「ッ……!?」
少女が驚いたように僕の顔を見た。
「旅は賑やかな方が面白いだろう? 一緒に色んな所に行って、外の世界を見てみようよ。かつての僕が──そうだったように」
「……いいの? 当方は……貴女の妹じゃ、ない」
「知ってるよ。言っただろう? 君はミヅハじゃない。ミヅハにはなれない。顔も声も同じだけど……それは変わらない。でも、君は君だ」
僕は彼女に手を差し伸べる。
「……いいの? 本当に、いいの? 当方は……役に立てるか分からない」
「役に立つとか考えなくても良いさ」
「貴方を面倒事に巻き込むかもしれない。それでも……いいの?」
「面倒事は慣れてる、今更だよ」
「どうして。どうして──連れていきたいの。妹の代わりじゃないなら、どうして」
「君は……どっちかと言えば、僕に似てるから」
それが──答えだ。
「外の世界を、研究の役に立つ以外の価値観を何も知らなかった──塞ぎこんで絶望してた昔の僕にソックリだ。でも……世界は箱の中だけじゃない。会社の中だけじゃない。本の中だけじゃない。もっと広くて残酷で、それでも……面白いんだ」
「残酷で、おも、しろい……?」
「うん。色んな人がいる。色んな生き物がいる。色んな場所が、社会が、自然がある。良いも悪いじゃなくて、酸いも甘いも苦いも複雑に絡み合って出来てる。それを知識だけで留めておくなんて勿体ないよ」
少なくとも、旅に出て僕は何度もそう思った。現実は本の中よりも、遥かに鮮やかだった。
「僕はレモン師匠のおかげで、広い世界を歩む術を教わった。今度は僕が……君に同じ事をしてあげたいって思ったのかな。それが、僕が君を連れていきたい理由。つまるところ……僕のワガママだよ」
その上で僕は君の意思を知りたい。
「……いきたい。生きたい。行きたい」
彼女は──涙ぐみながら、僕の手を取った。
「まだ、この命を燃やしても良いのなら……貴方と一緒にいきたい」
「フィーア」
「……?」
「君の新しい名前さ。色々考えてたけど……僕にはセンスが無いみたいで、相棒からダメ出しされちゃった。フィーアはドイツ語で四、そして……古い言葉で、仲間を意味するらしいね」
出典は定かではないけども。とにかく、四番目だからって理由だけで名前を付けたくなかった。
かつてミヅハが僕の名前に意味を込めてくれたように、僕も何か意味を込めたかったのだ。
僕は優しく、四号改め──フィーアの手を優しく握った。
「よろしくね、フィーア」
クローン四号は死んだ。今目の前にいるのは、僕の新しい仲間のフィーアだ。
「ふぃーあ……フィーア。うん。良い名前!」
その時──初めて、彼女の笑顔を見た気がした。
「……ありがとう。名前をくれて。すごく──胸がポカポカする」
「……それは良かった。気に入って貰えて」
「やっぱり……当方は、役に立ちたい。イクサの」
「そんなの考えなくて良いって」
「オリジナルの居場所の事」
「ごめん、それは知りたい」
……正直、彼女はオルドビス重工の事や、ノアの民についての知識がある。
それはかなり、僕らにとって有用で有難いものではあるのだ。それが目当てで仲間に加えたわけではない……と言えば嘘になってしまう。
「……先に言っておく。ちょっと語弊があった。当方もオリジナルの正確な居場所を知っているわけではない」
「どういうこと?」
要領を得ない言い回しだ。話し方が独特というのもあるのだけど。
「オリジナルは既に──オルドビスには居ないということ」
「……え?」
……ちょっと待った。どういうことだ。意味が分からないぞ。
「それは、どういう」
「オリジナルは……オルドビスの施設から脱走して行方不明になってる」
「……は?」
……ハンマーで殴られたかのようだった。何て言った? 今。
「それ以来、消息が掴めてないらしい。尤も、オルドビス側も既にオリジナルの能力を解析し終えたのもあって積極的には探してないらしいけど」
「……待って待って待って。理解が追い付かない。じゃあ、ミヅハは……捕まってたのに自力で脱出したってこと?」
「オリジナルは自分の能力で恐竜を操って逃げ出した。オリジナルの能力は、クローンの比ではないくらい強いらしいから。何より──オルドビスの洗脳では、オリジナルを支配しきれなかったみたい。あるいは、誰かが脱走を手引きしたのか……真相は当方にも分からない」
……何だそれ。本当なのか。信じられない。信じられないけど──
「ッ──ははっ。あっはははははははは!!」
──思わず、笑いが込み上げてきた。
