王女「魔王討伐から帰ってきた勇者様がすぐ死ぬんですけど!?」 作:名無し
今から約五十年前。突如として世界に現れた魔王。魔王は異形の怪物を率いて、世界を文字通り破壊し蹂躙して回った。
だが、人類もただ指をくわえてみているわけではなかった。事態を重く見た各国は魔王を倒す為に討伐部隊を送ることを決定したのだ。しかし、魔王の元に行くのは並大抵のことではなく、人類が魔王の居場所を突き止めてから三十年。魔王の元にたどり着く討伐部隊は……いや、人間は誰一人として存在せず、その三十年の間に生き残った国々も魔物たちの手により、滅ぼされ、そうしてわずかに残った国々も数々の魔物たちの襲撃に疲弊し、もはや自分達は滅ぼされる運命か、と絶望に飲み込まれかけた……
その時。
ある一人の勇敢なる若者の手により、魔王が打ち倒される。
この吉報は全世界を駆け巡り、世界は歓喜に溢れ、世界各地ではいつまでも喜びの声が止むことはなかった。そして……世界に平和を齎した、勇敢なる若者の故郷たる西の最果ての国『ロートン王国』では………
「おお!勇者よ!よくぞ魔王を倒してくれた!!そなたのおかげで、我が国…いや世界は救われた!全世界の者を代表して礼を言うぞ!勇者ロイド!此度の魔王討伐、誠に大義であった!」
「もったいなきお言葉です、陛下」
ロートン王国の王、ロートン五世の惜しみない賛辞に勇者は深々と頭を下げた。その勇者の姿を見て、王は満足げに頷く。
「よいよい。顔を上げよ。さて、そなたほどの大功を立てた者には、相応の褒美を与えねばならぬな」
「褒美……ですか?」
「うむ!」
王は胸を張った。
「勇者ロイドよ!魔王討伐の褒美として我が娘、レティ姫との結婚を許そう!!」
「!」
「なっ!?」
その言葉に勇者の表情が固まり、玉座の横に控えていた大臣も、目を丸くする。
「へ、陛下!?何を言って……!いくら勇者と言えど此奴は平民出身でーー……!」
「お前こそ何を言っておる大臣!勇者は世界を救った男だぞ?むしろこれほどの褒美でなければ魔王討伐の褒美として釣り合わん!どうだ、勇者よ!これ以上の褒美はないであろう!」
「そ、それは……」
「……お父様、ちょっとよろしいでしょうか?」
王の提案に勇者が狼狽えていると、玉座の隣に置かれた豪奢な椅子に座っていた一人の少女が、静かに口を開いた。
絹のごとき金髪に、透き通るような青い瞳。そう。純白のドレスを身に纏ったこの少女こそ、ロートン王国第一王女――レティ姫である。
「なんじゃ?我が愛娘、レティ姫よ」
「……こほん。失礼ながらお父様。勇者様は、十年という長き旅路の末に魔王討伐という偉業を成し遂げて国に帰ってきました」
「む?そうだな?」
「まずは褒美のお話より、偉業を成し遂げて国に帰ってきた大英雄である勇者様を国を挙げて労うべきではありませんか?」
「! そ、そうであったな! 姫の言う通り、まずは勇者の労をねぎらうのが先であったな!」
王は姫の言葉に大きく頷くと、勢い良く立ち上がった。
「よし! 聞いたな皆のもの! 今宵は勇者ロイドの凱旋祝いじゃ! 祝宴の準備をせよっ!!!」
「「おおおっーーー!!」」
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それから一時間後。
王城では勇者ロイドの凱旋を祝う盛大な祝宴が開かれていた。
大広間には国中から集められた食材を使った豪勢な料理が所狭しと並べられ、音楽家達が華やかな音楽を奏でている。勇者を祝う為、各地から集まった多くの人々は杯に注がれた酒を酌み交わしながら勇者の偉業を称え、広間のあちこちから祝福の声が上がっていた。
その様子を、王の隣の席から眺めていたレティ姫はそっと微笑む。
(フフフ……なんて賑やかな祝宴。お父様も……皆がこんなに嬉しそうなのは初めて見ます。)
魔王が現れて五十年という歳月。レティ姫が物心ついた時には既に多くの国々は滅ぼされ、幼い頃より王城の窓から見える景色も、決して穏やかなものではなかった。さらにここ数年は魔物の度重なる襲撃により、王国は疲弊し、王城を漂う空気は常に張り詰めていた。それが今はこんなに賑やかで幸福に満ちていて……
(これが勇者様がもたらされた平和、なのですね……あら?)
