「ッ……」
一瞬、どきりと心臓を射抜かれてしまった。彼女の顔は──明朗に笑っており、犬歯を溌剌と剥き出しにしていた。
「其方は──最高の相棒だっ!」
……うん。知ってた。
彼女は恐竜で、僕は人間だ。何処まで行っても隔たりがある。
メガが伝えているのは恋愛ではない。メガにとってこれ以上ない友愛だ。
「其方と一緒ならば、どこまでも強くなれる! 妾だけでは辿り着けなかった場所に辿り着ける! 今回もそうだったではないか!」
でも、不思議と悪い気はしない。メガが僕を唯一無二の無い相棒だと思ってくれていることに変わりはない。それだけで不思議と心が満たされていく。
「だから、其方だけは特別なのだ! 背中に乗せてやるのも、こうして身体に触らせるのも、其方だけである! せいぜい、誇りに思うがよい! だから──」
最後に彼女は少しだけ、寂しそうな顔で言った。
「頼む……勝手に、居なくなるな。其方を見ていると……何処かへ行ってしまいそうで、妾は……怖い」
……そうか。そうだったんだ。
ずっとメガは言っていた。ミヅハの事になると、僕は冷静ではなくなる、と。
あの忠告は文面通りのものだけではなく、それで僕が判断を誤り、命を落とすことまで危惧していたのだ。
事実、今回もそうだった。僕は何度も冷静さを失い、その度にメガに助けられた。相棒がメガでなければ、とっくに死んでいた。
「……ごめんね。不安にさせて」
「……だから……同時に嬉しかったのだ。妾に”一人で戦っているわけじゃない”って言ってくれた時、妾は……とても心強かった! だから妾は……其方と一緒なら、どんな相手にでも負ける気がせん!」
僕の好きは、きっと彼女の好きとは違う。そもそも僕の矛盾して抱えてる気持ちは、彼女には分からないと思う。
僕らは違う生き物だ。
でも、メガの中では──僕は特別だ。
今はそれで良いと思えてしまった。
だって、僕も同じだ。メガと一緒なら、何があっても負ける気がしないのだから。
「メガ。僕も──君が大好きだ。だから、勝手に居なくなったりなんかしない。僕は……君の相棒だからね!」
「くっははは! 何だか気恥ずかしいな! しかし、其方に言われるのは悪い気がしない!」
笑い合う。穏やかで、平和で特別な時間。
いつの間にか羞恥は消えていた。僕らは相棒で、きっと……これからも一緒だ。
そう思えてしまった。
「──失礼する」
……その時だった。
浴室の扉が大胆に開く。僕は──思わず目を丸くして、そして──耳まで熱くなった。
そこに立っていたのは、何一つ身に纏っていないフィーアだったのである。
「えっ……ちょっ、え……?」
思わず見惚れてしまい、そして目を逸らす。
薄くて細い身体をしていると勝手に思い込んでいた。だが、産まれたままの彼女は女性らしい膨らみを確かに持っていて、腰は蜂のように縊れていた。
僕と同じくらいの身長で、顔付きもまだまだ幼いのに──否が応でもフィーアを女性だと認識せざるを得ない。比べるのは失礼極まるが、メガが子供っぽい体型なので余計にスタイルの良さが際立つ。
「おいフィーア。何をしに来おった……? 人の風呂に乱入するなど、非常識であるぞ……?」
「いや、君にだけは言われたくないと思う!! 自分の数分前の行動を振り返ろうよ!!」
「妾恐竜ぞ? どうして人の常識で行動せねばならん?」
「都合の良い時だけ恐竜なのを持ち出すなよ!!」
「当方はイクサの役に立ちたいと思う。人間の男は、女に身体を洗われると喜ぶ……と本に書いてあった。それを実行する」
「実行しなくて良い!! マジでしなくて良いから!!」
よくよく考えたら、僕は何をしているんだろうか。入浴中に全裸の女の子に乱入されて体を洗っている。その上、逆に洗体までされるなんて、そろそろバチが当たるぞ。
「……当方はイクサの仲間。仲間という関係性を維持するには双方ウィン・ウィンの状態を保たなければならない。イクサは第二次成長期であり、女性及び性的行為への興味・関心があっても何らおかしくはない」
「つらつらと恥ずかしい事を述べるのはやめてもらえないかな!?」
しかも一切フィーアは恥ずかしがるような素振りを見せない。デザイナーベビーにはありがちだが、閉鎖環境で育てられた所為で情緒らしい情緒が育っていないのだ。
一方の僕はと言えば、異性の裸が二つも迫って既に脳がキャパオーバーを超えている。このままでは理性に罅が入る。メガの手前、醜態をさらすわけにはいかない。必死で耐えなければ。
「現に今も浴室で全裸のメガと一緒に身体を洗っている。これは──”イチャイチャ行為”に該当すると当方は考察する。それでイクサが喜ぶのであれば、当方としてもやぶさかではない」
何処で覚えたんだ、そんな言葉を!
