──歓楽都市バラージュ。
城壁に囲まれ、賭場やレース場と言った娯楽施設に溢れた町。
町の中は心なしか活気にあふれており、辺りには荷物を引く恐竜の姿も散見される。
衛兵に恐竜乗りのライセンスを提示することで身分は証明され、無事に町へ入る事が出来た。
比較的大きな都市であるからか、防護隔壁による閉塞感は感じさせない。
「はぁー、食った食ったー♪」
そして僕らは立ち寄った店で培養肉のステーキを注文していた。
野生の猿に食料を丸ごと盗まれた時は死んだかと思ったが、こうして久方ぶりの食事にありつけている。メガは既に肉を平らげて腹を摩っており、ご機嫌と言う様子だった。取り合えずお姫様が満足したようで僕も一安心だ。
「これだけ食べれば、また元の姿にいつでも戻れる!」
「そいつは良かった」
「それにしても、不便極まりない身体だ……本当に! 外の恐竜を見てみるがいい!」
メガが指を差した方には、背中に人を乗せた恐竜たちの姿があった。荷物を引くカモノハシのような口をしたパラサウロロフス。害獣駆除の帰りであろう細身のユタラプトル達。
しかし、それらは等しくメガにとってはやっかみの対象なのである。感情がジェットコースターすぎるだろ。たった今まで機嫌が良かったのに一瞬で不機嫌になってしまった。
「なんともまあ何の悩みも無さそうな顔を……妾も、あのように自由に生きたかった……」
言い掛かりも良い所である。確かに丸三年旅して何も見つかりませんでしたでは、そのように言いたくなる気持ちも分からなくはない。しかし、何もしていないのにやっかみを向けられる恐竜たちが不憫でならない。
「顔で判断するのはやめなよ、実は悩みがあるかもしれないよ? 一回話を聞いてみれば良いじゃない」
「意味の無い事だ。其方ではあるまいし、他の恐竜の言葉は分からん。このムシャクシャを晴らすには──お代わりを所望するぞ! 肉盛り合わせ!」
「かしこまりました」
あ、サラッと店員にオーダー追加しやがった。そのお金払うの僕なんだけどな。
「まだ食べるのかい? そろそろ出発したいんだけどね」
「食べられる時に食べなければ勿体ないではないか」
「どうせお腹は空くんだし意味無いよ……」
「大体妾達、どうしてこの町に来たんだったか……もう腹もいっぱいになったし次の町に行かんか?」
「はぁ……相変わらずの鳥頭だね、メガは」
「誰が鳥頭か! 齧るぞ!」
だって恐竜って鳥類に近いし、つまりはそう言う事だよ。
どうして一番大事な事を忘れてしまうのだろう。多くの行き先候補を跳ねのけ、此処に来た理由は唯一つだ。
「師匠だよ、師匠! レモン師匠がこの町に来てるかもしれないって話だ!」
「……うぐ、覚えておるぞ。ただ、あの小娘のしごきを思い出すと今でも羽毛が抜けそうになる」
「今は羽毛生えてないから良いじゃん」
「齧られたいか? 今此処で齧られたいのか其方? 相変わらずデリカシーというものが無いな?」
──時は一週間前に遡る。とある町で大型恐竜の死骸が運び込まれていた。どうやら、辺りで暴れ回っていたスピノサウルスだそうで、腕利きの恐竜乗りが仕留めたのだという。どんな恐竜乗りなのか話を聞いていくとサーベルタイガーに乗った黒い髪の美しい女性剣豪だったらしい。
もしかして、と逸る気持ちを抑えて聞き込みをしていくと──それが懐かしきレモン・シトラス師匠であることが確実であり、丁度前日にバラージュ目指して旅立ったとの事だったのである。
色々あったが、何とか僕達も数日越しにこうして追いつくことに成功したわけだ。
「このバラージュは大きい街で情報も集まりやすい。ついでに、師匠に会えるなら久々に顔を合わせたいよ」
「妾はレモンと会うのが嫌でな……また走り込みとかさせられるのではないかー?」
「ははは、メガでもトラウマになることってあるんだ」
「其方表出ろ、マジで表出ろ、最近其方は妾を舐め腐り過ぎだぞ聞いてるのか」
ゴッシャアァアアアアン!!
