──レモン師匠に案内された先は大きな邸宅だった。
だが、不思議ではなかった。出会った時から、レモン師匠には妙な気品があったからである。実態はアレだがとにかく気品だけはあったのだ。
黒服達がビックリしたような顔で僕とメガを見ていたが、師匠が「この子達は私の弟子の恐竜乗りよ」と言うと、すぐに中へと通される。
僕だけでなく恐竜のメガまで通されるとは驚きだ。
普通、富裕層は安全面も加味して自分の敷地に他人の恐竜を通したがらないものなのである。
「恐竜は此方に。竜舎がありますので」
黒服がメガの方を見て言ったので、僕もメガを預ける事にした。
流石金持ち。自前の竜舎──大型動物を飼育する施設──まで用意しているのか。
「ごめんよメガ。しばらく大人しく待ってて。悪いようにはしないと思うよ」
「おい。連行されたら特訓地獄とか……無いよな? イクサぁ……」
「無いよ。何だと思っているんだよ師匠を」
よっぽどしごかれたのがトラウマになってるな。
「メガに伝えてあげて頂戴。特上オーロックス肉用意してるから」
「さっきゴハン食べさせたばかりなんですけど……まあ、良いか。メガ、師匠が手配した美味しい牛肉があるってよ」
「牛肉!! 良いのか!? レモンは鬼師匠だが、用意する肉だけはいつも美味かったからのう!」
すっごく失礼な事を言っているが、黙っておこう。今彼女が恐竜の姿で良かった。
そんなわけで大人しくメガは黒服達に連れていかれた。メガは師匠にすっかり餌付けされてしまっているのだ。あんなに人間嫌いだったのが今では嘘のようである。
さて、メガを預けたところで僕は客間に通された。積もる話は沢山だ。あんな形ではあったが、僕も師匠に会えて嬉しくないわけではないのだ。
「それにしても、本当に変わらないわね。最初見た時、逆に信じられなかったもの。あの時のままのイクサ君だー、って」
「悪かったですね、成長してなくて……相変わらずの女顔で……」
「でもね、中身は見違えるようだったわ。パチンコなんか使ってるし」
そりゃあ、旅立った後に自力で覚えたので当然だ。それを褒められると、少し得意げになってしまう。
「拳銃とは使い分けるようにしてるんです。色んな弾を使えるんで。閃光弾にトリモチ、眉間に当てれば昏倒も出来ますし、崔涙弾とかもありますよ」
「仕事は順調?」
「運び屋や護衛ばかりですけどね」
「すっかり一人前だわ。見ないうちに、本当に立派になって……やっぱり貴方は私の誇りね」
やめてよ。ちょっと涙が出て来そうになった。
「メガも元気そうでよかったわ」
「相変わらずですよ。口を開けば肉肉肉、食費が嵩んでます」
「あら、完璧な連携だったじゃない。憎まれ口叩いていても、信頼し合ってる証でしょ?」
「……そう見えます?」
「師匠の目は誤魔化せないわ」
……恥ずかしいな。思わず目を逸らす。
「それで? 多少は進展したの?」
「何がですか」
「とぼけちゃって。メガとの事に決まっているじゃない」
「ぶっ……ゴホッゴホッ」
紅茶を噴き出しそうになって咽た。何てことを言い出すんだ、この人は。
「だって思春期少年が、あんな無防備な恰好の女の子と一緒に旅してたら……いつかはガマンできなくなるんじゃないかって、私は師匠として心配していたわけよ」
「メガは恐竜ですッ!! そういう目で見てませんっ!」
「嘘ね。だって、メガが人間に変身したら、慌てつつも指と指の間から見てたでしょ──裸になったあの子を」
「見てませんッ」
だ、断じて見ていない。違う。見てしまったのだとしたら、不可抗力だ。やましい事は何も無いのである。
「何なら、メガが人間状態の時はいつも目で追ってたじゃない。自分で気が付いてる?」
「追ってませんッ」
「素直じゃないわねー」
「メガは人間じゃなくて恐竜ですッ!」
どんなに可愛らしい姿だったとしても、どんなに人間らしい振る舞いをしていたとしても。メガの自己認識は恐竜だ。
「それに貴女、好きな女の子に意地悪したくなるタイプでしょ」
「はぁ!?」
「よく余計な一言を言って、メガを怒らせてたじゃない。今もそうなんでしょ」
「いや、いやいやいや。メガは恐竜です。人間扱いされるのはアイツが一番嫌がります」
「もっとシンプルに考えればいいのにー」
そう言われても困る。メガの目的は人間の姿を捨てる事だ。
故に、メガの事を好きになるということは、彼女の悲願を全否定することになる。
「良い? 何か思う所があるんでしょうけど、恋愛ってのは──」
師匠が何か余計なことを言いかけた時だった。
客間の扉が開き──メイド服を着た使用人たちが入ってくる。
「お茶をお持ちしましたー♪ 焼き菓子もありますよ」
……あれはアフタヌーンティーのセットというやつだろうか。三段重ねのケーキスタンドの上には、普段は見ないようなケーキが置かれている。
一体どんな家庭なんだ。色々な所を回ってきたけど、此処まで金持ちの家に入るのは初めてだ。
「……あの、随分豪華ですけど……レモン師匠って偉い人の娘さんだったりするんですか?」
「バラージュ市長が私のパパよ、間が悪い事に今は不在だけど」
「市長の娘!?」
あっけらかんと師匠が言ったので、僕は食い気味に答えてしまった。
「そうよ。都市開発企業の社長なの。バラージュの発展はパパのおかげと言っても過言じゃない。治安の悪さは……課題だけど」
