美少女名探偵(自称)森下藍ちゃんと隣の席の男子 作:ペロロペ
5月1日。隣の席の藍ちゃんと中身の殆どない会話をしていたら、いつの間にか4月が終わっていた。
楽しいとあっという間に時間が過ぎていくというのは、どうやら本当のことだったらしい。
「上田徹也。少しだけあなたの謎が分かったので答え合わせをお願いします」
「前も言ったけど、そんなに大層な謎じゃないと思うよ。けど、折角だから名探偵・藍ちゃんの推理を聞いてみようかな」
思えば、こうして藍ちゃんと仲良くなれたのは、僕の頭からポロリと剥がれ落ちてしまった親愛なる同居人を入学初日に藍ちゃんに見られてしまったことがキッカケだった。
当時の僕は新しい生活が始まる事に相当浮かれていたんだろう。
いつもなら欠かさない襟足周りや、見落としがちな頭頂部から後ろ髪にかけてのライン。
最低限のケアは常日頃から欠かしていなかったはずだけど、その日はどこか甘かった。けど、こうして波長の合う藍ちゃんと仲良くなれたのだから、偶にはケアを忘れて浮かれるのも悪くないかもね。
「まず、あなたの同居人。それが発生する原因は、新陳代謝の乱れ、不規則な生活、汚れのすすぎ残し、乾燥などが挙げられます」
「よく知ってるね、まるで博士みたいだ」
「調べましたからね。基本的に同居人の発生条件は不潔が原因です。しかし、上田徹也は制服を特に気崩しておらず、襟周りなどにも汗による黄ばみ汚れなどはなし。小まめに洗濯とクリーニングをしていることは知っています。食事も私の把握する範囲では偏ったものではありません。肌には垢やニキビなども特に見られず、不潔に該当する要素は一見するとありません。強いて挙げるのならば、髪に若干のべたつきが見られるところでしょうか」
「……お、思いのほか僕のことを見てるんだね」
「そんなに褒めないでください。これらの観察から得た情報と、確定している情報である同居人の存在を加味すると……」
普段から観察力というか、良く物事を見ているなとは思ったけど。今の藍ちゃんはドラマに出てくる探偵みたいだ。
「ズバリ。上田徹也は、お風呂に入っていないのではないですか?」
正解。僕は確かに風呂に入っていない。特に頭周りなんかは毎日風呂に入っている人よりも清潔にできていないことだけは確かだ。
「うーーん。流石に面と向かって、風呂に入ってないって言われるのは傷つくね。けど、正解だよ藍ちゃん。僕は風呂に入ってない」
「ですが、ここからが難しいんです。なぜ上田徹也はお風呂に入らないのか、というのが分からない。身だしなみを整え肌のケアをしているあなたがなぜ、同居人が発生してしまうほど頭のケアを怠っているのか。この部分が推理を進める上でとてもノイズになっている」
「僕がただの風呂嫌いなだけなのかもよ」
嫌いという表現が適切かは分からないけど、僕は風呂で体を清潔にする行為がというより、風呂場に対する忌避感が強い。
けれど、風呂に入らないでいると見るに堪えない不潔フケ男になってしまう。それは現代日本社会で生きる事を諦めていない僕には避けなければいけない事態だ。
それに僕は不潔な自分が好きという倒錯した癖は持っていないからね。汚いものは自分も含め例外を除き普通に嫌悪する。
なので風呂に入れば済ませられることも、僕はかなりの手間と時間をかけて自分の体を清潔にしている。そのためだけにプライベートポイントを多く使っているし、他の人から見たら馬鹿馬鹿しいと思うかもしれないけどね。
僕は不潔になりたくて風呂に入らないわけじゃない。
けど、藍ちゃんにはどう言ってあげるのが正解なんだろうか。普通に答えを言ってもいいけど、推理を楽しんでいる彼女にそれは野暮だろうか。
「いえ、それはあり得ません。なぜなら……」
「なぜなら?」
「私の勘が違うと言っているからです」
流石の名探偵も僕に対する情報が少なすぎるから答えは出せないか。けど、その勘は素晴らしいね。
「何度も言うけど、僕の抱えている謎なんて謎と呼べるほど大したものじゃないよ」
「そんなことはありませんよ。上田徹也の抱える謎の価値は、私にとっては大したものなのです。あなたがどうでもいいと思っていても、私はあなたの謎をどうしても解明したい」
「一応理由を聞いてもいい?」
「人様の事情に土足で足を踏み入れるほど、私は遠慮なしでも空気が読めない美少女というわけではありません。……ですが、あなたの場合は別なんです」
「それはどうして?」
藍ちゃんは僕の疑問に対し実にあっさりと、そして予想外で大胆なセリフを口にした。
「好意を抱く人間を知りたいと思うのは当然のことでしょう?」
たくさんの人間がいる朝のAクラス内で敢行された藍ちゃんの大胆な告白。
どうやらAクラスの人間はポイントが減っているだのなんだので、僕らの席とは離れた場所で一塊になって話していて、誰も僕達には注目していなかった。
ただ、僕たちの席の近くにいた女子生徒には聞こえてたみたいで、藍ちゃんの大胆な告白に口元を抑えてアワアワしていた。
かく言う僕も彼女のように内心アワアワしているので、藍ちゃんになんて言葉を返せばいいのか分からなかった。
そもそもこれは「I LOVE YOU」な告白なのだろうか? この難題を前には僕の内に住まう恋愛の神様も頭を抱えている。
「藍ちゃんの言うその好意は……Like? それとも、Loveですか?」
聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥という素晴らしい言葉がある。
もしかしたら僕のこの質問は藍ちゃんに恥をかかせてしまうものかもしれないけど、その時は僕が愚かだったと、同居人の密集地帯である頭頂部を堂々と晒すリスクを冒してでも頭を下げるとしよう。
「……ふふふっ」
未だアワアワが止まらない僕と彼女が緊張した面持ちで藍ちゃんの返事を待つなか、彼女は微笑を口元に携えて答えてくれた。
「あなたの謎を私が全て解き終わったら、その時に教えてあげますよ」
「そんな殺生な」
ふふふっと笑う美しい少女の真意は、僕の謎が彼女によって解明されるまでお預けになってしまった。
けれど、今の僕にとって藍ちゃんが答えを先延ばしにしてくれるのは正直有り難かったのかもしれない。
だって、藍ちゃんは僕にとって初めて出来た友達だ。
藍ちゃんの答えはきっと、僕達がこの1ヶ月で構築した友達という関係を少なからず変えてしまうものだろう。
この居心地が良い関係がたった1ヶ月で終わってしまうのは、初めて感じるタイプの悲しさだ。
母親との別れとはまた違った悲しさを、僕の心は受け入れる事を拒否していた。
けど、それはそれとして。藍ちゃんの答えが気になってしまうのは僕が男の子だからだろうか。
彼女が僕の謎を解き明かすまで、あと1年。
僕の謎を知った彼女が、僕を嫌悪し拒絶しないか。僕はそれだけが心配だ。
大胆な告白は女の子の特権。
隣の席の男子はなぜ風呂に入らないのか。これが本作における謎要素です。