バラバラの瓦礫と化したモンスターカー。その前に立つはティーガーの上に跨った師匠。
僕らは声を出す事も出来なかった。あの間抜けな師匠が、一度刀を抜けば超人的な神業を振るう剣豪だったことに驚きを隠せなかったのである。
「な、あんた、まさか──武神流の継承者か!?」
「ッ!?」
師匠の刀を見て──試験官の一人が言った。聞きなれない単語だ。
「ブジンリュウ……?」
「坊主、知らねえのか? 武神流ってのは極東に伝わる、動物に騎乗することが前提の二刀流剣だ」
「はぁ……」
「そして、継承者には代々、鉄をも両断する斬鉄剣が渡される」
隣で見知らぬおじさんが腕を組みながらドヤ顔で解説している。誰だよアンタは。
「で、でも……師匠がそんなすごい人だったなんて」
「武神流の継承者ァ!? 何でそんな奴が、こんな片田舎に居るんだよ!!」
「……貴方達、何か勘違いしていないかしら」
刀を鞘に納め──レモン師匠が涼し気に言った。
「此処には武神流の継承者なんて居ないわ」
……何だ。
師匠がいつも通り意味不明な事を言い出したぞ。
話が違うじゃないか隣の知らないおじさん。すっごく冷や汗書いてるけど。
「……待って下さいよ師匠。その刀って斬鉄剣ってすごい剣なんじゃ……」
「これはテキトーに買ったナマクラよ。それを斬鉄剣っぽく装飾してるだけ。だってかっこいいとテンション上がるじゃない」
「……今なんて? それっぽく……?」
「そして私の剣技は我流。確かに武神流を勝手に名乗ってるけど……誰かに教わったわけじゃない」
……ちょっと待て。何を言い出すんだこの人。
「私が知ってる武神流の継承者は、小さい頃に出会った赤毛の女剣士だけ。その人の剣技を……記憶だけで再現したのが私の剣技。不完全も良い所の猿真似だわ」
……おかしい。おかしいよこの人。
数回見ただけであろう剣技を再現?
猿真似であの威力なのか? 師匠が凄いのか、それとも武神流が凄いのか、これではサッパリ分からない。
「そんな猿真似の剣技を誰かに教えられるわけもないから……今まで黙っててゴメンね? イクサ君」
「あ、いや、覚えるつもりもないんで、大丈夫です……」
「レモンって、すごかったのだな……」
すっかり失禁してしまったカツラックの弟は自警団にしょっ引かれていく。
それを僕らは遠い目で眺める事しか出来なかった。やっぱり師匠は──強かったのだ。
※※※
後日、試験は改めて開催されるのだという。
だが僕はその日、眠れず──師匠の寝ている所に来ていた。
昼間の興奮が未だに冷めやらない。初めてのメガとの連携、そして──師匠の神速の剣技。
僕は改めて師匠と話してみたくなった。
「あら? 珍しいわね、こんな時間に訪ねてくるなんて」
すっかり薄着の師匠が本を閉じた。部屋の中はランプで薄明るかった。
「師匠に……聞きたいことがあって」
「そりゃああんなの見たら聞きたくもなるでしょうね」
「……僕、師匠の事、何にも知らなかったんだなって思いました」
あんなに一緒に居たのに。ちょっと間抜けで、面倒見が良くて、でも──恐竜に乗るのは上手で、そして色んな事を知っている。
小説が好きで、自分の旅すら物語にしようとしている変わった人。
……そう思っていたのに。あの剣技で僕は──今まで見てきた師匠が、氷山の一角でしかないことを思い知った。
「師匠はどうして──僕達を拾ってくれたんですか」
改めて、それを聞きたかった。こんなにすごい人が、どうして手間暇かけて僕達に構ってくれるのか分からなかった。
「だって僕、何にもお返し出来ないです。外の世界の事、何も知らないし……妹の事も探さないといけない。そうだ、どうせならこれからも師匠の旅に同行して──」
「それはダメ」
微笑みながら師匠は僕の口に人差し指を当てた。
「……私ね。旅をするときは身軽にするって決めてるの。今、貴方達と一緒にいるのは一時の気まぐれのようなもの。貴方は貴方の力で生き抜いて。その上で……仲間が新しくできたら大事にしてあげて」
