王女「魔王討伐から帰ってきた勇者様がすぐ死ぬんですけど!?」 作:名無し
「へ?」
勇者の台詞にレティ姫は間の抜けた声を出す。無論、姫のみならず周りにいる神官も会場にいる全員が「スープが美味しくて死んだ…?え。まじで…?」と信じられないものを見るような目で勇者を見るが、当の本人である勇者は恥ずかしそうに頬を掻いた。
「ははは……はい。お恥ずかしながらまともな食事を口にしたのは本当に久しぶりで……魔王討伐の旅ではその辺に生えてる苔とか木の皮とか食べていたものですから……」
「……木の、皮?」
「はい、王女殿下。あっ、でも外側の硬いところを剥いで、煮ればそれなりに食べられますよ」
「そ、それなりに……?」
「あと苔も、種類を選べば意外といけます。まあちょっと土臭いですが」
「苔を……?」
「はい」
ニコリと笑い、頷く勇者の姿にレティ姫の顔から、すうっと血の気が引いていく。勿論、姫のみならず会場にいる誰もが「木の皮って…」「苔とか犬でさえも食わないぞ…」と壮絶な勇者の旅の一端を知り、言葉を失い、会場に静寂が落ちる。……が、そんな静寂を切り裂くように大きな笑い声が会場に響き渡った。
「あっはははは!!なんと!そうであったか勇者よ!確かにそんな食生活を送っていて、いきなり我が国一番の料理人が作った絶品のスープを飲んだら死んでしまうのも無理からぬこと!全く、余はてっきりお主が毒殺されたかと思って肝を冷やしたというのに……あまりの美味しさに死んでしまったとはな!!あはははっ!全く人騒がせな勇者だ!」
「申し訳ございません、陛下」
「よいよい!先ほど我が娘レティ姫が言った通り今宵の祝宴は勇者、お主の為のもの!多少の粗相など気にせんわ!何をしている音楽隊!今宵は我が国の英雄の為の祝宴!素晴らしい宴には美しい音楽がつきものであろう!?」
「はっ、はい国王陛下!」
王の声に、音楽隊が慌ただしく楽器を構える。
やがて、華やかな音色が会場を満たし、先ほどまで漂っていた妙な緊張感が少しずつ和らいでいき、人々も次第に
「なーんだ、毒じゃなかったのか」
「ははっ、勇者様ったら紛らわしいなあ……」
「そ、そう。毒じゃなかったのね。でも……勇者様が死んじゃうくらい美味しいスープ……ごめんなさい。さっきのスープもう一度頂けるかしら?」
「勇者様が生き返って良かったあ!!」
「ご、ごほんっ。ま、まあワシは毒じゃないと分かっていたがな……」
と、落ち着きを取り戻し、王も
「うむうむ!やはり宴には音楽がないとな! さあ勇者よ! 料理はまだまだある! 神官達も側におる故、遠慮なく食べるがよいぞ!」
「は、はい。ご配慮痛み入ります陛下」
と、上機嫌で勇者に料理を勧める。まさに平和そのもの。レティ姫も再び賑やかさが戻ってきた会場にホッと胸を撫で下ろしつつ、上機嫌な王が次から次へと勇者に料理を勧める姿に、コホンと一つ咳払いをして再び口を開いたのであった。
そして、翌日。
勇者帰還から一夜明けた城内は昨晩の祝宴の余韻がまだ残っており、城の兵士達は二日酔いの頭を押さえたり、眠い目を擦りながらそれぞれ警備にあたっている。
そして、そんな中を颯爽と歩く一つの影があった。
「勇者様、起きているといいんですが……」
レティ姫である。その手にはポットとカップが載せられたお盆が握られており、ポットからはほんのりと白い湯気が立ち上っていた。何故、一国の王女であるレティ姫が早朝の城内をそんなものを持って歩いているのかと言えば……
昨晩、宴も終わりに差し掛かったあたりで、興が乗った王がレティ姫の制止も聞かず勇者にたらふく葡萄酒を飲ませていたからだ。しかも、飲み方を分からないのか王に勧められるまま勇者は度数の高い葡萄酒を水のごとくガブガブと飲んでおり……故に二日酔いを心配したレティ姫は朝早く起きて料理長に頼んで二日酔いに効く薬草茶を用意して貰い、このように勇者の元に薬草茶を運んでいる最中なのであった。勿論、王女であるレティ姫がわざわざ運ばなくても侍女に頼めば済む話なのだが、レティ姫はそうはしなかった。だって……
「……風の噂では龍の尻尾を素手で引きちぎったり、自分の背丈ほどある大岩を持ち上げてゴーレムを倒したと聞いていてもっと大柄で粗暴な方かと思っていましたが……実際に昨日初めて勇者様とお会いしてみて……素朴で穏やかで礼儀正しくて……ワタクシ、勇者様となら結婚して……うふふ、いけませんね。勇者様は十年間も世界を旅していたんですもの。きっと、その旅の中で大切な方ができているかもしれません。……まずは、想い人がいないかどうか確かめてから……ふふふ」
そう真心半分下心半分を含んだ呟きを漏らしつつ、勇者が泊まっている部屋の前についたレティ姫は一呼吸おいたのち、その部屋の扉を軽くノックした。
「勇者様、おはようございます。レティ・フォン・ロートンです。お茶をお持ちしたので扉を開けて下さいますか?」
「…………」
「勇者様?」
返事はない。声が聞こえなかったのだろうか?と思い、レティ姫は先程より少し強めに部屋の扉をノックした。
「勇者様、レティです。起きてらっしゃいますか?」
「……」
返答はない。恐らくまだ寝ているのだろう。
「寝ているのかしら……?ど、どうしましょう。せっかくの薬草茶が冷めてしまいますわ……」
しかし、これ以上声を掛け続けるのはかえって勇者の安眠の邪魔になるだろう。と、思った姫は仕方ないと諦めて踵を返そうとした……その時。
キィ……
「……あら?」
何の前触れも無く部屋の扉が開いた。