──試験当日。午前中に筆記試験が終わり、僕は実技試験の会場にスキップしながら向かっていた。勉強の成果は上々、ほぼ予想通りの問題ばかりだ。
残るは実技試験のみである。試験官の前で騎乗技術を評価してもらうのである。此方も、レモン師匠の知り合いの伝手で色々な恐竜に乗せて貰ったので、何が来ても怖くはない。
そして、試験会場に向かっているのは僕だけではなかった。
「何で妾まで着いて来ねばならんのだー、試験を受けるのはイクサであろう? わざわざ人間の姿になってまで見物する必要はあるのかー?」
不満そうに少女の姿のメガが言った。隣にはレモン師匠が腕組みをしている。
「邪魔にならない範囲での実技試験の見物は自由。他に恐竜が沢山居るもの、貴女も乗られる側として参考になる事もあると思うわ」
「フン。見物など必要ない! どうせイクサは合格するのだ。というかしないと困る!」
「へえ、信じてくれるんだ。流石は僕の相棒だ」
「勝手に相棒認定するなッ! 言っておくが、妾の上に乗るのを許可してやっているだけだ、相棒だと認めた覚えは無いぞ!」
「素直じゃないわねー……イクサ君、力を抜いていきなさい。貴方なら絶対受かるわ」
「はいっ。それとメガ」
「なんだ?」
「応援してくれてありがとね」
心からそう思う。何だかんだ、メガが居てくれなければ此処まで来れなかったのだから。
しかし、メガは一瞬で耳まで真っ赤にして、そっぽを向いてしまう。
今日のメガはやけに可愛らしい。レモン師匠が見繕った青いワンピースがよく似合っている。少女の姿だと美人であるが故に何を着ても様になってしまう。尤も、本人にこんな事を言うと怒ってしまうから決して言わないのだけど。
「応援なぞしておらんっ! 応援などするまでも無い。妙な事を言うと、ここで齧ってしまうぞ」
「もしかして照れてる?」
「照れとらんっ!」
「何でも良いけど、そろそろ時間よ。行ってきなさいな」
「しくじったら思いっきり笑い飛ばしてやるからな。覚悟しておけイクサ」
「分かってるよ」
しくじったりなどしない。此処で特訓の成果を見せる。そして──旅への第一歩を踏み出すんだ。
意気込んだ僕は試験会場に入り、改めて説明を受ける。
今回の試験課題は、パラサウロロフス──長いトサカが特徴の草食恐竜に騎乗し、障害物コースを走るというもの。
これがなかなか難解なアスレチックで、上手く飛び越えさせられずに失敗する受験者が続出する。
「……よし」
そうこうしているうちに僕の番が来た。動物と話す力は使わない。他の受験者と同じ条件で僕も挑戦する。能力に頼っているだけでは、本当の意味での騎乗技術は身に付かない。
「受験番号八番、イクサ! 位置についてください!」
パラサウロロフスのサドルの上に跨り、山あり谷ありのアスレチックコースを見渡す。瓦礫の山、狭い通路、上り坂に下り坂。このコースを制限時間以内に走らなければならないとなると、なかなかプレッシャーがかかり、冷や汗が首筋を伝う。
だが、やるしかない。練習の成果を見せるまでだ。
「始めッ!!」
合図と共にパラサウロロフスの横腹を軽く蹴る。首を上げたパラサウロロフスが走り始めた──その時だった。
何処からともなく、何かが壊れる音が聞こえる。そして──アスレチックコースをすさまじい勢いで薙ぎ払いながら巨大な車のようなものが突っ込んできた。
パラサウロロフスが恐怖で立ち止まり、悲鳴を上げる。試験管たちが慌ててパラサウロロフスで止めようとするが、巨大な車はそれらよりも一回りも二回りも大きかった。
スパイク付のタイヤと破砕機の付いたバンパーで目の前の物を全て蹂躙しながら車は試験会場のど真ん中に陣取った。
「ご機嫌用、諸君ッ!! この私の顔を覚えているかッ!?」
「誰だよこの人……」
怯えるパラサウロロフスの手綱を引っ張って宥める。巨大な車の運転席に乗っているのは、金色のリーゼント姿の男だった。
「恐竜乗り試験に二十回連続で落ちたこの私をッ!! 御存知ないッ!?」
「御存知ないです……」
「あいつ……そう言えば見覚えがあるような」
「何だっけ、確か……ガッツとラックみたいな、そんな名前だったような」
試験官達が口々にそう言っている。ネームド受験者かよ、悪い意味での。
「ガッツとラックじゃない!! 私はカツラック!! この町の試験の誤りを正す為、正当なる粛清を下しにやってきたのだよッ!!」
「あー思い出した! 実技の点数は良いけど筆記の点数が壊滅的な……」
試験官の誰かが指を差して言った。
やはり悪い意味でのネームド受験者だったか……しかも名前からして滑りそうだし。だが、呆れている場合ではない。このリーゼント男、不合格の逆恨みだけで試験会場を滅茶苦茶にしたのか。
