──次の日からレモンさん……改めレモン師匠による特訓が始まった。
恐竜乗りの試験は、1か月後にこの付近のとある町で行われるらしく──最初は落ちるつもりで受けなさいとまで言われた。
しかし──
「え? 何で? おかしくない? どうしてそのヒョロい身体で、あれだけ走り込んで疲れないの?」
「僕の体力がおかしいって、低すぎるってことですか? 師匠」
「そのセリフやめなさい、グーパンが出そうになるから」
「痛ッた!! もう出てます……」
体力を見たいと言ったので、走り込みだのボール投げだのやらされた結果がこれである。
普通の人間と比べた事が無かったので分からなかったが、どうやら僕達デザイナーベビーの身体能力は図抜けて高いらしい。
ついでに師匠直々に拳骨まで頂いてしまった。理不尽。
「これが……デザイナーベビーの力。全ての水準が人間の埒外にあるって事ね。基礎体力と身体能力、更に視力も聴力も間違いなく優秀……だけど──」
「嫌ァァァーッ!! 振り落とされるーッッッ!!」
「騎乗技術はヒヨッコ」
サーベルタイガーのティーガーに振り落とされそうになりながら手綱を握る僕を見て、レモン師匠がケラケラと笑う。どうやら、メガは僕によほど合わせてくれていたらしい。だが、ティーガーは僕の素人操縦に合わせてくれるつもりは無さそうだ。
「試験では全く知らない恐竜に乗る事になると思うわ。どんな恐竜でも乗りこなせるようにしておくこと」
「他にも乗るんですか!?」
「知り合いの恐竜に乗せてあげるわ。それで練習しなさい」
どうやら師匠の知り合いまで巻き込むつもりらしい。なんか大きな話になってきたな。猶更落ちるわけにはいかない。
「そして問題はメガ。貴女……人間の姿だと本当に弱いのね」
レモンさんの視線の先には──地面を這いつくばるメガの姿があった。
「そーなーたー……ッ!! いきなりこの姿で走り込みさせるとは、どういう了見だ……ッ!!」
「肉はくれてやるから、言う事を聞きなさいな」
「肉!!」
目を輝かせるメガ。研究所時代の味気ないカリカリフードに相当参っていたらしい。
これで機嫌が直るのだから簡単なものである。人間嫌いだと思っていたのに想像以上にチョロかったな。
「貴方の変身能力は恐竜としては致命的。お腹が空いたり体力が尽きると、人間の姿になってしまう。悪いけど、人間の姿ではイクサ君の方が強いまであるわ」
「ハッ!! 侮るでない!! 本来の姿なら何も問題はないわ!!」
「その本来の姿を長い時間保てないのが問題なんじゃないか、メガ……」
「言いおったなーッ!?」
「あっ、いきなり変身したら──」
ビリビリ、とメガの纏っていた下着が破けたかと思えば、一瞬にして恐竜の姿に変じていた。
レモン師匠が頭を抱える。
「ちょっと!! それ私の下着なのよ!? 貴女が変身する度にオシャカになるじゃない!!」
「メガ、いきなり変身するのは駄目だよ!!」
「ハッハッハ!! 妾に人の服など必要ない!! 分かったか小娘ェ!!」
「ごめんなさい、あの子が何て言ってるか分からないわ。ぐおーぐおー、って何かを訴えているのは分かるけど」
他の人に恐竜状態のメガの声は只の唸り声にしか聞こえないのだ。
正直、聞く耳持たなくて良い内容だと思うけど。
「しかし困ったわねイクサ君。こうなるとメガが人間から恐竜に変身する度に服が破れる。そして恐竜から人間に変身する度に全裸の女の子が現れる」
「そ、それは倫理的にまずい……!」
その横には全裸の女の子を連れ回している変態の僕が完成する。最悪である。
「何か手を考えなきゃいけないわね……幸い、あの子の自己認識は恐竜だから多少アレな格好でも問題ないと思うけど」
「本当にそうですか……? 諦めてはいけないものを諦めてませんか?」
「取り合えず下着をつけるのは諦めないといけないわ」
「もうダメでしょ、女の子として大事なものを投げ捨ててるでしょ」
「バカね、あれを女の子扱いするところが間違ってるのよ、元は恐竜よ? このままでは私の服が全滅するわ」
メガに出来るだけ恐竜の姿で居て貰うのは、お互いの為にも必須事項だ。だが、それでも人間の姿になってしまう事は避けられないわけで、何か手を考えなければならないだろう。
「よし! 取り合えずメガの課題は体力づくりよ! 長い研究所生活で鈍ってるでしょうし、長い間恐竜の姿で居られるように訓練だわ!」
「おいイクサ、その小娘は何と言っておるのだ!」