そうして、ふと視線を勇者ロイドへと向けたレティ姫は、ロイドの前に並べられた料理が、宴が始まってからほとんど手つかずのままであることに気付いた。
「?」
レティ姫は不思議そうに首を傾げる。せっかくの祝宴だというのに、どうして勇者様は王族である自分も滅多に口にする事は叶わない贅を尽くした料理に手をつけられていないのだろう。そう思ったレティは席を立つと、ロイドの元へ歩み寄った。
「勇者様、どうされました?全く料理に手をつけられていないようですが……」
「っ!……ああ、申し訳ありません王女殿下。恥ずかしながら俺はこういった礼儀作法には疎く……」
「まあ!そうだったのですね勇者様。しかし、この祝宴はあなた様の為の宴!今日は礼儀作法なんて気になさらなくていいのですよ?」
「しかし……」
「フフ、ほら。このスープなんかとくに我が城の料理長が勇者様のために三日三晩掛けて真心を込めて作った絶品のスープで……もし勇者様が口にされなかったらきっと料理長は泣いてしまいますわ」
「そ、そうですか。ではお言葉に甘えて……」
レティ姫の勧めに勇者は照れ臭そうにそっとスプーンを手に取ると、そのままスープを掬い、口にスープを運んだ。この時、レティ姫はただ善意でスープを勧めた。だから、勇者がスープを口に含んだ瞬間。
「ウッ」
と呻き声を上げ、ガシャン!とけたたましい音を立てて食卓に顔を叩きつける姿など想像してなかったのである。
「……え?」
レティ姫は唖然とした。
当たり前だ。つい先ほどまで、照れ臭そうにスープを口に運んでいた勇者ロイドが突然倒れたのだ。
しかも、ただ倒れたのではない。
食卓に突っ伏す勇者の顔は、もはや青白さを通り越して白い色をしており、そう、それはまるで死人の顔みたいなーー……
「きっ、きゃああああああああ!!誰か!誰かああああ!!勇者様がし、し、死……っ!!スープに毒があああああ!神官!神官を呼んでーーっ!!!」
レティ姫の悲鳴に会場は騒然となる。
「ど、毒……!?」
「な、なんだって!?おいおい僕さっきスープ飲んじゃったんだけど!?」
「ひいっ!こ、こんな毒入りスープいらないわ!」
「料理に毒を混ぜるなんてなんて非道なっ……!ま、まさか魔王の残党がこの中に……!?」
「うあああん!勇者さまああああ!!」
「こ、こんなところにいられるか!私は帰らせてもらうぞ!」
「皆様!落ち着いて!どうか落ち着いて下さい!」
「レティ姫!どうされました!?」
「王女殿下!一体何が……!」
そして姫の悲鳴を聞いて、混乱する人々を掻きわけて数人の近衛兵と会場にいた複数の神官たちがレティ姫と勇者の元に駆け寄ってくる。
「ひっ、ひっ!勇者様が……勇者様が!スープを飲んで、倒れて……スープに毒がっ!!」
「! なんとスープに毒が……!?」
「大神官様大変でございます!勇者様の息が……っ!」
「脈もありません!」
「なにっ!?」
「勇者殿!勇者殿!しっかりしてくだされ!!」
「なっ、なんてことだ……!皆の者!今すぐ蘇生術の準備を!!」
「「はい!!!」」
「姫様!こちらに!」
そうして神官達は勇者を床に寝かせ、蘇生の呪文を唱え始める。その鬼気迫る神官たちの姿を、近衛兵によって勇者から引き離されたレティ姫は恐怖で震える体で見つめながら思った。
(な、なんてこと……!ま、まさかこんなことになんて……!も、もしや勇者様が食事を取らなかったのは毒が入っていると気づいていたから……?そ、そんな……ワタクシのせいで勇者様が……!ゆ、許せない……!この世界を救った救世主である勇者様に毒を盛るなどと……!!必ず、犯人を見つけ出し、三日三晩凄惨な責め苦を味わせたのち城壁に吊るし、死んだあともその骸を晒してやろうぞ……!!)
そう、レティ姫が仄暗い決意を誓いかけた時。神官たちが歓声を上げる。
「おお!蘇生成功だ!!」
「勇者殿!ここがどこだかわかりますか!?」
「1たす1は!?」
「さん……?あれ、俺どうして神官に囲まれて……?」
「っ!ゆ、勇者様!良かった!生き返られたのですね!本当に良かった!!勇者様が毒入りのスープを飲まれて死んだ時はもう心臓が止まるかと……!」
「え?死……?あの、毒入りのスープって……?」
「覚えてらっしゃらないのですか!?勇者様は毒入りのスープを口にされた瞬間倒れられて……って、勇者様?」
「え、えっーと……あの……王女殿下、大変申し上げ難いのですが……」
レティ姫の言葉に勇者は罰が悪いような気まずいような顔をして、それから照れくさそうに口を開いた。
「……申し訳ありません。あまりにスープが美味しくて死んでしまいました」