やるかやらないかで言えば、彼女ならやりかねない、と思ってしまったからだ。
すごい。すごいよミヅハ、やっぱり君は常に僕の予想を超えていく。
君は、か弱い女の子じゃないことなんて分かり切っていたはずなのに。
「ッ……笑った。信じてくれてない」
「いや、違う。違うよ。ただ、凄いって思ったんだ。あの子はやっぱり、僕の自慢の妹さ。ふふっ、はははははっ!!」
「……そうなんだ」
「うん。そうなんだよ。ミヅハは……すごいヤツなんだ」
ミヅハは、あの研究所生活で絶望せず、僕に光を見せてくれた。
そんなあの子が、捕まったくらいで諦めるはずが無かったのだ。
僕は久しぶりにこんなに笑った気がする。それこそ──涙が出るくらいに。
「ミヅハは、生きてる。きっと今も何処かで」
※※※
──それから一週間が経っただろうか。
旅立ちの準備は進みつつあった。デジー達は新たな会社を設立して、バラージュに拠点を置くらしい。そして、僕とフィーアも旅立ちに向けて必要な物を買い揃えていた。
「……フーッ」
シトラス家特製ジェットバスに浸かり、溜息を吐く。進展こそあったが、決定的なものは無かった。
ミヅハがオルドビスに居ないと分かったとはいえ、結局彼女の居場所は振り出しに戻ってしまった。
そして、メガが人間の姿を捨てる方法も分からず仕舞い。
「……先は長いなあ」
「そうだぞ? 特に妾なんか今回ほぼタダ働きも同然ではないか!」
「言うほどタダ働きかい? 良い情報は手に入った。ノアの民を追っていけば、君の身体を元に戻す手段も見つかるかもしれない」
「フン。そう簡単に見つかれば良いがな」
「どの道、一朝一夕でどうにかなる事じゃない。焦っても仕方がないよ。ところで──今そこにいるのはメガなのかい?」
「うむ」
……ちょっと待て。此処は一人用の風呂場だぞ。何でメガの声が聞こえるのだ。
思わず僕は瞼を開けた。湯船の縁には──メガの尻が乗っており、そして綺麗なラインを描いた背中が続く。うっかり浅い湯の中で溺れかけた。
何故人の入浴にさも当然のように乱入してくるのだ、この恐竜少女は!
「ごぼっ……メ、メガ!! 何で此処にいるのさ!!」
「其方はもっと妾を労わるべきではないか? 背中くらい洗ってくれても構わんのだぞ? ほれ」
「せめて恐竜の姿の時にしておくれよ!」
「では髪を洗うがよい。長くて面倒くさい」
「僕じゃなくても良いだろ!?」
「其方は分かっておらぬなー、人の姿を気安く見せられるのは其方くらいだと言っておるのだぞ」
「異性の全裸を毎回見せられる僕の身にもなっておくれよ、これじゃあ心臓が持たない!」
「くふふはははは! ザマーミロだ! いっつも澄ました顔をした其方が、妾相手に心を乱しておると、とても愉快な気分になるからな!」
こいつめ、分かってやっているのか分からずにやっているのか。しかし、今回彼女には色々無茶をさせてしまった気がするのは事実だ。適度にガスを抜いておかないと、不機嫌になると後が怖い。
「くっふふふ! 最初の頃はこの姿に嫌気が差しておったが、今となってはなかなか便利だな! 其方はこの姿に弱いからな、くははははは!」
「……正直、君には申し訳ない事をしたと思ってる。大分僕のワガママに付き合わせてしまったからね。背中と髪で良いなら洗おうか」
「お? 今日は珍しく物分かりが良いな。明日は空から肉でも降るか?」
仕方なく湯舟から上がり──メガの長い髪にシャンプーを付けた。……サラサラだ。出会った時からは考えられない。変身すると羽毛に変化する部分だから、彼女は髪の扱いにはとてもうるさい。
興奮する本能を何とか抑え込み──僕は、精一杯の気持ちを彼女に伝える事にする。
「……ありがとね」
「うん?」
最初に口を突いて出たのは、その一言だった。僕は、メガには感謝してもしきれないのだ。
「いつも、僕の無茶を聞いてくれて。いつも、一緒に居てくれて。そして……今だって、気を遣ってくれてるんだろ?」
「……其方はいつもそうだ。一番辛い時に、辛くないように振る舞う。そんな其方を見ていると……妾は無性に怖くなる」
「怖い? 何がそんなに怖いんだい」
「其方が居なくなることだ」
僕は──口を噤んだ。
どうやら、僕が思っていた以上に……僕の存在は彼女の中で大きなものになっていたらしい。
「妾は恐竜だ。野生でも一人で生きていける。そう思っていた。だが……今更、其方が居ない日々など妾には想像できん。まあ、簡潔に言えば……」
──メガは振り返った。
「妾は其方が好きだッ!」