「ッ……でも。じゃあ、何で僕達の面倒を見てくれるんですか」
「何かを残したかったから」
師匠の返事の意味が──僕は分からなかった。
「私ね。恋愛とか結婚とか……絶対しないって決めてるの」
「……どういうことですか?」
「体質的な問題よ。それに、別れる時……絶対悲しくなるから」
足元で丸まって寝ているティーガーの毛皮を撫でながら師匠は少し切なそうだった。
師匠の言っていることは時折要領を得ない時がある。それはきっと、意図的に何かをはぐらかしているのだと知ったのは──もう少し後の事だった。
「でも、そうなると私の生き方や考えだとかを受け継いでくれる人は誰も居ない。それは少しだけ寂しいって……思っちゃった」
「……だから、僕に色々教えてくれたんですか?」
「そう。これは私の気まぐれでワガママ。だから、貴方が気負う必要はないの。私が勝手にやったことだから」
「……気まぐれで、此処までしてくれるんですか。僕、師匠が居なかったら……どうなってたか分からないですよ」
「……私、結構貴方の事好きなのよ」
椅子から立ち上がり、師匠は僕の髪をポンポンと撫でた。
「初めて会った日の事、覚えてる?」
「……はい」
忘れた事は無い。研究所が襲われて、ミヅハが攫われて、メガと一緒に逃げて、その先で師匠に出会った。
そうして奇妙な縁を結んで僕らは今此処にいる。
「あんなに大変だったのに、貴方は……妹さんを探したいってずっと言ってた。泣きわめくでもない、自分達を酷い目に合わせた奴らに怒るわけでもない。貴方は……ずっと大事な人を探す為に行動してた。ああ、この子は強いんだって思った」
「……涙が枯れてただけです。僕は師匠が思っているほど、強くなんてないです」
「それでも、私には眩しく映った。せめて、旅に出る最後の一押しをしてあげたいって思った。そして、世の中悪い奴はいっぱいいるしクソったれたことも沢山あるけど……捨てたもんじゃないって思ってほしかった」
僕は──気が付くと、何かが喉奥から込み上げて来ていた。熱い物が目に溜まっていく。
きっと師匠も言わないだけで過去に色々あったに違いないのだ。それでも、僕らの事を気にかけてくれる。
「ちょっと。何で今泣くのよ……」
「ち、違うんですよぉ……僕は……僕は……本当は……!」
「貴方は強いんだから。これからもっと辛い事、痛い事、苦しい事が沢山あると思う。それでも……貴方なら大丈夫だって私は思ってる」
「はいっ……!!」
今まで堪えてたものが決壊したようだった。泣きじゃくる僕を、師匠はそっと抱き締めてくれた。
※※※
後日、試験が改めて実施された。
そして、その日のうちに──僕らの合格が発表され、ライセンスが発行されたのである。
師匠は僕とメガを一緒に抱き寄せて自分の事のように喜んでくれた。
「本当に、本当にすごいわ! 一発合格よ! 信じてたけど……貴方は私の誇りだわっ!」
「っ……師匠」
「おい、妾まで抱き締める必要はあったのか!?」
「何言ってるの、貴女も見違えるくらい強くなったわ!」
泣きそうな顔で師匠が言った。
僕も釣られて泣きそうになった。メガは少しだけ迷惑そうにしていたが、満更でもないようだった。
短い期間だったが、確かに僕達は師弟だったのだと思う。
拠点のログハウスに戻るなり、師匠はどこかそわそわした様子で言った。
「メガ。貴女にプレゼントがあるわ」
「え? 妾か?」
「イクサ君、ちょっと待ってて頂戴ね」
「はい……何なんだろう?」
しばらくしただろうか。レモン師匠は、少女の姿に変身したメガを連れてやってきた。
だが彼女は見慣れない土煙色のマントを羽織っていたのである。全身をすっぽりと覆い隠してしまっている一枚布。手を伸ばすと、スリットから手を出せるようになっているようだ。
「うむ。少しむずがゆいが……何なのだコレは」
「似合ってるわよ、メガ。そのマントは──特注よ。大事にして頂戴」
特注と聞いて僕は二度見した。何処からどう見ても普通のマントなのであるが──首元に紐が付いている。