メガの声は遮られた。
何処からともなく破砕音が轟いた。店内もざわつく。僕らも穏やかではいられない。
すぐさま立ち上がり、上着の裏に仕舞っていた拳銃に手を掛ける。
間もなく、窓の奥を通り過ぎていく影。どたどたと向こうの方へ走っていたが、一瞬でそれが何か理解した。
「──トリケラトプスだ!! 武装してる!!」
トリケラトプスは盾のような飾り襟を頭から生やしたサイのようなフォルムの恐竜だ。しかも全身を鎧で武装している。
その巨体の上には騎乗用のサドルが取り付けられており、背中にロケットランチャーを背負った荒くれ者のような大男が跨っていた。
それだけならば、マナーの悪い恐竜乗りで済ませられたのだが──大男の腕には女性が無理矢理抱きかかえられ、銃口を突きつけられており、僕は蒼褪めた。
「強盗だよメガ! 人質を取ってる!!」
「荒事ではないか!」
僕達はお代をテーブルに置いて店を飛び出した。もうトリケラトプスの後姿は小さくなっている。
そして後ろからは、野次馬と思しき人々の姿。
「また強盗だってェ!?」
「銀行がやられたらしいよ!! その辺に居た女の子を攫っていったみたいだぜ!!」
「自警団はまだかぁ!?」
「あんなヤツさっさとブチ殺せェ!!」
そんな声を他所に、僕達は飛び出した。
放置していれば血の気の多い自警団が出張ってくるだろう。そうなれば、確実に流血沙汰になる。それは穏やかではないし気分が悪い。下手をすれば人質にまで危害が及ぶ。
人の目の付かなそうな路地に僕らは駆け込む。一刻の猶予も無い。すぐに止めなければならない、と焦燥しつつも極力平静を保とうとする。慌てたまま恐竜に乗るのはロクな結果を招かない。
「メガ、変身できる?」
「任せておけ!」
メガがマントの首元の紐を引っ張り緩めた。
ふわりと首元の布が広がったかと思えば、メガの身体が一瞬のうちに膨れ上がり、全身が鱗と羽毛に覆われ、そして手からは鋭く長い鉤爪が生える。
マントは、巨大化したメガの首周りをマフラーのようにたなびいていた。
「さあ、準備はできておるぞ! さっさと乗れ、イクサよ!」
「分かってる!」
すぐさま僕は恐竜へと化したメガの背に飛び乗る。メガは壁をよじ登って建物の屋上に立って辺りを見回した。そして、遠くを疾走するトリケラトプスの姿を確認して安心した。やはりメガに比べれば遅い、これなら幾らでも追い越せる。
「……いたッ! 飛ばすぞッ!」
メガは建物の屋上と屋上を跳んでいき、目標目掛けて走り始めた。
速い。流石に速い。度重なる修羅場と特訓を乗り越え、出会った頃よりも各段に素早くなった彼女は既にトリケラトプスに追いつきつつあった。
全く迷いも淀みの無い軽い身のこなしで建物の屋上から飛び降り、遂に大通りに着地する。このままのペースならすぐに追いつけるだろう。
しかし、追いついてからが問題だ。そう考えていたのはメガも同じだったのか、直ぐに質問が飛んできた。
「どうする!? 速度の付いたトリケラトプスは、妾でも受け止めきれんぞ! 骨が粉微塵になる!」
努めて冷静に僕は思考を張り巡らせた。
メガの言う通り、あの突進マシーンと正面から戦うのは自殺行為だ。
トリケラトプスの全身には棘の生えた鎧のようなものが身に着けられている。
恐らく多重装甲の防弾チョッキだ。並大抵の銃火器ならば弾く上に衝突の衝撃からも守ってくれる代物である。物理的手段でトリケラトプスを止めるのはなかなか難しいだろう。
「スピードはこっちが遥かに上だよ。先ずは横付けするんだ」
「うむ、分かった!」
突風のように加速したメガは、トリケラトプスを軽々と追い越す。
スピードならばそこらの恐竜に負けはしない。
「ああ!? なんだぁ!? 自警団か!?」
こっちを向いた強盗の姿に思わず吹き出しそうになった。
何故荒くれ者は皆、モヒカンスタイルに棘付き肩パッドのジャケットを着たがるのだろうか。
僕は笑いをこらえながら努めて穏やかに切り出した。
「いや、自警団じゃないんですけどね。女の子を攫って人質に取るなんて、穏やかじゃないなあって思って」
「テメェも女の子じゃねえか!! 可愛いポニーテールがお似合いだぜぇ!!」
男だよ? ポニーテールだけど、れっきとした男だよ? 旅立って三年、未だに女の子と間違えられるけど男だよ?