それはそうだ、たった今身を以て思い知っただろうし。
「パパは心配性で、恐竜乗りになるって言った時もすっごく反対されたの。えーと、かれこれ八年前? 十三歳の時だし、今思えば反対するのも当然だけど」
悪戯っ子のように師匠は笑った。ということは、師匠は今二十一歳なのか……僕とは五歳差だ。
こんなに恵まれた身分の人なのに、どうして旅に出ようと思ったのだろう。
「……師匠って、わざわざ恐竜乗りになるような人じゃないですよね。家に居れば裕福な生活ができるのに」
「色々あったのよ。親が嫌になったとか窮屈な生活から抜け出したかったとかそういうのじゃないわ。私の過去なんて別に面白い話じゃないし」
そして何より──そんな高貴な身分の人が護衛も付けずに町を出歩いていたのか。
「……そんなに偉い人の娘さんなのに、護衛を付けてなかったんですか? 町を歩くのに」
「たかが外出で鬱陶しいじゃない」
「ティーガーは? ティーガーを連れて行けばよかったでしょ」
そう言えば、まだティーガーを見ていない。あのサーベルタイガーならトリケラトプスが相手でも引けを取らないはずなのに。護衛につけておけば攫われる事も無かっただろう。
すると──レモン師匠は少し困ったように頬を掻く。
「……ティーガー、風邪引いたのよ」
「風邪!?」
びっくりだ。あのサーベルタイガー、風邪を引くなんて考えられないくらいの暴れっぷりだったのに。
「こないだ暴れ者のスピノサウルスを討伐した時に川へ潜ったのだけど……それが良くなかったみたい。最初は何とも無かったのに、バラージュに着いた途端クシャミし始めて」
「それはお大事に……」
「ついでに川で刀も二本とも落とすし最悪よ。流れが強くて回収できなかった」
ティーガーは竜舎の方で養生しているらしい。心配だし、後で見舞にでも行ってやろう。
「幸い、私はどうもなかったけどね。ピンピンしてる」
「そりゃそうでしょうね」
「バカは風邪を引かないって事? グーパンが出るわよ本当に」
「痛ぁ!? もう出てますよ!!」
……こうしてやり取りをしていると、三年前に戻ったみたいだ。本当に懐かしい。
遠慮も何も無い僕らのやり取りをしていると、年月は経っても僕らは変わっていないのだと思わせられる。しかし、その空気が崩れようとしていた。
「……さて、そろそろ本題に入ろうかしら」
師匠は少し眉を顰めて、真剣な面持ちで問うてきた。辺りの空気が、少し変わった気がした。
「……妹さん探しは……どうなの?」
言いづらそうに師匠は聞いてきた。僕も息を詰まらせる。
「それが……何も分からないんです。結局」
「何も……?」
それが、この三年間の旅の結果だ。僕の居たムラマサ研究所の虐殺事件は全く公になっておらず、研究所跡は完全に更地になってしまったらしい。
しかし、実行犯は未だに分からないまま。大金を叩いて色んな情報屋にこの件を調べたのだが、肩を落とすような結果が返ってきた。
「ムラマサ研究所の虐殺事件はN案件だから首を突っ込ませるな、って情報屋は言ってました」
「N案件……」
「それが何の事かも分からないんです」
依頼した相手が全て、口を同じくして「N案件」の一言で断ってきたのだ。
N案件が何なのかを問うても、聞くなの一点張りなのである。
「N案件……聞いた事あるわ」
「本当ですか!?」
「パパが言うには……知る必要のない事。言い換えれば、最上位隠匿案件にして厄ネタ、らしいわ」
僕は言葉を失った。薄々察してはいたが、事は思っていたよりも深刻だったのである。
「でも、情報屋が調べてくれないということは逆説的にムラマサ研究所の虐殺がどういう事件だったのかも見えてくるわ。薄々察してはいたけど」
「……どういうことですか?」
「犯人が暴力組織や犯罪組織ってなら、情報屋も喜んで調べたでしょうね。向こうだってある程度命の危険を覚悟して調べてるはずだもの。でも、彼らが近付きたくすらない相手とは?」
「……まさか」
「犯人が表社会でも裏社会でも大きく名を馳せている大企業か国家だということよ。下手に近付けば消される。組織ぐるみでね」
……分かり切ってはいた。
さもなくば、あれだけ大きな事件を隠蔽できるはずがない。あの黒い兵士たちのバックには、あまりにも大きすぎるものが隠れているのだ。そんな相手に一個人でしかない情報屋を突っ込むのは酷である。情報屋には悪い事をしてしまったな。
「とはいえ、それだけでは犯人を絞り込むことは出来ない。そこで──信用できる筋を紹介しましょう」
「危険ですよ!? レモンさんにも知り合いにも類が及ぶかもしれない」
「仮にも弟子の悲願を無下にはできないでしょう? それに、あの子は……そこらの情報屋よりよっぽど腕が立つわ」
「そんな都合の良い相手が居るなら三年前に教えてくれればよかったのに!」
「無茶言わないで頂戴、私だって他の情報屋がこんなに腑抜け揃いとは思わなかったのよ。あくまでも私の幼馴染だから、無茶を通しやすいってだけ」
それはそれで件の探偵が不憫だ。要するに身内権限で無茶な仕事をさせられるわけなのだから。
しかし僕もこんなチャンスは逃したくはない。
「さて──助け船は出したわけだし、私が捕まった件は綺麗サッパリ忘れてくれないかしら? 本当に恰好つかないから」
「助けたのに相変わらずの美少女っぷりとか言ったからダメです」
「ケチ……」