの奥から現れたのは長い牙を生やした虎のような生き物、サーベルタイガー。
サーベルタイガーは口紐を噛んでおり、背中にはサドルが取り付けられていた。そして、サドルがあるということはその上に人が乗っているというわけで。
「……子供じゃない。こんなところで何をしてるの?」
サーベルタイガーの上に乗っていたのはオレンジの帽子を被った黒髪の女性だった。彼女にも、そしてサーベルタイガーからも敵意は感じられない。