この世界が荒れてる理由、こいつのようにしょうもない理由で銃火器を持ち出す奴が居るからだろ。
「ひいいい……怖いよう……おうちかえるもん……」
パラサウロロフスの怯えた声が脳に響く。そこらの肉食恐竜には負けないくらいのフィジカルはあるのだが、相手がモンスターカーとなれば話は別か。
後、戦闘力が高い事と戦闘が好きであることは必ずしも一致しない事を考えれば無理もない。
明らかに怖がっている。先ずは落ち着かせなければ。
「大丈夫。大丈夫だよ。僕と一緒に安全な場所に逃げよう」
「ひいいい……安全? どこぉ……?」
「ダハハハハハーッ!! こんな会場、火の海にしてくれるらぁぁぁぁーッ!!」
ポンポン、とロケットランチャーを放ち辺りに放火するカツラック。試験官も恐竜も観客も受験者も、皆尻尾を巻いて逃げ出した。間の悪い事に、あいつを止められるような恐竜が此処には居ない。
もうどうするんだこいつ、試験会場の大人しい草食恐竜ではあのモンスターカーには太刀打ちが出来ない。せめて、この子だけでも逃がしてやりたいのだが──
「おーいッ!! イクサッ!! こっちだ!!」
その時だった。僕は観客席の方から聴こえた声に目を向ける。そこには──既に恐竜の姿に変身したメガの姿があった。
「ッ……メガ! よし、分かった!」
「ひいいい……どうするのぉ……?」
「パラサ君ッ! あっちの観客席に行くんだッ!!」
「なんかおっかないのがいるよお!?」
「それは僕の相棒だ! 大丈夫、信じて!」
「う、うん……!」
パラサウロロフスをメガの方に向かわせる。横では師匠がサムズアップ。良いからやっちまいなさい、とでも言わんばかりだ。しかし──後ろから何かが飛んでくる。振り向き、僕は仰天した。
「げぇっ!? ロケット弾頭!?」
「ダハハハハハハーッ!! たまやーッ!! そのパラサウロロフスも木っ端微塵になるがいいさ!!」
しゅるるるるる、とヘビの威嚇するような音と共に放物線を描いて飛んでくる弾頭。しかし、それに向かって飛び上がり、そして弾頭に喰らいつく一つの影──メガだ。
「ふぅうんっ!!」
弾頭に空中で噛みついたメガは、そのまま遠心力の勢いで何も無い場所に放り投げる。爆音が鳴り響いたが、僕らは無傷だ。そのまま僕はパラサウロロフスを師匠の居る場所まで連れていき、サドルから降りた。
「師匠、この子を頼みます」
「貴方こそ、あんなヤツ、ボッコボコにしちゃいなさい。私が許可するわ!」
言われるまでも無い。僕は走ってメガに飛び乗り、モンスターカー目掛けて走らせる。
「とんだ邪魔が入ったな!! ……準備はできておるぞ!!」
ならば思い知らせてやろう。試験会場が焼き尽くされた所為で披露できなかった、師匠直伝の騎乗技術を。
「こいつ!! 爆散、しろーッ!!」
モンスターカーのハッチが開かれ、次々にロケット弾頭が飛び出し、メガに向かって飛んで行く。
しかし、それらを全て軽快なステップで躱し尻尾で弾き飛ばす。言葉を躱すまでもなく、僕らは合図だけでやり取りを交わす。
こんなものは地獄の修行を乗り越えた僕らの敵じゃないんだ。
「だが、どうやって料理してやる、イクサよ! あのデカブツ、どうやって息の根を止める!?」
「車を完全に破壊する必要は無いよ。狙いは運転席だッ!! 扉を爪で引き剥がしてやれ!!」
「承った!!」
跳躍したメガは全ての足の爪を食い込ませてモンスターカーの運転席にへばりついた。そして、前脚の鉤爪で運転席の扉を缶切りのように切り裂き、乱暴に投げ捨てる。露になったのは、怯えた顔のカツラック。だが、彼の震えた手にはライフルが握られているではないか。
「ひいい!! 死ねえッ!!」
乾いた発砲音が響いた。
血の気が引いた。
僕は思わずメガの名前を呼ぼうとした。しかし──
「おい。其方、今……何かしたか?」
「は、は、全然きいてない……」
メガは一切堪えてない。きっとカツラックには、メガラプトルの低い唸り声だけが聞こえているので余計に恐怖を煽り立てるのだろう。
だが、分かり切っていたことだった。メガの腹をライフル弾如きで貫通できるはずもなかたったのだ。分かっていても心配になってしまったのであるが。
そのままカツラックはメガに服を噛まれ、運転席からボロ雑巾のように引きずり落とされる。
「ひ、ひいいい!! 助け、助けてくれぇぇぇ!! ちょっとした出来心だったんだよ、お茶目なジョーク!! だから、君のような可憐な女の子が……こんな無抵抗な可哀想な民間人をやっつけたりとか、しないよねぇぇぇ!?」
ロケットランチャーとモンスターカーで武装している無抵抗で可哀想な民間人が居るわけがない。
後、僕は男だ、いよいよ手加減する理由が無くなった。
「じゃあ今から僕達がやるのもお茶目なジョークってことで」
「尤も、しばらく目は開けられんだろうがなァッ!!」