……にわかに内心から湧き上がってきたドス黒い感情を押さえ、僕は努めて穏便に提案をする。
女の子と間違えられることは決して悪い事ばかりではない。初手で警戒される確率が低いのだ。極めて遺憾であるが。
「せめて女の子だけでも降ろしません? こっちで預かりますよ」
「オマエと話す事は何も無ェ!! 痛い目を見たくなかったら失せな!!」
うーん、強盗との交渉は難しそうだ。
プランは幾つか考えているが、出来るだけ穏当かつ人質も恐竜も無傷のまま事を終えたい。
僕が次に打つ手を選ぶべく、逡巡した時だった。
「──貴方達、何か勘違いしているんじゃないかしら」
強盗の腕に抱きかかえられている人質の女性が──涼しい顔で言ったのである。
……色々ツッコミたいが、なんか聞き覚えのある声しているな、この人。
随分と綺麗で黒くて長い髪だ。随分と余裕があるのか、黒い髪を自由な方の手でたなびかせている。
しかし、丁度明後日の方を向いている所為で顔だけが見えない。いや、でも何だろう。見たいような見たくないような気持ちが綯い交ぜになっているんだけど。何故だろう。
「前提として──私は捕まってないわ」
何言ってんの、この人。状況を理解していないのか?
「あの、えっと……いきなりどうしたんですか? 捕まってますよね? どう見ても人質ですよね?」
「強いて言うなら、たまたま強盗の現場に居合わせて、たまたま強盗の恐竜に同乗して、これから家まで送って貰うところよ。断じて間抜けにもボーッとしてたところを捕まってたとかじゃないの、分かる?」
見栄っ張りだ。この人超が付く見栄っ張りだ。
間抜けにもボーッとしてたところを捕まったのを誤魔化そうとしてるんだ、通るはずがないだろう。
しかもこの構文、僕激しく聞いた事があるんだけど。偶然かな。偶然であってほしい。
「だから貴方、そろそろ下ろしてくれないかしら、私の家この近くなんだけど」
「テメェの行き先は自宅じゃねえ!! 地獄だァ!! ヒャーッハハハハハハハァ!!」
「あのー、お嬢さん? 行き先違うっぽいけど? 自宅じゃなくて地獄に変更されてますけど」
「ジタクとジゴクって一字しか変わらないじゃない、似たようなものよ」
「一字だけで偉い違いですよ、これでもまだ自分が捕まってないとか言えます?」
「……今回の所はそういうことにしておきましょう。広義の意味で人質に取られている、という言い方をすることもできるかもしれないわね──」
くるり、と女性の顔がこっちを向く。
正直、声と黒くて長い髪で嫌な予感はしていた。
しかし──人質の顔は確かに見覚えしかないものだったのである。
「──ごめんなさいやっぱり助けてもらえないかしら」
「師匠ォーッ!? レモン・シトラス師匠ォーッ!? 何やってるんですか貴女ーッ!!」
「あら、誰かと思ったらイクサ君じゃない、お久しぶり」
お久しぶりじゃないよ。かれこれ三年ぶりの感動の再会なのに涙も何も出て来ないよ。
腕利きの恐竜乗りが何でそこら辺の強盗に捕まって賜うているんだ。翼竜に捕まっていた時から何も変わっていないじゃないか。
嘆かわしくて別の意味で涙が出そうになってくるのだけど、このイベント今からでも無かったことに出来ないだろうか。