「紐を引っ張ってから恐竜の姿に戻ってみて」
「こうか?」
紐を緩めるとマントの首元が大きく広がる。僕は思わず目を背けた。見えてはいけないものが見えそうだったからだ。
しかし、遅れてメガの身体が大きく膨れ上がり、恐竜の姿となった。
マントは──マフラーのように首元からたなびいていた。
「カッコイイよ、メガ!!」
「カ、カッコイイ……? よく分からんが其方が言うならそうなのだろうな」
メガは少し照れているようだった。
いずれにせよ、これでメガの変身問題は少しだけ解決した。変身する度に破れてしまう衣服に悩まされる必要も無い。
……尤も、マントの下には何も着ていないから、どっちみち危うい恰好に違いはないのだけど。
「……マントの下を想像したら駄目よ? イクサ君」
「しませんよッ」
※※※
……とにかく、それからはアッと言う間だった。
僕らは旅の準備を整えて、いよいよ別れの日がやってきたのである。
名残惜しさ、寂しさを抱えながらも──僕はメガの背中に騎乗し、師匠に礼を言った。
「本当にありがとうございました。なんてお返しをしたら」
「そんなの要らないわ。私も楽しかったから」
「師匠も、此処を旅立つんですよね?」
「ええ。もう、戻ってきてもいないからね、私。助けてあげられないわよ」
……そりゃそうだ。もう十二分過ぎるくらい助けられた。同時に助けたような気もするが……今は置いておこう。台無しになるし。
「足止めして悪かったわね、妹さん……見つかると良いけど」
「探し続けますよ。どんな結果になっても」
「妾も、完全なる恐竜になることを絶対に諦めんぞ?」
「最後に一つ、教えておくわ」
僕はメガの上に飛び乗る。
これが──僕の恐竜乗りとしての第一歩だ。
「イクサ君! メガ! 旅を楽しんで! どんな逆境でも、楽しむことを忘れたらダメよ!」
手を振る師匠が大声で僕らを送り出す。
「はい、師匠も──お元気で!」
「世話になったなーッ! 其方の焼いた肉は美味かったぞーッ!」
振り向き、師匠に手を振り返す。サーベルタイガーのティーガーも寂しそうに尻尾を振っていた。
だけど、この時は思いもしなかったのだ。
恐竜乗りになってからは本当に色々ありすぎて──結局、妹の手掛かりを掴むまでに三年も要してしまったのである。
※※※
──僕らが恐竜乗りになって、丁度三年が経とうとしていた。
だが、何も変わらない。僕の背は相変わらず伸びず、顔も女の子と間違えられてばかり。かと言って、イメチェンしたら妹と再会した時に僕だと分からないかもしれないので、このままにしているのである。
メガも相変わらず半分恐竜で半分人間のままだ。体つきも性格も子供っぽいまま。誰もかれも、三年では早々変わらない。
「グルルオオオオオオオオオオオオオッ!!」
恐ろしく大きな咆哮が森に響く。
恐竜が自然界に溢れた今となっては、森の中でティラノサウルスに追いかけ回されるのも珍しい事ではない。
僕らは走っていた。隣には──少女の姿のメガも走っている。
何時まで経ってもピンチをスマートに切り抜けられる気がしない。実戦とは試験のようにはいかないものである。
「山で遭難して三日目ーッ!! 飯の心配する前に、妾達があやつの飯になってしまうではないかーッ!!」
「どうやら向こうもしばらくディナーにありつけてないみたいだ」
「奇遇だな、妾達仲良くなれそうだぞヤッホイ!!」
「ちなみにティラノにその気は無さそうだよ」
端的に言おう。僕とメガは絶賛逃走中なのだった。
飯を野生の猿に盗まれ、ここ数日僕達は空きっ腹のまま森で過ごしていた。
まさか師匠が昔やったのと全く同じミスをしてしまうとはお笑いだが、笑っている場合ではない。
メガも少女の姿のまま爆走している。体力を消耗しているので恐竜の姿を保てないのだ。
しかし、このまま追いつかれればご機嫌な昼食になるのは僕達の方である。
「こうなれば徹底抗戦だ!! 殺ってしまおうイクサ!!」
「メガ。今の君は消耗している。まともに戦って勝てる相手じゃない。体格も向こうの方が上だ」