「へぶう!!」
カツラックは、メガの尻尾フルスイングを顔面に受けて、カッ飛んでいった。ナイスショット、ホームランと言ったところだろう。そのまま、駆け付けた自警団がカツラックを拘束するのが見えた。一件落着だ。
「しかし……試験は滅茶苦茶になってしまったな、イクサよ」
「試験なんか受け直せば良いよ。それより、銃弾喰らったところは大丈夫?」
「こ……こんなもの、痛くも痒くもないぞ?」
「嘘吐け! 少し強がっているじゃないか!」
「だとしても、これしきで死にはしない。其方も分かっておったであろう」
銃創には銃弾が埋め込まれている。後で取り除いて貰わなきゃいけない。だが、それにしても凄まじい頑丈さだ。これが──恐竜という生き物。人間より遥かに頑強で、俊敏な、古代の王者を僕らの常識で考えるのが間違いなのだろう。
だけど──
「心配なんだよ! 心配させておくれよ……メガの代わりは居ないんだよ」
「ッ……」
少しだけメガは黙った。そして目を逸らし、バツが悪そうに言った。
「……や、やめんか。其方の気持ちは分かったから」
「後で獣医さんに診て貰おうね。メガ」
「えー……平気だと言っておろうに。それに医者に罹るのは嫌だぞ」
嫌そうな顔をするメガ。しかし、傷が治っても銃弾は取り除かないと体に残ってしまう。無二の相棒だからこそ、君が嫌がっていることでも最善を尽くしたいのだ。
「終わったみたいね」
師匠がパチパチと手を叩きながらやってくる。自警団が駆け付けてきてカツラックを拘束したのが見えた。これで一件落着だ。
「ところで師匠」
「どうしたのかしら」
「今回の件、まだ試験に受かっていないのにメガに乗ったのって……マズいですかね?」
「緊急事態であること、私の監督下だから問題ないと思うわ。むしろ褒められるまであるでしょ。あの場でアイツと戦えたのは、貴方だけだったもの」
現に試験会場に中型以上の肉食の姿は無かった。中型以上の肉食恐竜は手懐けるのが大変だとされており、ブリーダーの手で流通する数が少ないらしい。無理もないだろう。
パラサウロロフスも相手が肉食恐竜ならば果敢に戦うが、相手が機械だったので怯えてしまったのだろう。元々、戦闘を想定した育成をされていなかったのもあるかもしれない。
結論、カツラックを速やかに鎮圧できるのはメガしか居なかったのである。
そもそもこんな事態を想定しろというのが無理筋な話なのであるが。
「もう一つ。メガにお洒落な服着せてたと思うんですけど」
「そうね。自信作のコーデよ」
「……脱がしてから変身させたんですか?」
「あははは、何を言っているの。そんな時間あるわけ……な……」
師匠の顔が青くなっていく。彼女が迂闊なのは今に始まったことではないが、またしても服が一着オシャカになってしまったのだった。
「……今回、妾悪くないよね?」
メガがバツが悪そうに言ったその時だった。
何処からともなくもう一つ、駆動音が響き渡る。そして──試験会場にもう一台、モンスターカーが飛び出してくるではないか。
「アニキィィィーッ!! 寝坊してごめんよーッッッ!! 今から俺達で試験会場を焼き尽くしてやろうぜーッッッ!!」
「げぇっ!! 弟が居たのかよ!!」
「……はぁ。イクサ君に花を持たせてやろうと思ってたけど、いい加減イラッとしてきたわ」
「師匠!?」
師匠が口笛を吹くと、何処からともなくティーガーがすっ飛んでくる。
確か避難誘導を手伝っていたんだっけか。そして師匠はすぐさまティーガーの上に跨った。ティーガーの背中には二振りの大太刀が鞘に納められたまま乗せられている。
それを躊躇なく引き抜いた師匠はティーガーに乗ったまま、もう一台のモンスターカー目掛けて突っ込んでいく。
「あっ、師匠!! 一体何を──」
「あの間抜け……戦えるのか!? 翼竜に連れ去られてるところしか見たこと無いぞ!!」
そう言えば僕達、師匠が本気で戦っている所は一度も無かった気がする。得物が刀なのも最近知ったことだ。
しかし、幾ら師匠と言えど真正面からあのバケモノ車に勝てるのか──
「何だ女ァ!! 引き潰してくれるぁぁぁぁーっっっ!!」
「──武神流抜刀術」
──空気が変わった気がした。
ティーガーがバケモノ車に前脚でしがみつく。師匠が二本の刀を振り抜き──
「──双牙連斬”春雷”」
──瞬きする間にモンスターカーは音を立ててバラバラに崩れ落ちたのである。
何が起きたのか分からなかった。刀で金属を斬れるのも驚きだが、今の一瞬で刀を引き抜いて──果たして何回斬った?
「……あ、あえ……? 車、バラバラ……? なあんでぇ……?」
後に残るのは、剥き出しの運転席でハンドルだったものを握り締める運転手のみ。その彼の服もバラバラに切り裂かれ、パンツだけが残っていた。