いずれにせよ、このままではロクな事にはならない。止めなければ。ついでにフィーアの情操教育にも良くない。大体、妹と瓜二つの少女に身体を洗ってもらうなど、倒錯も良い所である。
「イチャ……ッ!? ち、違う!! 何を的外れな事を言っておるのだ其方は! 妾は単に、イクサに自らの身体を清めてもらっておるだけである!」
「……そ、そうだよ。僕らに疚しいものなんて何も無い! 大体メガは恐竜だしね!」
「……ならば、クローンとはいえ人間である当方が代わりに”イチャイチャ行為”を実行する」
ダメだ。何を言っても口実を与えてしまう。どうして僕はこうも舌戦に弱いのだろうか。
仕方がない、此処は別の切り口から攻めるとしよう。
「ね、ねえフィーア。一つ聞いて良いかな……? その”イチャイチャ行為”って誰から聞いたの?」
「レモンが”男は女の子とのイチャイチャで喜ぶ”と言っていた。”イチャイチャ”の意味を当方なりに調査し、考察した」
よし、あの師匠はシメよう。絶対だ。
沸々と怒りが込み上げてくる。
「……それとも、クローンでは性的興奮をしない……? 喜ばない?」
「いや、そう言う事じゃなくってね。良いかな、フィーア。そもそも配偶者ではない異性同士で風呂に入る事自体が非常識なことでね」
「理解不能。メガが良くて当方がダメな理由の説明を求める」
ド正論だ……此処からどう反論しろと言うのだ。
顔を近付けてくるフィーア。ミヅハと同じ顔だが、無垢で穢れの無い表情がドキリとさせる。しかも、彼女の肢体が嫌でも目に入ってしまうわけで。ぷるん、と二つの膨らみが揺れるのに見入ってしまい、僕は激しく罪悪感に駆られる。
そして、そんな僕をゴミのような目でメガが睨んでいた。
「……おい其方。鼻の下を伸ばすのも大概にするがよい……ッ! 本当に節操というものが無いのだな……ッ!」
「伸ばしてない!! 伸ばしていないから!! てか、君は何を不機嫌にしているのさ!」
「……何だかわからぬが今、猛烈に気分が悪い!! モヤモヤするぞ!!」
「理不尽!?」
「……メガ。此処は二人で協力して”イチャイチャ行為”を遂行する。当方の分析が正しければ、やはりイクサはメガに対して──」
「わーッ!! ストップ!! マジでストップ!!」
「ほほーう、それは良い。髪を洗ってくれたお礼だ。妾達でイクサの身体を隅々まで洗ってくれようぞ!」
「僕はもう身体を洗ってるから良いんだってーッッッ!!」
……ああ、此処にいない妹よ。次に会う時が非常に心配である。
どうかその時までに、僕の理性がどうにかなっていないことを祈るばかりだ。
取り合えず、フィーアへの情操教育と……後、あのバカ師匠はマジで覚えてろよ。
※※※
──旅立ちの日になった。フィーアに余計な事を吹き込んだ師匠へ懇切丁寧に「お話」をしたり、ブラン探偵にお礼を言いに行ったり、デジー達の新しい工場の準備を見学したり。色々あったけど……いざ去るとなると少し寂しいものがある。
「そう。やっぱり貴方達は旅立つのね」
しみじみとレモン師匠が言った。
思えば、これで二度目の別れだろうか。次はいつ会えるか、あるいは──もう会えないかもしれない。僕らの道は交わらない。でも、きっとそれは悲しい事ではなくて、互いの進みたい道に進めている証拠なのだと思う。
問題の多い師匠に違いはないが、今回も何かと世話になってしまった。今度こそ恩返しができるだろうか。
「色々とお世話になりました」
師匠に何かと面倒を見て貰っていたフィーアも、同意するように頷いた。
「……ん。レモンには色々教えて貰った」
……うん?