ティラノサウルスは全長十三メートル。
対して、恐竜の姿になったメガの全長は八メートル程度。
体格差で言えば、トラとヒョウ程の差がある。
……捻じ伏せられるのはメガの方だ。
「じゃあ、どうしろと!?」
「今走っている先に壊れた吊り橋が見えるよ。崖と崖の間は約十六メートル。恐竜状態の君が飛び越えれば撒けるかも」
「そ、其方、相変わらず目が良いな……」
「僕はこれでもデザイナーベビーだ。普通の人間よりは視力に自信があるよ」
これが最後のチャンスだ。
吊り橋は千切れているので当然使えないが、恐竜になったメガ──即ち、メガラプトルの跳躍力ならば飛び越せる。
「しかしあの程度の崖ならティラノも飛び越えてくるのではないか!? あれの身体能力を侮るな!!」
大口を開けて迫ってくるティラノサウルス。
歩幅は大きく、足の力も強靭そのもの。確かに吊り橋を飛び越えるくらい容易いかもしれない。
「そこは考えがあるから。とにかく、恐竜の姿に戻って、メガ!! ちょっとの間だけで良いから!!」
「仕方がない……其方の愚行に乗ってやろう!」
走っているメガの全身に鱗がびっしりと生え、髪の毛が羽毛に変わっていく。
体はどんどん巨大化していき、全身を覆っていたマントはマフラーのように首元だけを覆う形になる。
メガの姿は──完全に恐竜の姿へと変じた。
「ええい、ままよ!!」
メガが地面を大きく蹴り、崖を飛び越える。そして僕は振り向いた。ティラノサウルスも崖を跳んでいる。しかし──僕に恐れは無かった。
「──ごめんね」
僕の手には強力パチンコ──スリングショットが握られている。
ティラノの鼻先目掛けて撃ちこんだ玉は弾けて──強い光を放つ。
それも、その場を真っ白に覆い尽くす程の強い光を。
「グオオオオオオオオオ!?」
態勢を空中で崩したティラノは、そのまま崖に足を引っ掛けることなく落下していく。
僕とメガはしばらくの間、崖下に吸い込まれていくティラノを眺めているのだった。
「……流石にあれしきで死なんとは思うが……」
「あ、飯寄越せーって、ティラノの声が聞こえてきた」
「声がでかいヤツだ……」
崖下からは元気なティラノの声がすっ飛んでくる。
流石古代の王者、あれしきの落下でくたばりはしない。
僕としても無暗に相手の命を奪うのはポリシーに反するので、これで良かったのだが──
「しかし、もう疲れたぞ妾は……腹が減って一歩も動けん……!!」
肝心のメガがもう限界のようだ。
恐竜の姿はすぐに解けて、また赤毛の少女の姿になってしまうのだった。
「でも、絶望する必要は無いと思うよ、メガ」
「何がだ! もう妾は腹と背がくっつきそうだ! そろそろ其方を齧ってしまうぞ!」
「見なよアレを」
僕は森の木々の奥を指差す。
遠巻きから見えていたのだけど──電波塔のようなものが建っているのだ。
「……あれが食えるのか? 食い物に見えるのか其方は」
「良いから良いから」
ぐずるメガの手を引き、塔まで辿り着く。
電波塔自体はとっくの大昔に使われなくなっており、蔦が生えていた。
だけど、塔から見下ろす眺めはとても綺麗で──山の下の景色まではっきり見える。
今回の目的地である、防護隔壁のドームに囲まれた都市すらも。
「見えたよ、メガ! 町だ! 僕達助かったんだよ!」
「お、おお! 漸く飯にありつけるぞ、イクサよ!」
まあ、そんなこんなで僕達はまだ旅をしている。
未だにふたりの目的のものは発見できていないけど。
「それなら話ははやーい!! にわかに元気が湧いて出て来たぞ!! このまま麓まで駆け下りてくれる!!」
「元気だかヘロヘロなんだか……」
町を前にして活力が沸いてきたのか、再びメガが恐竜の姿へと変じ、僕もそれに飛び乗った。
案の定、メガは町に入る直前でばててしまい、最後は僕がおんぶする羽目になるのだった。
──こうして僕らの旅は再び、大きく動き出す。
──「荒廃世界を恐竜少女と気ままに征く」
PARTⅠ「新たなる旅立ち」