なんて偉そうなやつなんだ。自分だって人間の姿になったら小娘になるくせに。口調はやたらと偉そうだが精神年齢は絶対僕より下だぞこの子。この有様でよく人の事をこわっぱなどと言えたものである。腹立だしい。
「メガー! 体力を鍛えるんだってさ! 長い間、恐竜の姿で居たいよね!?」
「居たーい!!」
「たっぷりしごいてやってくださいレモンさん」
「任せておいて。死なない程度にヒーヒー言わせてやるわ」
こうして、メガは毎日のように恐竜の姿と人間の姿で身体訓練をさせられる羽目になったのである。
ある時は恐竜の姿で生肉をぶら下げたサーベルタイガーを延々と追いかけさせられて全く追いつけずヘロヘロになったり、ある時は人間の姿のまま壁をよじ登らされたり、ある時は恐竜状態で重い荷物を引っ張らされたり──
「はぁ、はぁ、はぁ、もう、無理だ……死ぬ……妾死ぬ……」
「人間に変身するリスクがある以上、貴方は鎧を付けられない。うっかり人間になったら鎧に押し潰されるわ。サドルも付けられない」
「それがどうしたって言うのだ……」
「貴女は素の体力で戦うしかないってことよ。他の恐竜が付けるような武装はつけられない」
「お、おのれ、妾はこの程度では……ガクリ」
「あ、そうだ。実は知り合いの畜産家からオーロックスの肉を頂いたのだけど」
「牛の肉ーッッッ!!」
とはいえ、どんなにへばっても肉で復活するので本当に簡単なヤツである。
そして僕は、ひと通り恐竜乗りが使う武器の勉強や相手を殺さずに無力化する方法、野営の方法などを学んだ。
その最たるは座学。恐竜乗りは法律と言った知識も必要になる。分厚い本を渡され、これを全暗記しろと言われたのであるが──
「嘘でしょ? 丸暗記した? 過去問のテストが満点?」
「僕なんかやっちゃいました?」
「その構文やめなさい、拳骨が出るわよ」
「痛ッッッた!? もう出てますよ!」
「普通の人間なら全部学ぶのに丸々1年以上はかける内容なのに……それを純粋な記憶力だけで学習するとかアホらしいわ……こりゃ学術試験は100%パスね」
「後は……騎乗技術、ですか」
「そうね。しっかり仕上げるから、付いてきなさい。試験は、もう間近よ」
──どうもデザイナーズベビーの記憶力は普通の人間のそれを遥かに上回っていたらしい。
一度読んだことを完全に覚えるというのは、なかなかできる事ではないらしいのだ。
正直、僕は自分の生まれをあまり良く思ってはいなかったが、こんな形で役に立つとは思わなかった。
「後はサバイバルの技術も教えておきましょう。貴方達はいずれは二人で生きていかないといけない。今日は野外での過ごし方を教えるわよ」
ある時は、このようにキャンプの心得や野生動物への対処法を実戦形式で教えて貰った。だが、師匠は思っていたよりも危なっかしく──
「……野外活動の課題を全てクリアすれば、私謹製キャンプカレーを振る舞いましょう、天にも浮くような美味さよ」
「……あのー、師匠」
「はい?」
「……浮いてます」
「はい?」
「……ですから、師匠が物理的に浮いてるんですけど」
「……」
「クエー(意訳:今日のゴハンみっけー)」
翼竜の足が師匠の服を掴んでいたのだ。
課題の説明をしようとした矢先に真顔のまま翼竜の足に連れ去られようとしている師匠。あまりにも平然としていたので、情況の理解が遅れたが──大惨事が現在進行形で起きている。
ミヅハを連れ去ったのも翼竜だったので、僕の中でトラウマが再燃した。
「うわあああーッ!! メガ!! メガ!! 早く師匠を地上に引きずりおろして!!」
「今やっとるぞ!! さっさと離さんか、この鳥公貴様ーッッッ!!」
「あら、貴方達何か勘違いしていないかしら」
「はい!?」
「私はね、断じて連れ去られてるわけじゃないの」
恐竜に変身したメガが師匠の身体を前脚で引っ張り、翼竜から引きずり降ろそうとする中でも師匠は冷静だった。いや、ちょっとは取り乱すとかしておくれよ。
「これこそが今日の課題よ。翼竜に連れ去られた仲間を如何にして安全に救助するかを貴方達に問うているの、実戦形式で」
「助けてほしいなら素直に助けてほしいって言えば良いんじゃないですかねえ!?」
……この後、全力で師匠を助けた。
師匠は思っていた以上に恐竜に乗っていないとダメダメな人だったのだ。頭の良さそうな顔をしているのに肝心な時にボーッとしているというか、ぽやぽやしていると言うか……。
そんなわけで、修行の日々は続き、試験の日が漸く近付いてきたのである。
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