おいちょっと待て。少し雲行きが怪しくなってきたぞ。つい数日前に、それで大変な事になったのを僕は忘れたわけではない。すぐさま師匠に疑念を向ける。
「あの師匠。フィーアに変な事、教えてないですよね?」
「多分大丈夫だと思うわよ、今度は……でも、ほら。情操教育にはやはり小説が良いかと思って」
もう嫌な予感しかしない。出発する直前に懸念を増やさないでくれ。
「……師匠……? 反省という言葉をご存じないんですか……?」
「待って。今度は気を付けて教えたわよ。正座で説教はもう勘弁して頂戴、足がしびれて動けなくなるから」
「ハハハハ! これではどっちが師匠か分からんな!」
他人事のようにメガが笑い、僕は胃が痛くなりそうだった。これからこの二人に振り回されるのかと思うと少し不安になってくる。果たして僕に彼女達を制御することはできるのだろうか。いや、制御できるようなタマなら、既にこんな苦労はしていないだろう。
「……私はしばらくバラージュに留まる……というか留まらないといけない。旅に出られるのはいつになるかしらね」
「デジー達の事ですよね」
バンカーズバニーも新しい門出に向けて頑張っていると聞く。幼い子供たちの為にも、今度は真っ直ぐに生きてくれることを祈るばかりだ。幸い、デジーは根っこから悪い少女ではない。ただただ仲間を守るのに必死だっただけだ。それが良い方向に向いてくれれば、きっと花開いてくれるだろう。
僕に出来るのは、ただ祈るだけだ。幸あれ、と。
それに、デジー達にはレモン師匠が付いてくれている。ポンコツだが何かと面倒見の良い最高の師匠が。
「ええ。あの子達は任せてちょうだい。きっと良い技術者になる」
名残惜しいが、僕達も先に進まないといけない。
恐竜の姿に変身したメガに乗り、後ろにはフィーアが抱きつく。
それを見送る師匠の顔は、どことなく寂しそうに見えた。
「行くのね」
「はいっ」
「行ってらっしゃい。良い旅を」
湿っぽいのは無しだ。いつかまた出会った時に、積もる話をするとしよう。
バラージュに、そして師匠にさよならを告げる時だ。
メガが町の門を目掛けて走り出す。
「……イクサ。当方に何を見せてくれる?」
「行き先は決めてるのか? イクサよ」
「そうだね……」
メガとフィーアの問いかけに──僕は笑って答えた。
今日はとても良い日だ。新たなる旅立ちに相応しい日だ。
空は、こんなにも晴れ渡っている。ミヅハも同じ空を見ているのだろうか。きっと、そうであってほしい。
「気ままに行こう。当てのない旅だからね!」
──(完)
ここまでご愛読ありがとうございました!次回作にご期待ください!